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第1章 幼稚園時代
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第57話 恵風からの返事

 ぼんやりと東京駅を行き交う人の流れを見ていた。弟さまと真理ちゃんが何者かに襲われたという話をしてる。弟さまがこれを撃たれたと銃弾を見せると、ざわっと交番の空気が変わった。

 もっと詳しく話を聞かせてほしいとおまわりさんが告げたところで、不意におまわりさんの動きが遅くなって行き、ついには動かなくなり、そして赤い世界が展開した。

 奴等の深度一だ。

 残ってるエー・トゥールは二つ。


(アミックか)


 弟さまの推測が届くと共に、当のアミックがその姿を現した。知らぬ振りも出来ぬだろう。アミックは完全にオレたちがオレたちだと認識してる。大人になった弟さまに関してはわからないけれど、少なくともオレと真理ちゃんはばれてる。

 しかしまさか催事場でジゼル電気のデモンストレーションを取り仕切ってる男が直々に出てくるとは思いもしなかった。追っ手のエー・トゥールはすべて送還したし、連絡を取る手段はないものと思っていた。


(弟さま。オレが出る)

(了解)


 オレが深度一をものともせずに動き、あまつさえ交番から出てくると、最悪の相手だとわかってるだろうに、楽しそうな顔をしていた。

 だが近づいて来ないのは、催事場でオレの風刃で牽制されたのが大きいだろう。動けば切れて死ぬ。その精霊魔法をアミックは目にしたはずだった。


「何か用ですか」

「ああ。そこの娘に」

「人違いでは?」

「それが通るとでも?」

「何で彼女が彼女だとわかったのかな? 後学のために教えてくれないかな」

「簡単だ。カバンが同じだったからな」


 おおっ。それかっ。


 オレはそのことは全く頭になかった。確かに顔を変えても、着てる服もカバンも最前と一緒だった。頭隠して尻隠さずってヤツだな。リアルで指摘されるとバカだと言われてるようだ。

 いや、バカか。

 しかし勉強になった。次はこういう間違いはしない。


「理解出来たなら、彼女を貸してくれないだろうか。少々聞きたいことがあってね」

「彼女は重要人物なので、私を通して話して下さい」

「君が秘書だと?」

「ええ。規則ですからね。彼女に通す前に、私の方からお断りを申し上げておきます」

「規則か。確かに規則性は大事だ」

「規則でなく、規則性ですか。さて、どんな規則性ですか」

「子供は大人に負けるというとこも、とか」

「そしてオレたちも動けぬ。下手に動けば特定される、とかですか」


 何を、と問われれば住所をだ。

 黙っていれば衛星軌道から監視されて、家、住所、家族構成、その他諸々目につく物すべてが調べられる。

 アミックは真理ちゃん確保のために、わざわざこの場に出て来たけれど。

 黙っていればオレたちはこのまま家に帰って、いつも通りに過ごしていたはずだ。


(変装がせめてもの救いだな)

 どれが本当の顔かはわからない。

(でも、だ)

(わかってる。あいつは揺さぶりをかけてる)


「本当ならこちらの生活をつぶさに暴いて、色々とすることも出来る、と」

「そうだ」

「困りましたね」

「困ったのは我々だがね。さて返事は?」


 その言葉にオレは気を張った。思い出したのだ。

 こいつはさっきも、返事を要求した真理ちゃんに深度一をいきなり喰らわせたよな、と。

 オレはふうっと息を吐いて、両者の間に立った。真理ちゃんとアミックの間にだ。そして返事を返した。


「おまえらに渡すわけないじゃん。自分の身元も明らかにしない不審者に、さ」

「身元ならわかっているだろう。ジゼル電気の関係者だと」

「国際問題にしてごまかすつもりですか。でもそれをされたら困るのはあなた方だと私は思ってたんですけどね」

「困りませんよ。別に」

「そうですか。でもアミック・スゥさん。地球見物なら地球見物だけにとどめておいて下さいね。少々不躾が過ぎますよ。お隣さん」


 何光年離れた星から来たのかは解析したのを分析してないから知らないが、お隣さんであるのは間違いなかろう。


「その名をどこで知った」

「おや。口調が素の口調ですよ。子供相手に威厳も保てないなんて、惑星セプトは随分と無茶なことをしてるという焦りぐらいはあったんですね」

「おまえ、どこの星の者だ」

「聞かれて答えるとでも?」

「参ったな」


 アミックが本気になったようだ。目につけたエー・トゥールが既に起動しているのがわかる。

 深度一をかけてても、他の行動も出来るのか。並列作業が出来る時点で、正直ダブルの運用を考えるとかなり不利だ。

 オレはアミックとじわじわと距離を保つ。それでしか手札を切れないのだ。精素の補給をしとけばよかったが、恵風も今からくれるわけもないし、あー、恵風とも弟さまみたいに会話のやりとりが出来たらいいのに。


(あに)さま)

(おう。何だ。いま忙しい。手短にな)

(精素を体内で創造すればいいと思うよ)

(おおっ。その手があったのかよ。天才かっ、弟さま)


 喜んでいたら、アミックに話しかけられた。

「魔法は使わないのか?」

「魔法?」

 魔法なんか遣えない。精霊魔法なら遣える。へたっぴだけどな。ホーホケキョ。

「さっきから思ってたが、やはり魔法を使えないな。先程のお前との射程には、もう俺は入ってるぞ」

「だから?」

「魔気がないから撃てないんだろ?」

「あー、じゃあもう面倒臭いからそういうことで良いよ」


 つと、アミックが距離を詰めてきた。わずか半歩ほどの距離だ。その距離にあわせてオレも半歩下がる。すると動き終わりを利用して右に動いたので、オレも身体を揺らしてアミックとの間に入る。距離は変わらずだ。


「ほう大したものだ。俺の狙いがわかるのか」

 オレとその先の交番にいる弟さまと真理ちゃんとをアミックは見やる。そして首を振った。

「いや、違うか。お前は後ろの女児と男を守ってるつもりなんだな」

 アミックが弟さまに向けて嘲笑をぶつけた。

「大人の男がガキにお守りされてんなよ」


 寛司はにこやかにアミックに手を振って上げていた。おかげでアミックが短気なのがわかった。ムッとしてる。実にわかりやすいヤツだ。

 ならここいらで揺さぶりをかけてみるか。

 アミックが一番恐れている事態。オレのことをどこの星の者だと訊いて来た、その恐怖を煽ってやる。


「それをあんたが言うならさ、あんたの垂れ流した欲望で銀河連盟は大迷惑を被るんだよね。一体地球にどれだけの保証をすればいいことやら」


 アミックの顔色が変わった。銀河連盟の話はまずかったか? でも解析の表層に出てくるぐらい、銀河連盟が生命体のいる星との勝手な接触を禁じてるってことは、気にしてるんだよね。まあとりあえず、威嚇にはなってるらしいな。問答無用で真理ちゃんを拉致しようとしたあのアミックが返答に困っている。


 さて、何を計算してるのやら。


「しかしその地球に来て勝手に住まってるお前たちはどうなのだ。銀河連盟からの許可は取ってるのか?」

「取ってるとしたら?」

「お前は何世代目なのかね」

「ん?」

「答えられないか。それが答えだろうが。規則が適合して来ないのだから。

 規則が不憫だとは思わないか?

 善意で示してるのにその枠外から責め立てられてもな。幼い故にわからないだろうが、規則が機能しないほど遠くに来たと知れ」

「いや、でも、守らない規則を盾に取られてもな。お互い効能がないってわかってるんだから無意味でしょ」

「邪魔をするならこちらも向かい討つしかないな」

「向かい討つって何だよ。迎え撃つだろ。ちゃんとエー・トゥールを使いこなせよ」


 アミックが眉根を寄せた。

 何だ。オレは何をした? オレは今、全力で大失敗してる気がするぞ。


 すると弟さまから魂の回廊を通して連絡が来た。


(問題ない。アミックは力勝負には、現状では勝てないと認識してる。だから引き伸ばしてるんだ。情報を得たいとも思ってたんだろうが)

(なら真理ちゃんも連れて揺さぶろう。攻撃の手札を、その前動作だけでも知っておきたい)

(あー、それはあるね。エー・トゥールでどう攻撃してくるかわからないから、全部初動で負けてきてるわけだし)

(じゃあ、そういうことで)

(おっけ~)


 と返事をしたと同時に弟さまが真理ちゃんの手を引っ張った。真理ちゃんがビックリしてるが、

「真理ちゃん、交番出るよ」

 と告げたら、もう弟さまについてく姿勢を取っていた。さすがは真理ちゃん、理解が早い。


 アミックが追おうとピクリと反応した瞬間、オレもダブルの状態固定を発動した。


「!」


 何か言葉を発したかったようだが、状態固定がそれを許さない。微動だにせずアミックがその場に固まっている。今のアミックにとっては1ミリメートルですら遙かに遠い距離だろう。


(もういいぞ)


 オレが満足して弟さまに連絡を取ると、弟さまも出し抜けた状況を理解して動きを止めた。すると、横合いから誰かがいきなり出て来て、咄嗟のことで止まれなかった真理ちゃんが寛司から手の長さ分だけ離れ、その距離と運動エネルギーをも利用されてかっさらわれてしまった。


 真理ちゃんには魂の回廊がつながってないから弟さまへの追随が遅れたのだ。そこを狙うとはめざとい奴だ。

 でも状態固定を真理ちゃんにかけて、真理ちゃんの略奪を阻止する。すると攫ったつもりが攫えずに勢い余って男がすっころぶ。


 その男に向けてアミックが言った。

「動かん」

「俺が手伝ってやろうか」

 すっころびながら男が返事した。なかなかに間抜けな絵面だが気にしないらしい。

 アミックがそんな男に尋ねる。

「お前動けるのか?」

「楽勝だよ」


 そりゃあんたには状態固定をかけてないからな。

 誰だか知らないが。


 フランス人か? そう思って振り返った姿を見て頭を抱えたくなった。

 オレが一分計で騙した男だった。


 すると耳にあちこちから足音が響いてくる。全方位から狙われてるのか。まずい。全員が戻ってきたのか。

 オレが左右に視線を走らせて状況確認を急ぐと、倒れるなよ、キャンセルすると、男がアミックに警告を発した。

 動けないまま倒れたら危ないよって事だろう。優しいお兄ちゃんのようだ。そして深度一へのキャンセルかけたようだ。だがオレたちには効かない。

 あの変な弾丸でないと出来ないようだな。これがエー・トゥール単体での限界ってところだろうか。思わぬ情報を得ることが出来た。



(あいつらの会話を聞ければいいんだけどね)

 弟さまが真理ちゃんを再び背後にかばいつつ話しかけてきた。


(そうだな。こいつら、エー・トゥールで交信してるよな)

(間違いなく)


 すると寛司がオレに手を挙げて止めた。


(何するの?)

(実験)


 そしてオレのかけた状態固定の上から、寛司が思い切り深度一をあいつらにぶつけていた。

 動きが止まった。完全に時の流れが遅くなっている。追いかけられてる時は赤と青の深度一が重なっても、赤い深度一の効能も残ってオレたちの動きをゆっくりとだが追跡することが出来てたのに──。


「オレが解除してからぶつけたんだよ」

「赤い深度一をか」

「そう」

 ということは今はオレたちの深度一で、完全にあいつらは時の流れが無茶苦茶遅い世界にいることになる。見上げれば青い世界が広がっていた。

「なるほど。しかしよく赤い深度一を解除したな」

「もうすでに一度、地下に対してやってるからね」


 そう言えばそうだったと納得してると、ポッケから恵風が出て来た。ひゅんひゅんと風を切ると、弟さまの肩に乗っておもむろに口を開く。


「お前たち、あいつらの会話を知りたいんだろう」

「何でわかった」「結構苦心してる。いい手があるのか、恵風」

「簡単さ。あいつらの会話は俺より浅いところで会話を交わしてる。でも俺たち精霊はもうちょっと深いところで会話を交わす」

「そうなのか」「いや、精霊談義じゃなくてさ」


 相変わらず狂ってる。この戦闘直後の状況で精霊世界のあれこれの話をされても、いま話すことかってなるだろうに。だがそれを無碍には出来ないところがまた扱いに困る。


「でだ、前に言ってたお前たちの会話手段」

「「魂の回廊な」」

 そうそれ、と恵風が手を()った。

「それさ、精霊の交信世界より、もっと深いところで会話してるだろう。だからさ、浅くしてくれれば俺も会話に参加出来るよ、たぶん」

「マジかよ」


(それが以前にお前がオレたちの会話を聞き取れた気がした原因か)


 寛司がどんどん浅いところへと魂の回廊を、その深度を上げて行っている。


(たぶんね)


 そして恵風からの返事がオレたちに届いた。


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