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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第72話 At World's Edge

 さて陸戦隊の別働隊は倒した。その際に攻撃型エー・トゥールを灰燼にしたことでわかったのだが、別働隊の中には女の子もいたんだな。

 その女の子の胸があんまないんだけど、それでもオレたちからしたらおねーさんだから男だと思ってたとか子供の声に聞こえてたとか、そういう事実だけどデリカシーに欠けることは言わないでおこう。


 オレは弟さまを見上げる。

 ダブルで体格は大人になってるとはいえ、普段の交渉はオレがやるのが通例だからな。合図をあげないとやりづらいというのは弟さまにもあるだろう。でも今回ばかりはお父さんとセプトの連中を誤認させてるので、お父さん役をきっちりやってもらわないといけない。

 弟さまもオレの合図に気づいて頷く。


「あー、ということで皆さん帰って下さい。ジゼル電気でもセプトの船でもどっちでもいいですから」

「捕虜にしないのか?」


 アミックが訊いた。


「しませんよ。こちらの本意は伝えました」


 真意と言わないところが弟さまらしい。追いかけないでねと言うのは間違いなく本意だ。そしてセプトの連中がジゼル電気でどれだけ利益を出そうが、ヨーロッパの人々に貢献した上での代価だから、そこに文句をつけるつもりもない。

 オレたちが言ってるのはただそれだけのことだ。

 別に地球人じゃなくて遠い遠い惑星セプトからやって来たセプト人だと、世に公表するつもりもない。


 少なくともここで捕虜とせずに解放すれば、本当のことを言ってるのではないかという信憑性が増す。三度も四度も追いかけられて、この対応をするというのは結構破格なことだと思う。今度こそそこらへんを考慮してほしいなと切に願う。

 そうしてオレたちは、連れ立って年季の入ったビルから出て行くセプトの面々を見送った。途中女の子が一度振り返ったが、オレが手を振ると振り返してきたので、少しは誠意が通じたのだろうと思う。


 もっともまだ問題はある。

 そもそもジェラルド隊長たちはまだ倒してないしな。

 部下の報告で自分たちの作戦を変えると言うことはまずないだろう。そうなると次に来るのは隊長格だ。慎重に逃げないと。


「真理ちゃん、弟さま。話があるんだけど」

「はい」「おう」


 そしてオレは、オレが囮になろうと思ってることを告げた。ひとりで先に地上に行くのだ。もちろん三人一緒もいいのだけれど、それだとティリオーダウン本隊の人が集まって来たところに三人で全体の対処をすることになる。今回はそれよりも先にオレが出て、オレに人が集中する方がずっといいと思ったのだ。

 オレが派手に目を引けば、弟さまは別として、それだけ真理ちゃんが楽になる。そして万が一のために真理ちゃんには弟さまがつくわけだから、オレも安心して囮生活を満喫できるようになるわけだ。


「いいの? それで」

「オレは(あに)さまに賛成だな。それから駅ナカ支店のおねーさん辺りに頼んで車で送ってもらった方がいいと思う」

「お、それいいね。電車で帰らないからあいつらも追えない。カメラは壊れてるから映像が残る心配もない」

「それに駅ナカ支店のおねーさんが絡んだらお父さん達も心配しないでしょ。オレたちが先に帰っても」


 うん。駅ナカ支店のおねーさんはオレたちをおもちゃにしてるからな。本店に顔を出すついでに弟さま達を送っちゃっても、さもありなんで済む。

 すごい良い案に思えてきた。


「真理ちゃんはどうかな?」

「真司くんが一番危ないんだよ」

「オレはどうとでもなるさ。一人なら海にでも空中駆けっこで駆けてっちゃう」


 あはははと真理ちゃんと弟さまが笑った。


 実際これで逃げ切れると思う。ほとぼりが冷めてから海上公園辺りから深度一を解いて、歩いて帰ればいいんだから。ていうか家まで海中から地中へと走るのもアリだな。深度一の加速状態なら楽勝でしょ。

 セプトの面々より四倍速く、時間を有効に使えるというのは、こういうところに利点がある。

 三人で深度一駆けっこをやったら、お父さん達に「子供たちだけで勝手に帰るな」と心配させちゃうから無理だな。真理ちゃんと弟さまだけを駅ナカ支店のおねーさんに頼むのが一番無理がない。


「じゃあこの作戦で」

「了解」「気をつけてね」

「わかった」


 ここに『お父さんたちを残して家に帰っちゃうぞ作戦』を開始する事とした。


 オレは地下から空中駆けっこで駆け上がり、地面を透過して人のいないビルの裏手で深度一を解除した。そして何食わぬ顔でビルの影から出て裏通りを歩き始めると、ほどなくしてバルーンが駆けよって来た。

 なぜわかったのだろう。オレがここに出て来たのは偶々でしかない。

 深度一の索敵ではないな。地下から照射されてない。何か別の索敵だ。


「追いついたの? 妙なことしてるね、ボンバー小父さん」



 ◇



 バルーンは内心醍醐(だいご)と名乗ったこのこどもを、目聡い子だと感心した。

 とりあえず確定したことは、電波封じで騒いでるのを知らないこと。人混みを避けて現れたこと。人に見られたくない何か秘密があったと言うこと。こちらがドローンを飛ばして単純な人海戦術を敷いたことに気づいてないこと。

 そして、この目聡いくるる人の前では一瞬たりとも気が抜けない、と言うことだった。敵対すれば封じられる。それは自分の役割においては愚策中の愚策だった。



 ◇



 妙なこととオレに言われたのに、バルーン小父さんは紳士な所作をあくまで崩さなかった。にこやかな顔でオレにまた会えて嬉しいといった感じで話しかけて来た。


「坊ちゃんほどじゃないですよ。仲間に何かしましたか? 返事が来ないものですから」


 それは全員の攻撃型エー・トゥールを欠片も残さず消しちゃったからな。返事なんか来るわけがない。通信機がないんだもの。

 オレは肩をすくめて返事する。


「何を言ってるのか全然わからないんだけど」

「いやはや。見た目に騙されて手ひどくやられてますね。これはお小言が増えそうだ」

「アミックからか? 安心していいよ。アミックも絶賛失敗中だから。東京駅で人さらいかよってことで、いま衆目の大注目を浴びて、ジゼル電気の関係者とばれるのも時間の問題だと思うぞ。浸透戦略のセプト人さん」

「それもどうでしょう。分断されて坊ちゃんも情報を欲しいのでしょうが、それはこちらが決めることです」

「じゃあぶっちゃけると、みんな船かジゼル電気の方に帰ったよ。出来れば彼らから話を聞いてほしいんだけどね。彼らは少しはこちらの本意を理解してくれたようだからさ」

「そうなんですか?」

「そうなんです」

「軽いですな。坊ちゃんを信じるには言葉が軽い。それでは無理ですね」

「そうなんですか?」

「そうなんです」


 喰えないお人だ。さて、どうしよう。

 とりあえず戦わずに話し合いに応じてくれる唯一の人でもあるんだよな。セプトの面々でも相当に珍しい部類の人だろうし。


「ん?」

 オレはバルーンの周囲に眼を配って後続を気にかけてたのだが、それとは別にこの裏通りと東京駅界隈がざわめいてるのに気づいた。


「何だろうこれは? この町のざわめきは?」

「わかりませんよ」


 歩いてる人たちが皆携帯電話を手に立ち止まっている。オレは自分も含めた深度一を強制的に解除した。

 バルーンは気づいた。


「なるほど。こちらはよくわかりました。人違いのようです。ここで退かせてもらいますよ、坊ちゃん」


 何が人違いだ。深度一を強制的に解除されて、いかにも話が終わったとばかりに道行く周りの人に取り繕っても、それはそっちの都合だろう。オレにはオレの都合がある。

 バルーンは深度一がかかってないとオレに思わせておいて、自分にはかけていたのだ。おそらくティリオーダウン号からではなく、自前の普通のエー・トゥール。オレには深度一を解除した感触がある。

 間違いない。

 そして気づいた。


「電波封じか」


 道行く人は皆何度も携帯電話を耳に押し当てたりしてるのだ。画面にも何度も触れている。

 携帯電話を使えなくすれば、地球人はどこにも連絡は取れない。それをこの東京駅一帯で強行したのだ。おそらくジェラルド隊長の指示。

 その指示の下にアミック傘下のバルーンも協力をしてるのだ。


「もしかしてやってるの、バルーン小父さん?」

「さて、何のことだか」


 目視で表層に解析をかける。一度バルーン小父さんには解析をかけてるから、差異の発見は容易い。そしてすぐに発見した。


「さっき駆けてくる時チラッと見えたんだけど、バルーン小父さん、もしかしてアンクレット型のエー・トゥールを足に付けてない?」


 するとバルーンが本当に驚いた顔をした。


「よく観察してますね。その通りですよ。何故か指輪型の私のエー・トゥールが無くなってしまいましたのでね。代わりに付けてるんです」


 ジゼル電気の制服の裾を上げて、そのアンクレット型を見せてくれた。やっぱり指輪と同じように、蔓が伸びて幾重にも折り重なるようなデザインのアンクレットだった。指輪より大きいだけに重量感が更に増している。いい年した小父さんにはちょっと派手だと思うんだけど。


「まあ、そこはいいか。それにしてもすごい技術ですね、これ」

「それはどうも」

「こんなことを考えた奴がいる。それが凄い」


 ここらへんの電波状況を狂わせてるのは間違いなくバルーン小父さんだ。東京駅全体か、この一角だけか、その判断はつかない。でもオレが携帯電話を所持してる可能性を考慮して、今この瞬間も電波妨害を発生してるのは確実だ。

 しかしこんな技術をよく組み込んだ物だ。

 地球に浸透すると決めてからだろうか。

 ただでさえ圧倒できる状況なのに、それでもここまで細やかに地球対策用の装備を作る。どういう状況になってこういう考えを深めたのか。それが知りたい。


「それを言うなら惑星くるるも大した物ですよ。煌子力と魔気が一緒になれば大爆発を起こすのは常識でしたからね。それを対象だけに爆発を止めるよう魔法を進化させたのですから」

「ほう?」

「とぼけますか? エー・トゥールが魔気と触れても大爆発をしないのですぞ。普通に考えたら地球が欠けてもおかしくないような威力を発揮するのが当然なのに、地球の存続どころか東京駅界隈ですら無事。

 それどころか術者、対象者、共に無事。こんなのは文献にも載ってないですよ。両者共に消し飛んで死ぬのが常識ですから」

「そうですか。でも何故主因がオレの方だと?」

「煌子力側から爆発を防ぐのは無理ですからね。それは煌子力エンジンで何世代にもわたって旅をして来た我々にはわかる。本当によくわかるんですよ。そうなると原因は魔法にしかない。

 いったいどんな魔法なんです。出来れば教えてほしいのですが」

「セプトの開拓船が魔法ですか。いやはや、平和裏に収まったら考えますよ。まずは合流して解放された別働隊の仲間と話し合ってほしいですね」


 オレが話し合ってほしいところを強調して言ったら、わずかにバルーンに苦笑が浮かんだ。よっぽどおかしかったのだろう。

 アンタの役目はおそらく、オレと弟さまが携帯電話で連絡を取り合うのを防ぐことなのだから──。

 その防いでる張本人だもんな。

 だが残念、オレと弟さまには魂の回廊がある。


 その苦笑を押し隠すように、バルーンが見せていたアンクレットを裾の奥に仕舞った。 優れたデザインは直感的に使い方がわかる。これを作った奴は相当に練り込んでる。

 だからわかる。

 やられてる。これは絶対に何かをやられている。


(弟さま)


 呼んでみたが返事がなかった。まずい時に声かけしたかな?


「ボンバー小父さん。少し話をしようか」

 そう言ってオレは指を振った。


「……これは話し合いではないですよね」

 動こうとしてるがバルーン小父さんは首から下がまったく動かない。今は指を一ミリメートル動かすのにも遙かな距離を感じてるはずだ。

 何故なら状態固定をかけているから。恵風がさりげなく風を回してくれてて助かる。


「風の拘束、としとこうか」

「何ですかなそれは。そんな風魔法は知りませんな」

「今決めたから、技の名前」

「なっ」

「ノリだよノリ。ほら、ボンバー小父さんが本来はバルーン小父さんと名乗ってたりするのと一緒だよ」


 バルーンが困った顔をした。


「なるほど。しかし不誠実ですなぁ。いい大人にはなれませんぞ」

「そ~う? セプト人が地球人の振りをするのは誠実なの?」

「や。本当に参ったな。ちなみにどこで知ったんだい、その私の本当の名前」

「アミックからね。仲良しなんでしょ」

「まさか…………」

「小父さんがどう思おうと事実は動かない」


 そしてバルーンに直接触れて解析した。ついでにそのままオレの痕跡を消す。


 まずは──。


 ジゼル電気に関する記憶消去。ジゼル電気関係者の制服から、服をスーツに変更。

 そしてオレは、大人はもっと狡猾だったと言うことを知る。


 深度一の照射が始まった。だがオレの立ってるところには欠片もかかって来ない。


 改めて話しかけてみる。

(弟さま)

 だがちょっと待ってもやはり返事は返って来なかった。こんなことは初めてだ。

 背中が冷たい。冷や汗だろうか。


(弟さまっ、おい弟さまっっ)


 それでも返事がなかった。


(寛司っっっ)


 オレの弟さまを呼ぶ声が魂の奥深くに、深くふかく落ちて行く。それでも魂の回廊はただただ開きっぱなしだった。オレの声だけが魂の奥底に吸い込まれて行く。

 いつからこの状態だったのだろう。

 深度一は遙か向こう、ビルを幾つか隔てたところに照射されている。


 オレはバルーンをビルの脇に運びながら、真理ちゃんと弟さまの無事を祈った。

 いや、祈る場面ではないのだろうか。完全にジェラルド隊長の嵌め手にしてやられてるのだ。

 それでもだ。どれだけ嵌められてもだ。オレたちはこの世界と世界の縁で根気よく戦うしかないのだ。逃げ延びるために。


 オレは弟さまたちがいるはずの空の下を仰ぎ見た。


「寛司。真理ちゃん」


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