第75話 左手
本作はR15です。今回は特に刺激が強いので、苦手な方は読まれないことをお勧めします。
本作を楽しんでおられる読者さまにも、以降の話で状態だけはわかるよう致しますので、ちょっとでも苦手だと思ったら今話は飛ばして下さい。よろしくお願いします。
金沢真理です。真司くんと寛司くんのお友達です。
知らない間に失神してたらしく、私は突然に思考が戻り、それから動けるようになっていることに気づいた。どうやら拘束されてないようだ。つと身体を動かそうとすると、下半身は動かないが上半身の拘束具は外されていた。左手にはブレスレットのエー・トゥールがある。またこれで深度一に潜らされてたらしい。
何となくだけど真司くんと寛司くんが展開する深度一に比べて、ずれが縦だけというか、雑というか、とにかく通常空間と同じように馴染めるような感覚がない。真司くんと寛司くんのは深度一に入っても日常と同じような感覚で楽しく遊べるのに、セプトの深度一では違和感がこれでもかと残ってる。
私は誰かの研究室のような所にいるようだった。見たこともない動物が搾乳を待つ牛のように、変わった機械の前に集まって来ていた。そんな装置を観察するための席だろうか、大きなテーブルの端っこに私は座らされていた。
動物の待つ声がだんだん大きくなり、目の前の装置が無人で稼働を始めると動物たちが次々とその装置の中に入っていった。
「お前にもあれぐらい素直になることを勧める」
そう言ってコツコツと靴音がし、アミックさんが私の前に立った。
そのアミックさんが私の左腕に嵌めてるエー・トゥールに触れると左腕がピリッとした。そのまま私は動けなくなる。たぶん麻痺系のエー・トゥールなんだろうなと私はようやく察しがついた。
「時間がないので手早く行くぞ。早く答えることを勧める」
アミックさんがまた同じようなことを言った。
「深度一から時折消えるな。あれは一体どんな風魔法なんだ」
「…………」
「黙ってるのは得策ではないな」
そして腕を覆わせたエー・トゥールから細い針のような物を指先から出して、私の左手小指に当てた。軽く弾く。
すると私の小指が第一関節から先が切れて飛ばされた。全然力を入れてるようにも見えないのに、極あっさりと私の小指が切れていた。
「あ…………」
「さて次の質問だ。お前たち親子はどんな親子なんだ」
親子と言われても……と思った時にはもうアミックさんは動いていた。
すぐに答えなかったので今度は左手の薬指が第一関節から切り飛ばされたのだ。
ただポンと指先で弾いてるだけなのに、それだけで私の指が切れてしまい、現実感もなくどこかに飛んで行く。
そして自分の左手を見やると、小指と薬指の指先が失われていた。その指先があったはずの場所から血がジワジワと滲み出てる。
「さて。お前だけ魔法を使ってないな。お前は親子なのか?」
私は意思を持って答えなかった。私の小さな身体ではわずかな出血が命取りになる。どうせ死ぬならアミックさんには何も教えない。
「強情だな。言えば治療してやるぞ」
そうは言っても無理。もう決めました。
それにその部分はとても琴線に触れる部分で、一番最初のお友達と一番最初に交わした約束でもある。
この価値をアミックさんは知らない。親戚の小父さんに、大人にいいように利用されそうになった私にとって、アミックさんの脅しより真司くん寛司くんとの約束の方が遥かに価値がある。
どうせ血が抜けて死ぬのだ。
痛いとか、声を出すとか、もう絶対にしないんだ。
最初に驚いて声をこぼしてしまったのは、私の人生最大の不覚だ。もう無様は晒さない。アミックさんなんかに負けない。私が黙りきれば私の勝ち。例え死んでも私の勝ち。
これはもうそういう勝負なんだ。
そう決意を込めてる矢先に、デコピンでもするような動作で私の中指の第一関節が切り飛ばされていた。
「消えたもう一人の子供は何処に隠れてるんだ」
痛い。熱い。ゲロでも吐いて他のことで気を紛らわせたい。でもそれをしたらアミックさんが付け上がる。ほれ見たことかと私の心を揺さぶろうと畳みかけるはず。
だから言わないと決意を新たにすると──。
私の薬指が第一関節から切り飛ばされていた。
私の薬指の指先は、装置に入る動物の近くにまで飛んでおり、それを見たアミックさんが飛んだ飛んだと手を叩いていた。
「さて、お前達はどこに住んでるのだ」
私が目も見ないで無視してると、またエー・トゥールの細い針がデコピンするように動いて私の小指を第一関節から切り飛ばしていた。
テーブルの上に血溜まりが出来はじめる。自分の血の匂いが嫌だった。酔いそうだ。
「名前は?」
もちろん答えないでいると、親指の第一関節が飛んだ。ちょっと強めに切ったようで、隣の棚に結構な勢いでぶつかって、ぽとりと落ちた。
「兄か弟か知らんが、交渉役の子供が醍醐と偽名を名乗ったのはわかってる。本当の名は?」
醍醐か。何で醍醐なんだろう。ノリかな? でも全然違うよね、醍醐だなんて。
小指の第二関節が飛んだ。
「恨み言はないのか?」
そんなことを言ったら、恨み言に引きずられてそっちに行ってしまうではないか。私は高潔でありたい。こんな簡単なこともわからないのか。
そしてどの指のどこかもわからないうちに私の指が飛んでいた。
それからも質問は続いた。私がもう答えないことはわかっているだろうけど、それでもアミックさんは質問をしてくる。
気がつけばすべての関節が切り飛ばされ、指の無くなった左手があった。
これが私の左手か──。
これを見て、それで終わりかと思ったらそれで終わりではなかった。アミックさんが周囲に眼をやって、それから注意深く私に尋ねた。
「インスティンクションを知ってるか?」
アミックさんがこれまでして来たのとは性質の違う、そんな質問だと私は思った。
耳慣れない言葉を聞かされて、私も少しアミックさんの話術に引きずられてしまったが、それでも知ってるとも知らないとも言わない。するとエー・トゥールが軽く手の平をなぞり、それだけで私の左手の手の平は、中手骨からいとも容易く両断されていた。
私の身体から血もそうとう抜け出たと思う。今やテーブルの上の血溜まりは大きく大きく広がっていた。その広がりを見てると頭がボーッとしてくる。
「そうそう。一つ言い忘れてたが、ここの研究員が戻ってきたら君が死んでも脳から記憶は抽出できるから」
私が初めてギョッとしてアミックさんを見た。その反応に満足したのだろう。アミックさんは言うなら早めに言うのをお勧めするよと改めて告げた。
「で、話してくれるかい? いつの時代のくるるから来たんだい」
私がそれでも黙ってると手首にエー・トゥールが当てられた。まるでバターナイフみたいに私の手首が切れて行く。
その光景を私が見てるのに気づいたアミックさんが、手首の三分の二ほどでエー・トゥールを止めた。
「気が変わったかい?」
私が無視をするとアミックさんはひょいと指を返して、あっという間に私の手首を切り飛ばしていた。随分とあっさりした物だ。この人は私のことなどいつでもどうとでも出来るのだ。
でもそれでも私は吐かなかった。何一つ吐かなかった。私のことをどうとでも出来るアミックさんが唯一出来ないこと、それが私が情報を公開することなのだから。
何ひとつ渡さなかったよ──。
それは誇りにしようと思う。死んだら情報を取られちゃうかも知れないけれど、その時は真司くんと寛司くんがセプトの人たちの記憶を操作するだろうから心配はしてないわ。
絶対負けるわけないもん、真司くんと寛司くんは。
それはここにいない、聞こえるはずのない真司くんと寛司くんに向けての、そう、たぶん手向けの言葉なのだろう。
瞼がとろんとしてきた。瞼ってこんなに重たかったっけ。信じられないほど重いや。
生まれてくる子は弟だろうか妹だろうか。一度くらいはお姉さん面をしてみたかったな。
そして──。
これ以上はどうしても考えることが出来なかった。気を紛らわすことも出来ない。
私を麻痺させてたエー・トゥールの嵌った手首が飛ぶと、それまで感じてなかった痛みが一気に私を襲って来た。
痛いが痛いのうえに重なり、痛いがずっとつづいてく。
麻痺させられてた身体からのいきなりの変化に私がついて行けない。凄まじい痛みの連鎖が襲いかかって来て、身悶えしようとする身体を私は必死で動かすまいとする。
そこで頭をつかまれた。大人の指が頭に食いこんで痛い。それから今はエー・トゥールの指かと頭をよぎった。
これで切られるのかな?
「人生の分かれ道だ。何を選ぶ。教えてくれればすぐに新しいエー・トゥールを嵌めてやるぞ」
エー・トゥールで私の頭に触れて、私が動かないよう操ってるようだった。麻痺の時以上に身体が動かない。でもそんなことしなくてボーッとしてどうしようもない。頭が考えてくれない。私なのに私じゃないみたいだ。
「それで痛みは消えるぞ。聞こえてるか?」
◇
オレは足下から立ち上ってくる散漫とした気配に気づいた。
地下から何かが放出されてるような……。
(真司、精素だ。真理の精素が放射されてるぞっ)
思い当たった。
(これがそうかっ)
そうか、精素だったのか。知ってるはずだ。
真理ちゃんが居所を教えてくれてるのだろう。こちらが探し始めた頃合いを見計らって目印をくれるのは、とってもありがたい。さすがは真理ちゃんである。これで真理ちゃんが更なる地下に囚われてることが確定した。
(でもやばいぞ、これはっ)
(ん? どうやばいんだ?)
(精霊世界でも戦争で人が死ぬ時があるんだが)
(それで)
(この精素は断末魔の時に放つような精素とおんなじだっ。これはそんな精素の勢いだっ。散逸してるっ。マジでやばいぞっ)
(それは真理ちゃんが殺されかけてると言うことかっ)
(そうだっ)
(セプトがそんなことをしてるってことかっ)
(そうだっ)
おいおいおいおい。オレは見逃してメッセージを送っただろうが。
「やってくれたな」
「ん? 何をだ?」
「やってくれたな、こんちくしょーおおおっ、あああああっ」
オレは自分でもわからないほど燃え滾った。
(聞いたか、弟さま)
(ああ。すぐに片づける)
オレはジェラルド隊長に目を配りながら、寛司と並列対処を開始した。
深度一展開。わずかな狂いも許さない。
そう思うだけで普段より色濃い深度一が展開してるようだった。オレたちの深度一はいつも青いが、そのいつもより青い気がする。だがその青みが外に洩れることはない。オレの体内でキレイに循環して、奴等の目には毛ほども見せなかった。
寛司からの地下三階からの解析が届く。真理ちゃんはいない。
オレから地下四階の解析を届ける。ここにも真理ちゃんはいない。
普段から目視だけの解析を嫌う弟さまは、浮かび上がってくる解析結果のふわふわした不確実さが嫌いだった。
だが今はそんなことに文句一つ言わない。かつないほどオレたちふたりによる爆速の解析が、この東京駅大深度の位相に展開するこいつらの秘密基地にかかっていた。あっという間に秘密基地を丸裸にして行く。
おそらくこれまでで最速だった。
ジェラルドが動いた。オレがこの深さにいて尚オレと同等以上の速度で動いていた。エー・トゥールの利点は、地球の重力による動作一つ一つに対して必ずかかるタメがほぼ必要ないと言うことだ。そこをエー・トゥールが補ってしまう。止まる、踏ん張る、殴りかかる。この一連の動作がほぼ同時に行えてしまう。端から見てると人体動作の基本から逸脱した気持悪い動きでしかない。
でもこれできちんと威力があった。
オレは左手でジェラルド隊長の小手調べの右ストレートを止めた。だが止めた瞬間ジェラルド隊長はもう手を引いて離脱していた。
ジェラルドに触れていた時間が短かった。深くまで入り込めない。情報が多すぎる。解析する時間もない。
認めよう。無理が通らない状況だ。
この場所で待ち伏せされたことといい読み合いで勝ててもいない。だがこれを通さないと真理ちゃんと会うことは、おそらく二度と叶わない。
(第五層いない)
(第六層、いたっ。真理ちゃんがいたぞ。でも遠い。六層の深さで六層と通路で繋がってるが、離れにぽつんとある例の飛び地のような研究層だ。その研究室の一室。アミックがいる。それからこれは…………、魔物?)
得体の知れない気体を体内に溜めた動物とも言えない生物を見つけた。アミックの基礎知識を探るとすぐにこの生物たちが魔物であることがわかった。
(魔物で確定)
(だが家畜のようだね。無視の方向で)
その時ジェラルド隊長がゆらゆらと揺れて、フッと後退した。
ならオレは地下に行くぞと透過を始めたら、妙な機械が行く手を阻むように下から駆け上がってきた。小さな長方形の箱にムカデのような可動式の足が七色の光彩を帯びて蠢いている。
「チッ」
これは煌子力由来の?
いいだろう勝負だ。空気を状態固定してオレが通る道を開けるよう手を振る。すると駆け上がってきたロボ同士が接触した。そのまま空気の空間に閉じ込めるよう、オレは手をグッと握り込む。
物凄い爆発がした。
見た目的には炎が七色に狂ったように色味を変えて行く。
「なるほど。煌子とは火の皇子なわけだ」
「なぜだっ。なぜ生きてるっ。確かに魔気と煌子力が反応したはずだ」
「知るかよ」
オレは握り潰したわけではない。空間に爆発を封じ込めるために、より慎重に解析をかけつつ未知の物質を取り込み、手でこうなれと補助したのだ。だから音すらその空間から洩れてない。ジェラルドはそのことに気づいてないようだが、まあどうでもいい。些事だ。
オレはそのまま空気をダブルで状態固定にしたまま手のように伸ばして操作する。空気の手で触れて解析、送還。その一撃で煌子力メカを破壊した。
遠く、ジェラルドの声がした。
「風で殴ったのか?」
優しく触れてただろうが。一撃にも色々あるんだよ。お前の一撃には力任せしかないのかよ。この力任せの脳筋が。それにしても──。
「自爆ロボかよ」
物にぶつかって自壊することで、体内に埋め込んである魔気を強制解放させ、動力で使ってた煌子力と融合しその後爆発させる、自爆前提の特別攻撃、特攻をするロボットだった。
だが構造がわかればそんなことはさせない。
今オレは急いでるんだ。
「風刃」
オレが感知してた自爆ロボすべてが一瞬で消え失せた。
「やれやれ。もしかして地下から送られてきてるヤツ全部をやってないか?」
ジェラルドの目からは透過して見えないらしい。だが正確に状況は把握してるようだ。
「おいガキ。おまえ、本当に何なんだ?」
わけのわからない力に困惑するジェラルドがいたが、それを教えてもらえないことぐらいもうわかってるだろう。バカなのか? まぁそう自称していたが。
オレは豆粒みたいに向こうにいるジェラルドの姿を見やった。
遠くに退避してたんだろうが、やっぱりバカだな。
「じゃあね」
今度こそオレが透過を始めると向こうで声がした。
「ハッハー。攻撃型エー・トゥール、能力解禁だっ」
お疲れ様でした。
真理ちゃんがんばれです。これがこの物語の動機です。書いてて私も燃え滾ってましたが、物語に誠実に向き合ったつもりです。真理ちゃんは叫くことを許しませんでした。
本当に、真理ちゃんがんばれです。




