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第1章 幼稚園時代
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第78話 異世界からの異邦人

 思ったより議会の説得に骨が折れた。最後は飛び出るようにして異界渡りをしてしまったけれど、今回の位相のずれは私自身驚くほどの大規模な物だった。

 今までは小規模で場所も散逸してたので、確実な特定など出来なかったのだが、これなら場所の特定まで容易にできる。絶対この好機を逃してはならなかった。

 だから異世界に飛び出したのだ。


 いま、魔境とも言えるような恐ろしい世界にいる。

 空の下にこんな魔境が広がってるとは思いもしなかった。


「ノーラ。ここどこ。無茶苦茶壊したいんだけど」


 耳元で口だけ出して、キューロがそうせっついた。


「ちょっと待って。外に出ちゃダメよ。もう恒星十二精をこの異界に奪われちゃったら、私フウで怒られまくっちゃうわ」


 私は位相のずれに隠れながら、その魔境の地へとゆっくりと降り立つ。


「それは自業自得でしょ」

「議会が決めたことでしょ。私のせいだけじゃないわ」

「でもそっかー。私まで消えちゃったらノーラもうフウに帰れないね」

「だからそう言ってるでしょ」

「じゃあ遊ばせて」

「ダメよ。お仕事中です」

「それってノーラがお仕事中なだけじゃん」

「私を見つけてキューロが勝手に憑いてきたんでしょ」


 キューロがてへっと舌を出した。もう付き合ってられない。今は本当に忙しいのだ。

 それなりに広い空間に人がたくさんいる。

 そして何で出来てるのかもわからない魔境がこれでもかと広がっている。その魔境に位相のずれの痕跡はあちこちあった。

 キレイな青い痕跡と、いびつな赤い痕跡。そしてノーラは見つけた。位相のずれに響く新たな位相のずれの胎動を。


「この地面の下ね」

「地面の下? 地面の下がどうにかなってるの? ありえないでしょ」


 キューロの顔がちょっと強張ってる。本当は恐ろしいのだ。これまでの調査でこの星には精霊がいないことがわかってる。おかげでこれまでも精霊をこの世界に飛びこませようとしたら拒否された。それも幾度となくだ。そんな精霊たちが決まって言う言葉があった。

「ここは恐ろしい」

 口々にそう言った。

 この異界に行くことを承諾したのは、通常の探索なら彗星の精クラスで事足りるのに、その彗星の精クラスが異界渡りの扉を開くと皆その瞬間にやっぱやめると拒絶したため、どんどん精霊の格が上がって、最終的には最上位クラスの恒星の精にまで打診をする羽目になったのだ。そしてそこでようやくアームが暇になったからいいよと手を挙げてくれて、ようやく承諾を得たのだ。

 そして今、そのアームと同じ、恒星十二精のキューロが顔を強張らせている。恐れもなくこの異界の探索に飛びこんで行った、アーム、イース、ミーカ、ケーフ、彼らと同格である恒星の精であるキューロがである。いっぱいいっぱいになる前に庇護下に置かなければならないとノーラは思った。


「キューロ、憑いてなさい。しばらく力を溜めるように」

「ん、わかった。あっ」

「どうしたの?」


 キューロがぴょこんと顔だけ出す。

 そして気づいた。キューロは風刃に驚いたのだ。ずれた位相の隙間から、大人の男の人が相手の砦の武装を解除するために風刃を放っていたのだ。その人に精霊が憑いてるのかと見極めるが、妙なことに精霊が憑いてる気配がない。

 結構な高出力なはずだった。人間だけであの力を出すのは十二士でもいないような。


「キューロ。潜るわよ」

「うん」


 今の光景を見てしまったキューロから、嫌だという言葉は聞こえてこなかった。

 ノーラは地中に潜って、更に位相のずれを介して視界を広げて、周囲を見渡す。


「キューロ、下にいる子」

「うん。精素が散逸してるね。あれじゃじき死ぬわ」

「でも精霊はいないね。精素だけある」

「この世界で精素だけあるのは変よね。あの女の子、誰かを捕まえて離さなかったのかしら?」

「あの子を虐めてる方が精霊を捕らえようとしてるのかしら?」

「でもそれなら精素の散逸で精霊がいるかいないかぐらいわかるでしょ。精霊が憑いてたら精素を回収するに決まってるじゃん」

「それすら知らない無知の存在なのかもね。

 やっぱり女の子が持ってて、どこかに逃がしたとか?」

「じゃあ他の誰かに憑いてるかもね。案外近くに憑く奴を捜してたりして」

「でも女の子が味方だと思う?」

「味方だったらアームもイースもミーカもケーフも、絶対見捨てないわよ? あの小父さんぐらいすぐ殺せちゃうし」

「そうよね。でもそれをしてないし、やっぱり味方じゃないのかもね」

「むしろ見捨ててて、いい気味だと思ってたりして。でもそれもないなぁ。私あの小父さん嫌いだもん。なんとなくだけど」

「適当ね。ここではやめて。お仕事中よ」

「じゃあ遊んでもいい?」

「ダメよ」


 遊びたいのは本当だろうが強がってもいる。乙女心は複雑なようだ。


「あ、端っこの方を見て」

「なにキューロ。特に変わったことは」

「もっと端よはし、端っこ」

「あっ」


 そこに妙な動物がいた。


「でも動物じゃない…………よね」

「女の子の精素を見て喜んでる」

「じゃあやっぱり魔物?」

「たぶん」


 初めて見た。


 精素は力だ。精素を吸うから呼吸が出来、物を持ったり運んだり出来る。走ったり歌ったり魔法を使ったり遊んだり出来る。

 けれどもその精素がこの世界にはない。薄い薄い何とか生きるためだけの精素とも言えない精素しかない。

 それすらをも喜んでると言うことは、あの精素を取り入れたいのだ。それが魔物の本能だから。

 惑星フウの古い文献にある。

 魔物は精素を好む。精霊は魔物につきまとわられるのがうっとうしくて滅ぼした、と。

 その滅ぼすまでの間にも、いくら精霊が攻撃をしても滅しても、同族の仲間がやられてるというのにそれでも魔物は精霊を追いかけまくったらしい。中には魔物に喰われた精霊もいたそうだ。だからノーラとしてもキューロをあの端っこには近寄らせたくなかった。


「あ、神託が降りたわ」

「なに? なんだって?」

「あの魔物の魔気と、彼らの使ってる煌子力という動力源が混ざると、ここら辺一帯が吹っ飛ぶんだって。しかも私の位相のずれを介してフウにも影響出るって」

「ノーラ帰ろう」

「ううん、ダメ。また神託が降りた」

「こんなに立て続けに? ここの神様働き過ぎでしょ。そんな神様いないわよ」

「チャッターの位相のずれを開始……。今っ」


 言ってノーラは涙目になった。

 その最後のひと言がかなり強い語調だったのだ。「開始」の後にちょっと考えて間が空いたら「今っ」と今すぐやれと神託が降りてきたのだ。


 生まれて初めて神様に怒られた。


 それでもすぐにチャッターの位相のずれを展開する。この位相のずれは位相のずれの中でも最上級、ノーラにしか出来ない位相のずれである。

 これを展開したからには何一つ動ける物はない。

 おそらくその間に魔物の処理か、煌子力という動力源の処理をしろと云うことなのだろう。これはどちらにしろキューロに憑いてもらって精霊魔法で一掃案件である。


「でも張ってみて思ったんだけど、これ、あの女の子の精素の散逸を防ぐよう私の位相のずれを展開させられたんじゃ」

「そうなの? 神様にとって重要な子なのかな?」

「わからない。わからないけどフウとは景色があまりにも違いすぎるから」

「そうだね。あたし超ぶっ壊したい」

「それでも見ときなさい。これ、信じられないほど発達した科学技術よ。でもそれよりも発達したように見える科学技術もあるけど」


 そう言ってノーラは広大な格納庫に停泊するティリオーダウン号に目を奪われた。あんな大きな建造物、ノーラの人生において見たことも聞いたこともなかった。



「ちょっと待って。何あの子。動いてる」


 そのキューロのひと言にノーラはビックリした。慌てて視線を戻すと、男の子が動いていた。


「そんな……」


 位相のずれをチャッター仕様で展開してるのだ。そのチャッター仕様の位相のずれで動ける存在などいるはずがないのだ。

 そんなのがいたらそれは神だ。でも神託をした神がそこにいる男の子にはとても見えない。確かそこの男の子は戦っていて、大人に言い様にやられていたのだ。その勝ってたはずの大人がキッチリ動けないでいるのに、そのやられてたはずの子が動けるというのがまた解せない。

 こんなチャッターの位相のずれで動けるような存在のくせに、何であんな変哲もない大人に負けてたのか、その意味がわからない。


「残念ながらノーラ、もう一つ下の方を見て」


 キューロに言われて更に絶句した。

 大人の男の人が意にも介さず動いている。さっき風刃を放ってた男の人だ。


「しかも二人の足見て。あの動力源がある」


 キューロに言われて目を凝らすと、確かに靴の底に煌子力と言ったか、あの動力源がついていた。


「仲間割れかもね」

「つまりこの人達が仲間割れして、位相のずれを動かしまくってこの私に迷惑をかけてたのね」

「そうなるね」

「うわ。むかつく」

「それで精霊を四人も捕まえてる可能性あるわね。物凄い爆発起こすぞって脅されたら捕まらざるを得ないじゃない」

「あ。そうか」


 すべてが繋がった。

 キューロの推理に対し、ノーラも幼い顔で間違いないと頷いた。


「あんな靴を履かれたまま魔物の所に行かれたら、私たちの世界まで大惨事なのよね」

「そう神託が降りたんでしょ」

「行かせちゃまずいよね」

「当たり前じゃん。ほら頑張れ。うんこ出るぐらい踏ん張れ」

「ちょっとやめてよ。汚いこと言うの」

「何言ってるの。畑を耕す時みんなうんこして畑にまいてるわよ」

「別々の要素の行動を一本化するな」

「えー? 人間なんてみんなやってること一緒じゃない。食べたらうんこして、楽しそうだよね」

「排便は楽しんでするものじゃない。まったく。これだから排便のない精霊は始末に負えないわ……」

「始末に負えないのは目の前のあの二人でしょ」


 それは確かにそうだった。それまでのような速度で移動はしてないが、チャッター仕様の位相のずれでも日常動作がきちんと行えている。

 一部対応されたとはいえ、それが出来ることが異常なのだ。どうして普通に動けるようになったのだろう。


「おっかないね。まだまだ何か出来るのかな」


 そのひと言でキューロがぶるっと(ふる)えた。


「ちょっとここで遊ぶのは、遠慮しようかな」

「黙って。あの子、私のことに気づいてる」


 言われてキューロも気づいた。男の子がじっと見えるはずのないこちらを見上げている。チャッターの位相のずれの中にいて、こちらの位置を正確に把握している。

 これは恐怖だった。


「精霊が……、誰か憑いてるのかしら……」


 キューロのその希望的観測にノーラは首を振った。

 精霊が憑いてれば、どんな大人の男だって必ずお調子者な行動を取る。それが精霊に憑かれると言うことだ。でもあの男にはそれがない。ならば可能性はもう一人。

 そう思って大人はしばらく放置して、男の子の方を観察してたが、その男の子はチャッターの位相のずれに恐れげもなくずんずん飛びこんで行く。しかも動けなくなるどころか普通に動いている。

 精霊世界でも私が展開したら私の許可がない限り、精霊だって動けないのに。


「そうなのよね。堂々巡りしてるけど、あの子は普通に動けるのよねぇ……」

「しかも楽しんでるよね。周りをよく見て楽しんでる。チャッターの位相のずれを観察してるのかしら」


 キューロが疑義を持ったが、こちらの都合などお構いなしに男の子は進む。このままだと男の子が魔物の場所に到達してしまう。それはいけない。


「ちょっときついわね」

「いったん休みなよ」


 ノーラは一度チャッター仕様の位相のずれを解除した。そしてチャッター権限で全員の深度一を発動できないようにする。そして今度こそともう一度チャッター仕様の位相のずれを展開する。

 これ以上地下に行けないよう、念入りに位相のずれを構築する。


 それでも駄目だった。

 男は留まったが、男の子は下の階に向かって、魔物と邂逅することを諦めないと努力し始めたのだ。位相のずれを念入りなチャッター仕様にまでして、動きを止めるはずだった。それでも動くのだ、あの男の子は。

 正直信じられないほどの力を持っている。ノーラは何で精霊たちがこの世界に入るのをあれだけ怖がったのか、その理由を見た気がした。

 フウでもこんなことが出来る存在は精霊にも人間にも居ない。

 あまりにも存外だ。存外の存在だ。そのうえで精素を持つ男と男の子という存在なのだ。これは危険だろう。こちらの有利になる点がない。しかも精素を持つと言うことは、憑いてる気配がない以上、精霊そのものを使役してる可能性がある。

 戦うに際しても、チャッター仕様の位相のずれを移動するにしても、精素の放出量が少ない。と言うか全く出ていない。とうことは本気を出せば大規模精霊魔法が使える可能性まで出てくる。


 個人の力でそんなことが出来るのか?


 神様ではないはずだ。

 そう思ったが最早その考察にも自信がない。存外すぎて自分の物差しでは測りきれなくなってしまったのだ。自分よりずいぶん年下だろうに。

 ハッとした。

 子供だからこそ常識がまだ備わってないことに。

 そしてこんな力を持ってる子にもしも常識がなかったとしたら、それはもう大変ないじめっ子になるのではなかろうか。


「もしかして、精霊を虐めてるのかな」

「何それ」

「あの男の子、チャッター仕様の位相のずれを歩けるんだよ。アーム、イース、ミーカ、ケーフ。この誰かが協力させられてるとしか思えない」

「…………あいつら、私より記憶力良かったのか」


 キューロががっくりした。


「何よそれ」

「私は脅されても、チャッター仕様の位相のずれの歩き方なんか教えられる気がしない。だってノーラが歩かせてくれるのが当たり前だから、位相のずれを理解しようなんてしないし」

「うわ。ああ見えて四人とも真面目だったんだ」

「私はショックだよ。序列、一番下なのかなぁ、私。…………シクシク」

「ほら。元気を出して。監禁でもされてたら、その四人をキューロが助け出してでもご覧なさい。一躍序列トップよ」

「おおっ。その手があったかっ」


 キューロがニコニコして誇りを取り戻した。チョロくて可愛いものである。


「いいわ。チャッターとして邪魔をする」

「ちょっと。チャッターは私。あなたは恒星十二精」

「はいはーい」


 返事してキューロが、やっておしまいなさいとノーラの背中を押した。


「まったく。言うほど簡単じゃないわよ。女の子は神様の息のかかった子かも知れないし」

「でもその神様が魔気と煌子力を近づけちゃダメって神託を下ろしたんでしょ」

「そうね。……やりましょうか。男の子を近づけないのが一番ということで」

「行け行けー」


 キューロは気楽で羨ましい。これから肩を持つ方も、魔物を所有し、神様由来の女の子を虐めてる節もあるのだ。だがその神様は男の子を魔物に近づけたくないようだ。

 本当にこれでいいのか。神様にも、あの場にいる者達にも、そして男の子にも話を聞いてみたい気もする。でもきっと言葉がわからない。


 ちなみにキューロは全く気づいてないが、魔物持ちの男達の方も実はやばいのだと。

 もし彼らがキューロのような精霊を目にしたら、それまでこちらが肩を持って上げてたのに、いきなり変わり身して魔物をけしかけ、こちらの邪魔をしてくるかも知れない。そんな危険もあるのだ。

 精素を持つ女の子も普通に拷問してるし、完全にこちら側の人間とは言い切れない立場であるのも確かなのだ。

 でもこっちは、変な位相のずれを使うけど、正直男の子達ほど脅威じゃない。精霊魔法で簡単に駆逐できる。

 ここらへんが仲間割れの原因だろうか。


 やはり一番の脅威は男の子なのだ。


 この子には全力でぶつかっても通用するのかどうか、それすら定かではない。何しろこちらの一番の武器であるチャッター仕様の位相のずれを、あっさり攻略されてしまってるのだ。

 あの男の子は、本来自分の能力より上の能力なのだと、ノーラはハッキリと肝に銘じることとした。そういうのを相手にするのだと。自覚して動けと。


 そこで一つの戦術に思いが至る。


 以後は男と男の子だけに深度一をかけ続けた方がいいのか、と。

 神託が欲しかった。

 キューロがこっちの神様働き過ぎと言ってたが、どうせなら働きついでにもうひと声指示がほしい。ノーラは切にそう思った。


「でもとりあえずよ」

「とりあえず?」

「ノーラ。アンタはちゃんとここに来た。準備に時間がかかったけれど、それでもこの異世界にやって来た。私は嬉しかったよ。今度は自分で調べるのだ。先遣した他の精霊も探すのだって、アンタがいってくれてるみたいでさ」


 そういってキューロが目を逸らした。照れ臭かったのだろう。普段おちゃらけてばかりの精霊がこんなことを言うなんて、本当に珍しい。

 だからキューロは慌てて飛び出す私を見つけて憑いてくれたのかも知れない。

 訊いても答えてくれないだろうけど。

 そしてノーラは改めて思い出すことにもなった。故郷の惑星フウのことだ。

 フウはこの異世界に四人も大精霊を送り出してしまったので、恒星十二精から四人が空席となってしまったのだ。十二士も五人しかいない。

 議会にしても、チャッターである自分が言うから、それだけの戦力を投じさせてくれたこともあるだろう。今回その議会すら決裁を待たずに飛び出して来てしまった。

 帰ったら大目玉である。

 …………キューロも連れて来ちゃったし。

 せめて精霊だけは必ず連れ戻さないといけない。それが知らなかったとは言え、この恐怖すら感じるほどの文明を有した異世界に恒星十二精を送り出してしまった、自らの責務なのだと、今は思う。


長くなりました。楽しんでもらえたらいいのですが。

頑張ります。ひっそりと読者さんが増えて嬉しい限りです。応援ありがとうございます。

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