第64話 細い手がかり
宇宙からの特攻という質量兵器による東京壊滅の危機はどうにか切り抜けた。
オレはその東京どころか地球を砕いてもおかしくなかった質量兵器の影を追って、見えもしない地下空間を見やって思いを馳せていたのだが、弟さまから魂の回廊を通して連絡があった。
(兄さま)
(どうした)
(とりあえず送っとく。オレが深度一をかけてる間に透過してった奴等の宇宙船の解析だ)
(データ丸ごとの分析なしって事ね)
(そう)
(しかしよくできたな。今の土壇場でダブルの並列起動なんて)
(いや。透過してるところから解析かけてただけだから。意思がないから全体をぼやっと掴んだ程度じゃないかな。分析すれば鮮明になるだろうけど)
(了解。ありがたくもらっとくよ。で、どうする?)
(その前にあいつらの宇宙船なんだけど)
(ああ。それがどうした)
(地面に透過したぞ)
(それか。あいつらの深度一に透過機能はなかったはずって言いたいんだろ?)
(そう)
(でもわかってるんだろ? 弟さまも言ってたじゃないか。力任せに広げたんだろうって。それが正解だと思うよ。力任せに深度一を何度も何度もかけることで、無理矢理深度一の領域を透過できるぐらいまで持ってったんだろ?)
(やっぱそうなのかな)
(だから個人では無理だと思うぞ。宇宙船とかそういう煌子力をきちんと発揮できる戦艦だから出来たことだろ。とてもじゃないが個人の持つエー・トゥールじゃ出力不足で無理だろ。オレたちが取り上げたエー・トゥールもそんな機能はなかった)
(そうだね。向こうも何でも出来るってわけじゃない。そういうことだね)
(そうだと思う。で改めて、どうする?)
(いや、兄さま。こっちにお客さんが来たよ)
(マジかよ? 早いな)
つぶやいてるオレの視界にも男が一人駆けてくるのが見えた。
(こっちもだ。一人だけだけど)
(周囲に警戒ね。一人だけなんて、そんな生ぬるくないでしょ。絶対搦め手だよ)
(了解。気をつけてな)
(兄さまもね)
◇
その男はオレが逃げも隠れもしないと見ると、走るのを止めた。そしてゆっくりと歩いて来る。手をぶらぶらさせて何も持ってないとアピールまでしてる。
オレのこの顔も覚えてたんだろうな。擬装用マスクだ。一枚剥いでおけば良かった。
「どうも逃げないでくれてありがとうございます。先程ぶりですね。ボスも坊ちゃんをお待ちになってますよ」
「ボスってのはオレにエー・トゥールを奪われた人か」
「ええ、そうです。結構お気に入りだったそうですよ。残念がってました」
「ボスの名前は?」
「忘れてしまいましたね」
「じゃあ、あんたの名前は?」
「人に名前を聞く時は、最初に名乗るものですよね」
「よく知ってるな。地球の流儀を」
「それはもう、勉強しましたから」
流暢な日本語だった。本当に勉強したんだろう。アミックのような付け焼き刃ではない。もっと定着している。
「それで、坊ちゃんのお名前は聞かせてくれるので? 私からはその返事次第です」
「そうだな。オレの名前は醍醐」
「下のお名前は?」
「あんたの名前を半分聞かせてくれよ。それから考える」
「ではボンバーと」
「偽名じゃねーか」
「さてどうでしょう。とにかく、坊ちゃんには催事場に戻ってもらいますよ」
「いや、いいよ。オレはあそこにもう用はない」
「我々があるんですよ」
「そうなんだ。でもオレは行きたくないから行かない」
「優先されるのは坊ちゃんの意思じゃなく、我々の意思。決めるのも坊ちゃんではなく我々。そこをお間違えなく」
オレは溜息を吐いた。
「で、オレが催事場に行ったら何するんだ」
「そうですね。あそこは出入り自由なんでね。我らの母船にでも来てもらいましょうか。そこでゆっくりと話をしましょう」
催事場とあの黒い塊とのあいだに連絡路を構築したのだろうか。したんだろうな。
「でもそれ、話じゃなくて拉致だよね」
「さて」
と、とぼけられたが、しかしなるほどねとオレは納得もした。
「催事場への出入り自由は、行方不明者を想定しての設定だったってことか。最初は泥棒とか、不届き者への対処だったんだろうが、思わぬ形でこうなったと」
「坊ちゃんは賢いですねー」
「あんたらの文明度からそう言われると恥ずかしくなるよ」
「それでは参りましょうか」
ボンバーがにこやかにオレを招いた。
さて──。
突然だがオレにはこいつらに切ってない手札がある。
ボンバーはオレを宇宙船に連れ去れば勝ちだと考えている。だがオレにはオレたちの深度一がある。
こいつらが宇宙船に搭載してる煌子力の大出力で初めて可能となる物質への透過現象。これをオレたちは自力で出来る。ともすればこのまま地面に潜ってダイブしてもいい。それだけでこいつらはオレたちの脅威を認識する。
潜れると言うことは、いつでも出ることが出来る、と言うことでもある。
いや。こいつらがここに来ると言うことは、宇宙船からの補助の準備も整ったと考えるべきなのかもしれない。でなければ破れたチームのメンバーがたった一人で、オレのところに来るわけがない。弟さまの言ったことは当たってるのだろう。
ならばアミックを出汁に使おうか。
ボンバーがどういう状況でここに出て来たのか、これは後々逃げ切るためにも知っておきたいところだし。
「ボンバーのボス。結構おしゃべりだよね」
「どうでしょうね」
「オレにくれたよ。エー・トゥールとかいう物を」
目が動いた。驚きと、それから東京駅の方を向いた。
と言うことはそっちにいるのか、アミックは。
「あれは面白い物だ。使い方も教えてくれてね」
「ご冗談を」
「視神経に接続した疑似神経を通して思ったことが即座に反応する。例えば深度一。例えば深度一の放射。そして通信も出来るんだね」
「どこで聞きました?」
声音が一つ下がっていた。本気で警戒をしている。怒ってるのだろうか。それはそれで好都合。箍が外れれば情報がこぼれてくる。
だがボンボーは何かが腑に落ちたようだ。返答待ちなのを幸いに、いま自分の考えに夢中になっている。ならばこちらも分析させてもらいましょう。この小父さんの、本当の名前は、っと。
オレはアミックから拾った解析をこの小父さんの顔を思い浮かべつつザッと触れてみた。すぐに答えは出た。名前はバルーン・スレイダーマン、三十三歳。アミックの幼馴染みのようだ。これはアミックを出汁にしたのは失敗だったかな。信頼関係は相当な物のようだ。
「坊ちゃん、あなた最近妙な力を感じたりしませんか?」
「いつも力に満ちあふれてるよ」
「では言い換えましょう。妙なのを持ってると、あなたはいずれ死にますよ」
「そりゃご親切にどうも」
「さあ、どこにいるのかな」
「どっちにしろ死にそうじゃないか。あんたに殺されて」
「私が? とんでもない。ボスが待ってますよ。坊ちゃんのことを」
「オレを? 待ってる?」
ということはもうアミックの記憶が復活してるのか?
あの超臨界水がわざわざここまでの範囲しか許さんと弟さまに範囲指定をして消させた記憶だぞ。
その記憶がもう復活してるなんて、超臨界水はまったく何も邪魔しなかったのか?
それはいくら何でもおかしいだろ。ついさっきの出来事だぞ。アミックの記憶を消したのなんて。
「何をした? 何があった? あの宇宙船はお前たちに何をもたらした。あの黒い塊は、オレたちに破れたお前ら諸共オレたちを消しにかかったはずだ」
「いっぱいありますね」
「すまんね」
「でもそれは言えませんよ。それとも来る気になりましたか?」
「ああ。来る気ではなく、行く気になったんだがな」
その瞬間にオレは深度一を張る。
ただしそれは奴等の目に見えぬよう、自分の身体にだけだ。この技はオレだけが加速状態に入る。だから深度一に入ってない物は相対的に全ての時の流れが遅くなるわけで、全体を通してやるか、対象を絞ってやるか、それだけで相手に深度一を認識させるかどうかを決められる、違いを生み出す応用技である。
そしてオレはポッケの恵風に声をかける。もちろん奴等のエー・トゥールでは拾えない奴等よりちょっと深い深度一でだ。
(わかったぞ、恵風)
オレはポッケに入れてる鉄の棲み家に呼びかけた。
この鉄はオレがダブルで創造した、ダブル由来の物質だ。そして恵風はこの鉄の棲み家に憑くことによって、順調に精素を回復し、今は身体は元の状態に戻っている。
その鉄の棲み家から恵風が顔だけのぞかせた。
(何を話してたんだ)
(奴等の狙いは恵風だ。精霊を捕まえに日本に来たんだ)
(なんだと?)
(それはつまり)
(そうだ。セプトの連中はお前たち精霊の存在を知っている)
(別におかしくないだろ。地球にいないだけでセプトにはいるんじゃないのか?)
(お前たち精霊は宇宙開闢に関わってるんだろうが。それなのにこの地球で精霊を見かけないと言うことは、この宇宙に精霊がいないと言うことだとオレは思ってる。ちなみにオレはじゃなくて、オレたち地球人は、精霊狩りなんてした事ないぞ)
(居ないから出来ない、というわけか)
(そうだ。しかもあのセプトのバルーンという奴。ボンバーとか偽名を名乗っていたが、あいつはこの浸透戦略の指揮官、アミックと仲が良い幼馴染みだ)
(うん。それで?)
(わからないかな? バルーンはこのままだとオレに病気になると言った。セドリックメロディ病の原因が精霊の原因だと突き止めてるってことだぞ)
(ならばアームは?)
(ああ、奴らの手に落ちてるんだろうな)
ここでアミックが指揮官だというその意味に、恵風は気づく。
恵風が爆発した。
(わかったのかよっ)
(わかったんだよっ)
恵風がこれまでとは違った目で、動きの止まってるバルーンを見やる。
(アミックだったら尚良かったんだがな)
口惜しそうに恵風がつぶやいた。
(アミックには弟さまが解析をかけてる。今はちょっと戦闘中だろうから連絡は取れないが、後で詳しく聞こう)
(わかった。情報は逃げないしな。それに目の前にバルーンという対象もいる)
(細い細い手がかりだけどね)
(だが手がかりは手がかりだ)
恵風がぴょこんと頭を下げた。
(頼む。解析をかけてくれ)
(元よりそのつもりだ。丸裸にしてやるさ)
(ありがとう。恩に着る)
そう言って恵風は鉄の棲み家に戻った。すぐに戻ったところに恵風の喜びがあった。その感慨は一入でもあろう。
オレはよくぞ我慢したと恵風のいる鉄の棲み家を撫でた。恵風にしてみれば、ようやく掴んだアームの手がかりだ。嬉しさや逸る気持ちは当然あったろうし、喜び勇んで鉄の棲み家から飛び出してもおかしくないところだったはずだ。だが、恵風は最後まで隙を見せなかった。オレが出ても良いというまで鉄の棲み家に身を隠すという、その鉄則を守りきったのだ。
オレはゆるゆるとバルーンに近づく。オレの深度一はセプトの深度一より位相のずれが優れている。オレたちの四分の一程度の速度だというのはもうわかっている。同じ深度一と言えども、これだけの差があることをセプトの連中はまだ知らない。
なので安心してオレが解析をかけようとバルーンに触ろうとしたその時だ。
バルーンの目がギョロリとオレの動きを追いかけていた。




