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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第59話 ダブル考察

タメ回です。どうしても必要なので。

 寛司がアミックの腕に触れ、消したい部分を探って行っていた。解析をかけながら別の作業もするような感覚に、ともすればこれまでわかったことが知の彼方に流されそうになる。

 記憶がこぼれて行くのだ。こぼれた記憶はまた同じところに収まってぶつ切りの断片のようになるらしいが、解析のように拾うだけで終わらないことが難しい。


 オレがこれから行おうとしてる記憶消去。これは得体の知れない存在がオレたちに施したはずの技術だった。名も知らぬ、探らせてももらえぬ、探り当てたらその記憶を消されてしまう液体とも気体ともいえないような存在。オレたちが仮の名称で超臨界水と仮称する、その驚異的な存在のしたことの真似。


 兄はそれで間違いなく記憶を飛ばされている。


 まあいい。今は集中だ。オレたちに自分が宇宙人だと云うことがばれて、オレたちを殺すためにここまで追いかけて来た男、それが今目の前で青い深度一に封じられてるアミックだった。このアミックからオレたちの記憶を消す。

 今後オレたちを追いかけようと思わせないように、抑止力となり得るように、その目論見を成功させるために丁寧にやっている。ざっくりやると失敗した時に後悔するしね。それが生まれて初めてやるダブルの記憶操作なら尚更だ。

 オレはそういう心積もりでアミックの記憶の中に潜る。解析で拾ってくるより、取捨選択という行程がある分、難しい。

 見つけた記憶の中には、アミックがエー・トゥール越しのやりとりで、同僚のダンの見た光景を見るのが、まるで当人が見たかのように色濃く残っていた。

 あの時は、兄さまが一分計を取り出して動く一分計を見せてダンを騙せてなかったら、やばかったかもしれないと今になって思う。

 こいつらの赤い世界をオレたちの青い世界でつつんで、通常のように偽装するかとも考えたのだが、それだと互いの深度一が重なるだけでどちらの効能も残ると知り、懸命に解除を優先して、そこに青い深度一を薄めて展開したのだ。

 ビル街でなければおそらく成功しなかった透過度だったろう。例えば森の中なら明らかに不自然な色合いに気づけたことだろうと思う。


 ふと気づく。

 不自然な色合いか。


 それはアミックの装着しているこのエー・トゥールからもたらされた記憶にも当てはまる。このエー・トゥールからの記憶は不自然な色合いをしていた。画面だけで奥行きがないような、情報だけで広がりがないような、人が目で見てその奥に思いを巡らせるような、そういう人に備わる感性が、情緒が、物の見事にそぎ落とされていた。

 真理ちゃんを撃った時まで遡ると、拳銃を手にしたアミックが本来知覚すべき情報である、人の手で触れて重さや固さ、それに材質に当たりをつけるような、そんな直感的な感触もそぎ落とされていた。まさに情報が情報としてただそこにあるだけだった。

 だがこの点を見ることが出来て、アミック達はどおりでこのエー・トゥールで不自然さを見抜けないわけだと寛司は思った。


 そして寛司は芋掘り遠足の時のことを思い出した。あの時、あの超臨界水がわざわざ姿をさらしたのはこれのために仕向けられたのか、と。

 どちらの一分計でも深度一の世界でも動かせるように、と。

 だがもしそうならば、あの「時」を基点とすると、今この「時」は未来の出来事だ。あの超臨界水はいよいよもってとんでもない存在と云う事になる。

 いやいや、フォローしよう。うん。しかし助かった。

 もしもアレが誘導したのなら、少なくとも完全な敵ではないと言うことだろう。


 チラッと脳裏に超臨界水のことを思い浮かべる。だが記憶が消されるような感触はなかった。


 ふう。やべーぜ。


 思わぬ寄り道をしてしまった。なのでオレはいっそのことアミックの記憶を全て消そうかとダブルを広げようとした。するとアミックの記憶領域に、不思議とそれ以上ダブルを広げることは叶わなかった。

 ならば行けないところ以外に行こうと進んでみると、オレは気づいた。気づかされた。オレが行けたアミックの記憶の範囲は、見事にオレたちがアミックと邂逅したその時からの記憶だけを覆うようだった。

 ならば行けるところはどんどん行けとそういうことなのか?

 オレはどんどんダブルの領域を広げる。そしてそれが初期の目的とがっちり合致していたことを目撃した。消すことが出来る記憶領域は、まさにオレたちと邂逅した後のアミックの記憶だけだった。そこから先は解析は進むが記憶消去の意を込めると途端に元の境界に戻される。そんな羽目になった。


 わからん。わからんことだらけだ。


 わからんと云うことがわかるが、その先を思考しようとしたら、おそらくオレの何かが飛ぶ。それだけはわかる。感覚でわかるのだ。そして多分これは、エー・トゥールだけで探ったアミック達には決してわからないことだろうと思う。

 その線引きを、アレがオレに理解させてるのだ。しつけではなく教育を施されて、とオレは感じた。まあいい。ならばここで任務を完遂しようか──。

 オレはダブルで行ける範囲を根こそぎ送還した。



 ◇



「戻って来たか、寛司」

「うん? 戻って来た? ずっとここにいたはずだが」

「ううん。いつものダブルと違ったよ。寛司くん、意識が飛んでるような感じだったもん」

 真理ちゃんが補足した。

(あに)さまにもそう見えた?」

「ああ」

「なるほどね。でも次は多分そうならないと思うから、ダンにもダブルをかけよう」

「成功したのか」

「アレが出たからね」

「「アレ?」」

「超臨界水のおかげさ。まあ質問は後だ。やることをやってしまおう」

「了解」


 そして弟さまの言った通りになった。意識が飛ぶわけでもなく、眼に光が宿ったままダブルの記憶操作を簡単にしてのけて見せた。時間もかかっていない。熟練の職人が難しい仕事を簡単に済ませるように、弟さまは事も無げに瞬く間に仕事を仕上げてみせた。


「それでダンの記憶も消去できたと?」

「うん。間違いなく」

「弟さまの手にかかればそんなに簡単だったか。ダブルの記憶操作」

「記憶操作というか、送還しただけだしな。やったことと言えば」

「そうなのか?」

「人は覚えるのに色々と試して覚えてく。それが記憶の定着になる」

「ああ」

「でもエー・トゥール越しに降り積もり、折り重なった記憶というものは定着してないんだ。言わば雨が降っただけみたいなものだったよ」

「興味深いな。それで?」

「雨が降って、土の中に水が含まれる。その水を求めて木が根を伸ばす。そして根を張ってようやく記憶が定着する」

「勉強とおんなじだね。繰り返し読んで理解を深めるのに似てる」


 真理ちゃんがそう感想をつぶやくと弟さまが、そうだね、と肯いた。


「本当の意味で人生の血肉にするには、どこにも根を伸ばしてない状態だったから、アミックにしろダンにしろ、もうオレたちと邂逅した以降のことは全く覚えてないよ。後から仲間と接触したらその齟齬を埋めようと、また色々と動くかも知れないけど、自分が記憶をいじられたことは理解するはずだ。

 これでオレたちには迂闊に手は出せないと思うと思うんだけど、こればかりは結果待ちだな」

「でもこっちが簡単に殺される気はないよというメッセージにはなる」

 オレがそういうと真理ちゃんも、こっちが記憶だけにとどめてアミックさんとダンさんに命があったことで、こちらが穏便に済ませたいと云うことも伝わると思うよ、と言った。


 弟さまがうんと肯いた。そして恵風も含めてオレたちに、

「さてそれでわかったことが他にもある」

 と言った。


「何がわかったんだ?」

「ダブルの記憶操作をしようとしたら、基本接触時間が長ければ長いほど情報を引き出せるってこと。だから接触時間が短いと最近のことしか引き出せない」

「そうか」

「それとオレたちが誕生した時のことだけど」

「うん」

「小野先生はお母さんからオレたちを取り出すために長時間接触していた。当時は何もわかってなかったから、いきなり知識がもたらされ、それを運用する(すべ)も知らなかったから制限もかけてない」

「ああ」

「だから知識があっても身体も小さくてろくに動けなかったオレたちにはうまいこと歯止めになった」

「ああ」

「でもセプトの人間には、そういう観念がない。不自然だろうが何だろうが、真っ直ぐな情報を求める。生まれた時から光速の中で生きて来たような奴等だ。自分たちの望む答えだけを短絡的に求めるんだろうね。そういう傾向があるとオレは思ったよ」

 真理ちゃんが手を挙げて尋ねた。

「光速の中ってどういうこと?」

「言葉通りさ。アミックに関してはセプトを出てから三世代目みたいだぞ」

「「え?」」

「アミックは母星を知らない。生まれた時から煌子力による光速航行の中で生まれ、それからもずっと母船の中で育った」

「マジかよ」

「あとで兄さまも解析を分析してみなよ。わかるから」

「ああ」

「だからあいつの世代は上層部とは違うみたいだ。銀河連盟の他星への制約を上層部は守る気満々だが、あいつの仲間というか一派は、移植も可能な地球という星を見つけ、実験ついでにこの星に浸透しようと考えてるみたいだな」

「侵略か」

「ある意味そうだよね。そしてジャン・ジゼルは自分の利益のために協力している」

「うわぁ」

 と口を開いた後、真理ちゃんが二の句を接げなくなっていた。

「しかしそうなると弟さまよ。ジャン・ジゼルにも制限をかけずに出来るだけ情報を引き出す必要がありそうだな」

「でももう、それをさせてはもらえないだろうな」

「あいつと握手できたのは僥倖だったな。帰ったらきちんと調べよう」

「ああ」


 そしてオレと寛司が困ると、真理ちゃんがどうしたのと尋ねた。


「いや、一番の問題がなぁ」

「基礎知識が違うから基礎知識を探るだけでも知識を得ても理解が出来てない、そんな状態なんだよね」

「どういうこと」

「算数もやってない人間に、道具と材料あるからコンピューター作れって言われて作れると思う?」

「素材と調理道具だけ渡されて、世界の一流シェフが作る料理と同じ物を作れと言われて作れる?」


 真理ちゃんがぷるぷると首を振った。


「オレたちが今その状態なんだよ。探るだけなら全部探れるよ。そこに制限はかかってこないから。でもなぁ基礎知識がないのに、そんな物組み上げられないよなぁ」

「恵風はどうなんだよ。さっきから黙ってるが、何か言いたいこととかないのか?」


 弟さまに言われて恵風がそうだなと首を傾げた。それから言った。


「逆に言えばお前たちのダブルも、かなり特殊な力なのだとわかるな。基礎知識がないがために、今そこの二人はそんな目に遭ってるわけだしな」


 恵風がアミックとダンに流し目をくれた。

「俺ならこいつらはすぐに殺すけどね。粉々にして風にさらさら流して宇宙の塵にするよ。基礎知識にすんごい十二士を知らなかったことを後悔させてやりてーとこだぜ」

 真理ちゃんがメッと叱った。

「殺すって。そんなおっかないこと簡単に言っちゃ、メッ」

 迫力がないところが真理ちゃんらしい。流石オレたち四人の良心である。みんな馬耳東風だけど。

 それと恵風だ。すんごい十二士って何がすんごいんだよ。つくづく恵風の精素切れによって己の身体を削ってまで乱発させた精霊魔法が惜しい。あれさえなければ恵風は頭脳の精素もつぎ込まずに済んで、もう少しまともだったんだろうに。本当に残念なヤツだ。

 真理ちゃんと恵風がじゃれ合ってるので、それ以上は突っ込まなかったけれども。


「まぁ殺されたくはないでしょ。オレたちだって殺されたくないし。それより兄さま、そろそろこの二人のエー・トゥールを回収しようぜ」

「ああ」


 とオレと寛司でアミックとダンのエー・トゥールの回収を始めたついでに、

「この際だから、オレたちが知らなくて二人が何かわかってることってない?」

 と真理ちゃんと恵風の二人に尋ねてみた。そこでなんにも出て来ないだろうと思ってたのだが、真理ちゃんから意外なことを聞かされた。


「真司くんも寛司くんも忘れてたけど、私の使ってた手拭いの話、覚えてる?」

「あーあったね」

「青海波だったんだよね」

「そう。あの時これを聞いて思ったの。真司くんと寛司くんはどうでもいいことは、たぶん一週間ぐらいで忘れちゃうんだろうなぁって」

「「え?」」

「でも一度でも思い返したことは、たぶん、絶対忘れないんじゃないかな」

「てことは、思い返すかどうかが忘れないポイントだって事?」

「うん。わたしはそう思ったよ」

「これは目から鱗だな」

「そうだね。オレも兄さまも自分の事はそんなに観察してないからな。いつも一緒にいる真理ちゃんから観察しててそう見えるのなら、きっとそうなんだろうね。しかしなるほど。一週間ぐらいが分かれ目なのか」


 オレは恵風を期待して見た。いかれちゃってるオツムでも、精霊世界からの観点の話が聞けるのなら、それはそれで貴重だと思えたのだ。なんだかんだで恵風ともそれなりに付き合いが長くなった。


「そんな目で俺を見るな。気持ち悪い」

 オレと寛司はもちろん、真理ちゃんも期待してたらしい。まぁ、人類でオレたちだけだもんな。精霊からの話を聞ける存在なんて。真理ちゃんへの通訳はいるけれど。

 そして恵風が思い出したように、そうそうと言った。


「お前達のどっちか、この世界にダブルをかけただろ」

 と爆弾を投げつけて来た。

 何せ世界である。宇宙に出られるお前と違って、こちとら大田区と品川区界隈で移動を繰り返す幼稚園児だからな。世界なんて正直そこだけだ。と言うことで、ここはいっちょ揉んでやろう。恵風くんいじりタイムである。おもに真理ちゃんのために。


「世界? そりゃまた大きく出たな。世界ですか」

 オレが肩をすくめて前振りをしたら、

「あ、オレ創業祭の朝に解析かけた」

 と弟さまが爆弾発言をした。まさか身内から裏切られるとは思ってなかったぜ。悪い奴だな、弟さまよ。


(オレってワルだぜ)

 きっちり返事は返ってきた。だが弟さまはまるでこちらを見ていなかった。恵風の方を向いて、しっかり耳を傾けてる。

 しかし創業祭の朝に、弟さまが世界に解析をかけてたとは思いもよらなかった。そういえばいつも一緒に起きるのに、あの時弟さま起きてこなかったもんな。眠いとか言って。


「ちなみに創業祭の朝っていつ頃のことだ」

 恵風が尋ねた。

「五月の初めさ。恵風と出会うひと月ぐらい前かな」

「それでか。俺は正直その時思ったぜ。とんでもないのがこの世界にいる。俺の調べ物の対象じゃないかと思った」

「そういえば見野山病院で解析を放つ度に、お前、びくって反応してたもんな。そんなに嫌だったか」

「当時はな。何をされてるのかわからなかったからな。気持ち悪いなんてもんじゃなかった。でも今はそこまで不快じゃないぞ」

 真理ちゃんが手を挙げて尋ねた。

「地球に解析をかけてどうしたかったの?」

「ダブルがどこまで範囲を広げられるのかなぁとか、そんな軽い気持で」

「軽い気持ちでやったら出来ちゃったの?」

「うん」


 恵風が呆れたように言った。


「寛司、お前軽い気持ちだったのかよ」

「うん」

「俺はあの時、徹の身体の中にいながら、とんでもないのに目をつけられたと思ったんだぜ。反応を隠そうと必死だった」


 ということは当時から反応はしないが不快ではなかったと、そう言うことか? いや、違うな。その時にオレたちの存在がケーフ、今の恵風にばれたと言うことだ。

 それから恵風はオレたちが来るまでずっと気を張ってたのか。もしそうならばそれで精素を消費させたかも知れないな。

 ふうむ。悪いことをした。


「悪かったな。でも今となっては笑い話だろ?」

「そうかもな」

「そもそもダブルは未だにどんな物か、試しながらの試行錯誤の繰り返しだからな」

「それだ、寛司」

「ん?」

「寛司、お前の送還は本当は分解だろ。分解でなければ創造系が使えないというお前が、復元のダブルを使えるというのは理解しがたい。送還したら創造しないと出来ないんじゃないか?」


 ん? ま~たこっちが理解出来ないようなことをつらつらと開陳しちゃって。精素切れのオツムが暴走しちゃったか、恵風よ。


昨日は最終稿の前の稿を投稿してて焦りました。お目汚ししちゃった方、申し訳ありません。ひと月は毎日投稿を頑張ろうと思ってやって来たのに、ボーッとして何を投稿してんだと、後から気づいて焦りました。ハ~、一期一会だった方には特に申し訳ないことをしてしまいました。

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