第7話 宝探しゲーム「くじら組編その一」
薫風幼稚園に通い出してから十日ほどが過ぎた。くじら組のクラスメイトともようやく顔と名前が一致しはじめた。
寛司は解析を使ってあっという間に記憶してしまったが、オレはそれをしないで違いが出るかという実験をしてる。
今のところ実験の成果はない。
十日程度の差は誤差の範囲で、早く覚えたところでメリットは全くないと言うことだ。
そもそもオレも弟さまも、クラスメイトの名前を知ろうが知るまいが、どっちも大して困ってないというのもある。たとえ顔と名前が一致しても、どれだけクラスメイトと距離が縮まろうとも、クラスの中で一番仲のいいお友達は、やっぱり真理ちゃんになるからだ。
その真理ちゃんとはグループ分けでも一緒となり、グリクラグループの一員となった。
そのグループ分けで事件がひとつあった。
担任の山本潔子先生の指示で、くじら組のお友達で、男女二人ずつの四人で、ひとつのグループをつくりましょう、ということになったのだ。
オレは当然弟さまと組むつもりだった。だがしかし、その目論見は山本先生によって阻止された。オレと弟さまはグループを引き離されたのだ。
「はいはい。君たちは離ればなれにしましょうね。他のお友達がどっちがどっちかわからなくなりますからね」
「「なるほど」」
言われてみれば納得だった。
普通のオレとダボダボな弟さまの服装でわかる気もするが、制服なしの薫風幼稚園とはいえ、夏のプールや運動着になった時は、見分けがつかなくなるかもしれない。
「山本先生の言うことは最もだね」
「「うん」」
オレたちは真理ちゃんに肯いた。
「じゃあ真理ちゃんは弟さまと組めよ」
オレがそう勧めた時だった。
「ちょっと待ったぁ」
横から元気のいい声がした。
名前も知らないが、颯爽とした登場のわりに顔が必死だぞ。なんできみひとりだけそんなにひっしなんだ。
なんか笑える。
真面目にやってる人を笑っちゃ悪いから笑わなかったけど。
棒読みになるぐらい我慢したんだぞ。
隣で寛司も堪えてる。
(笑いたくなるよな)
(でも我慢しないとね)
(弟さまの知ってる人?)
寛司が首を振って、その子に訊ねた。
「悪いけど、自己紹介覚えてないんだ。きみ、誰くん?」
その男の子ががっくりと肩を落とした。
「赤樫充だよ。ちゃんと覚えててくれよ」
「だいじょぶ。もう忘れない」
(忘れようがない、その必死な様は)
と魂の回廊を通じて寛司の感想が届いてきた。
「で、何をちょっと待てばいいの?」
「弟さまは俺と組もうぜ」
「あのね、赤樫くんさ、赤樫くんから弟さま呼ばわりされるのはちょっと嫌なんで、寛司でいいよ」
「そうか。じゃあ寛司くん。俺と一緒のグループになってくれ」
微妙な空気が流れた。
オレも内心驚いた。まさか弟さまが自分を弟さまと呼ぶなと、こんなきつい事をあからさまに言うとは思いもしなかった。
(オレもやめた方がいいのかな)
(何それ。オレは兄さまを兄さま以外で呼びたくないぞ)
(そっか。そういうことね)
(そういうこと)
その赤樫くんは、あんなことを弟さまに言われたのに、今でも真剣に弟さまの顔をジッと見て返事を待ってる。
へこたれない子だ。オレはそのガッツにちょっと感心した。
今も会話を止めてるのは寛司だ。
赤樫くんは即答だった。迷いのない男の子だ。
(好漢だぞ。寛司)
「わかった、いいよ。兄さまと組めないから、丁度誰かを探さないとと思ってたところだし」
「そうか。よかった」
「じゃあ、女子も」
「それはもうお願いしてある」
「え?」
「馬場瑠璃ちゃんと南野梅子ちゃんです」
そうして赤樫くんが教室の向こうを指さした。
女の子ふたりが成り行きを見守ってる。その二人に向けて、両手を広げた赤樫くんが頭の上で丸のマークを大きく作った。
女の子二人がペコリと頭を下げる。本当に了解してるらしい。
「そうなんだ。じゃあ」
と寛司が真理ちゃんを見て、
「真理ちゃんは兄さまと組んでよ」
と言った。
「わかりました」
「おっけ~」
こうしてグループの一角が出来上がる。すると、なぜか山本先生が緑川くんを呼んだ。
「緑川くん」
「はい」
元気な返事をして緑川くんがやって来た。
「緑川くんはもう誰とグループ一緒になるか決まった?」
「いえ。向こうでみんなと相談してて、まだです」
「そう。じゃあ悪いけど緑川くんは、ここにいる双子のお兄さんの最上真司くんと、それから金沢真理ちゃんと一緒のグループ組んでくれるかな」
「先生が言うならいいですよ」
そう話が進んだら、私も入れてという女の子が出て来た。
小林知美ちゃんだ。
この子は知ってる。よく枡屋にお買い物に来るのだ。
緑川くんが頷いて、
「いいよ。これからよろしくね」
と返事して、こうしてオレたちは簡単にグループを決めることが出来た。
弟さまと組めないからもう少し時間がかかるかと思ったが、思ったより早く決まってよかった。そうなると──
「その前に、と」
オレは赤樫くんに手を差し出した。
「これから弟さまをよろしくね」
「もちろんさ」
赤樫くんが大きく頷いてオレと握手した。
余計な物は省いて赤樫くんの目的を、
(解析)
と意識して、オレは久々に人に対してダブルの解析を発動した。
結果として──。
彼は考えてるようで、何も考えていなかった。オレも、おそらく寛司も彼、赤樫くんの目的には全く興味がないし、今後特に害になることもないので、そのまま放ったらかすことにした。後は弟さまが自分でどうにかするでしょ。
オレとしては、オレが弟さまと組めない以上、オレが真理ちゃんと一緒になることで、何かの拍子に思わず真理ちゃんにダブルを使ってしまうのを人に見られないよう、そのリスクを減らすためにも、寛司と真理ちゃんを一緒のグループにしたかったのだが、決まったことは致し方ない。
オレが自分で、ダブルを条件反射的に真理ちゃんに使ってしまわないよう、気をつけていくほかない。
もっともオレにとっては想定外でも、赤樫くんにとっては、寛司は女の子から人気あるらしいので、オレが真理ちゃんと一緒のグループになったのは彼の作戦に叶う展開らしい。
ということは馬場さんと南野さんが寛司のファンなのだろうか。
彼女らを解析出来たわけではないのでよくわからないが、赤樫くん情報によると、寛司のダボダボ姿は、女の子から見るとイカシテルらしい。
ちなみに真理ちゃんに弟さまの格好どう思うと訊いてみたら、寛司くんは尖ってるよねと言っていた。
そういや、真理ちゃんにも寛司が身体のサイズを大きくできることは、まだ言ってなかったな。
寛司がダボダボの服を好むのには理由があるんですよ、真理ちゃん。
別に尖ってるとかじゃなくて。
この辺はそのうち話しとこう。
さて、オレたちのグループだ。
オレたちのグループの他のメンバーは女子が小林知美ちゃんで、男子が緑川登くんだというのは決まった。
すると山本先生が、メンバーが決まったグループは、自分たちのグループの、グループ名を決めなさいと言った。
チラホラと決まってたらしいグループも、山本先生の言葉に、ハイと大きく返事を返している。
しかしそうなると困った。
オレは自分が名前を付けるのに、決定的にセンスが欠けてるのを自覚してる。
「どうする? オレは名前を付けるの下手くそだよ」
「わたしも苦手です」
真理ちゃんが言うと、知美ちゃんは考え込んでいる。
すると緑川くんが手を挙げ、是非名付けたいという。
「こういうのは得意な人に任せた方がいいような気がするけど」
女の子二人にお伺いを立てると、二人ともいいよと肯いた。
ということでグループ名は緑川くんにお任せになった。
その結果、オレたちのグループのグループ名は、グリクラグループとなった。
元ネタは絵本かな? 詳しくは聞かなかったけど、ちょっと違うような気もしたけど、任せた以上はそれ以上聞かなかった。だから由来は知らない。
ちなみに寛司のグループは、イチゴグループで、グループ名を聞いただけで、寛司は命名にまったく関わってないということがオレにはわかった。
寛司なら和風な名前を付けたがるとわかりきっている。宝物にオレのオレンジ寒天ミルクと対となるイチゴ寒天ミルクではなく、おはぎを持ってくる辺りででも、その嗜好はうかがえる。
おそらくイチゴグループに入った寛司は、とりあえず誘われたからグループに参加し、名前を決めると言うからお任せし、赤樫くんの目的にも未だ興味がないから放っとくし、気にしてないから解析をかける様子もない。
オレは弟さまが良からぬ企みに巻き込まれたりしないか心配して、わざわざ滅多にしない人への解析までかけたというのに、肝心の弟さまが思わぬ大物ぶりを発揮してしまっている。
たくましいぞ、最上寛司。
しかしいいのか、弟さまよ。そんなぞんざいで。
そんな感じで弟さまとは組めなかったが、それはそれで二人とも集団の経験を積めてるから、二人一緒ではないという画期的な出来事ではあったが、現状問題ない。
さて山本先生が今日はゲームをしましょうと言った。
くじら組のみんなの目がキランと光る。
「みんな、宝物は持って来てくれたかな」
くじら組全員の、ハイ、という声が教室中に響いた。
先生が昨日、
「明日、宝物を持って来て下さい」
と言ったのだ。
弟さまはおはぎを持って来た。オレは迷ったあげく、オレンジ寒天ミルクを持って来た。
だがクラスのみんなは、ビー玉やら、おもちゃやら、中には直裁にお金を持ってきたりしていた。もっともお金と言っても十円玉だったが。
それは別にまあいい。
要は生物を持って来たのはオレたちだけだった。
食品衛生上どうたらと婆ちゃんにも言われたが、保冷剤も入れてるし一日ぐらいどうってことないと意にも介していなかったのだが、そんなことが問題ではなかった…………ようだ。
オレは辺りを見渡す。
みんな物だった。
オレたちも物だ。オレたちも物だが、オレたちだけが、食べ物だった。
宝物という、物への捉え方の違いがあまりにも雄弁で、何か、恥ずかしい。
「まず最初に、一つのグループが教室のどこかに宝物を隠して下さい。それを他のグループが探します。グループ全員分の宝物を見つけたら、次のグループと隠す番を交代です。わかりましたか?」
「「「「「はい」」」」」
各グループの声が連なって、クラス全員分の声が響く。
「それから宝物を隠す時ですが、宝物をこの紙コップに入れてもらいます。いいですか?」
「「「「「はい」」」」」
「紙コップには自分の名前を書いて下さいね」
「「「「「はいっ」」」」」
先生、癖になってないか?
山本先生は去年着任したはずだから、まだ新人といってもいい先生だ。だからかクラス全員の声が合わさるのにノリノリになってる気がする。
隣で園長先生の奥さんの副担任で補佐役の小菅先生が苦笑してる。
苦笑で済ましてる。
だがこれは大問題だった。
オレはハイっと手を挙げた。
「はい、真司くん、何ですか?」
「山本先生、オレの宝物、紙コップに入りません」
その証拠にと、オレが枡屋のお土産用の箱を掲げると、山本先生が確認しにグリクラグループの席にやって来た。
オレの箱の中身を確認する。
取り出して紙コップに移せないか検討するためだったのだろう。だが即座にこれは紙コップに移せないわねと諦めた。
「あらあら、真司くんが自己紹介で言ってたやつね」
のぞきに来た小菅先生もつづいた。
「はい。そうです」
返事をしながら、オレの自己紹介を覚えていることにちょっとビックリした。だってくじら組には二〇人のクラスメイトがいるのだ。
その中のオレのことを覚えてて、ってだけでも凄いのに、話のことまで覚えてて、しかも話の中身にまでピンポイントで指摘出来るとは思わなかったのだ。
小菅先生は、たぶんうちの婆ちゃんと同い年ぐらいだろうに、よく覚えてられるもんだ。
ちなみにその時のオレの自己紹介は、家は和菓子屋で、枡屋というお店をやってる、ということだった。
すると枡屋の屋号を聞いたクラスメイトの中から、知ってるという合いの手が入った。いま考えれば、知ってると言ったのは同じグリクラグループの、小林知美ちゃんの声だった気がする。
それでその声に気をよくしたオレは、今好きなのは春の新作のオレンジ寒天ミルクですとちょっと宣伝気味に言ったのだ。
そうしたらこのオレンジ寒天ミルクも知ってる人が多かったらしく、あれおいしいよね~、と賛同の声が上がり、思いの外食べたことのある人が多くて、思わぬ形でオレンジ寒天ミルクが大絶賛されたのだ。
ちなみに隣では、真理ちゃんもみんなに合わせて激しく肯いていた。
この新作は、実はお店の人でなく、お父さんが考案したレシピだ。別バージョンでイチゴもあるが、今は今年のイチゴが爆弾低気圧で被害を受けたために全国各地で不作となっており、イチゴのお値段が少々お高い。なので店ではオレンジ寒天ミルクと同様の値付けで出したら採算が取れないので、売りには出さず、我が家でだけ自家消費するまかないになっている。
ちなみにこちらのイチゴバージョンも真理ちゃんは食していて、ほっぺが落ちそうなほど幸せそうな顔をしていた。
しかもしかも、その寒天ミルクシリーズを作る工程において、オレにとっても思いも寄らない、望外の大発見があった。
それは牛乳である。
お父さんはそのイチゴ寒天ミルクに、とっても良い牛乳を使っていたのだ。オレはお父さんの試作するその脇で、いつも我が家で常備してるのとは違うその牛乳が気になり、おもむろにその牛乳を飲んでみてビックリ。
のど越しにひやりとした塊が通り過ぎて行く。液体ではなく、ゆっくりと流れる流体と言った感じだろうか、濃厚な塊だ。
オレは乳牛のしぼりたての乳は飲んだことはないが、きっとこれがしぼりたての乳なんだろうと想像出来るような甘さが口内に広がった。今までに飲んだことがないからそう思ったのだが、ほんとうに次元が違う濃さだった。濃密で甘くて飲み心地がいい。
「これ、うますぎでしょ」
ひと口飲んだだけでオレはその牛乳のとりこになった。
美味しかった。この世で一番美味しい飲み物に巡り会ったと、そう思えるほどの衝撃だった。だから──。
「ああ、でも最近は牛乳が大好き。いつか最上の、コクのある牛乳を飲みたい」
と自己紹介の最後に付け足したのだが、誰もオレの熱い思いを聞いていてくれてなかった。話題は完全にオレンジ寒天ミルクにかっさらわれていた。
冷静になって辺りを見渡すと、聞いてるのは先生の二人と、寛司と真理ちゃんだけだった。
こうして見渡しても未だ、オレンジ寒天ミルクのが美味しいよ、という声ばかりが大きい。そのためオレの自己紹介の後半はオレンジ寒天ミルクに飲みこまれてしまった。
残念だ。あの牛乳の伝道師になりたかったのに。
そんなことを思い出してるオレの脇で、山本先生と小菅先生がまだ相談している。
やがてまとまったのか、山本先生がオレに目線の高さを合わせてくれた。
「真司くん。真司くんのは紙コップに入りませんね。残念ですが、このままやりますからね」
「はい」
「皆さんもいいですね?」
小菅先生が全員に問うと、
「「「「「はい」」」」」
と大きな返事が返ってきた。
もしかして小菅先生もやりたかったの?
オレの視線に気づいた小菅先生が、こほんと咳払いをしていた。
そうして宝探しゲームが始まった。
最初は、入園式の時にビッカビカのいかした革靴を履いてた田中くんがいる、わんちゃんグループだ。田中くんの他には、前田くんと佐藤さんと宮島さんがいる。名前は知ってるけど性格はよく知らない。
副担任の小菅先生が、わんちゃんグループが宝物を隠してる間に、園庭に連れ出してくれた。
グループでどこを探すか、また自分たちが隠す番になった時はどこに隠すのか、作戦を練れと言われたので、オレのはすぐ見つかるから机の上に置いておくと言ってオレの作戦会議はすぐに終わった。
だが緑川くんは結構悩んでた。隠したりするのは苦手らしい。
なんでも柔道の先生から、お前の大きな身体は堂々とするためにあるのだと、散々説かれてるらしい。
堂々とすることばかりを考える男の子には、それはハードル高いと思った。
なので一緒になって考えてあげた。
まず柔道着全部は紙コップに入らない。要冷蔵で箱から出すことの能わないオレと同じ轍を踏む必要はないから、帯だけを入れることを勧めた。
「「「おおっ」」」
なぜか緑川くんだけでなく、真理ちゃんと知美ちゃんからも感嘆の声が上がった。
「うちのグループは全員すぐに見つかる物と思ってた」
それが知美ちゃんの見解だった。真理ちゃんも隣でこくこく肯いている。
そんな簡単にばれちゃう物なのか?
ちなみに真理ちゃんと知美ちゃんは一体何を持って来たんだろう。オレはそれぞれの宝物を訊いてみた。
その結果、知美ちゃんはアニメの魔女っ子がつかう魔法の変身コンパクトで、非常にかさばる物だった。真理ちゃんは北海道の小樽で買ったオルゴールとのことで、宝石でも入れるために作られたような、気品ある箱だった。その箱を開けて底敷きを外すと、音楽を奏でるオルゴールがあるという、それこそ宝物入れのような箱だった。
「真理ちゃん、幼稚園の女の子にしては持って来た物が高級すぎませんか」
「え?」
驚く真理ちゃんを置いて、途端に知美ちゃんにつっこまれた。
「いや。生菓子を持って来た真司くんには言われたくないでしょ」
「オルゴールなんて可愛いもんだよ」
緑川くんにまでつっこまれた。
「あれ? 言われてみればその通りだな」
「宝物なんだし」
と知美ちゃんが駄目出しする。
確かに宝物らしい宝物だ。これはアリなのか?
「よ~し、おっけ~。じゃあどこに隠す?」
「カバンを入れてる棚の後ろ、とか」
「ていうか、隠すところないよね、教室だけじゃ」
ここまで話をして、オレは宝探しゲームをする理由に思い当たった。
山本先生と小菅先生の狙いは、オレたちがグループで相談したりして、みんなが仲良くなることだったのだろう。
なるほど、弟さまと離されるわけだ。
仲が良くなる以前に、そもそも仲が良いからだ。これでは何も変わらない。
そういうことかぁ。なら程々に仲良くなったし──。
なので後は流れのままに任せた。
他の三人には、隠す場所のないオレと違って、隠す場所を考える余地があるのだ。オレは三人の白熱の議論を聞きながら、早く給食にならないかな~と、気もそぞろに不埒なことを考えていた。
山本先生が、園庭に出てるみんなをくじら組の教室に呼び込んだ。
まずは、わんちゃんグループの四人が隠したお宝を探すことになる。田中健太郎くん、前田銀くん、佐藤秋穂ちゃん、宮島蛍ちゃんのグループだ。
「この四人が紙コップに入れて宝物を教室のどこかに隠しましたからね。皆さん、よ~く探して下さいね」
「「「「はいっ」」」」
山本先生の開催の言葉に、各グループがくじら組の教室に飛びこんだ。
宝探しゲームの始まりだ。
くじら組は全員で二〇名なので、グループは五つになる。隠したグループ以外の四つのグループが、それぞれに固まって四方に散らばる。
オレの所属するグリクラグループは、緑川くんが机を調べ始めたので、とりあえず机の中から調べ始めることになった。
ほどなくして最初のお宝が見つかった。わんちゃんグループの田中くんのお宝だった。
田中くんの宝物は、革のキー入れだった。さすがはお父さんが革職人の革のキー入れだ。とっても頑丈そうで、且つ格好いい。
やはり今すぐ習いに行きたいぐらいだ。
(やばいな、兄さま)
(ああ。格好いい)
機能性と格好良さを両立した道具という物は、本当に憧れる。
ちなみにこのキー入れの隠し場所は、花瓶の脇にひっそりと置かれていた。グリクラグループのみんなもオレも全く見つけられなかったが、このお宝は寛司と同じイチゴグループの梅子ちゃんが見つけた。
梅子ちゃんが紙コップから革のキー入れを取り出して、その触り心地がいいのか、指で幾度となく撫でている。
それにしても花瓶のお花の辺りを探すとは、梅子ちゃんは名前の通り、お花が好きなのかな、とか思った。
そして田中くん、君は人目に付くのもわかった上で、さりげな~く花瓶の脇に置いてたんだね。田中くんは大らかな隠し方をするな~と思った。
つづいて宮島蛍ちゃんの宝物が見つかった。見つけたのは真理ちゃんだ。真理ちゃんが隠そうと思って目星をつけてた所らしい。ロッカーの中だった。場所は真理ちゃんのロッカーじゃなく、蛍ちゃんのロッカーだったけど。
それでも真理ちゃんもよく見つけたもんだ。オレはまだ、全く見つけられない。
面倒くさいから解析かけちゃおうか。
(やめとけよ、兄さま)
(寛司?)
(ゲームなんだからさ、みんなが楽しんでくれたらいいんだし、みんなを見とこうぜ)
(あ、お前探す気ないな?)
(うん。でもいいんだよ。みんなが楽しんでるのを見るの、楽しいし)
(うん、そうだな。何か楽しくなってくるよな。でもオレも探すぞ。超探すぞ)
(おっけ~。ならほら頑張って)
(応)
オレは残りの宝物を探した。
だが幾ら探しても、かすりもしない。手当たり次第に机の中を探していると、向こうで「見つけた」という声がした。
前田銀くんの紙コップは、園庭へとつながるドアのカーテンに隠れるようカーテンの奥にこっそり隠されていた。普通にしてたら全く見えない。それがばれたのは、そこら辺一帯ににおいが充満してたからだ。匂いでばれたのだ。
隠していたのはドッグフードだった。前田くんは犬が大好きなので家で犬を飼ってるらしいのだが、犬を連れてくるわけにはいかなかったので、ドッグフードを持って来たと言うことらしかった。
ちなみに見つけたのは馬場瑠璃ちゃんだ。これまた寛司のいるイチゴグループの女の子だ。イチゴグループの女子は優秀だな。観客に徹する寛司のお気楽さを補ってあまりある活躍だ。
前田銀くんが、ぽうっとした顔でお宝を返しに来た馬場瑠璃ちゃんを見つめている。
惚れたのか? 前田くん。美人さんに見つけられてよかったな。
(くじら組で一番人気のある女の子みたいだよ。子役をやっててテレビにもたまに出てるんだって。同じグループの梅子ちゃんが教えてくれた)
(へ~、そりゃ大変だな。遊ぶ時間あるのかな?)
(だから、薫風幼稚園で遊ぶ時間は大事なんじゃない?)
(あ~、なるほど)
(最近オーディションに受からないって言ってたから、ちょっと悩んでるみたいだったけど)
(そっか~。大変なんだな~)
そんな風にオレと弟さまが屈託なく魂の回廊でおしゃべりしていると、クラスのみんながムキになって最後のお宝を探し始めていた。
「だめだ。見つからない」
「こっちもない」
「じゃあ、みんなのカバンを調べよう」
全員のカバンと言うことで、オレと寛司も自分のカバンを開けたが紙コップは入っていなかった。
本当に教室の中に隠したのかという疑心が、みんなの心にむくむくと起こり始めていた。それほど徹底的に探していたのだ。残りの四つのグループが協力して、四つに分けた範囲を精査する。
(それでも解析はなしか?)
(オレたちがダブルで見つけてもしょうがないでしょ。くじら組のレクリエーションなんだから)
(くじら組のみんな同様、オレたちも人類の叡智で勝負を挑まないとダメってわけか)
(相手は三歳のふつうの女の子じゃん)
(よし。普通の男の子として勝負ってわけだな)
(そうそう。ほら頑張ろっか)
(おっけ~)
だがそれでも見つからなかった。
本当にどこに隠したんだろう。
散々探しても見つからないので、山本先生が降参しますかと訊ねて来た。小菅先生が後ろで時計を気にしてるから、他のグループの時間がなくなって来てるのだろう。
自分たちで探し当てたいが、このままでは時間ばかりが過ぎて、クラス全員のお宝探しをする時間がなくなる。
それはイヤだ、と言うのが共通の見解として、形成され始めた。
みんなが顔を見合わせて、しょうがないよねと言った空気が流れる。
「じゃあ佐藤秋穂ちゃんの紙コップは見つからなかった。皆さん降参ということで良いですね?」
「「「「はいっ」」」」
オレも異存なかったので返事した。
「じゃあ秋穂ちゃん。どこに隠したのか答えをみんなに教えて上げて下さい」
「はい」
可愛らしい声で返事をして、佐藤秋穂ちゃんが隠した場所に向かった。
向かった? てか向かってないぞ。
何でだろう。秋穂ちゃんがオレの方に来てる。
「え? え?」
オレの所にあるのか?
マジで?
オレはざっと自分のテーブル周りを見る。おかしな所は何もない。相も変わらず隠しようのないオレの枡屋の箱が置かれてるだけだ。
ロッカーにもカバンにも何もなかった。
なんだ。やっぱりないじゃないか。
オレたちのグループの誰かの席に隠したのかなとも思ったが、グループのみんながオレを見ている。てか秋穂ちゃんがオレを見てるからなのだが、よくよく周りを見てみると、クラスのみんながオレを見てた。
「え? オレのテーブルには何もないよ。何で? そんな見ないで?」
ワタワタしてると秋穂ちゃんがにっこりとオレに向かって笑んだ。
「わたしはここに隠しました」
指さしたのはオレたちのグループの紙コップだ。重ねてあった紙コップの一番下を外すと、そこから女の子のアニメのシールが出て来た。
「「「「おおおおっ」」」」
くじら組がどよめいた。
秋穂ちゃんが紙コップの底から間違いなくシールを取り出したのだ。
ズルをしてなかった。
本当に教室の中に隠していたのだ。
しかもオレたちのグループの紙コップと重ねてあった。てか使わないから出しっぱなしだったオレの紙コップと重ねてあった。
グループの紙コップと重なってると思ってたのが、実は秋穂ちゃんの紙コップだったわけだ。
やられた。
そこに確かに女の子向けのアニメのシールが入っている。
シールだかからこそ出来る荒技だった。他のお宝ではこうはいかない。お宝の特性も利用した見事な隠し方だった。
そうか。こういう風に物によって隠し方の角度が変わっていくのか。
勉強になった。
しかし、まさか使わない紙コップに重ねるなんて。
天才だ。
誰もが到達し得ない場所に、ただひとり到達した、まさに才女だった。
「すっごいね。全然気づかなかったよ」
オレは素直に秋穂ちゃんを賞賛した。
「真司くんはお片付けをちゃんとしようね」
にっこり言われてオレはぐうの音も出なかった。
言われてみれば思い当たる節もある。
オレが、オレンジ寒天ミルクは紙コップに入らないからナシね、と先生からの了解を得た時点できちんと片付けてれば、こんな風に秋穂ちゃんに利用されることもなかったのだ。
誰もがオレの紙コップは利用されない廃材として見てたので、注意を払わなかったのだ。だから教室中をどこにあるのか目を皿にして探し回ったのだ。
期せずしてくじら組のみんなが見事に盲点を突かれたわけだが、使わない紙コップを処理しなかったこのオレの怠慢が、どこにも見つからないぞと阿鼻叫喚と化した、くじら組の混乱を招いたとも言える。
オレはこそっと周囲に眼を配る。
あれ、心なしかみんなの目が恐いぞ。
「怒ってる?」
「「「「怒ってないよ」」」」
うわ。付和雷同だよ。しかも自分たちの気持に対してでなくて、オレの疑問への付和雷同だよ。しかも即答だよ。
キツイです、とっても。
とりあえずみんなに謝っておいた。
「ごめんなさい」