第73話 二人目の魔法使い
最上寛司だ。双子の弟だ。
古いビルの飲食店街を抜けたロビーでオレたちは身を寄せ合っていた。
今はストーカーのように逃げても逃げても追ってくるセプトの別働隊との一戦を終え、どうにか平和裏にセプトの別働隊を一蹴できたので、兄さまが悪だくみをしてる。
そのおかげでオレと真理ちゃんは暇なので、周りから見えないようオレが兄さまの前に立って壁になると、兄さまの肩に手を置いて、オレに憑いてた精霊の恵風を兄さまに返すことにした。
恵風がオレの体内を通ってくのがわかる。オレの手から抜けて兄さまに憑き直し、それから恵風は自分の棲み家である鉄のインゴット、鉄の棲み家に戻って行った。
オレはその恵風に話しかけた。もちろん深度一は展開している。
「なあ恵風、今の積乱雲て技、どんな技なんだ」
「そうだな。向こうでは悪戯した子供にお仕置きでする技だな。雷でちくちく刺すと怖がる奴と逆にもっとやれって奴に分かれるな」
真理ちゃんが加わった。
「積乱雲って風の魔法なの?」
「そうだよ。大気に含まれてる水を風で操ってるだけだし、濃淡はその時の気分で適当だけど」
「濃淡って気圧のことかな?」
「あー、そんな感じ。感覚だから説明は難しい。呼吸をするのに説明を求められても息を吸って吐く、それ以上説明を求められても難しいだろ?」
「恵風、日本語覚えたてだし」「まーそうだね」
と言ったところで兄さまが悪だくみを企み終えた。
囮作戦からのお父さん達をいかに心配させないで子供三人で家に帰るかという方向に知恵を絞ったようだ。いくつかの案を足して話がまとまり、オレたちはその作戦を実行に移すこととなった。
「行っちゃったね」
真理ちゃんがつぶやいた。
「そうだね」
「なんか嬉しそうだったよね。わざとかな? 心配かけさせまいと」
「それもあるだろうけど、それは理由の十分の一も占めてないと思うよ」
「あ。やっぱりそう思うんだ」
「だって兄さまだもんな。一番槍が大好きな」
「魁けも大好きだよね」
「猪突猛進だよね-、我が兄さまながら」
「知ってた?」
「何を?」
「芋掘り遠足の時、真司くん、バスの前に座ったの」
「聞いてないな、兄さまから。何があったの?」
「バスの先頭は山本先生が座るから一番槍はダメと言われて悲しそうに後ろに移ったの。そしてら次は小菅先生が座るからダメって言われたの」
「アチャー。三番槍か」
三番槍。それは兄さまにとっては屈辱だったはずだ。
互いに顔を見合わせてクスクス笑った。こんな状況でも笑えることが、いかに兄さまの存在が大きいのかを、その大きさを物語ってるような気がした。
オレも肩の力が抜けた気がした。
もしかして真理ちゃんは緊張をほぐしてくれたのかな?
「本当に悲しそうだったの。私は笑いそうになっちゃったけど」
真理ちゃんが思い出して、もう一度クスクス笑った。
「もう習性だよね、兄さまの。本当に先駆けが好きなんだな」
真理ちゃんが見えない地上を見上げてつぶやいた。
「もう始めたかな」
「始めないわけがないよね」
あの兄さまである。逡巡なんかするわけがない。
「行こうか?」
「はい。行こう」
兄さまが地上へと出て、表立って作戦を開始した頃を見計らって、オレは真理ちゃんと手を繋ぎなおした。空中駆けっこで走り出すとすぐにビルを抜けて地中に入る。地中も事務室があったり駐車場があったり、すぐに土の中を抜ける。結構な速度で走っているが、今では真理ちゃんも手慣れたもので、最早オレたちと遜色なく深度一のなかを走ることが出来ている。
「寛司くん。どこら辺で上がる?」
「そろそろ上がろうか。地中からいきなり駅ナカ支店に入ったらお店の人にばれちゃうし」
「東京駅のトイレから出よう。男子便所にするけどい~い?」
「私はまだ子供だから親御さんと一緒に見えると思うから大丈夫」
そうじゃなくて男子便所に入ることに抵抗感はないかと訊いたつもりだったのだが、真理ちゃんはそんなところは心配してないらしい。さすが絵里ちゃんのお友達。
男前である。
オレたちは空いている大の男子便所から便所に出、誰もいないことを確認してから東京駅の通路へと出た。
「ど~う?」
「深度一すらかかってない。大丈夫だ」
オレは真理ちゃんに答えた。
実際、人通りも多いし、陸戦隊やジゼル電気の制服を着た者もいない。完全にストーカーをまくことに成功したようだった。
いきなり真理ちゃんがクテッとしゃがみ込んだ。
何事かと真理ちゃんの脇に一緒になって屈むと、モールの通路でヴォーギングを踊っている男がいた。
その男と目が合うと、いきなり杖を振り回し、オレのことをまるで指差すようにして杖先を向けた。
途端オレも眠くなる。
「何だ……いった……い……これ……は……」
ジッと目を見つめられた。その上でどんどん近寄ってくると、しゃがみ込んだオレたちの面倒をみるような振りをして、身体をごそごそとまさぐられた。
だがそれを振り払う力が出なかった。
意識が朦朧としてる。気を抜くと一瞬で塗り替えられてしまいそうだ。
だが何に塗り替えられるのだろう。
「魔法使いのくせに本当に媒体も杖も、何も持ってないのですね。食べ物も持ってない。どうやって魔気を摂取してるのか」
「誰……だお前……」
もう目を開けてるのも辛い。
私ですか、とその男が言った。
「私は二人目の魔法使いですよ」
口の動きは途中でわからなくなった。薄れゆく意識の中でそんな声だけがぽつんと届いていた。
◇
(かんじ)
遥か上の方でそんな声がした。
(おとうとさまっ)
そうそう、そう呼ばれてるよね。
(おはぎ喰いたくないかっ)
ひどいな。何だよそれ。おはぎは確かに好きだけど。
(大負けに負けてイチゴ大福もつけてやるっ)
それはなかなか魅力的だな。
(だから返事しろ、寛司っ)
(何だよ兄さま。返事したら何喰わせてくれるんだよ)
(おおっ、寛司っ。ようやく返事したかよっ。食い物で釣る作戦成功だよっ、こんちくしょー)
(何を大げさな)
(大げさなもんかよ、お前ずっと返事しなかったんだぞ。かれこれ三十分ぐらい)
(そんなに……。じゃあお昼の真っ盛りだな)
(そうだぞ。危うく駅ナカ支店のおねーさんに飯に付き合わされそうになった)
(ハハハ。マジかよ)
(お前と真理ちゃんを探しに行ったんだ。まだ顔見せてないって言うから、じゃあデモンストレーションに戻るって言って逃げたんだ)
(そりゃご苦労さま。本当によく逃げられたな)
(駅ナカ支店のおねーさんからはな。そっちはどうなんだ)
(あっ)
オレはやっと自分の頭の中の靄が消えるのを感じた。
真理ちゃんがいない。目を開けたら何も見えなかった。それどころか身体が一ミリメートルも動かないぞ。
(ゲ。気持悪い。動けないってこんなに気持悪いのかよ)
オレはどこかに囚われたようだ。
(がっつり拘束されてる)
(ベッドか何かに縛りつけられてるのか?)
兄さまが心配そうな声を出していた。こんな事は初めてだ。
だから状況を説明する。
(いや。真理ちゃんが急にしゃがみ込んだんで、オレも一緒になって屈んだんだ。だから屈んだままの姿勢だ。姿勢はね)
(なんだよ。オレが囮になる囮作戦でお前が捕まるなよ)
(え? お父さんたちを残して家に帰っちゃうぞ作戦だっただろ)
(あはは。そうだった)
兄さまがようやく笑った。
(で? 拘束と言ったが、弟さまは今どういう状態だ?)
(手足を拘束されてるね)
(怪我は?)
(状態固定をかけてるし全く問題ない。……あ)
(どうした)
(真理ちゃんと手を繋いでない)
(引き離されてるわけだもんな。そうなるな。ならその囚われた状態のまま解析をかけてくれ。現在位置、囚われた建物の場所、人、物、わかる順に片っ端から解析かけてその状況を利用しちゃえ)
(了解。急ぐよ。兄さまにも垂れ流しとくから)
(おっけ~。よろしく頼む)
そうは言われても魂の回廊で引っ張られる感覚というのだろうか。兄さまからの声が途切れたら、またすぐにでも落ちてしまいそうだ。そんな気がする。
(くそ。やたらと眠い)
(状態回復かけろよ)
(やった。でも眠い)
(じゃあオレがやるよ。状態回復。……どうだ?)
(なんか眠気が吹っ飛んだ。どういうことだ?)
(寝起きで調子悪かったんじゃね?)
(なるほど。そうかもね。しかし手ひどくやられたな。完敗だ)
(でも無事じゃん)
(そうだね。でもどうしてこうなれたんだろう。オレは完全にセプトの中にいた魔法使いにやられた)
(まさか? セプトに魔法使いがいるのか? 科学立国だろ、セプトは。
しかもくるるの魔法使いとは戦争を仕掛けて返り討ちにあった、天敵じゃん)
◇
そう言ってる間にも弟さまからやられた当時の状況が送られてきた。
(くるるに手ひどく返り討ちにされてから、銀河連盟を設立し、セプトの血の中にくるるの血を取り入れようとしたようだね)
(確認した。細い血筋を開拓船団にも入れたわけだな。話を戻そう)
(いやその前に)
(なんだ?)
(すまん、兄さま。真理ちゃんを奪われた)
(仕方ないさ)
(責めないのか?)
(オレもバルーンから情報を抜いた。それで大人の次善策の準備の細やかさに驚かされた。つまりオレも、弟さまと同じで、あいつらにいっぱい喰らわされていたんだ)
そしてオレも弟さまにバルーンから解析した情報をザッと送った。
(マジかよ。旧ビルの市街地戦の段階で負けること前提だったのかよ)
(それだけじゃない。装備を見て見ろ)
(うほっ。攻撃型エー・トゥールだと思ってたのに、単なる旧世代の練習用かよ)
(なかなかに計算高いだろ?)
(こっちはなんにも知らないからなぁ。すっかり騙されてた。壊れても無くなっても痛くも痒くもないわけか)
(そう。だからわかったろ? オレも一緒になってやられてたわけだからな)
そしてオレは弟さまから話を引き取って終えた。
魂の回廊を通して送られてきた情報の精査に入る。
弟さまと真理ちゃんに不意打ちをかけた敵は、エー・トゥールを一切身に纏ってない男だった。おかげで最初は一般人と見分けがつかなかったわけだ。見分けがつくようになるのは杖を取り出して、その杖を振り始めてからだ。
(兄さま。これたぶん、精神系の魔法だよね)
(攻撃系なら状態固定で完封できる。まったく効かないからな)
(思ったんだが、兄さま。さっきのオレが眠かったのは、オレ自身が術者によって魔法をかけられてたから解除できなかったんじゃないかな。眠いのが標準で、状態回復しても眠いままだったというか…………)
(その解釈ならオレたち二人を同時攻略しないと精神系の魔法も完全にかかると言うことはないようだな)
(そうだね。どっちかが魂の回廊を通して状態回復をかけたら治るってことになる)
(目安がついたなら先に行こう。そもそもこの魔法使いの正体が誰なのかって思ったら…………、いた。いたぞ弟さま)
解析を分析するといた。陸戦隊のポールさん情報だ。オレに突っかかって瞬殺され、弟さまの膝で止められたのが奇しくも膝蹴りのようになって、自爆したポールさん。攻撃型エー・トゥールを凹まされた陸戦隊本隊にいたポールさん。そのポールさんの仲間に確かに魔法使いがいた。
(アッチ・ドーナム)
(アミックからの情報でも確認した。間違いないね)
(そう。アミック配下のメンバーのようだな、本来は)
(この人の精神系魔法か。幻覚魔法とか、催眠魔法とか言われてるみたいだね)
(陸戦隊には必要ねー、とか笑われてもいるな)
(でも格闘術でも実力があるから笑い話で済んでるみたいだね)
別働隊の面々を捕虜に取らなくて良かったと思った。
あれがあるから向こうでも真理ちゃんの扱いは壊れ物扱いになるだろう。
とりあえずオレの持ってた情報と摺り合わせると──。
集団戦で攻めると見せかけて一人で攻めてきた。
肉弾戦と見せかけて魔法戦を仕掛けて来た。
魔法は凄いと別働隊全員でやられながらこちらを持ち上げといて、ひっそりとこちらの警戒を解いていた。
そして実際アッチ・ドーナムの精神系魔法に弟さまがころっと捻られた。
エー・トゥールをあえて装備していないため、地球人とも見分けがつかない。
上へ、上へと逃げる習性があると見抜かれて既に配置されてもいた。
それを連絡し合って、弟さまと真理ちゃんをモールで捕捉した。
間違いない。
((強敵だ))
オレと寛司の声が重なった。




