第71話 指先一つで
アミックが右に動いた。そしてオレは戦闘型エー・トゥールの運用方法を知る。スペックではない実際の挙動というやつだ。
右に身体を回すオレの速度よりアミックの方が速かった。中心点にいるオレより速く回転するということは、アミックには相当な負荷がかかってるはずだ。なのにそういく苦しさが動作から感じられない。むしろ滑らかすぎてかなり楽な機動をしてるのではないかと疑ってしまう。
アミックは慣性制御にもそれなりの性能を割いてるのかな。でもそれをしたら攻撃手段の手札を減らしてしまうだろうに。
なので軽く手を捻ってみた。それだけでアミックは空気の壁にぶつかって弾き飛ばされてしまった。ダブルで空気に状態固定をかけたのだ。
風魔法に見えただろうか。
でもそれだけで物凄い衝撃だったんだろう、アミックの纏う攻撃型エー・トゥールから七色の光彩が所々こぼれていた。煌子力の残滓だ。その色味がだんだんと薄れて行き、アミックの用意した攻撃型エー・トゥールも最早機能を維持できる状態でなくなってくようで、まさに風前の灯火だった。
「やはり風の魔法か。くるる人はそんな事も出来るようになってるのか」
「いや。アミックほどじゃないよ。アミックも充分すごい」
だがアミックはそんなオレの、和解もあるよというメッセージを一蹴した。
「殺すつもりでやれ。それでも先達はくるるに届かなかった。俺がやられたのも見ただろう。
正しく、くるるの最精鋭だ。子供だろうと容赦するな」
アミックの申し添えで新たに合流した陸戦隊の面々がドヨッとし、そこに仲間のボビーが最初の邂逅でオレたちにやられたことを思い出したか、注意を喚起した。
「そいつは重くて固いぞ。そいつの親父は戦闘型エー・トゥールの胸部装甲をただの膝蹴りで凹ませた」
そう忠告した。おかげで陸戦隊は一時的にオレたちから距離を置いた。
「モトール合金を?」
「そうだ」
「魔法使いのくせに?」
「そうだ」
肉弾戦のいかにも不得意そうな魔法使いという肩書きからは想像もつかない思わぬ攻撃手段とその威力に、確認の視線が素早く交わされる。
そうしてようやく自分たち小隊が何故新たに呼ばれたのか、それを理解したらしい。
有り体にいうと現状認識が遅い。もっともこれまではそれで通用したのだろう。正直深度一に入った時点で完勝できるだろうから。
それがこれまでの陸戦隊に裏打ちされた自信なのかもしれない。
でもそうなるとこの場にジェラルド隊長らがいないのが気になる。情報の伝達もしてないようだ。映像関係は厳しくあれに統制されてるだろうから、それの対策に駆り出されてるのか?
うん。より厳しい戦いになると踏んで、超臨界水の方にジェラルド隊長たちが向かってることも予想できる。何より納得できる理由でもある。
そこへ弟さまから連絡が来る。
(伝達したのに記憶を消された可能性も考えられるよね)
(そうか。それもありえそうだね。ホント、アレは何を考えてるんだろうか。オレたちもセプトも、地味に引っかき回されてる気がするよ)
(でも伝達してない可能性も考慮に入れておこう。仲間に情報を流さないのも常道だろ? 敵を騙すには先ず味方からって)
(了解)
結局こちらは目の前で起きたことに対処するしかないわけだ。
女の人はストーカー対策とかどういうことやってるんだろう。つきまとわれるのって本当に迷惑なんだな。
そしてそんなオレたちを前に、ストーカー共が敵前会議を行っている。おっかないよなぁ。ストーカーが複数でストーキングしてる相手の目の前で話し合うって最悪だろ。
◇
セプトの連中もここに来てやばさを悟ったらしい。子供を捕らえるだけだという考えはもう捨てたようだ。
ボビーが懸命に説明してる。
「その上おれは予備の攻撃型エー・トゥールもたった今、粉微塵にされた」
セプトの面々がその高威力に驚いたようだが、ボビーさん、それじゃまるでオレたちが悪いように聞こえるのだが。それは何でだろう。
そしてボビーのその言に、陸戦隊のメンバーも引っ張られる。
「おまえ、わざと装備を外してたんじゃなかったのか?」
「外すかバカ。すでに無くした後だよ。これは冗談じゃないぞ。一瞬で粉微塵だ。誇張でもなんでもないぞ」
陸戦隊の視線がボビーに集まった。
「それも指先一つでだ」
「指先ひとつ?」「おいおい本気か?」「指先だけで」「くるるはそこまで出来るのか」「お伽噺じゃなかったのか」
冗談でもなんでもないとわかると視線がオレに向けられた。オレは肩をすくめる。語り部ならぬ騙り部としては、せいぜいくるるの名誉を傷つけないよう、控え目に事実だけを提示する。
「これがくるるの魔法使い」
陸戦隊の面々に気合いが入ったようだ。
あ、逆効果だったのね──。
これで撤退も視野に入れてくれるかと期待したけれど、ストーキングはまだまだ続くことになるのね。
「あーもう。ホント何でこんなにしつこいんだろ。こっちは関わりたくないって態度で示してるのに、あんたら相当おかしいぞ」
「おかしいのはお前だ。子供のくせに。くるるの魔法使いは今も昔もセプトの天敵と言うことか」
「はぁ? 敵対した覚えはないぞ。降りかかる火の粉を払ってるだけだって何度も言ってるだろ。それをこの世界から出ようとして……、実際何度も出てるのに、その度に囲い直して来やがってっ。
深度一の大安売りかよっ。もう要らないんだよっ」
ザワッとした陸戦隊の面々にアミックが告げた。
「忘れるな。魔気がないことを」
「そうか」「いずれ打ち止めになるな」「補給もさせるな」「深度一を動かせ」
オレに魔法を使わせていれば、いずれ魔気切れを起こして魔法を撃てなくなる。そしてアミックはそれを狙うんだから、要らないと言われても深度一の照射は続けてくぞと仲間と、そしてオレに布告してるのだ。
アミックは苦労性だ。だが的確だ。こいつが退くと言ったら、おそらく陸戦隊の面々も今なら頷いてくれるのではないだろうか。
初見からここまでオレたちの手の内を晒させて、データを蓄積したのは間違いなくアミックの功績なのだから。
それにしても陸戦隊の連中、攻撃型エー・トゥールの標準仕様であるインナーマイクを使わない。そしてアミックが最初から顔を出してるのも変だなとは思ってたのだが、どうもフェイスマスクを装着しても、映像が映らずに情報提供もされないからフェイスマスクをオープンにしてるようなのだ。
オレは弟さまに感心する。
つまり弟さまの推測通り、この空間のどこかにあの超臨界水がいるとオレは考える。そしてあれが映像系を台無しにしてるのだ。あれ以外にセプトのカメラまで簡単に消せちゃえるような存在はいない。
そしてまた深度一が動き出した。
時の流れが速いところと遅いところ、急に遅くなったり、物凄く遅くなったり速くなったりと、日の光を浴びた花々の色合いが一瞬ごとに移ろうように、セプトの強襲艦からの深度一の照射によって時の流れが移ろっていた。
そのたびにその世界の境界線が微妙に変化して行く。この世界では世界の中心に立つことはない。立てやしないのだ。世界が数瞬ごとに移ろってしまうのだから。ここが世界の中心だと思った時には、もう別の世界に片足を突っ込んでいる。
この地に立ってるだけで、その時々の世界に立つこととなり、いわば世界の中心ではなく、ただただ世界の縁に立たされ、セプトの面々の前にさらされてるのだ。
──世界の縁が蠢くか。
ダブル遣いのオレたちがいたから、まだセプトの連中には好きなようにはさせてない。でも普通の人しかいない世界では、セプトに侵略を許してしまった星もあるだろうなと思う。
ここらへんも今後解析を分析して調べていかないといけないな。
まずはこの異常事態を乗り切らないといけないんだけど。
オレは弟さまに表で話しかけた。
「なぁ」
「何だい」
「あの手この手でどうにかスルーしたかっただけなのに、それじゃダメなのか?」
「まぁ、全然こちらの言い分を聞かないよね。困ったことに」
あいつらが一斉にオレたちを真正面から捕らえた。これまでは視界の片隅に捕捉しておくだけだったが、さすがに喋ると聞き耳を立てる。
オレももう、これ以上追われないためには全ての攻撃型エー・トゥールの送還、あるいは風刃による砂塵化が必須だと思っている。そこはもう加減する気はない。
でもなぁ、恨み言の一つでもこぼしたくなるよ。
ジゼル電気のデモンストレーションを楽しみにしてたこのオレ自身に。
自ら災厄の中に突っ込んでったような物だ。知ってしまった以上、突っ込まないという選択肢はなかったのだが。
この年齢でそんな選択を迫られるのはなぁ、もうちょっと大きくなった後だったら良かったのだが。尤もこれももう言っても詮無きことなんだけど。
深度一の照射がつづく。
世界と世界が重なる。位相のずれがあの妖精とも精霊ともわかってなかった見野山病院で初めて経験したあの時より尖ってるように感じる。まったく滑らかではない。
浅い深度一で恵風も会話に混ぜてみた。
(なあ恵風。恵風はどう思う。奴らのこの深度一を)
(下手くそだな)
それがインゴットの中からのケーフ評だった。ばっさりである。
(ちなみにあいつらの指揮所、何か言ってるか)
(作戦進行中。作戦に変更無し。そんな話ばっかりだな。具体的なことは俎上に載せてきてない)
(そうなのか)
(だが奴等によると、奴等の電気に魔法が触れると、ここら一体ゴッソリとなくなるらしいぞ。この星が三日月みたいになるな)
(やばいじゃん、それ)
弟さまも会話に加わってきた。
(恵風が出て来ないのはそれのせいか)
(地球が壊れてもいいなら出るが)
(よせよ)
オレも冗談で答える。
強い力は使いどころがない。その典型例だ。しかし気になることがある。
(なあ恵風。オレはもう風刃使ってるんだが?)
それなのにどこも壊れた覚えがない。
(それはお前の魔法の特性だろう。対象にいきなり現れてそこだけに作用し消える。魔法が魔法になってない。ダブルの効能と同じになってるんだ)
(それでセーフだったと?)
(わからん。わからんがそれしかないだろ。そもそも位相のずれは本来精霊とは相性抜群だからな)
(なるほど)
魔法と精霊魔法は違うのかな?
でも話を聞いてるとそんな変わった風もないし。
過去に相当な脅威にさらされたのは事実のようだ。くるるに侵攻して返り討ちにされたセプト。そのお伽噺は宇宙を旅してすでに三世代目を数える彼らにも、お話の中の出来事でしかない。
当時のセプトの連中も苛立ったろうな。
「あ」
「何だ」
(いやあいつらさ、親だと思ってる弟さまが出て来ないことに苛立ちを持ってるみたいなんだよね)
(何それ、兄さま)
(子供だけ戦わせて、報告する気はないなんて信じられない、みたいな感じ)
(やれやれ。そもそも風刃だとダブルよりある意味強力なんだぞ。解析、送還とダブルアクションのダブルと、風刃と意識するだけで発動する風刃では、術者の手間がまるで違う)
(寛司、お前に憑かせろ)
(いいけど、何でだ)
(わかるだろ?)
生意気なヤツがいた。
今も散々弟さまのことをバカにしている。全く耳を傾けてなかったが罵詈雑言の嵐だな。むしろ恵風の方が聞き耳を立ててて、その傲岸さが腹に据えかねていたらしい。
まさかの憑かせろである。
まぁ確かに憑くなら精霊の正体を晒さないわけだから、奴らも精霊を捕まえろなんて目的の変更もしてこないだろうが、でもいいのか?
(弟さまに任せるぞ、判断は)
「致し方ないか」
そう言って弟さまが真理ちゃんの前に立った。
「やっと親のお出ましか」
「お出ましと言うほど大したことではない」
「バカの一つ覚えかよ。親まで息子と同じでどうせバカ丸出しなんだろ」
「いや、でも、あんたら対処できてないじゃん」
思わず言い返してしまった。次元が低いから相手にするのも面倒臭いんだけど、つい言われっ放しなのも癪に障って口から出てしまった。
「なぁに。すぐ蹴散らしてやるさ」
弟さまがフォローしてくれた。さんきゅー。そして握手を交わして準備完了。
「てか何て言うか、自信満々だーね」
「風の魔法が風刃だけしかないと思われるのは癪だからな」
あえて風の魔法と言い切る弟さまはワルですな。事実誤認を積み重ねてるわけだ。それも恵風が癇に障ってる、一番生意気なヤツに。
その一番生意気な奴が挑発に乗った。
弟さまに向けて振動波を放つ。攻撃型エー・トゥールの振動波だ。中れば身体のその部位はグチャグチャにされてしまうだろう。
だが残念なことにその攻撃は見えてるんだよ。
お前たちの深度一より深い深度一にいるオレたちには、時の流れがお前たちの四倍速い。
お前たちの深さに合わせさえしなければ、現時点でこれだけの実力差がある。だがそれが奴らにはわからない。同じ深度一だという認識でいるんだろう。
弟さまがその振動波を風刃で消し飛ばした。
指先一つである。
「まさかっ」「おいおい消えてねーか?」「信じられん。なぜ向かい撃てる」
「迎え撃つな」
オレはまたアミックに訂正を入れた。
「驚くのももういいだろう」
弟さまがそう告げた。
指先をちょいと構える。ただ人差し指を一本立てただけだ。
それだけでセプトの陸戦隊が警戒態勢に入った。腰を下ろしてすぐにでも移動できるよう身構える。
そして弟さまが指を振るった。
生意気なヤツに、その風の魔法は簡単に発動した。大仰な風の魔法ではない。ただ生意気なヤツの顔の周囲にもくもくと積乱雲がはりついて回転していた。
こんな規模の小さな積乱雲を見るのは初めてだった。だが威力がえげつないのもすぐにわかる。
稲光が四方八方に飛び散り、その度に生意気なヤツが身悶える。やがて立ってもいられなくなり床に転がって七転八倒している。
「「「「「何だっ。何をしたっ」」」」」「何でこんなに放電するんだっ」
セプトの面々に弟さまが説明してあげた。放電現象だけじゃないよ、と。
「何だ。何が起こってる」「答えろっ」
「積乱雲。溺れて死ぬか、感電して死ぬか。謝って赦しを請うか。選んでいいよ」
弟さまが命令に応えたわけでもなく、淡々と事実を告げた。
「積乱雲の中に雨の層もあると言うことか」「信じられん」「こんな風魔法がくるるにはあるのかっ」「喋れないだろうが。鬼畜めっ」
言いたい放題である。でもそれでいいのか。やることは別にある気がするのだが。
でも気づかないようなので、仕方なくオレが教えて上げる。
「溺れてるよ、その人。早くお父さんの言うことを素直に聞いた方がいいと思うよ」
「ふざけるな。この状態で喋れるわけがないだろうが」
「なら仲間でもいいんだぞ。もちろん見捨てるなら別だが」
謝るのは別に生意気なヤツだけに言ってるのではない。ストーキングされて困ってる被害者のオレたちに全員で頭を下げればいいのである。それで済む話だ。
「「「「「ふざけるなっ」」」」」
震動波と熱波が折り重なって一斉に放たれた。攻撃型エー・トゥールの基本性能だ。そしてその威力は連射されれば益々つよくなる。
その連撃を空気の状態固定で弟さまが封殺してしまう。ダブルを使ってるのに、風の魔法に見えることしかやっていかないのは流石である。
そしてオレが風刃を全員に向けて放った。連撃のお返しである。
「風刃」
そして全員の攻撃型エー・トゥールが塵となって消えた。一瞬の出来事である。
そのあまりに圧倒的な無力化に、セプトの面々は声もなくその場から一歩も動けなくなっていた。
「別にとって喰ったりしないよ。で、どうするの?」
それでもアミックと陸戦隊の面々は動けなかった。
それだけの実力差を示したのである。
「強すぎる」「ここまで圧倒するものか?」「くるるを舐めていた」「お伽噺より圧倒的なんだけど」「たった二人で圧倒、瞬殺かよ……」
どうするとオレは弟さまに目をやった。
「一応謝罪したと受け止めておこうか」
そして弟さまが指先を翻して積乱雲を解いた。
生意気なヤツがゲホゲホと嘔吐いて水を懸命に吐いている。命からがらだな。
そしてその姿を見て恵風が快哉を叫んでいた。
(風と土の大精霊、恵風さまを舐めるなよ)
本当に恵風は誇り高いらしい。ノリでそこまで出来るのなら大した者だ。
でもその脇で弟さまが静かに生意気なヤツの武装を灰燼と帰していたのを見つけちゃって、そっちの方にオレは思わず笑ってしまった。
ちゃっかりしてるぜ、弟さま。ワルだの~。
長いですが一つのままで上梓します。堪能して頂けたら幸いです。




