第76話 寛司対拘束隊
最上寛司だ。双子の弟だ。
オレは惑星セプト出身のセプト人達が根城にしている東京駅近郊の地下大深度に囚われていた。オレがいるのは地下三階の第二研究層というところらしい。
ここで地球に住む人類のあれこれを調査してたようで、地球で使われてる道具で検証を行ってたようだ。なかなかに徹底してると思う。
そんな風に感心してるオレの前には、今、五人の壁がいる。
右から二番目の男が全身に攻撃型エー・トゥールを纏ってオレに尋ねてきた。
「逃げるのかい?」
「逃げてないですよ。私の目的にあなたたちが追いつけてないだけです」
これから起こることを端的に説明した。
すると兄さまから魂の回廊を通していきなり連絡が入った。
(寛司。魔気を送った。こういうものがあると知っといた方がいい)
それは精気とはまた違う、魔力に変換するにはその濃度が妙に薄い気体だった。
(了解。ところで今の話どう思った?)
(セプトの連中の戯れ言か?)
(そう)
(手の内を探られてるんだよ)
(さんきゅ。すぐに行くから)
だが兄さまからの返事はなかった。兄さまも急いでるのだ。
ちなみにオレの見解も、観察されているで兄さまと完全に意見が一致していた。
確かに現状こちらの思わぬところから手札を切られ、ことごとく上を行かれてる。振動波による攻撃は厄介。出力が絞られて全く目に見えない。強くするでなく、弱くすることで隠密性を上げてるのだ。以前の対峙を経てオレが見てから動いてるのを向こうは完全に把握してる。だから対策を立てられてる。そしてオレに中る。おそらく状態固定をかけていなかったら粉々にされてるな。そんな感じだ。
そしてそのオレの姿を子細洩らさず観察している。
全部当たって状態固定で無効化してもいいのだが、それだけしかしないとそれだけのための嵌め手をいずれ用意されてしまう。それは愚策だ。だから回避も入れて回避するわけだが、回避したと思ったらそこに次の手を用意されている。
こう言ってはなんだが深度一の扱い方がうますぎる。真理ちゃんのいる地下六階に向かいたいのに、そこにはまた対人兵器の機械が仕込まれていたりする。しかも今度出て来たのは防御特化。銃身周りを盾で覆っている。
これはこれで足止めが狙いではなく、こちらの攻撃手段を探ってるのだろう。
それを風刃で一掃する。
オレはこれまで人に対して一度も攻撃的にダブルを使ったことはない。だがそうも言ってられないような気がしてきた。
オレは急ぎたいのだ。
セプトの連中は無力化されても攻撃はされてないから、こちらの手の内を探りたい。それはわかる。対応としてもとても理に適っている。
でもそれはオレが逃げる前提で動いていた場合の話だ。
「もう時代が変わったんですよ」
オレは厳かに五人に告げた。
兄さま同様に気合いを入れると深度一の青みが深みを増したようだった。
これは──。
見たこともない美しい青色にオレの全身が覆われたようだった。体外には一切洩れ出てないので目視による確認は出来ないが、それでも解析を向けただけでいつもより色合いの深みが増してるのがわかる。
美しい深度一だった。
その美しさに気を取られてたら、下の階からいきなり男が現れた。全身を攻撃型エー・トゥールで纏った新手だった。
その男に目を奪われたら、右下方の横合いから狙撃された。全くの死角から床をすり抜けて狙撃されたようだ。右目から脳髄へと火線を引くはずだったその弾丸は、オレの眼に中った瞬間ひしゃげて潰れた。
状態固定がかかってるんでね。悪いが全く通用しない。
それにしても──。
地下四階には誰も居ないんじゃないのか?
そしてオレはある勘違いに気づいた。
兄さまは地下四階に真理ちゃんはいないと言ったのだ。敵がいないとは言ってないのだ。まるっきり探索してる対象が違ったわけだ。オレたちは真理ちゃんだけを探してたのだから。そして自分も兄さまと同じ過ちをしてることを悟った。
(兄さま。伏兵がいる。気をつけろ。真理ちゃんのことしか頭になかった)
(そいつぁ済まねぇ。なんせ戦飯、いくさめしを食べてないからなー。出汁茶漬けでサラッとお腹に入れて、腹を空かさないよう、かといっていっぱいにして緊張感が解けぬよう。それが出来てない)
なんだか随分と余裕があるな。
ということは相当手強い相手らしい。
(兄さまはどうなんだ?)
(こちらの言動に確認を入れてくるから、武人ではない。詐術に乗る武人は弱い。むしろその手のことが全く通用しないバカだ)
(つまり強いってことか?)
(そうだ。バカだが隊長なだけはある。ジェラルド隊長だ)
あの人か。それはまた嫌な相手に当たってしまったようだ。
そう思いを馳せた瞬間、また真理ちゃんからの精素が放射された。
真理ちゃんの周りにいる魔物が騒ぎ立てているようだ。だが真理ちゃんは気づいていない。何で無反応なんだ?
(いったん切れ、弟さま)
(兄さま?)
(真理ちゃんに引きずられると全滅するぞ。最早なりふり構ってられない。オレはコイツを瞬殺する。弟さまも足に付けるから準備。情報送ったっ)
瞬間、足の裏が両方ともチクッとする。
(これはっ)
オレがつぶやいた時にはもう兄さまがダブルで物質創造して付け足していた。どうせオレの靴はオレが大人化した時に兄さまがダブルで作った物だ。どんな形にされようと文句はないが──。
(靴底に攻撃型エー・トゥール、隠蔽使用って、相変わらず無茶だな)
その煌子力内臓の兄さま特製攻撃型エー・トゥールは、靴底の中に完全に隠しきられていた。そしてこの靴の性能はジェラルド隊長の攻撃型エー・トゥールの足の仕掛けと全く同じ。それをオレたちの深度一で能力を発揮させろということらしい。
(凶悪だな)
瞬間兄さまの解析からもオレがかき消えたようで、兄さまが慌てふためいていた。
(切っとけよ、兄さま。オレも切る。後で会おう)
そしてオレは存分に兄さまからもらった新しい道具を使う。
弾よりも速く、思考も凌駕し、わからせぬ間に圧倒する。
オレに狙撃を命中させた遣り手から対処する。その遣り手は次弾を撃つために移動を開始し、オレの虚を突こうともう動き出していた。
速いな。他の人はまだ身体の向きすら変えていないのに、抜群の反射速度だ。訓練の成果なのだろう。撃ったら離れて反撃を許さない。こうして的をしぼらせないわけだな。勉強になる。
そしてオレは兄さま特製の攻撃型エー・トゥールを存分に発揮する。透過して移動する彼女の背後に一瞬で着いていた。そしてオレの手が彼女の左目に触れる。ここに彼女の攻撃型エー・トゥールの本体が仕込まれていた。いわゆるスタンダードな片眼鏡タイプのエー・トゥールだ。
彼女の名はシャーリー。妊娠中なのに隊務に就いたがんばり屋さんらしい。その彼女も無様に透過中の壁の中に埋もれて動けなくなった。
次にオレは、このシャーリーに指示してた伏兵の男に向かった。この伏兵の男は囮になってオレの眼を引きつける役目だったので、まだシャーリーに何が起きてるのかわかっていなかった。青い深度一の時間の流れのおかげだろう。オレの時の流れが圧倒的に速い。だがこの人の指示でオレはやられたのだ。生まれて初めて狙撃なんて物を喰らってしまった。
それにオレはてっきりミランダさんがリーダーだと思ってたから、その意味でもこの人には完全にやられていた。
目元に手を当て、眼鏡型の攻撃型エー・トゥールを無力化する。
この老兵の名はトム。ジェラルドの上司だったが、怪我を負った息子の代わりに前線に復帰したらしい。だがその手腕も最早発揮できない。視界が一瞬で暗転し、何も見えないまま攻撃型エー・トゥールは眠りについた。
次はノートン。最初の五人の一人。こいつは老兵のトムに眼を向けようとしていた。危険だ。危険なので韋駄天で視界の死角から急襲する。
ちなみに韋駄天とは兄さまがオレに付けてくれた攻撃型エー・トゥールのことだ。速く走れる。だから韋駄天。単純でわかりやすい、実に工業製品らしい素晴らしい名前だと思ってる。
そして彼も眼鏡タイプの攻撃型エー・トゥールをしていた。もっともその機能はすでに停止しているが。
そして次はお馴染みのボビーさんだった。この人も不屈の精神だ。何度やられても立ち上がってくる。そして今回も見事にやられ役を演じきった。胸部を凹まされたのを一生懸命に直したのだろう。でもブレスレットタイプの攻撃型エー・トゥールは強化する大元を間違えてる気がする。一番触れやすくて簡単に事が済んでしまった。チーン。
その隣にはあのクソ生意気なオーキッドがいた。オレに憑いた恵風の積乱雲で溺れかけた男だ。だがそんな男がそれでもまだ拘束メンバーに入って来たのには、人としての悪意が透けて見えるな。
きっとオレは色々やられたんだろう。知ったら腹が立つような、そんなことを。だがダブルで状態固定がかかっているから手痛いしっぺ返しをその身に感じてたことだろう。
それもわかってる。
さようなら。
オレは躊躇いなく眼鏡タイプの攻撃型エー・トゥールを無効化した。
そして一歩引いたところにいる男がいた。この男のことはずっと気になっていた。常に小隊から距離を取っていたのだ。その理由もすぐにわかった。
この男はメル。
アミックから派遣されたオレの拘束隊の臨時メンバーだ。どうやらアミックから何かあったらすぐに報せろと命令を受けてたらしい。
要はアミックの保険だな。
でもそれももう出来ない。ブレスレットタイプの攻撃型エー・トゥールはあまりに触れやすい。遠距離攻撃では的をすぐにずらせるのだろうが、時間差のある近接攻撃に対しては無防備もいいところだ。
だからこうなる。
メルの攻撃型エー・トゥールも沈黙した。
そして最後にリーダーだと思ってたミランダさんの脇に来た。まだミランダさんは最初にやられた狙撃手のシャーリーのほうに身体を向けている最中だ。
何と言うか、いつになく時の流れが遅いようだな。
オレがそっと眼鏡タイプの攻撃型エー・トゥールの本体に触れることで、ミランダさんもその動きを止めていた。
オレがやったのは攻撃型エー・トゥールのそれぞれの煌子力を抜いた。ただそれだけのことだ。
それだけで機能を停止し、それ以上動くことも元の形に戻ることも出来なくなったのだ。こうなってしまえば全身を覆う攻撃型エー・トゥールは攻撃型どころかただの重りにすぎない。今オレの眼前にあるのはそのなれの果てだ。黒い塊が第二研究層のあちこちに七体転がっていた。
人に対してダブルを使うまでもなかった、か──。
オレは全員の姿を一瞥だけすると、何も言わずにそのまま地下六階に向け、韋駄天で疾駆した。
読んでくれてありがとうございます。
今回は寛司だけです。心待ちにされてる方、もうちょっとお待ち下さい。




