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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第80話 眼

 ブースト深度一の中を進む。このきらびやかな青い世界はオレと弟さまがダブルで作る深度一より尚美しい。どうにかして再現出来ぬものかと今もまた歩きながら試してみるが、やはりダブルの解析が通っていかない。

 だが弾かれるとか、拒絶とか、そういった激烈な反応は感じない。ただ単に通っていかないのである。そして以前に解析しといて良かったとホッとしてたりもする。

 今の解析が通らない状態で、何の事前知識もないまま地下六階の隔離されてる場所に行こうとは考えなかっただろう。他の場所を調べ上げてから一番最後に仕方なく手をつける、そういう場所だ。


 オレはいよいよその入り口に立ったのを知った。東京駅地下の大深度に恒星間航行をも可能とするセプトの科学力をもって人類に内緒で作られた大空間。おそらく日本への浸透戦略の前線基地。

 その前線基地が通路を完全に隔離していた。分厚いドアがある。鍵がないからどんな認証で開くのかもわからない。

 解析も通らないし、この状況で手に入れた解析資料の中に潜って分析する気にもならない。それは敵陣の真ん前であまりにも無謀が過ぎるという物だろう。やったら馬鹿である。


「透過出来るかな」


 試しに試みてみるが通らなかった。土の中を透過してもいいが気分的に面白くない。オレは分厚いドアに手を触れて精素を解き放つ。


「風刃」


 瞬時にその分厚いドアは影も形もなくなった。文字通りに切り刻まれてるのだ。それも分子レベルでバラバラに結合を解かれる。最早その名残すら塵ひとつない。


 今ならわかる。


 恵風がいかにオレたちと戦っていた時に手を抜いていたのかを。

 もちろん魔法の媒介となる精素がなかったということ。自らの身を削って放ってたので出来るだけ精素を失いたくなかったという状況も相まって、そういう判断をしてたのだろうこと。それもよくわかる。

 だがやはり、見野山病院で戦った時に、オレたちは手を抜かれていたのである。

 いま解析の通らないこのブースト深度一の状況でも、恵風の風刃はあっさりと通った。恵風の言ってた精霊と深度一は本来相性が良いというのは、こういうところにも現れてるのだろう。

 かといってダブルが精霊魔法に劣ってるというわけではない。ダブルも解析が通らないというだけで、ブースト深度一に対する位相の拒絶はあっさり拒絶に成功している。

 おかげで苦もなく歩けて探索出来てるのだから。


 オレは無くなった入り口を通り抜けて先へ進む。それまでのコンクリートのようだった壁面が土に変わる。床も土のままのようだ。この工事具合からも、オレがこれから向かう魔物がいる空間がセプトの連中にどういう扱いを受けているのかがよくわかる。離れへと至る通路の幅は大人の人が三人ほど並べば他には誰も通れなくなる程度だ。

 オレは一歩を踏み出す。

 床は土かと思ってたが土色なだけで、土を何かで凝固してるようで非常に歩きやすい。手間と実利を最優先にして、おそらく土に何らかの加工をして放って置いてるのだろう。

 途中四枚ほど百メートルごとに扉があったので、その厳重な魔気洩れへの対策をあっさりとオレは潰して進んだ。


 さてこれまで目についたセプト人は極力武装解除をしてきた。アミック配下の者達は、全員地球の通常兵器も所持していたから、戦闘時に使わなかった理由はわからない。だが瞬時に武装解除してるので使えなかったというのが正解なのかも知れない。

 この道にもそういうセプトの人間が、伏兵として隠れているかもしれない。オレは状態固定は常にかけっぱなしで歩いている。


 そうして警戒して先へ進んでいたら、いきなり青い世界のきらめきが消えて、照明の明かりが土を照らし出した。ブースト深度一が解除されたのだ。


「また通常空間かよ」


 ティリオーダウンの艦長は何を考えているのかわからない。人がいないところはブースト深度一を進ませといて、人がいるところは通常空間で戦わせたいのか?

 だったら初めから配下をブースト深度一で戦わせればいいのに、何でそれをしないんだろう。オレがブースト深度一の中を歩けるのはもう確認済みだろうに。

 それに反してそちらは自分の技術なのだから、深度一の特性上より速く動けるんじゃないのか? なのに何故それをしない。

 ふむ。技術的に完成してないのかな?

 だからアミック配下の者達も別の指令系統と言うことで知らなくて、半信半疑でオレがしてたのではないかと質問してたとか。

 でも確認はするよな。報告連絡相談のほうれんそうはどこの世界だろうと基本だろう。

 もしかしてそれが通用しない超臨界水の差し金かな。アレならそういうこと出来そうだし、アレが指示を出してるとか?


 いや、ないな。


 アレならそんな面倒臭いことをせず、自らの手でオレを消してしまえばいいのだ。その気になったらアレにはそれぐらい簡単に出来る。何しろこちらが知らない間にこれまで散々いいようにやられてるのだから。

 セプトと組んでブースト深度一を入れたり切ったりする必要性がない。


 まぁとりあえずハッキリしてるのは、通常空間に復帰した以上、敵がすぐ近くにいるだろうと言うことだ。


「離れに行くためには、どのみちこの一本道を進むしかないわけだし」


 オレは気にせず前に進む。

 気にしてないと言えば、そういえば弟さまから全く連絡が来てない。オレのことなど全く気にしてないのだろうか。軽口の話し相手になってくれてもいいものだが。安否確認にもなるし。


「いやいや。それだけ警戒してるということか。言ってみれば敵陣の中に偽装して潜入してるわけだからな。ジェラルドの振りしてれば早々変なことにはならないとは思うけど」


 位相拒絶がつづいているから無事なのは間違いない。だがセプトの連中と話を合わせるのに苦労してるのかもしれない。ジェラルドの情報は抜いてないからな。ブースト深度一をどうにかするために急いで弟さまと合流したし。

 ちょっと不親切だったな。ごめんよ弟さま。

 駄々洩れにしてるから聞こえてるだろうとそう思ってると、ついに一本道の出口に差しかかったようだった。少し先の道が拓けている。解析では魔物がいて、そして真理ちゃんがいたところだ。

 ようやくここまで来た。そして発見した。


「やっぱりいたか」


 ブースト深度一が切れた時からセプトの誰かがいるのはわかっていた。

 おそらく弟さまと真理ちゃんを捕らえた二人目の魔法使いがいるだろうと予想までついていた。だがそこにいるのは全身に攻撃型エー・トゥールを纏った男だった。


 さて──。


 オレは解せなかった。

 アミックが自分の部下たちで固めてる中に、なぜ陸戦隊のメンバーがここにいるのだろう。その男は攻撃型エー・トゥールをその身に纏っているわけだが、これまで攻撃型エー・トゥールを着用してたのは今のところ陸戦隊のメンバーだけだ。アミック達は母船からの調達が間に合わずに普通のエー・トゥールで事に当たっている。


「陸戦隊の方かな?」

「そうだけど、なるほどねぇ。くるるという星は本当に恐ろしい星のようだね。君のようなお子様がポンと出て来て我々を蹂躙する」

「ん? 蹂躙なんかしてないんだけど。みんな生きてるし。元気だよ」


 不健康になった人はいるけれど。


「そうかい。元気なのかい。私なら凹んでへこんで落ち込みまくると思うけどね」


 そう言うと武装を解いて攻撃型エー・トゥールをバシュンとブレスレットに戻した。

 まさか目の前で武装を解かれるとは思わなかったが──、

 なんか棘があった。



 ◇


 棘があるのも当然である。

 実はこの小父さん、真司にストーカー扱いされて「指先一つで」やられている。その時には超臨界水の無言の圧力によって映像が入らず、インナーマイクすらも使えずに素顔を晒してるのだが、子供だけあって記憶力は悪いようだと思ってたりする。

 捕虜に取らずに逃がしてるから、我らのことなど相手にもしてないのだろう。これは子供故の傲慢さだろうか。自信だろうか。

 だがこの子供に一度は武装解除されてるのである。旧い訓練用とはいえ、地球人には高スペック過ぎる旧式を、このくるる人の子供は物ともせずに我らを子供扱いした。それもまた事実なのである。

 だから密かに毒を潜める。


 ◇



「大人の心象を聞かされてもオレも困っちゃうよね。だいたい子供に自分はこうだよって語っちゃう大人ってセプトではどうなの? 情けなく見えたりしないの?」

「手厳しいご意見だね。そういう大人はいなかったのかい?」

「アミック隊の人たちは、お仕事に徹してたよ。小父さんの話し方は全然違う」

「そりゃそうでしょう。外部に対して話しかけるのと、内部に引き入れようと話しかけるのとでは、話し方なんて変わる物だ。むしろ変わらなかったら馬鹿だと思うがね」

「えっと、聞きたくもない言葉が出て来たんだけど」

「だから勧誘だよ。連盟に加入してる星の出身者同士、手を組まないかというお誘い」

「小父さんのお名前は?」

「ああ失礼。私はアーノルド・ムック。陸戦隊の副隊長をしている」


 もしかして──。


 この人の指示でブースト深度一は入ったり切ったりしてるのか?



(やめとけよ、(あに)さま。乗っちゃいけない)


 突然に連絡が入った。弟さまだ。オープンにしててもうんともすんとも言わなかった魂の回廊を、ようやく往き来する気になったかな?


(なんだよ。ずっと黙ってやがって)

(照れ臭くてね)

(お、そうか。うん了解。言われてみればそうだな。そっちは大丈夫なのか)

(みんなオレを怖がって近づいて来ない)

(お。やるなぁジェラルド隊長。ちゃんと上司として怖がられてるんだ)

(相手にしたくないだけかも知れないけどね)

(あ、それは多分にありそう)

(で、話を戻すけど。乗っちゃ駄目だぞ)

(わかった。断る方向で情報を引き出しにかかる)

(ああ、よろしく)



 ◇



 兄さまが交渉を始めた。

 陸戦隊の副隊長は頭が良さそうだ。おそらく隊長が出来ないことの全てを補佐してあげてるのだろう。そう考えると、無碍に断ろうと提案した身としては、なかなか気の毒な人のようにも思えて来た。


 副隊長の立場に立てば、そりゃ正体がわかってないが兄さまのダブルを欲しがるのも無理はないと思う。

 兄さまのダブルはこの世界では異質に過ぎる。

 突出してると言ってもいい。

 四歳という年齢でこの状態だ。これが経験を積んで更にダブルの謎を解き明かしていけば、どこまで何が出来るのだろうと弟のオレですら思ってしまう。


 セプトにも魔法使いはいるが桁が違う。コロッとやられたオレが言うのもなんだが、兄さまのダブルは汎用性が高すぎるのだ。相手にもならない。現状のダブルで出来ることを知っただけでも、仲間に引き入れてやらせたいことなんて山ほどあるだろう。


 だがだからこそ兄さまのダブルは生涯秘匿した方がいいと改めて思ってしまうのだ。

 この世は誘惑が多すぎる。兄さまがダブルを悪用しないと思っても、兄さまを利用しようと企む人は必ず出てくるだろう。

 そこに兄さまの意思は存在しない。そして兄さまは自分の意思の介在しないところで自分を決められるのを不愉快に思う人だ。だからこそ兄さまは兄さまとしての生を全うしてほしいと思う。

 幸い最上家は、祖父母に、父と母、それに叔父夫婦と、みんなが大事に育ててくれようとしている。

 この順境をわざわざ崩すことはない。

 常人離れした知識や能力があろうと、身体的には四歳の子供でしかない。情愛と好意に触れ、人間としてきちんとした人物に育ててもらえる環境にあるこの中にこそいるべきなのだ。

 それを後からしゃしゃり出てきて、さも兄さまのために手を貸そうと手を差し伸べられても、そんな手のどこに誠意がある。

 そんな手は兄さまが成人してから差し伸べろと思ってしまう。でなければ親を通せ、と。

 見透かされても我が物にせんとする欲にまみれたその顔よ。見抜いてしまう眼はこちらにもあるのだぞ。


 人は己の意思で動くからこそ、人たり得るのだ。


 誘惑を誘惑とも思わない兄さまには無用な心配かも知れないが、兄さまを見つめる眼は多い。

 兄さまは無頓着でそれらに全く気にもしないが──。



 兄さまはオレたちを守る気満々だが、親兄弟のこちらの方こそ兄さまを守ってやらねばならないのだ。そして兄さまがそれに気づくのは、ずっとずっと先のことだろうと思う。



 ◇



 眼前の副隊長がやたらと勧誘してくる。

 敵の立場でオレを見てるのだろうか。

 ここにもオレを見つめる眼がある。

 そして超臨界水のようにどこからか見ていて、勝手気ままにオレに介入してくる眼もある。

 深度一に開く窓がある。新たな窓だ。周囲がブースト深度一に覆われてるから解析できないが、異常があることは気づける。

 オレはふと見上げる。

 しかし見つけることは出来なかった。


「でもどこかにいるな。オレを見てる」


「はい? 何がでしょう」

「いや。こちらのことだ。それより副隊長はオレを止めろと言われているのか?」

「私はアミック隊ではありませんよ」

「じゃあ通らせてもらってもいいかな」

「どうぞどうぞ。私も隊長を捜しに来てるだけですから」

「隊長を……」

「はいそうです」

「あー、その」

「はい?」

「見つかるといいな」

「そうですね。また向こうの方を探してみます。では私はこれで。勧誘の件は考えておいて下さいね」

「わかった」


 そしてオレは離れの一本道に去って行くアーノルドの背中を見送った。例え振り返ってアーノルドが何かを企んでも安全に対処できるところまで見送って、それから向こうに見える研究室の建物を見やった。

 ようやくここまで辿り着いた。


「全く。人は皆、見たい物を見るわけだな」


 思わず揶揄するようにつぶやいてしまったが、寛司が静かに見守ってくれてることも、同時にオレは感じている。それは心強い眼でもあった。この眼のおかげで今もまだオレが無防備になるのを狙ってる不意のブースト深度一からの展開も、オレが取り込まれて手も足も出せなくなることから守られてるのだ。弟さまが、その強力な位相拒絶のダブルをオレにかけてくれている。


 ただそれだけのことが、あらゆる眼に晒されたオレにとって、もっとも物を語る雄弁で暖かな眼だった。

 オレにはこの眼がある。

 実働隊としては急いで片づけて弟さまの元に戻らねばならない。今この時も弟さまはダブルをオレにかけてるせいで自分には全くダブルを施してない。


(弟さま)

(何だよ)

(何かあったらすぐ自分の元にダブルを戻せよ)

(はいはい。頼むから集中してとっとと終わらせてくれ。オレが言いたいのはそれだけだ)

(きびしいぜ、弟さま)

(クールでヒップなワンダーランドなんだろ?)


 そういうことにしておこう。

 世界は色んな人が回しているのだ。

 改めてそのことをオレは思い出さされた。オレも前に進もう。一番槍である。


 お待たせしました。それにしても一昨日の告知でここまでアクセスが減るのかと愕然といたしました。皆さん続きを待っておられるのですね。真理ちゃんがああですしね。嬉しいような複雑なような、反応に困る茶の字です。

 さて。おかげさまで手術は十月に二回ほど、その後の経過観察とうでどうにかなりそうです。ですので十月も何度かお休みさせていただきます。そして続きを心待ちにしてくれてる読者さんのために、残る未登場の原点はシェリーさんという女性がいるというのも先に予告しておきます。

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