第62話 ティリオーダウン
控え室に集まったセプトの面々に余裕が出来た。今やそれぞれがお茶菓子を持ち寄ってテーブルで寛いでいる。
アミックはその光景を眺めやって、そのままで良いと席を離れ、ひとり控え室を出た。少し歩いて階段を上り、催事場を見渡せる高いロビーへと移動した。相変わらずの盛況だった。地球人はこぞってセプトの技術の一端に触れ、興奮している。これがセプトと地球の埋めようのない差だった。
それが思わぬ一団を招き寄せてしまったな。
記憶の片隅にもない、口伝えで話を聞いただけの存在。その存在が自分の中で異様に大きくなって行くのをアミックは感じた。
天を向いてどうしたものかと思案を巡らせていると、視界の端にバルーンが缶コーヒーを持ってやって来るのが見えた。
「よう、お疲れ」
バルーンから缶コーヒーを受け取った。ステイオンタブで飲み口を開けて、ゴクリとひと口飲む。
「うまいな」
「ああ。こればかりは惑星様々だ。地球の環境でしか味わえない飲み物だからな」
「母船の飲料だってうまいだろうが」
「でも自然由来の飲み物じゃない。管理由来の工業品さ」
バルーンが隣でひと口含んだ。随分とうまそうな音を立ててゴクリと飲むもんだ。そのまましばらく地球の飲み物に二人して興じた。
そして全てを飲み終え、アミックがぽつりとつぶやいた。
「この星には色々と良い条件が揃ってるが、何よりも良い条件なのは魔気がないこと。どちらにも行ける。どちらも試せる」
バルーンが身体の向きを変えて催事場を見下ろした。
「それは人にも言えるだろう。この星の人間に、手術を施すのか?」
神経側に疑似神経をつけてそこにエー・トゥールのプラグを差し込めるようにするのだ。そうするとエー・トゥールを装着すれば、瞬時に情報は引き出せることも可能となるのだ。だがしかし、神経接続する手術を地球人にする気はない。連絡さえ出来ればいい。だが今は手持ちがない。奪われてしまった。
「エー・トゥールがないのが痛いな」
「母船からの到着を待つか? お前はそんなことを言ってたが」
「冗談ではない」
「だろうな。要請はしたが、このままでは逃げられてしまう」
攻撃型のエー・トゥールさえあれば他の隊員達は後れを取ることはないという自信もあるだろうが、それは理由の内でも比較的小さな部分で、大きな理由は今日はもう出撃はないだろうという安心感である。
あいつらは、軽くひねられてしまった事をどう考えてるのだろう。
「お前はどう見た。向き合った感触があるだろう」
アミックに訊かれてバルーンは苦笑した。
「そうだな。感触がない。というのが俺の感触だ」
「詳しく」
「底が見えない。何かをして対処してるんだろうが、対処した様子がない。魔法を発動してる様子もない。呪文も、祈りも、威力を強める型の舞も、およそ魔法と呼べる事前動作に関する物がまったくなかった」
「大人も子供もか」
「そうだ」
バルーンが肯いた。だがそれを「そうか」とこちらも肯くことは出来ない。話が堂々巡りで何の解決にもならないからだ。
自分の記憶を、それも一団の記憶だけをキレイに消し去っている何らかの手法を、それで魔法でないならば、やはり辿り着くのは一つしかなかった。
「やはりインスティンクションなのではないか」
アミックが考えてたことをポンと放った。その言葉は水面を揺らすさざ波のように、小さく、だが確実にバルーンの中に伝わっていった。
「お前はさっきも伝説と言ったな。もしや伝説のファウだとでも? だがな、それならばとっくに我らが全滅してるぞ。それにいつの時代の話だ。セプトに伝わる大昔の話だぞ。俺たちの爺さんがセプトを発つ頃でも伝説だった話だ」
「ならばインスティンクション所持者の子孫ということなのか?」
「この星で生まれた?」
「いや。我らのことを知ってた。ということはファウの、ファウに連なる者の子供?」
「もしそうなら藪をつついてとんでもないのが出て来たな」
「まったくだ。だが後には退けまい」
眼下には盛況なジゼル電気のデモンストレーション会場がある。
賽はもう投げられていた。
「バルーン。噂通りならわからんが、確かめた者は誰もいない。地下にいるクーリエに協力させて、強度を強めた深度一を発動させろ」
だがそれにもバルーンは首を振った。憮然として理由を話せといった目で見てたら、
「それも出来ないんだよ」
と改めて返事が来た。
「なぜだ」
「既に据え置き型のその装置を消し去られてしまったからさ」
「破壊、じゃないのか?」
「破壊じゃない。消えちまったってよ。クーリエがそれどころじゃないって話は、さっきギグズからちらっと出てただろ」
「それでだったのか」
「そういうこと」
バルーンに放っておく気はないと告げた時には、クーリエから借りを作るのは業腹だが、それでも彼女らの部隊からエー・トゥールを借りようと思ってたのだ。
それから奪われた自分のエー・トゥールの固有振動を追いかけて見つけ出すつもりだったのだが、その元となる設置型が機能を止めていると知った。
最早打つ手がなかった。アミックは愕然としつつ、自分が相手にしてるのは一体何なのだろうと考えを巡らせた。
◇
艦橋にいる通信士から伝聞が届いた。部隊長のホース・エンゲージがその転送された命令書を見る。
軍事用のエー・トゥール発送依頼。出来るだけ急いで来いと言う依頼だった。相手はエー・トゥールで作り出した深度一を消してしまうような一団が相手だと、そう付記されていた。
デモンストレーションだの何だのと調子に乗っていたが、思わぬ所で石ころにつまずき、慌てて石ころを蹴っ飛ばそうとしたら、その石ころにエー・トゥールをめちゃくちゃにされてしまったようだな。
無様な話だ。
ホースはそう解釈した。おそらくこれを自分に回してきた司令官も自分と同じ気持ちなのだろう。
珍しく既にモニターに映っており、こちらが読み終えるのを待っている。
だが本来なら人を待つべき立場の人物ではない。待たせる立場の人間である。その人がわざわざ待っているのだからその内心は燃え滾っているのだろう。
ホースはその待たせてしまっている残留艦隊司令官、ドワイト・ブルを映像越しに見上げて敬礼する。
瞬間、司令官はただ顎をクイとしゃくった。
「は」
命は受けたとばかりに返事をすると、司令官は軽く手を挙げてそのまま通信が切れた。
艦橋にいる全員が前準備をして、不動を貫いたり、指をポキポキ鳴らしたり、首をひねって凝りをほぐしたり、胸を持ち上げて特製パイ乗せ台に乗せ、二棹ある操縦桿を淫靡な手つきで握りしめてりしてる女操縦士がいた。
副長が声を出す。
「艦長、出撃準備整いました」
「よし。副長。状況説明」
「は」
と敬礼してからボブ・マックトンは艦橋に向き直って告げた。
「アミック達が下手をうった。地球人に虚仮にされ、全員敗退して見逃されたあげく、戦闘用エー・トゥールを送ってくれと泣きついてきた。別口で魔気弾も頼んでるな」
トリガー・ロー。機関長が手を挙げて尋ねた。
「それも届けるのかな」
だが副長のボブは首を振った。
「甘やかす必要はない。それと隊長のアミックは己のエー・トゥールを敵に奪われている」
そのひと言で艦橋に失笑がこぼれた。
地球人相手にそこまで後れを取るとは、醜態が過ぎるのではないかといった笑いだ。
「要は全戦全敗ってことだよね、師匠」
「そういうことだ」
教え子で戦術長をしてるジョルジオ・ハーケンに、ボブが肯いた。
「そして任務の説明をする」
「どこにでも行くわよぉ」
淫靡な声がその先を求める。
「生意気な原住民に躾をする。届けるのはそのついでだ。見ろこの通信文。泣き言しか書かれてない」
艦橋全員の目が副長の手元に集まった。
「ジョルジオ」
「はい」
「やれ」
「は」
途端ジョルジオが席を離れて冷たい床にヨヨヨと泣き崩れた。
「ぼくアミック。エー・トゥール盗られちゃったの。地球人に勝てないよーーー。助けてーーーー」
そしてボブは、準備が整ったとばかりに艦長へと踵を返し、敬礼をする。
艦長のホースが艦橋にいる全員に聞こえるよう大きく声を張った。
「あいつら、何をたるんだことをやっているのか。気合いを入れてやれ」
その言葉を合図に艦橋の全員が前を見据えた。
「行け」
降下艇、ティリオーダウン号に火が入った。
母船の格納庫のハッチがゆっくりと開いて行く。それに合わせて甲板作業員があわただしく母船の中へと退避して行く。
恒星間航行を可能とする艦隊母船のハッチが開ききると、環境船、駆逐艦、護衛艦とが巨大なシルエットを浮かべて木星の衛星軌道で待機している姿が見えた。目に見えてる艦隊の片翼だけでも壮観だが、この残留艦隊を全体で見れば、その巨大さは、木星の衛星であるアマルテア群と比肩すると云えた。
そしてそのセプトの残留艦隊から今、一隻の降下艇が地球に向けて解き放たれる。
真空の深度一にキラリと煌子力の噴出光が伸びた。その煌子力の残滓が赤い深度一にキラキラと散開して行く。
その単なる降下艇は、母船に収容されてたので深度一にいた。そのため発進してから光速に至るまでのあいだは瞬く間だった。地球などへは一瞬だ。それでも降下艇は煌子力エンジンの出力を緩めることはなかった。
降下艇と自称する強襲型惑星制圧艦、正式名称UAS-11 Tear It All Down ティア・イット・オール・ダウン、俗称ティリオーダウン。
全長九百メートル、全幅、全高、共に六百メートルのティアドロップ型の降下艇である。
全備重量にいたっては十八万トンもある。ただ落ちてくるだけでどうしようもないほどの質量兵器が重さを感じさせることもなく滑らかに進む。
その巨大な質量兵器は、煌子力エンジンのパワーをガッチリと受け止め、推進力に換えている。ティリオーダウンが進んだ跡には、煌子力の残滓が糸のように煌めきながら航跡を伸ばし、その残滓は華麗ですらあったが、そこに本質はなかった。ティリオーダウンの目的は前にある。むしろその黒い巨体を無言の重みとして、ただただ真っ直ぐに、東京駅に向けてえぐりこむように突っ込んで行った。




