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第1章 幼稚園時代
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第58話 ちょっと挑んでみるよ

 恵風が驚くこちらの顔を眺めて痛快そうに笑った。


(どうだ。ここで話すのは大変か?)

(いや。楽勝だけど)

(しかし驚いたな。魂の回廊に階層があって、それを上げたらこんな風に繋がるんだな)

 いつも通りにオレの後に寛司が見解を述べると、真理ちゃんがトントンとオレの肩を叩いた。


「ねえ、成功したの?」

「あ、ごめん、真理ちゃん。成功したよ」

「こんな浅いところでも話が出来るんだなと思って」

 弟さまが相槌をうつと、真理ちゃんが手を叩いておめでとうと表してくれた。

「うわ、でもいいなぁ。わたしだけかぁ、魂の回廊で話せないのは。…………って、何してるの恵風?」


 恵風がぺちぺちと弟さまに往復ビンタを浴びせていた。でも小さな手だからまるで効かない。


「いや、寛司にそこに直れとだな」

「御奉行さまごっこ?」

「そうじゃない。浅いところで悪かったなと」

「お、それか。でも実際浅いからな。普段オレと(あに)さまが話してる階層より」


 弟さまが左手を底に右手をげんこつにと、まるで茶壺のようにして手を()った。


「バカヤロー。精霊は皆この高さで話してるんだぞ」

「そうなんだ」「へー」「なんかすごい」

「ちなみにあいつらはもっと浅い。深度一とか言ってるが、深度半がせいぜいだろ。会話の階層にしても、この赤い世界、深度一にしてもな」


 オレはその評価は時期尚早だと思った。


「恵風やオレたちと違って、セプトの連中は科学の力だけで位相のずれをここまで解き明かしてるんだぞ。オレはそれは凄いことだと思う」

「そうだね。人類は未だそんな領域に到達していないもんな。どのぐらいの歳月を重ねればオレたち人類がその領域に、現時点でのセプトの科学力に肩を並べられるのか。見通しも全く立てられないもんな」


 弟さまが遠大な道程を思い、呆れ混じりに示した敬意に真理ちゃんも肯いた。すると恵風が尋ねた。


「それはそんなに凄いのか?」

「ああ」「だね」「はい」

「じゃあ、俺のいた精霊世界はもっと凄いな。この程度の会話は精霊世界まるごとで当たり前のように行き交ってるぞ」

「おー」「やるなー」「楽しそう」


 うん。真理ちゃんだけ本気で感心してた。


「でだ。こいつらどうすんだ?」

 恵風がこれまで鉄の棲み家に閉じこもってた憂さ晴らしとばかりに、アミック達の周りをヒュンヒュンとそれこそ風のように飛び交った。

 ちょっと調子に乗ってるところが、恵風の本性なんだろう。


「まずはこっちの人を解析しよう。この人は正体不明だ」

「オレがやるよ、兄さま」

「そうか。じゃあ任せた」


 アミックも、二人目の男も、未だピクリとも動かない。完全にオレたちの深度一に嵌っている。そして弟さまがすぐに解析を終え、添えてた手を腕から離した。


「この人はダン・キューカイ。二十七歳だね。耳に装着するタイプのエー・トゥール、adイヤーが基本装備みたいだね。そしてこのadイヤーなんだけど、かなりえげつないぞ。相手の耳に働きかける。有り得ない音が聞こえたり、敵の三半規管を狂わせたり、対人に関してはほぼ無敵だってさ」

「マジで?」

「マジで」

「よくさっきは逃げられたね。騙し討ちみたいな感じだったけど」

「そうは言うけど真理ちゃん。真理ちゃん、殺されかけたことを忘れちゃダメだよ」


 オレが釘を刺すと、真理ちゃんがそうだねと肯いた。それからちょっと不安そうに周囲の様子を窺って、全周が青い深度一に覆われているのを目視すると、ちょっとホッとしたような声で、大丈夫だよね、とつぶやいた。

 なのでオレが余裕たっぷりに頷いておく。


「オレたちの深度一を崩せるのは、あの変な弾丸だけだ」

「魔気弾ね」

 名称を告げた寛司がもうちょっと調べたのか、更にちょっと付け足した。

「魔法の要素をばらまいてるみたいだよ」

 そこまではオレも知らなかった。余裕があれば解析を分析したいものだ。

「しかしなるほどな。人跡未踏の技術なんだね」「ここでもなのね」

「でもその魔気弾はもうないみたいだよ。母船に出荷要請してるみたい」

「ならしばらくは安全だな。だから魔気弾による攻撃はここ二回ほどなかったんだな」

「ダンとの最初の邂逅とアミックにここを嗅ぎつけられた時だね」

「ああ。そしてこの際だ。ダンとアミックのエー・トゥールを頂こう。頂いたら解析して送還して、使えないようにしよう」


 するとオレの目の前で真理ちゃんが手を挙げた。ハイ真理と恵風が指を差した。常識が違うからだろうが、不躾なヤツである。これは頭のやばさとは関係ないと、そう思いたい。


「adイヤーは二個目だよね。ダンさんが持ってるの」

「そうだね。予備だろうね。アミックさんも持ってるんじゃない?」


 弟さまが真理ちゃんの口振りを真似すると、もう、と言って真理ちゃんが弟さまをぽかぽか叩いた。それを笑いながら受け止めつつ、弟さまはアミックへと歩み寄り、スーツのあちこちを押さえ始める。見つからないようだ。


「予備は持ってないみたいだね」

 弟さまが報告した。

 それからうんと肯いて意を決したのか、何を決したのかは知らないが、オレと真理ちゃんに毅然とした表情を見せて言った。


「アミックさんはオレたちのことを子供扱いしてたけど、子供達だって見てるんだよね。そこには大人も宇宙人もない。とオレは思ってる。

 だからオレはね、やっぱりこいつらが真理ちゃんを殺そうとしたのが許せない」

「弟さま?」

「オレは後顧の憂いを断つ意味でも、兄さまがきっと怒るだろうと思う方法を試したい」

「じゃあ止めとけよ。オレが怒るかもって云ったら相当だと思うぞ」

「いや、やる。云わずにやるのは武士の風上にも置けないと思ったから云っただけでね。アミックさんだって刃を向けた以上、自分の身にも降りかかるぐらいの覚悟はしてるだろう。そんな腰抜けにここまで追い込まれたとは思いたくないしね」

「おい。せめて何をやるか教えろ」

「アレと同じことさ」

「「アレ?」」

「超臨界水」


 アッと声が重なって、オレは真理ちゃんと顔を見合わせた。


「この場のことを忘れてもらうのさ」

 弟さまが淡々と言った。

 すごいことを思いつくものだ。そしてそれをやるには精神を削るような気合いが必要だろう思う。口には出来るけれど、実際に為すとなったら無心でいられるかどうか。基本どれだけ知識があろうともオレたちは四歳児なのだ。そして自分たちだけのことではない。これを為すにはどでかい弊害がある。


「だが他の人は、他の人も覚えてるぞ。飲食店街から散ってった部下とか。きっとまだオレたちを捜してるだろうさ。

 それにカメラもある。東京駅界隈じゃ物凄い数のカメラがあるぞ。それはどうするんだ。記憶を消せても無駄足になるかも。そして返って怒りを募らせるかもしれないぞ」

「それでもだよ。じゃないと平気で何度も襲ってくるぞ。歯止めとなる警告は必要なんだよ。それだって死ぬよりはマシだろ? 生きてるんだから」

「意見は求めてないってわけか。でもって指針も決めてる」


 弟さまが小さく肯いた。

 これはもう説得は無理だな。生まれた時から江戸時代が大好きで、芋掘り遠足のときにはオレですら御用改めの餌食になっている。ましてや命を狙ったならば命でもって贖えと云うのが弟さまの死生観としては当然の帰結となろう。我が家の家風においても子供の喧嘩で殴られたら殴り返せという、喧嘩のやり方ぐらい自分で覚えろと云った風潮もあるにはあるが、今回売られたのは喧嘩ではないというのも味噌だ。

 単に惑星セプトの情報処理上邪魔になった真理ちゃんの殺害である。多分今はオレたち二人もその中に入っている。

 粛々と反撃に転じるのは、命ある生命体としての本能でもあるはずだ。


 だがそこを、弟さまは敢えて一歩引いてるのだ。

 超臨界水の取った手法。それは正直理想だった。忘れてくれるのなら後顧の憂いは完全に断たれるわけだから。


 だがしかし、だがしかしなのである。


 オレは額に流れる汗をぬぐった。深度一では事象がほぼほぼ動かない。物の動きがないからだが、時の流れが遅くなってるとはいえ、オレはこの空間に、風でも吹かないかなと今思っている。

 じっくり考えて、覚悟を決めた決断としては、あまりに殺伐とした決断だと思えるのだ。だから揺れる。どうしようもなく揺れる。


「本当にそれで良いの? 無理はしなくて良いんだよ?」

 真理ちゃんが弟さまに言った。

「アミックさんはそうしたけれど」

 そこまで口にした真理ちゃんの口を、弟さまは押さえた。


「殺されるのは嫌だ。追われるのも嫌だ。殺すのも嫌だ。現状最善手なんだよ。二人が反対してもオレはやるよ。もう決めたんだ」

「そうか」「…………」


 弟さまがアミックに手を添えた。まずは司令塔であるアミックからと云うことらしい。

 最早真理ちゃんも何も言わない。自分のためにしてくれてることは、真理ちゃんも重々承知してるのだ。


「真理ちゃん」


 オレは真理ちゃんに左手を差し伸べて、手を握ろうと軽く手を振って促すと、真理ちゃんもオレの意図に気づいてそのオレの左手を手に取った。

 弟さまは記憶の消去などという今までやったことのないダブルに挑戦しようというのだ。せめてそのダブルに集中して、成功させて欲しかった。

 恵風も気を利かせて弟さまの肩から飛び立って、中空にふわりと浮かんで距離を取る。寛司に何も語りかけないのは、さすがに恵風も勝負所をわかってる気がした。

 オレたち三人に恵風も含めて四人、この四人にとって、今後の人生を左右する極めて重要な挑戦だった。

 きちんと警告として機能させる。成果としてはこれだけで良いのだ。

 成功すれば安全が。失敗すれば終わりなき難局が。

 そういう局面である。

 真理ちゃんの手が汗ばみ、緊張が伝わって来た。オレによって位相のずれからの精素酔いに対応しているが、別に手を繋がなくてももう真理ちゃんは精素酔いにはならないような気がした。

 その真理ちゃんがごくりと唾を飲みこんだ。すると気を利かせた恵風が真理ちゃんの肩に着陸し、真理ちゃんを励ますようにすぐ隣で一緒になって寛司を見守り始めた。


「じゃ、ちょっと挑んでみるよ」

「応、がんばれ」「気をつけてね」「…………」


 そして弟さまは微かにオレに目礼をしてきた。したのかしてないのかもわからない微妙な動きだ。その余韻をもう一度追いかけようとしたオレだったが、その姿をもう一度見ることは叶わなかった。その代わり弟さまが静かな声で、ダブル、記憶操作、とこれまでやったこともないダブルをアミックに向けて発動した声を聞いた──。


 オレたちの青い深度一は、どこまでもどこまでも静かで、穏やかだった。


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