第69話 大事なだいじな最初の思い出
恵風が新たにオレたちのダブルの地平を開いた。恵風に俺にもこの世界の人間の言葉を教えろと言われたので、そんなの無理だと言ったら、ダブルで付与してくれと頼んできたのだ。
オレたちにその発想はなかった。なかったのでオレの知ってる幾つかの言語を簡単に付与することにし、本人了承の元さっそく試してみると、あっさり成功した。
「早速だが恵風、あいつらの話してることわかるか?」
「地下の連中とやたらと話してるな」
「アミックとの話は」
「今アミックは医療室送りだってさ。体調管理も出来ないバカ指揮官とか言われてるよ。地上に降りて美味い物ばかりに目を奪われてたんだろうって陰口叩かれてる」
「そうか」
弟さまのおちんちん攻撃はアミックに思わぬ余波を与えてしまったらしい。折角ジゼル電気の右腕みたいな存在になって活動してたのに、今後はその地位も努力も侮りをもって呼ばれるのかも知れないな。
「よし、じゃあ恵風。鉄の棲み家に戻ってくれ」
「このまま真理と寛司を見つけたいんだが。でもまぁ奴らに姿を毛ほども見せるわけにはいかないか」
「聞き分けがよくて助かるよ。お前の姿を見たら、撤収する気も失せちゃうかもしれないからな」
「りょーかい。…………戻るよ」
だが恵風の動きがハタと止まった。みるみる緊張してくのが見て取れ、表情が引き締まって行く。
「どうした」
「まずいぞ。真司、お前は脅しすぎた」
「どういうことだ」
「無用の長物と思ってた対魔法使い兵器を試そうとジェラルドが決断した」
「ジェラルド…………。隊長か」
「お前がそれだけ優秀な移動手段を持ってるなら、それを奪おうというアンダーカバーの流れも立てられてるな」
「そんな物はないけどな」
「向こうはあると思ってるんだよ」
「何と言うか、子供あるあるの大失敗を、今この場でやっちまった気がするんだけど」
「そう思うんなら早く合流して真理と寛司にも伝えないと。まずい。もう動き出したぞ。陸戦隊の名は伊達ではないな」
こんちくしょー。まるで恵風じゃないみたいだ。ネジが外れてる分頭の回転が速いのか? とにかく弟さまと真理ちゃんを探さないと。
(弟さま)
(どうなった、兄さま)
(すまん。追い返せそうだと思ってその場を離れたら、話の流れが変わってくるる人の魔法使いをやっつけようって流れになったみたいだ。ちゃんとその場に最後までいたらこうはならなかったと思う。ゴメン)
(どうせ元から追いかけて来てたからそれはいいけど。でも何だ? くるる人って。ここにいないだろ)
(勘違いしてくれてたのを良い事になりすましちゃいました。ごめんなさい)
(マジかよ)
(そのせいでオレが素晴らしい性能を持った宇宙船を持ってると思われてる。それを奪うアンダーカバーの作戦も立案されてるらしい)
(らしい?)
(恵風から聞いたんだ)
(はぁ? 恵風が? それを信じたの?)
(いや、今の恵風は恵風であって恵風の進化版みたいな)
(恵風が進化したの? どんなふうに)
(日本語と英語とドイツ語とセプト語が解せるように、なりました?)
(はぁ?)
(はい、ぶっちゃけ付与しましたー。付与したらマスターしましたー)
(付与? 付与ってあの付与か? 授けるとか与えるとかの)
(そうそれ)
(うん、兄さま。相変わらずぶっ飛んだことやってるな。オレはもう、今日一番ビックリしたよ)
(真理ちゃんと話すんだって恵風は息巻いてたぞ)
(了解りょーかい。どこで合流する。オレと真理ちゃんは今、大手町駅の連絡通路だ)
(随分遠くまで逃げたな)
(すぐ近くだよ。空中駆けっこって速いし)
(なるほどね。なら納得だ)
空中駆けっこは多分今のオレたちの持ってる手持ちの手札で一番速い。それこそ精素を足場に空中を駆け抜けてくのだ。位相のずれも相まって、時軸の遅い通常空間より加速度的に速い。
(上に出てくれ)
(了解)
(何が見える?)
(橋だね。オレ好みの立派な橋がある。その奥は公園かな?)
(その公園混んでる?)
(いや。人影は少ない)
(じゃあそこで待ち合わせ。すぐ行くよ)
(おっけ~)
◇
最上寛司だ。双子の弟だ。
太陽が中天高く輝き、もうすぐお昼を迎えようとしていた。兄さまとの待ち合わせ場所にした和田倉噴水公園に入る。そこで真理ちゃんと並んで大噴水前のベンチに座っていた。
噴水の向こうに見える休憩所には、多くの人が集って休んだり軽食を楽しんだり、それなりの人が楽しんでいた。
ここにいる人たちも、さっきの宇宙から飛来したティリオーダウン号の質量攻撃から守ったことになるんだろうなぁと思うと、面映ゆいような、良かったと言えるような、何とも言えない気持ちが心に沸き上がってくる。
人知れず良いことをしたようだ。この誇らしさはそういうことなのだろう。
オレは息を深く吸った。
空気は美味いしビルの手前に緑が多く、丸の内の一角にこんな素敵な場所があるなんて素晴らしいねと、真理ちゃんと一緒に噴水を楽しんでいた。
「ねぇ真理ちゃん、兄さまがまたやっっちゃったみたいだよ」
「やっちゃった? 何を?」
「恵風が日本語とか色々覚えちゃったらしいよ」
「わ。すごいね」
「あちゃーって思わない真理ちゃんがすごいよ」
「そ~う?」
「うん。それでね。オレもそれ試してみたいんだけど。報告も込みで」
「私に?」
「うん。い~い? 多分大丈夫だと思うんだけど。付与って仮称が今んトコついてるんだけど」
「それは、そんな事が出来たらこれまでのお勉強のやり方を覆しちゃうような画期的なやり方なんだけど。いいの? 私にして」
「真理ちゃんならいいでしょ。元から色々出来るし。何より、いま必要な状況だと思うよ」
「わかった。お願いします」
即決する真理ちゃんは男前である。
兄さまに連絡して、兄さまからもゴーサインとやり方を改めて聞いたのでトライする。オレは真理ちゃんの額に指を当てた。
「ど~う?」
「すごいね。英語とドイツ語、それに銀河連盟標準語ですか」
「お。バッチリ付与できたね」
セプト語ではなく銀河連盟標準語という言葉が出てくるということは、その他の情報もキレイに受け渡せたと言うことになる。
「うん。ついでに精霊言語も……」
と言いかけた真理ちゃんに手を繋がれてオレも気づいた。黙って伝えるからこそ非常時だというのが伝わる。真理ちゃんは流石だった。
(深度一に入る。兄さま、奴らだ)
(了解。弟さま階層をもうちょっと浅くしてくれ。恵風が話に入れるように)
(おっけー)
と言いながらオレは真理ちゃんの手を引いて、休憩所の方に向かった。あえて空中駆けっこは見せない。まだ手札を切る場面じゃない。
しかし擬装用マスクも一枚剥がして顔も変えてるというのに、よくここまで接近できたものだ。やはり持ち物も形を変えた方がいいのだろう。だがそれを兄さまに頼む暇がなかった。こればかりは致し方ない。
オレと真理ちゃんは休憩所を透過して雑木林を抜け、それから車道を渡って、ビルの中へと逃げ込む。
そこからはまっすぐに逃げずに地下へと透過する。ちょうど人の気配のしない会議室があったので、地下一階のその会議室に身を潜める。
ドアの取っ手が丸ノブで、随分と古い作りのビルだというのが窺い知れた。丸の内にあるのだから歴史ある建物もあるはずだ。どうやらそれに当たったようだ。それにしても会社と会議室を別々に借りてるのだろうか。人影がないので潜伏させてもらう分には好都合だが、置かれた調度品が雰囲気のあるこけしや東北の物が多いので、偉い人が余裕のある人で、そして東北出身の人なのかも知れない。
(ということで身を潜めた場所はわかった?)
(大体な。後はこっちで何とかする。真理を守れよ、寛司)
(てか恵風かよ。了解。兄さまにもよろしく)
(うむ。苦しゅーない)
オレは恵風とまともに日本語で言葉を交わせたことに、何かが一歩進んだことを感じた。たぶん兄さまも同じようなことを感じているだろう。
そしてこれを止められることがなかった。その意味をオレは少しだけ考えた。
それから真理ちゃんに小声で話しかける。
「よくわかったね」
「キョロキョロしてるから。それに見覚えのある制服の人もいたし」
「あれは地道に目で捜してたね。時折深度一は使ってたようだけど」
「あれは誘いだと思うよ。交渉は決裂だって威嚇も込めてるだろうし」
「だろうね。それよりさっきは何を言いかけたの?」
「精霊言語も付与してくれたらいいのにって」
「おっ。そっかそっか。そうだね。このままだと真理ちゃんだけ話せないことになっちゃうもんな。じゃあ行くよ」
「はい」
そうしてオレはもう一度真理ちゃんの額に指を当てて、精霊言語を付与した。ついでに今の恵風とのやりとりも。
案の定、真理ちゃんは顔を輝かして言った。
「これは画期的だよ」
「そうだね」
「でも人には絶対言えないね。言ったら大変なことになる。それと寛司くん」
「なぁに」
「ダブルは本当に人に言っちゃいけないと思ったわ」
「そうだね」
「利用しようとする人が、それこそ宇宙中から殺到するわよ」
「あ、世界中じゃないのね」
真理ちゃんはこくりと頷いた。
「わたしは、うちの前庭で初めて真司くんと寛司くんと遊んだときの、あの時の誓いは、本当にとってもとっても大事な誓いなの。ふたりは初めて出来たお友達だったし」
「絵里ちゃんは?」
「絵里ちゃんとも同じくらいかな。仲良くなった……のは」
真理ちゃんの言葉が途中途切れたようになった。ぶれたと言えばいいのか。そしてその瞬間に真理ちゃんが手を繋ぎに来る。ということは深度一を照射されたのか? そうだろうな。真理ちゃんにはティリオーダウン号のことも付与している。その上で判断したのだから、そうなのだろう。
ドアの向こうの廊下からコツーンと靴音が響く音がした。真理ちゃんがゴクリと唾を飲む。オレにもやたらと大きな音に聞こえたのは、嫌な予感がしてるからだろう。
古いドアノブに手がかかった。ガチャガチャとドアノブを回す。躊躇いも戸惑いもない、明確な動作だ。
今のは間違いなくオレたちを探しに来た動きだった。それに隠れてた場所の扉をいきなり開けようともしていた。つまりそれは──。
「兄さまじゃない。逃げるよ」
オレは真理ちゃんの手を引っ張り、宙を蹴って一階へと天井を透過した。
オレの物言いに真理ちゃんがちょっと小首を傾げてる。透過しながら尋ねて来た。
「なんで違うと思ったの?」
さすが真理ちゃん。オレは思わずいつものように兄さまと言ってしまったが、真理ちゃんは固有名詞を出さなかった。何処で聞き耳を立てられてるかもわからないからね。圧倒的に真理ちゃんが正しい。オレの兄さまでもギリギリだろう。
そもそもオレは今、ダブルで大人になってるわけだし。
まぁそれは今はいい。真理ちゃんだ──。
「忘れちゃったの?」
オレも思わず聞き返してしまっていた。真理ちゃんなら絶対忘れてないと思ってたんだけど。三人で約束したことだし。
と思ったら真理ちゃん気づいたようだ。ゴメンねと謝っていた。
「別に謝るほどの事じゃないよ」
と言ったところで真理ちゃんがオレの手を引っ張って、飲食街の小料理屋の看板に身を潜めた。オレも慌てて真理ちゃんに倣う。
陸戦隊の制服を着た女が飲食店街に入って来て、周囲に眼を配っていた。
これはおそらく縦位置の同じ位置に、人を配置して行ってるな。そうすることで地下から照射した深度一に反応したオレたちの形跡を追ってるのだ。
オレたちの位相のずれに気づけるわけがないのに、それでも気づけたと言うことは、また何かをしてるのだろう。セプトの科学は対策を打つのが速い。分析官に相当優秀な人がいるんだろう。
このままではジリ貧だ。埒が明かない。
オレは決断して不意打ちで状態固定を追っ手の女にかけた。すると辺り一帯に深度一が照射されて、女は止まったが追っ手の数が一気に二人ばかり増えた。
戦闘型エー・トゥールを展開。向こうはやる気だ。こちらもやるしかない。
オレは状態固定を追っ手の二人にもかける。
「空振った?」
状態固定がかけられてなかった。二人は動いてる。攻撃型エー・トゥールが加速したのだ。こっちも対処しようとするがオレの空間認識が追いつかない。向こうが早すぎる。しかもこれは、深度一の多重展開?
そう分析した時にはもうぶん殴られていた。攻撃型エー・トゥールの手加減した、それでもそれなりの一撃だ。だがオレはビクともしなかった。状態固定をかけてるから、そっちが何をしようが固定されたままで、オレは小揺るぎもしない。動くとしたら、それはオレと真理ちゃんの意思だ。
相手も驚いてるようだった。動きを止める。だが距離を保っていた。それから思い直したように左右にステップを踏んで同じ位置に留まらない。
本当に対策してるな。
どうやらティリオーダウン号の力を見誤っていたようだ。地下の秘密基地ほどではないけれど、兄さまとオレがもうないと考えてた深度一を展開する装置は、他にも幾つも用意されてるようだった。
だがこの事態になって改めて冷静に考え直してみると、深度一の発生装置を搭載するのは、巨大な質量兵器型の強襲艦といえでも降下攻撃をする降下艇のつもりならば当然かとも思った。だって身を隠して接近したいもんな。
それにしてもこの二人をどうするか。敵の二人は小刻みに動いてるがある意味膠着状態だぞ、これ。
「はい、お待たせ~」
のんきな声を出して兄さまがオレたちの前面に展開した。ようやくと言うかやっとと言うか。いや、やっとだろうな。
「ついに登場、ついにです」
ならばそうしましょうか。
ついに兄さまがオレたちと合流しましたのです~。ニヤリ。
いつもの調子のいつもの兄さまが前に立った。魁の大好きないつもの兄さまだ。
オレもだが、真理ちゃんもホッとしたようだった。お互い顔を見合わせて見ると、互いいつもの表情に戻っていたので、その心持ちの変化に少しだけ笑い合った。




