第70話 調子に乗ってない?
オレのいきなりの登場に、立ち塞がられた陸戦隊のメンバーが右に左に動きながら急接近して来た。素早い対処だ。その上その滑らかな動きは美しいけれど、オレは特段に見入ることもなく己の身体に深度一に潜らせて、奴らの視界から消える。
実際位相がずれてるから本来なら見えなくなるはずなのだが、奴らはその位相のずれをセプトの科学力で補正する。
正確に予測できてるのだろう。オレのいる位置へと入ってくる。
でもそれじゃダメだ。オレは屈んでいる。
その瞬間にオレは浅い深度一まで上がって陸戦隊を腰に乗せる。
「重いな」
というより大人と子供の身体のサイズの違いから投げにくいのだ。それでもオレは腰に乗せて払い腰で地面に叩きつける。
ちなみに状態固定をガッツリかけてるので透過などさせない。攻撃型エー・トゥールを身に纏ってるので中の人間にダメージはないだろうが、それでも精神的なショックは受けるはずだ。
なにせ陸戦隊のメンバーが、オレのような子供に払い腰を決められたのだから。
でもってオレは優しくないので解析もかけてちゃったりする。
「なぜだ」
ポール・ニクソンさん、二十六歳がセプト語で呻いた。
こっちがくるる人と誤解させたから、言葉が理解出来ないとは思ってないだろうけど、ちょうどいいので銀河連盟標準語、すなわちセプト語で答えて上げる。
アンダーカバーの裏打ちだ。どうせならもっと誤解しろという意地悪だ。
「あんたらが悪いストーカーだからさ」
途端にぐらぐらっと深度一が揺れた。
例の深度一の重ね掛けだ。これに対処は出来てないんだよね。ただ単に弟さまが送還して発生源の装置を消しちゃっただけで、攻略はしていない。
その重ね掛けを今このタイミングで発動したのだ。
「ああ、くそ。動きづれー」
オレの右手に深度一の一、右足から頭頂にかけてまで深度一の二、左半身に深度一の三。そんな感じでグルグルと深度一の深さを微妙にずらして、オレの身体の体内時間を様々な時の流れにさらしている。右手は普通に動くけど、体幹がその時間の調子で動くと全く動かないほど時の流れが遅く、左手に至っては速く動きすぎて引き手のはずが肩を外すように動いちゃって、ポールさんの右肩が変な方向に曲がり、攻撃型エー・トゥールがそこだけ根本から壊れちゃった。
「あちゃー。こりゃ右肩いっちゃったぞ」
治したらまた追われるので治さないけど、残った一人はどうするべきか判断に迷ったようだ。オレはそっとその場を離れて回収しやすいようにしてあげる。
その代わり弟さまと真理ちゃんの場所まで後退させてもらったけれど。
さてどうするかな。
オレは自分にかけてる深度一を通常の深さに戻す。そして様子を見る。
セプトの最大出力の深度一より、オレたちのが四倍ほど時の流れが速いから、あいつらが決断して実行するまで結構な時間の余裕が出来るんだよね。
そして深度一の重ね掛け攻撃は今はやんだ。それにしても──。
あれは本当に動きづらい。
あの深度一の重ね掛け攻撃は、宇宙を渡り歩いてきたセプトの叡知の攻撃だ。死にはしないが状態固定がなかったら間違いなくオレたちは動きをバラバラに崩されて瞬殺される。それほど無防備になる。凶悪な攻撃手段だった。
(この変な空間の解析が出来ないんだよな。入れはしても、次の瞬間にはズレちゃって理解が追いつかない。深度一ではあるんだろうけど)
(オレがやったみたいに乱暴に解除しちゃうなら解析なんかもう必要ないけどね)
(壊せる?)
(無理っぽいな。ティリオーダウン号をオレ自身透過したけど、触れてるというより言葉通りに透過だからね。解析もそこまで深く入ってないようだ。透過してる部分を舐めてるだけみたいな感じ。もっと奥まで行けてると思ってたんだけど)
(やっぱ。きっちり触った方が確実ってことか)
(兄さまみたいに見たまんまを解析して送還してもいいんだけどね)
(あれだけの質量をか? オレ、正直見ただけで全部理解できるか自信ないぞ。大きいからあちこちに感心して、そのたびに何回も解析のやり直しする羽目になりそう)
(あー、ありそうだね。オレたち兄弟の場合)
(それに弟さまよ。このポールさんの解析結果を見てくれ)
弟さまにデータを送った。
(面白いね。これがポールさんの攻撃型エー・トゥールの使い方か。光速で動けるけれど、その速度に人の反射は追いつかない。オートにすればそれも可能だけど、それも最初から光速の領域にいないのならば負担が大きいので推奨しない。そして模擬戦を行ってわかるように、武器は止まってから使わないと中てるのにも苦労すると、そういうことか)
(そう。スペックは高いけど人間の身体ではやはり限界がある)
(オレたちならどうだろうね。状態固定あるし負担の面では相当耐久値あると思うぞ)
(でも反射は変わらんよ。四倍の性能は上がるかもしれんけど)
(深度一の深さ分か)
その弟さまのひと言でひらめいた。恵風が探してた変な空間のことだ。
(もしかしてこの乱数みたいに深度一を揺らがせてるのが、かの世界の癇に障ったのかもな)
(あ、それがあったね。なるほど、そういうことか。ありえると思うよ)
(だろ?)
(うん。にしても「かの世界」ですか。固有名詞を出さないのは、そっち方面への配慮ね。いつかのためにデータを取って上げとけば、友好的な接触にもなるだろうし、と)
(それだけじゃないよ。仲間の情報も細い手がかりを見つけたしね)
(そうだね。どうする? 深度を浅くして恵風にも言う?)
(今はいいだろ。戦闘中だし。ここで恵風に暴れられたら今までの苦労がご破算になる)
(あー、確かに飛び出そう)
(だろ? だから今はいいよ。下からも動きがあったし)
(そうだね。またぞろぞろと)
オレは悩む。
また人が増える。地下から透過して来てる。深度一を照射する出力が強くなったのでわかった。
(解除しようか。いっそのこと)
(そしたらあいつら死んじゃうよ)
土の中に埋もれて圧死する陸戦隊の姿が目に浮かんだ。
(それはそれで困るな。さてどうしたものか)
この時点で深度一を解除してしまうのが一番効率は良い。でもそれをしたら新手は全員死ぬ。奴等も手加減して力を抜いて来てるけど、それはこちらを捕らえるためであり、それでも瞬足攻撃できりきり舞い。その手勢がまた増える。
う~ん。
逃げても逃げても追いかけて来やがって。あんたたちストーカーですかっ。そんな状態だし。
(弟さま)
(なぁに)
(とりあえず弟さまが状態固定かけてるヤツは武装解除しよう)
(送還を見せるの?)
(いや。風刃で行こう)
(じゃあオレより兄さまがやった方が良いだろ。魔法使いを騙ったのは兄さまだし。兄さまが風刃を見せればオレへの警戒も跳ね上がる。何せオレは兄さまの親と思われてる節があるし)
(了解。じゃあ下から来る前に作戦開始)
(応)
オレは動けずにいる男の人に向かって指を差した。
「膠着状態で下からの増援が待ち遠しいみたいだね」
相手がギクッとした。でも返事は来なかった。
「とりあえず武装解除させてもらうよ。あなたはさっき警告した場にいたし」
そしてオレは右手の人差し指一本で、精霊魔法を軽く放った。
「風刃」
攻撃型エー・トゥールに亀裂が一気に浮かび上がった。その光景にもう一人が唖然として目を向けると、そいつの攻撃型エー・トゥールは分子の結合が解かれたように粉々に四散した。
するとそれを見ていたもう一人の奴も突然に動きを止めた。
何だ? 何が起きた? リンクでもしてるのか? そういう機能はあるけど、今この場面でする選択肢か?
「もう一人も」
「了解」
チャンスなのは間違いない。この機会を見逃すなと弟さまも判断してる。オレはもう一人にも風刃を放って攻撃型エー・トゥールを四散させた。
すると出て来た顔はおなじみさんのやられ役の人だった。確かボビーさんだっけ。弟さまに攻撃型エー・トゥールを凹まされた人だ。
オレたちに情報提供してくれた人。
左右にステップ踏んでリベンジする気満々だったんだね。
でももう、予備もなくなっちゃったね。
「おま、お前ら何をした」
「いや、だから警告はしたじゃん。それでも追いかけて来たのに、何を甘えたことを聞いてるの?」
ボビーさんは二の句が継げずにいる。実際子供に甘えるなと言われた大人の人はどんな気持になるのだろう。ちょっとオレには想像つかない。
(兄さま)
(うん、なぁに)
(おそらく映像が切れた。オレはそう推測する)
あ、そういうことか。あのおっかないのがいるのね。今このどこかに。
端折って説明する弟さまの気持はよくわかる。オレも出来れば魂の回廊を通したくない。通したら間違いなく聞かれてしまうだろうから。
オレが周囲に視線を送っていると、ほどなくしてセプトの増援が姿を現した。そこに懐かしい顔もいる。
「アミック大丈夫なの? さっきは苦しそうだったけど」
途端アミックが嫌な顔をした。
仲間からも冷笑を向けられてる。恵風が言ってたように、本当にそういう扱いなのね。お気の毒に。
「振動波で破壊できたのかよ」
丸裸にされた一人が言った。あんたもオレたちの前に無惨に負けたのに、よくそんな口調でアミックを問い詰められるものだ。
揶揄されて、それでもアミックは何事もなかったかのように肯いた。冷静なヤツだ。敵の前では内ゲバするような弱味は見せない、そういう男らしい。それにどうやら弟さまにやられた結石攻撃は、体内にエー・トゥールの振動波を浴びせて石を粉々にしたようだ。やっぱなかなか便利だな、エー・トゥールは。そんな使い方も出来るのか。
(追加する?)
尿路結石を、と言うことだろう。でもオレは首を振る。
(今やったらオレたちがやってるってバレるからいいよ)
(了解。手札は隠しときましょう)
するとアミックが口を開いた。
「なあ、くるる人。ちょっと見解を聞かせてくれ」
いやに態度が改まってるな。子供扱いの雰囲気が消えている。
「お前は俺たちにジゼル電気が何しようと関与しないようなことを言ったな」
「うん」
「では訊くが、関与しないといったその口で、銀河連盟に報告するのか?」
あ、そう来るか。適当こいてたからな。場の流れで対応を変えるのは当然だし、それもそちらの選択次第、うん、この姿勢で貫きましょう。ハイ決定。
「アミック舐められるなよ。後から来た奴らに」
そしてティリオーダウンの陸戦隊のメンバーを指さした。やられたくせに自分のことは棚に上げてアミックを揶揄してた男をだ。
「この人なんかアミックの話を聞こうともしなかったんだろ?」
「さてな」
「オレのことをなんにも知らなかったぞ? くるるのことも、そして魔法のことも」
オレが目を配ると、魔法だったのかとつぶやいてるのがモロバレだった。相手を舐めきってて初期準備すら怠る愚か者だ。陸戦隊の程度も知れる。
「報告しても聞く耳を持ってないから、オレに返り討ちにされてもまだ威張っている。さっきもアミックのことバカにしてたし。人攫いにも来たわけだし。
それをオレに責任があるみたいに問われてもな。しっかり内部統制ぐらいしてもらわないと、セプトは何をたるんだことをやってるんだって、こっちは思っちゃうぞ」
一部色めき立っていた。解析を舐めるなよ。お前らが上司から何を言われて送り出されたか、艦内放送の内容ぐらいは時間がない今だって読み解いたよ。
一番最初のそちらの動機だからな。
だから言わせてもらおう。
「あのね、オレたちだって降りかかる火の粉は払うよ。アミックはオレみたいな子供に責任押しつけて恥ずかしくないの? 矜持はないの?」
「それはお前をどうにかした後で取り戻すさ」
うん? その流れだと戦う方向なんだが。
まあいい。一度は聞き流しましょう。
「そこの自爆した怪我人と武装解除した二人、みんな連れてっていいからさ。もう巣に帰りなよ」
「我らの使命はお前たちを拘束することだ」
あのさぁ、とオレは呆れた。
「技術に対する敬意を忘れてない?
地球人のことは内心でバカにしながら技術をほんのちょびっと流してさ、どんな顔してそれを眺めてたの? それに比してこの星に適応してるオレたちに対しては、自分よりも凄い先端技術なら、それは奪う物ってさ、なかなか酷い論理展開だと自分たちで思わないの?」
「報告しないというお前の言葉に最早正義はない。不安の種はなくす。それぐらい親から教わっているんだろう?」
アミックが寛司を見やった。アミックはアミックで交渉を子供に任せる親の姿に、カチンと来るものがあるらしい。
親じゃなくて弟だから誤解があるんだけど、それを説明するのはダブルの秘密を喋ることになる。そしてそれは有り得ない。
交渉決裂かな──。
「オレも楽しんだり喜ばせたり、そういう方向で調子に乗るタイプだけどさ、オレとは別の意味で調子に乗ってるよね」
何でも思い通り、邪魔するヤツには人生などなく、自分の人生の糧とすべく根こそぎ奪い取る物と思っている。
そこに敬意はない。
「調子に乗る? お前たちの信頼がないだけだ」
「最初にやらかしたのは、そっちだろうが」
そして火蓋は切って落とされた。




