第79話 名誉と不名誉
うねるようなブースト深度一の中を潜り抜けると、そこは作物が栽培される農場だった。地下六階である。作物の成長を支える光源は煌子力の人工灯のようであった。
人の暮らしが垣間見えてオレは少しホッとした。例えそれがオレの知らないセプトの生活手段だとしてもだ。
そして理由はわからないが、なぜオレは抜けることが出来たのだろうかと思う。
ブースト深度一の発生源の可能性もあるティリオーダウンの脇をダイブしてる時には、ただただ黒い塊があるだけで、いつ攻撃が来るものかと全く気が抜けなかったのだが、そこを抜け切ってしまうといきなりブースト深度一の邪魔がなくなっていたのだ。
何となくちぐはぐな印象を受けた。
オレがブースト深度一に対処出来るものとして、オレの周囲だけにはブースト深度一を張らない方向に方針転換したのだろうか。
だがブースト深度一がなくなったおかげで無人の野を行く探索行だったものが、今では見たくもない顔が手ぐすね引いてオレを待つ、修羅の戦場へと変貌していた。
いや、いきなりオレが現れて臨戦態勢に入ったという方が正しいか。あいつらの目線で考えるのだからオレもお人好しである。
農場には周囲を警戒していたアミックの配下達がオレを見つけて、その態勢を整えようと駆けつけていた。
そして目の前に懐かしい顔を見つけた。
シューさんか。
ビル戦では後手を踏んだ相手だ。シューさんが得意とする音波攻撃は厄介な攻撃方法だった。なにしろ音は点音源。音波は広がってくから位置の特定が実は難しい。
死角から攻撃されつづければ、面倒臭いことこの上ない。そう言った武器だ。
通常攻撃の熱戦攻撃や光線攻撃の方が、オレには対処しやすいぐらいだ。
視覚系のエー・トゥールの攻撃は、例えば光線攻撃なら光はまっすぐに進むことから、音に比べて指向性が強い。指向性が強ければ予測は立てやすいし、位置の特定も容易い。
その正面で対処してしまえば、それだけで事が終わるのだ。
音波攻撃は周囲から来る。
三半規管を狂わされて無防備なまま倒れでもしたら、後はそれはもう楽しい捕虜生活が待っていることだろう。
そんなことを考えてたらシューさんが話しかけて来た。
「深度一に侵入した、お前らは何者だ」
「そもそもそこからですか?」
「そうだ。何しろ君は降下艇に搭載された煌子力でマーキングされてもいない。その状態なら本来は補助具もなしに動けるはずがない。
だが君は動くことが出来る。
導き出される答えは一つしかない。銀河連盟の同盟国の筋の者」
「言ったでしょ。そのことももう」
「くるる、か」
そしてシューさんがオレに疑義の眼を向けてきた。
「君が私を動けるようにしたのかな?」
何を言ってるのだろう。欺瞞攻撃か?
可能性としては超臨界水だが、あれは欺瞞などしない。問答無用で消し去る。
セプトにすればくるるには一度手痛いしっぺ返しを食らった史実があるようだし、その史実をもって、やはりここでもくるる人と名乗るのが無難と判断したわけだが、何か齟齬が起きてるのか? セプトの内部で?
有り得ないな。セプトにしてみれば──。
宇宙人かどうか、それをばらされるかどうか。
言ってみれば存亡の危機と思って対処して来たはずだ。でなければこんなしつこく食い下がっては来ないだろう。
ならば今一番可能性の高いブースト深度一攻撃の大元は、やはりティリオーダウンが一番上に来る可能性が高い。そうなるとティリオーダウンからのブースト深度一を止めたのは、オレが嘘をどれぐらい、あるいはどの程度の幅を持たせて吐くかという、ブラフの程度を計るためなのかもしれない。
ならば答えは決まってる。必要ないとこでは誠実に行こう。
「オレじゃないよ」
シューさんがオレの眼をジッと見た。
「そうなのかい? 本当に?」
「戦う前に手の内を明かす人がいる? それなら小父さんにどんな技を持ってるのかオレは教えてほしいんだけど」
「やぁ、本当に見かけにそぐわぬ聡明さだな。歳は幾つなんだい?」
「蓄積で言えば百歳は超えてるかなぁ。わからないや」
「それはすごい。その背格好で百歳越えとは、修羅だねぇ」
「そりゃどうも」
その中にはアンタらセプトの人生経験も入ってるのだがと云う言葉は飲みこんだ。
「じゃあそろそろ始めようか」
「あ、ちょっと待って」
「何かな」
「一応聞くけど、女の子を返してくれないかな? オレは女の子を捜しに来ただけなんだ」
「それは無理だな。誰も近寄らせるなと言うことで、我々はここで待機し、侵入者がいれば排除するよう命令を受けている」
「あ、そこまで内情を教えてくれるのね。セプト人で初めて人らしい人に出会ったよ」
「情報を出してくれたらこちらも出す。それが今後の情報開示の際にも判断基準になるだろう? 信頼に足る敵かどうか。これは敵だからこそ大事な視点なんだよ」
「すごいな。なるほどね。ありがとう。勉強になったよ」
つまり敵と認められたわけだ。
まぁ常識で考えれば幼稚園児が大の大人の集団に、しかも恒星間航行をも可能とするような宇宙人相手に、たった一人で噛みついて来てるわけだからな。異常な存在として敵認定されてもおかしくない。
「ではいいかな?」
「どうぞ」
話してる間に包囲を完了してることを卑怯だとは言うまい。それがあちらのお仕事だ。そしてオレの為すべき事は最初から変わらない。
三人できちんと逃げおおせること。
相手はアミックの純粋な配下だ。会ったことのない人もいるが、もう顔も名前も得意技も熟知している。何せアミック本人の記憶はもうオレたち兄弟が幾度となく精査したからだ。
ちなみにここにるのは、シュー、メアリー、ギグズ、ダン、コリン、グレン、ハナダの七名である。
彼らは包囲網を完成させたと思ったのだろうが、そうではない。オレが相手をよく見えるようになったのだ。エー・トゥールまで丸見えである。
オレは左手の指先を一本だけ出すことにした。あえて小指にしよう。
「ゴー」
指示を出したのはメアリーさんだ。実はメアリーさんが上司で副隊長なのだ。シューさんは交渉役として任されてただけ。
だから浸透侵略部隊としては虚をつけたつもりでいただろう。でもオレはメアリーさんがまとめ役だと知ってたので、ごく通常の軍事組織の行動だとしか認識してない。
だから慌てもしないし、おたつきもしない。当てが外れた顔を面々がしてる。
オレは即座にカウンターを仕掛けた。小指を振る。
「風刃」
浸透侵略部隊のエー・トゥールがすべて消えた。一瞬で影も形もない。その違和感にどこかに落としたのかと、戦闘中なのにとか、彼ら全員が慌てふためいている。
オレはそれを待ってあげた。
そして気がついた。慌てた振りしてるが一人だけエー・トゥールを装備してると言うことに。
「小父さん凄いな。セプトの人で対応したのは小父さんが初めてじゃないかな?」
「ばれてたのか……」
シューさんが探す茶番をやめた。と同時に皆も魔法で攻撃されたのだと認識して、探すのをやめる。無駄だと判断したのだろう。素早い損切りだ。
シューさんが皆の前に出た。オレが構えてないので魔法での攻撃はないと判じたのだろう。これが敵との信頼関係か。敵だというのに、オレも確かな絆があると思ってしまう。シューさんはオレが部隊の面々を傷つけてないことの意味も正確に把握している。
「一人だけ避けたよね。と言うか迎え撃って正面から叩き潰したもんね。小父さんすごいな」
「シューだ。シュー・ゲルト」
「じゃあもう知ってるだろうけどオレは醍醐」
「ここに来て偽名とはね」
「コードネームと言ってよ」
「なるほど。コードネームか。それはそれは大変な情報だったんだな」
「わかってもらえて嬉しいよ」
「では行くよ。私の得意技だ」
「音波かよ」
瞬間、唇の隙間から振動波が放たれた。
そして腕に嵌めたブレスレットのエー・トゥールからは深度一が放たれる。
別種の二連撃とは凶悪だ。振動波に足を踏ん張って対処したら、後から来た深度一にオレだけ深度一に潜らされるのね。
音波攻撃と思わせといて二番目に得意な振動波が来るんだもんな。いやはやお人が悪い。
「風壁」
適当なことを言ってみた。くるるの魔法使い設定なので。
そして振動波がオレの身体の状態固定に中って振動波は消えた。
深度一攻撃?
弟さまがブースト深度一さえ拒絶してくれてるのに、今さら下位互換の深度一なんかに対処しませんよ。
はい丸投げです。そして実際深度一は全く効能をあらわさなかった。
それにしてもオレのおかしな風刃を対処したのは大したものだ。恵風にさえ対象にいきなり現れるから風刃じゃねぇ、もっと凶悪だ、みたいな扱いを受けてるのに、その特殊な風刃を口内のエー・トゥールによる振動波で相殺した。おそらくシューの振動波は原理的には風刃と同種の物なのだろう。
魔法か科学か。差異はそれだけだ。効能が同じなら至る結果も同じ、ということか。
「でもシューさんだけ仲間はずれは可哀相なんでみんなと同じにしてあげますよ」
「遠慮しますよ」
と返答を聞く間に、指を手刀を切るように振った。
「また風刃かっ」
対処しようと腕を隠した時にはもうシューの腕のエー・トゥールは送還されていた。
だが隠した腕でポケットから新たなエー・トゥールを取り出す。目のエー・トゥールだ。最初から付けないのは神経の伝達系の問題があるからだが、補助具を装着しようとされるのも困る。こっちは全く想定していなかった。あれを装着させるのはまずい。自分を深度一に放りこんで、深度一を拒絶してるこちらを速度で攪乱するつもりだ。
「風刃」
と言いつつダブルで送還してしまう。
精霊魔法の振りをしてダブルを使うのは、最早対セプト戦における基本だ。
そしてこちらから肉弾戦に持ち込む。オレの小さな身体を目がけて蹴りを放とうとするが、緑川くんより全然大ぶりなんで燕返しをかけてすっ転ばす。
するとエー・トゥールなしの肉弾戦となったと見た他の隊員が、オレに殺到した。それでも緑川くんの動きより遅い。取り押さえようとしてるので避けて投げて同士打ちに持って行き、痛覚倍増をいなしたり投げたりするついでに施してみた。
いわば神経過敏にしてみただけだが、思いの外効果があったようだ。
三人ほどオレを捕らえようと残っているが、
「風震」
と適当な技名を叫んだオレのひと言で、エー・トゥールを接続してた疑似神経の接合部分に麻痺の電気信号を送られて全く動けなくなった。
ダブルでやられてることもわからせず、くるるの魔法使いの株を上げる、騙り部なりのごめんなさいという配慮である。
さて、だがまだ終わらない。
オレはシューさんのお腹に触れて結石攻撃をする。また尿路結石かよ、美味い物食い過ぎだとアミック隊の名誉は地に落ちるかもしれないが、麻痺から仲間たちが復活しても、動けない仲間は枷となるので一番最後まで残って隊に貢献した名誉あるシューさんに、その不名誉を担ってもらおうと思った。
大丈夫。たぶんシューさんなら許されると思うよ。
そしてシューさんは尿路結石となった。
その時に思ったのだが、なんかダブルの通りが良すぎる気がしたのだ。きちんと意識してやらないと通りが早過ぎて滑って通過してしまうような感じだ。危うく膀胱じゃなくて背中の皮に結石を付けてしまうような、そんな感覚だった。
オレは上空を見上げた。
地下空間に相変わらず煌めくような青いブースト深度一があった。
この空間の影響だろうか。状態固定の対象にかけてるはずが、視認したその先にまで状態固定がかかってる感じ。いつもより威力も効果も上がってる感じがする。これの修正は苦労するぞ。初めての空間だ。
しかも相手は基本オレたちより早い。そして力もある。
「それでも先駆けするしかないんだけどな」
弟さまにも無防備で無茶をさせている。真理ちゃんも精素の放出という異常事態に陥ってるはず。
だが幸か不幸か、真理ちゃんのいる地下六階の外れの場所には、大きなブースト深度一がかかっている。
ここなら間違いなくオレたちの深度一以上に時が止まってるはずだ。
行くしかない。
オレは更なる先へとダイブした。
◇
その頃ノーラとキューロは大騒ぎしてた。
「何あれ。あれが風刃?」
「上の層に留まってる男の人の風刃も変でしたよね。いきなり刃が現れて散ってましたもん」
ノーラとしては、このままだと誰にも邪魔されることなく魔物のいる場所に行かれて大爆発を引き起こされてしまうから、危機感を覚えて誰かに止めてもらおうとこの回のチャッター仕様の位相のずれを解いたのだが、立ち塞がった相手がまるで相手にならなかった。
「神様もわかってるんじゃないんですか?
どうやって止めろって言うんですか?」
「神様さー、けちけちしないでノーラに手を貸して上げなよ」
「わーわー」
とノーラが口を塞ごうとするが、キューロはするりと空を飛ぶ。
「だってさー風壁って何あれ。あんなの私できないよ。いきなり全方位に張ってる感じだったじゃない。しかも風じゃないし。へんてこな精気だし」
「やめてキューロやめてー」
するとキューロの声はますます大きくなる。
「それにさぁ何あの風震って。あんな技使う恒星十二精なんていないんですけど。本当にあいつは精霊と関係あるの?」
「それを調べるのは私たちの仕事です-。だから神様怒らないでー。うえ~ん」
ノーラはマジ泣きした。命知らずな精霊と共に今ここに短い生涯を終えるのだ。だがしばらく泣いても自分は死んでいなかった。
「生きて……る」
ノーラは恨みがましい目をキューロに向けた。
パタパタと飛んでるキューロが、悪かったとでも言いたげに降りて来て肩をぽんぽんと叩く。ごめんねと口だけ動かして謝意を示した。
「や、優しい神様でよかったね?」
「あんたがチャレンジャー過ぎるのよ。やめてよ私を巻きこむのっ」
「ほら。なんにもなかったんだし。仲直りすれば可哀相にと思って新しい託宣くれるかもよ」
「そ、そうかな」
「そうだよ」
「神様ぁ、私たち仲直りしました」
「とっても仲良しですよー」
神託を待った。待ったが託宣が降りて来ることはなかった。
読んで頂きありがとうございます。
この夏、出来たら投稿のつもりが長く毎日投稿となっておりました。ですが明日は所用があり更新できません。楽しみにされてる方、申し訳ありません。身内の手術の諸々の事があると思うので、こちらで判断がつかないのです。すぐまた更新頑張りますので、み、見捨てないで下さいねっ。




