第8話 宝探しゲーム「くじら組編その二」
いや、なかなかに参った。
後片付けをしなかったばかりに、せっかくの宝探しに思わぬ水を差す形になってしまった。
(いや。そんなことないだろ)
(そうか?)
(みんな兄さまへの文句も含めて楽しんでるよ)
(文句はあるんじゃん)
(しょせん子供の文句だよ。実際秋穂ちゃんの知恵にはみんなびっくりしてるから。兄さまがきちんと片付けてたら、この秋穂ちゃんの機転の利いた隠し場所は生まれなかったわけだし)
(ナ~イス・アシスト、オレ、ってか)
言って溜息を吐く。
(盛り上がったんだからいいんだよ。それより外に出なよ、兄さま。オレたちのグループの番みたいだ)
(お、そうか)
オレは気乗りしない返事をして席を立った。
ガシッと肩を組まれた。
「ん?」
緑川くんだった。
「大丈夫だよ、真ちゃん。挽回しようぜ」
「出来るかな」
「出来るさ。俺なんか柔道でいっつも女の子に投げられてるもん」
「マジで?」
「うん」
「緑川くんを投げるなんて、すごい三歳だね」
緑川くんの身体は大きい。普通の五歳児ぐらいの大きさとそんなに変わらない気がする。
「あ、いや、小学生のお姉さんなんだけどね」
「小学生と柔道やってるの? それはそれですっごいな」
「痛い思いをいっぱいしてるけどね。でも時々は俺だって投げるんだぜ。だからどうってことないよ。今度はグリクラグループで全部見つけちゃおうぜ。真理ちゃんはもう、お宝見つけた実績あるしね」
「そうだね。ちょっと頑張っちゃおうかな」
「その意気だよ。頑張ろうぜ」
オレは、緑川くんと友達になった。
そしてひとつ、思い立ったことがある。宝探しゲームに参加出来ないオレが、せめてもの罪滅ぼしをしようと思う。
緑川くん、ありがとう。
真理ちゃんと知美ちゃんが園庭のオレたちが居るところまで戻って来た。今まで抜群の活躍をした秋穂ちゃんのところに、くじら組の女の子たちと集まっていたのだ。
「真司くん、やられちゃったね」
真理ちゃんが言った。
「こればかりはもう致し方ない。次はグリクラグループのみんなでお宝全部見つけようぜって、そう緑川くんと話してたんだ」
「うん。そうなるように頑張ろう」
真理ちゃんが大きく頷いてくれた。
「もっちろん」
知美ちゃんも真理ちゃんと笑顔を交わし合っている。
ふたりが仲良くなって、グリクラグループの同性同士の絆が深まったようで何よりだよ。
「さ、それじゃ作戦会議だ」
「「「うん」」」
「何か気づいたこととかある?」
「「「気づいたこと?」」」
「うん。みんながどういう場所に隠したがるのかとか、どういう所を探していたとか」
「おお、そういうことか。真ちゃんすげ~な」
「傾向と対策ね。わたしもお父さんによく教わる」
「どんな感じに教わるの?」
と知美ちゃんが真理ちゃんに訊いた。
「偉そうな口を利く人は、自分を隠すことが出来ない人だとか。文句を言う人は妥当であればいいけど、妥当でないと思えたらそれは人使いの荒い人だとか、そんなこと」
「すっご。英才教育だね」
「真理ちゃんちは財閥だからね」
「財閥?」
「いろんなお仕事してる会社が集まってるってこと」
「「ふうん」」
「まあそれはまた今度ね。みんなで色々やることはきっとこれから多くなるからさ。オレたちグリクラグループだろ」
「「「うん。そうだね」」」
「てことで、この宝探しゲームの傾向と対策だ」
「「「うん」」」
「大きな物は物陰にさりげなく隠されてることが多いよね」
真理ちゃんが言った。
さすが、真理ちゃん。よく観察してる。
オレもつづいた。
「小さな物はカバンとかには隠さないみたいだよね」
「どうして?」
と緑川くんが訊いたので、
「山本先生がそれを許さないからさ」
と答えた。
「「「ああっ」」」
「あくまで教室、個人の場所じゃなくて公の場所に隠す。オレの紙コップは、これはもう見事としか言いようがない。オレの物のようでオレの物ではなかったんだから」
「「「なるほど」」」
「ということで傾向と対策はわかったかな」
「「「うん」」」
簡単だが、簡単でいいか。薫風幼稚園のお遊戯のひとつだ。
ごちゃごちゃして楽しめなくなるのも本末転倒だし。
「よし。じゃあ次はグリクラグループで全部見つけよう」
「「「おうっ」」」
オレたちは力を合わせようと、鬨の声を上げた。
山本先生が教室から園庭にいるくじら組の全員を呼んだ。
いよいよ弟さまのいるイチゴグループの番だ。さてさて、一体どこにお宝を隠したのやら。
オレたちは一番乗りで教室に入った。
「真司くん、靴を脱ぎっぱなしにしない。きちんと揃えなさい」
「…………はい」
小菅先生に怒られた。
オレは入ってくるみんなの邪魔になるので、クラス全員が教室に入ってから自分の靴を揃えることになった。
結局出遅れてしまった。みんなごめん。
なんか今日は謝ってばかりのようだ。だがそれでも、まだ誰もお宝を見つけていない。オレは急いでグリクラグループに合流した。
「どこまで分析した?」
「うん。大きな物の陰には隠してきてないな。でも見つからない」
「今度こそ机の中だと各グループが片っ端から机の中を覗きこんでる。だから時間の問題かな。グリクラグループで全部見つけたかったけど」
だがまだ見つけたという声は聞こえなかった。
「とりあえずオレたちも机の中を探そう」
オレたちも他のグループに倣って机の中を調べ始めた。
オレはちらと寛司を見た。
寛司はそっぽを向いている。
そのくせイチゴグループの面々は、みんなで手をつないで前後に振って嬉しそうだ。
心の底からにこにこしてるから、この手つなぎはきっと赤樫くんの発案だろう。しっかり両手を女の子とつないでいる。
やるな、赤樫くん。さすがエッチなことも知ってるぞ。
オレはダブルで調べた彼の、赤樫くんの解析結果を、つと思い出していた。
この赤樫くんは、寛司と一緒ならば女の子と仲良くなれるとそう考えて、真っ先に弟さまに俺とグループを組んでくれと名乗り出た男の子だ。知識欲も旺盛で、こうして見てると寛司とけっこう馬が合うのもわかる。
もっとも、女の子二人と手をつなぎたかったみたいだから、あれだけ組むのに焦がれた弟さまとは手をつないでないけれど。
憎めない奴だぜ、赤樫くん。
彼は弟さまの返事を待ってる時こう祈ってた。
「絶対寛司くんと組むんだ。絶対寛司くんに入ってもらうんだ。寛司くんといっしょなら女の子達が集まってくる。絶対逃しちゃいけない」
こんなあからさまな欲望が解析した際に強くつよく流れこんで来た。
オレはちょっと引いた。だがそのぐらい彼は必死だった。
けどそれは仕方ない。彼は女の子が大好きなのだ。とくに馬場瑠璃ちゃんのことが大好きなのだ。だから必死になってると最初は思ったのだが、解析が進むにつれてそれは違うことを知った。
彼には時間がないのだ。
三歳の幼児に時間がないというのも変な話だが、確かに彼には時間がないのだ。
それは彼の家系にある。
祖父も父も禿げ始めてるので、禿げる前に彼女を作って結婚するのが彼の目標なのだ。そしてその相手が瑠璃ちゃんだったらいいな。
という切実な欲望のために手段を選ぶ男の子なのである。
憎めない奴だ。
何しろ彼は必死なのだ。
イチゴグループのみんなはウキウキしてつないだ手を前後に振っている。実に楽しそうだ。自分の欲望に忠実な赤樫くんだけではない。馬場ちゃんも、梅子ちゃんも楽しそうなのだ。弟さまだけが気のない態度で、つないだ手を前後に振るのに付き合ってる。
てかあれ、解析しないよう遮断することに気を遣ってるな。
手をつないでるのは梅子ちゃんだ。
よかったな、梅子ちゃん。弟さまは紳士だよ。
だがそこでオレはピンと来た。
手をつないでる。これは直前の行動の名残なのではないか。
つまり、お宝は一緒のところに隠してるのではないか。
同じ場所だから。
そして気のない寛司の態度。
「まさか?」
「何かわかったのかい?」
「ああ」
オレは自分の枡屋の箱に向かった。
すると馬場ちゃんの顔色が変わった。
梅子ちゃんもあわあわしてる。
弟さまからはニヤリとした笑みが。
そして赤樫くんからは、やめろぉ、俺の幸せな時間を壊すなぁと言う声なき声が、いや、息を吸うのも忘れて放たれた、無音の絶叫が聞こえて来るようだった。
だがオレは非情な男だ。
赤樫くん、君の人生最高の時間も此処までだ。
オレは自分の机の上に置いてある枡屋の箱に手をかける。
「「「あああああっ」」」
イチゴグループの悲痛な声を背に、オレは箱を開けた。
「あった」
利用されたばかりのオレを利用してくるとは、なかなかの知能犯だ。考えついたのは馬場ちゃんと梅子ちゃんだろうか。地に落ちたオレの名誉に更に追い打ちをかけて来るとは中々にえげつないぞ。
箱の隅に、保冷剤を入れた紙コップが重ねて置いてあり、だからイチゴグループの宝物は、現物のまま枡屋の箱に入れられていた。オレのオレンジ寒天ミルクの隣に寛司のおはぎが、そして、その御菓子の下にはいくつかの紙の類が入っていた。
なるほど。寛司のお宝以外はみんな紙の類だったのか。枡屋の箱の中に隠すには好都合だったわけだ。
これで見つけられなかったら、オレのくじら組での名誉は壊滅していたであろう。
なるほど、弟さまのあの態度の理由もわかった。
(ありがとよ、弟さまよ)
(どいたしまして)
そしてオレは御菓子をどけてお宝を確認する。裏返しになってる。何の紙なんだろう。まあいいや、名前が書いてあるから赤樫くんのお宝であるのは間違いあるまい。そして弟さまはおはぎ、と。
(ああ、なるほど。弟さまのおはぎも生物だからな。要冷蔵の場所から出したくなかったのか)
(そういうこと)
オレの枡屋の箱に隠したのは悪意からだけでもなかったと言うことか。
弟さまにもオレの箱に隠したい理由があったわけだ。
なるほど、反対しないわけだ。
まあ弟さまがいなければ、さすがにオレの箱を勝手に開けるのは気が咎めたろう。ということは寛司が主犯?
(ごめんよ。兄さま。隠してる間にあんこが干からびるのは嫌だったんだ)
(了解りょうかい)
(でも言いだしたのは馬場ちゃんだよ)
(馬場ちゃん?)
(芸能界の掟とか)
(掟?)
(たぶん闇だよ、芸能界の)
(うへ。マジかよ。馬場ちゃんだって三歳だろ)
(役を取りたいのに、何回も同じ子に負けてんだって。いま現在も)
(マジかよ。じゃあ何かの切っ掛けになってくれたらいいな)
(兄さまは怒らないな。こういう前向きなとこを馬場ちゃんには見習ってほしいもんだ)
(いや、見習うも何も実際どうだっていいだろ。三歳の時のこだわりなんて、すぐに戯れ言になるし)
そう話してる間に、オレは残りのお宝を取り出した。馬場ちゃんのお宝は子役の合格通知だった。ということは女の子向けのアニメっぽい絵柄だから、こっちのカードは梅子ちゃんの物だろう。オレは弟さまとの会話を終えて、梅子ちゃんのお宝を机のうえに置く。
それから先生たちに見つけましたと報告した。
「はい。よく出来ました。じゃあ次は」
と先生が言ったところで、後ろにいる男子達からいきなり歓声が上がった。
振り返ると緑川くんが裏返しの紙を表にひっくり返していた。
「「「「きゃー」」」」
女の子の拒絶の声も、ものすごい勢いで連なる。
先生が慌ててその紙を緑川くんから取り上げて、赤樫くんを叱ってる。
「こんな物を持ってきてはいけません」
「こんな物って、俺のお宝だ。かけがえのないお宝なんだぞっ」
涙目になって赤樫くんが抗議した。
純粋な魂の叫びだった。
なんだなんだと山本先生の手元を覗いてみると、赤樫くんの宝物は、子供向けアニメのエッチな絵だった。
なるほど。オレは別に何とも思わないが、女の子の反応もわかる。
そしてこの一件で、赤樫くんは男子からは絶大な尊敬を得て、女子からは圧倒的な不評を買うことになった。
がんばれ赤樫くん。馬場瑠璃ちゃんとは隣の席だぞ。話しかけて答えてくれなくても、いつかは気持が通じるさ。
応援はしてるぞ。オレと寛司は。外野からだから無責任だけど。
そうしてオレたちは再び園庭に出た。そして恒例となりつつあるグリクラグループの作戦会議が始まった。
「さすがは真司くん。全部見つけたね」
「お、言われてみれば。少しは名誉挽回できたかな?」
「そこは誰も気にしてないんじゃない? ね、真理ちゃん」
「うん。わたしもそう思う。あと、真司くんが本気で言ってないだろうなってのも、何となくわかる」
「え? 何でわかるの? 実際そうなんだけど」
「だってかけっこしてる時みたいに本気の顔してないもの」
「ああ、そうなのか。自分の顔わからないから、そこまで気が回らなかった」
「真司くん、足速いの?」
知美ちゃんの質問に真理ちゃんが大きく頷いた。
「うん。すっごく速い」
そうなのだろうか。いっつも弟さまに負けてるのだが。
「へえ、すごいなぁ」
「じゃあ今度俺ともかけっこしようよ」
緑川くんが誘ってきた。
「おっけ~。じゃあ、今度は三人でかけっこしようぜ。てことで作戦会議だ」
「お、おう」「そうね」「忘れてた」
オレはみんなから離れるように砂場の脇に移動した。
「たぶんもう、意表をつく隠し場所は出尽くしたと思う。これからはもう、ほぼ瞬殺されることは確定だ」
「ええ? じゃあまだ隠してない私たち不利じゃん」
「いいんだよ。まずは次のお祭りグループで、他のグループがどう動くか、その手際を見よう」
「え?」「いいの? それで」「何と言うか、探す方に本気出さなくてもいいのか?」
「いいか。これはゲームだ」
「「「うん」」」
「お祭りグループの次はたぶんオレたちになる」
「どうしてわかる」
「オレたちが観察してることに、先生たちが気づくからさ」
「どういうことだ?」
「理由はいくつかある。
オレたちのやってることが上の空に見えて、宝探しゲームに真剣に参加させようと思うかもしれない。
その逆に、オレたちのやってることを理解して、オレたちが何を考えてるのかやらせてみたいと思ってくるかもしれない」
みんなが喉をゴクリと鳴らした。
思わぬことを言ってしまっただろうか。でも後戻りはしない。
「そして最後に、各グループがどういうスパンで物事を観てるのかを計る、オレたちの達した結論の、その思考の深さを先生達に示せるかもしれないわけだが、そんな宝物探しゲームの想定した効果の上を行く生徒の行動は、先生達も興味を示すかもしれないだろう?」
「そこまでわかるかな」
知美ちゃんが疑問の声を上げた。
「ゲームの進行をもゲームの布石にしようとしてんだからさ。教育者なんだから興味湧くんじゃないかな? そう見えるようにする演技が必要かもしれないね」
「うん。ならそう見えるよう観察しながら頑張ってみるよ」
「ありがとう。
そしてその行動を先生達が理解して、オレたちの腕試しをしたいと思うかもしれないってことだったんだけど、どうかな? この作戦」
「おおっ。行けるんじゃないか」
「わたしも大丈夫だと思う」
「でも出来るの? そんなことが」
真理ちゃんが不安そうな表情をした。
「わからないけど、オレたちの隠す番のために、今回はあえて観察しよう。大丈夫。オレンジ寒天ミルクを持って来ちゃって、先生が求めてた宝物の定義を勘違いしちゃったオレだからさ、ちゃんと参加出来ない穴埋めはするさ」
「あ、真司くん、そういえば隠せないよね。隠しても丸わかり」
「知美ちゃんの言う通り。間抜けだった~、オレ。で、どうする?」
「いいよ。グリクラグループは観察する。それで行こうよ、ねっ」
知美ちゃんが真理ちゃんと緑川くんに同意を求め、二人がうんと頷いた。
「あ~、言っとくけど、もしも先生に怒られそうになったらオレが言い出したって自己申告するから、そこは安心してくれ」
「みんな納得したからそこはいいよ。で、この観察ってやつは、やっぱ怒られる可能性もあると?」
「緑川くんのツッコミはごもっとも。あるとは思う。けれども観察だって立派にゲームに参加してるんだ。どういう参加の仕方をするべきか、次のオレたちの番でどうしようか、それを組み立てるために観察するんだから」
ていうか、隠しようのないオレの御菓子はすでに先生の中では不参加扱いになってる。だからこそこの宝探しゲームとは別に、いや、その延長の形で参加しようとはもう決めてるけど、それはまだ言わない。
「わかった。やるだけやろう」
「任せて。観察とか、たぶん得意だから」
「みんなで力を合わせましょう。うん」
真理ちゃんが小さくコブシを握った。
オレたちグリクラグループの話はまとまった。だがその後も、好きな動物とか好きな食べ物の話をして、オレたちグリクラグループは仲良しさんになった。
そうしてお祭りグループの準備を待って、オレたちは砂場の脇にいた。やがてしばらくすると山本先生が毎度のごとく、くじら組のみんなを呼びに表に出て来た。
「教室に戻ってくださ~い」
そうして、お祭りグループの宝探しが始まった。
お祭りグループの中には、オレも顔見知りの辻篤紀くんがいる。辻くんは魚屋さんの息子だ。うちがお魚を買うのはスーパーではなく、大抵辻くんちからだ。
初鰹のときもお世話になったし、冬のブリも、通年ではマグロもお世話になってる。ちなみに爺ちゃんは地元歩きの後にイカをよく買って帰る。
そのお友達の加藤豊くんはよく知らない。けれども辻くんとはいつも一緒だ。それを言うなら同じお祭りグループの、藤平修子さんも、郡彩花さんも一緒なのだが、よく四人でお祭りに行くからお祭りグループなのだろうか。
いつも四人一緒で楽しそうだ。
そして事前の予想通り、辻くんの宝物は時を待たずにすぐに見つけられた。
自分のロッカーの奥に隠した辻くんのお宝は、市場でもらったタツノオトシゴの標本だった。
オレはタツノオトシゴの姿を初めて見た。タツノオトシゴというぐらいなのだから、きっと龍に連なる生物なのだろう。響きが格好いい。
辻くんはすぐに見つけられて残念そうだったけど。
見つけた土井垣桜さんは自慢そうだった。
次に見つかったのは加藤くんのお宝だった。
加藤くんのお宝は電車の写真だった。自分の机の奥に紙コップを寝かせて隠していた。見つけたのは弟さまだった。探し物のルーティンを言われた通りにやってたら見つけてしまったという感じだ。本人は別の誰かに見つけてもらいたかっただろうが、ままならぬものだ。
だがとりあえず嬉しそうな顔をして先生に報告してたから、全く人任せにするつもりでもなかったのだろう。
写真を返す時に、この電車格好いいねと加藤くんに言ったら、加藤くんが嬉しそうに弟さまにいろいろとコアな蘊蓄を教えてくれていた。
電車も詳しく知れば面白そうだ。我が国の交通の基幹産業でもある。今度弟さまと一緒にオレも加藤くんの洗礼を受けよう。
藤平さんのお宝は兄と作った泥団子だった。見つけたのは赤樫くんで、一緒に見つけたのがもう一人いて、そのもうひとりがオレと弟さまが警戒してる木下だった。
入園式だったか、いきなりオレたちを睨んできた、触れれば切れる刃物のようなあの男だ。以来できるだけ近づかないようにしてる。
向こうも他のくじら組のみんなには鼻高々に語ってるが、オレたちには欠片も話しかける素振りはない。
互いの距離感が見事に定まってる。つか、オレたちがそうしてるんだけど。
まあそれはいい。オレが遠目に見て気になるのは木下ではなく、藤平さんの隠してたお宝だ。
藤平さんのお宝は、それはもう見事な物だった。話には聞いたことがあるが、見たことはなかった。オレは生まれて初めて泥団子を見た。
その泥団子は、それはもう七色というのもおこがましいほどビカビカに光っていて、どうすればそんなに光らせることが出来るのか色々と聞きたいことがあった。だが、発見者の一人である木下が常に彼女にまとわりついていて、話を聞くことは出来なかった。
残念だ。
そうして最後に見つかったのが郡さんのお宝だった。
郡さんのお宝は、白い猫に赤いリボンを飾った有名なぬいぐるみ。カバンに入るようわざわざ小さいのを持って来ていた。その準備の良さが素晴らしい。オレはそういう細やかな気配りに気づかず、大失敗をした。見習わなければならない。
植木鉢の後ろに隠していたのを見つけた前田くんが、かわいいねと言いながら返すのを受け取ると、他にもいっぱい持ってるのよと満面の笑顔を振りまいていた。
お宝グループの面々は順番が悪く、予想通りの瞬殺で見つけられてしまっていたが、それでも充分に楽しそうだったのは何よりだ。
見つけたお宝を誉められるのは、例えそれがすぐに見つけられてしまっても、嬉しい物なのかも知れない。
人の心は動く。
「…………」
オレは視線を感じながらも思考を継続した。
そしてこの宝探しゲームをここまで終えて、オレはその趣旨を理解した。
この宝探しゲームは、隠す者の思考の傾向もわかれば、見つけ出す者の思考の傾向、探し方による性格の傾向、他人の思惑に振り回されながらも探し続けなければならない忍耐力等々、つまりその行動に、その人物の持つ人間性の本質が、まざまざと現れると言うことだ。
先生達の意図がどこにあるのかは知らないが、こちらは人を知る上でのいい方法を教えてもらったようだ。こういうのを大人の叡知というのだろう。こちらは楽しいし、先生達はオレたちのことがわかるし、とても有意義な手法だと思う。
(てか性格診断でしょ)
(弟さまもそう思う?)
(だって先生達、にこやかな顔しながらジッとオレたちのこと見てるもん)
オレは先生達を観た。
小菅先生が自分の眼鏡ケース入れの影に隠した藤平さんを誉めている。だがオレとしては、小菅先生がどの程度本気でそう思ってるのかはわからないが、藤平さんは何でわざわざ先生の眼鏡ケースの脇になどと、そんな目立つ場所に隠したのだろうと思ってたから、彼女は本当に不思議だ。
藤平さんは眼鏡が好きなのだろうか。でも子供のオレたちにまだ眼鏡がいるとは思えない。視力もいいはずだ。今から衰えてては老い先困るし。
(お父さんが品川駅の眼鏡屋さんで働いてるみたいだよ)
(そうなんだ。だれ情報?)
(馬場ちゃん。マネージャーしてるお母さんの仕事用のいかした眼鏡を買いに行ったことがあるみたいだよ)
(そうなんだ。なるほどね。ありがとう、弟さまよ)
(はい、どいたしまして)
なるほど。藤平さんの、彼女の性格がよくわかる行動だと思った。納得がいった。きっとお父さんのことを尊敬してるんだろうな。大っぴらに隠してたし、それを物ともしない性格だというのもわかった。もっとも宝探しという趣旨からは隠してないじゃないと言うか、隠してなかったが、先生のロッカーにあって紙コップが目立ちすぎて、先生の持ってる予備の紙コップと同じ物だとみんなに思われ、逆にうまいこと隠れ蓑になってたのは怪我の功名だろう。
誉められるのはそういう何が起こるかわからない突発的なことを招き寄せたからか。
確かにこういうのは面白い。
赤樫くんはよくぞ見つけた。意に沿わぬが、まあ、木下もよく気がついたと言えるだろう。
オレもてっきり小菅先生の紙コップだとばかり思ってたから。
今日一緒に宝探しゲームをしたくじら組のみんなは、今回の宝探しゲームでかなり距離が縮まった。ここにるみんなとは、おそらく小学校、中学校と一緒になる友達も多かろう。でも知らない子も小学校に入ればまた出会うことになるはず。その時には、また新しい友達も含めて、この宝探しゲームを楽しく遊んで、お互いのことを理解し合おう。
おそらく、みんなのことをよく知ることの出来るこの宝探しゲームは、集団の中で大人数の人たちを理解する、その最適な遊びとして、オレたちのスタンダードになると思う。
山本先生、小菅先生、知恵をくれてありがとう。
とっても楽しい知恵だと思うよ。
さあそして、教室のざわめきを鎮めると、山本先生が再びオレを見た。今度は周囲に眼を配らず、真っ直ぐにオレのことを見ている。
「次の隠す番は、グリクラグループにやってもらいます」
そう来たか。いや、やはり来た。そう言うべきか。
「「「おおっ」」」
グリクラグループの面々の声も聞こえて来た。
予想通り。そうなったからだろう。これは、みんなの実行力がもたらした成果だよ。
小菅先生が他のみんなはお外に出ましょうねと、みんなを外に誘導し始めた。
だが小菅先生も山本先生とアイコンタクトを交わし、その外した視線を周囲に気を配るようみんなに向けながらも、瞬間的にはオレのことをしっかり射抜いていた。
先生達も気づいているのだ。
オレたちグリクラグループが、今の宝探しに宝探しの探索者として参加していなかったことを。
オレのそばに真理ちゃんと知美ちゃん、それから緑川くんがやって来る。
オレたちは互いの目を見交わし、頷き合った。
さあ、いよいよだ。
ちなみにイチゴグループのお宝を一気に見つけた際、見つけたのかと真司のすぐそばにいたはずの緑川くんが、真司のそばにいながら何故にその後、声をかけることもなく無言だったのでしょう?
それは彼ひとり、赤樫くんの紙の中身を凝視してたからです。男子の視線を感じてひっくり返しましたが、彼はそれまで、じっくりひとりで堪能してたのです。
憎めない奴の、いいお友達になりそうです。