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第1章 幼稚園時代
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第46話 デモンストレーション

「そういえば(あに)さまよ」

「なんだ」

「デモンストレーションを見に行く日って、緑川くんに練習しようぜって誘われてなかった?」

「あ」


 弟さまに言われて思いだした。

 四月の初旬に、大田区と品川区の四道場で対抗戦が共催されるのだ。その対抗戦に、園児の部で緑川くんとオレが一緒に出場することになったのだ。

 対抗戦に出る以上、もちろん練習したい。ていうか無茶苦茶練習したい。園児代表に選ばれた以上、笹島道場の名誉もかかっている。

 でも今回ばかりは外せない。ジゼル電気のデモンストレーションはプラチナチケット。これを無為にすることはオレには出来ない話だった。

 柔道とデモンストレーションでは、正直デモンストレーションのが優先順位が高い。デモンストレーションでさえなかったら、オレは迷わず柔道を選んでいただろうが…………。


「こりゃ、緑川くんにご免なさいの連絡した方がいいな」

「早い方がいいぞ。こういうのは」

「うん。今から電話してくるよ。お母さん、どこだろ」


 お友達へのお電話は、お母さんを介して行われる。例外は真理ちゃんぐらいだ。

 そしてオレは緑川くんにジゼル電気のチケットが手に入ったことを明かし、申し訳ないけどこの日だけは練習できないことを告げた。

 そのばつが悪い告白に緑川くんはあっさりしたものだった。


「うんいいよ」


 それだけですか。

 それだけなのだ。

 でもそれだけの言葉に、オレは深い悲しみを感じてしまった。なぜなら緑川くんは常住坐臥(じょうじゅうざが)で泰然としている。その普段通りの姿がこちらに、より申し訳ないという気持にさせるのだ。

 なのでくじら組で会った時に、そのことを真っ先に謝った。電話越しだけじゃなく、対面した時にも謝らなければならないと思ったのだ。


 おかげでクラスのみんなにばれた。

 オレがプラチナチケットを持っていると云う事と、それから柔道の大会に出ると云う事が。


「負けちまえ」


 木下から、こんな励ましの言葉をもらった。



 ◇



 東京駅で電車から降りて、いつもの地下一階グランスタを行く。ここらへんは爺ちゃんの商売人としての(さが)というヤツだろう。でも今日は駅ナカ支店には挨拶と様子見だけで寄らずに、中平百貨店の方へとすぐに向かう。心なしか人の流れがいつもより多い気がする。そしてオレは丸の内中央口から外に出た。

 その日は春の陽気にはまだ遠く、時折冷たい風が吹いていた。しかし左手に見える海援財閥の催事場には人々がごった返し、熱気に溢れ、そんな人々を狙って撮影する複数のメディアがさらに熱気を煽っていた。

 そして報道関係者だけでなく、オレたちのそばにいる道行く人々も、口々にジゼル電気の日本初上陸に興奮し、今からそれを見るんだとワクワクしていた。

 そんな人波にあわせて流れながら催事場の方へと近づくと、その熱気がオレたちをも包み込んだ。


「フランスから物凄い技術が出て来ましたね。今日は家族でデモンストレーションを見に?」


 と真理ちゃんがどこかのテレビ局につかまっていた。

 あわあわしてる真理ちゃんが面白い。真理ちゃんでも対処に困ることがあるんだな。それにしてもテレビ局のレポーターのお姉さんはわざわざオレたちの間にいる真理ちゃんをご指名し、インタビューを敢行したわけか…………。まぁ、男のオレたちより女の子の方がテレビ映えするもんな。

 そして真理ちゃんがようやくレポーターのお姉さんに答えた。


「いえ、家族じゃなくてお友達です。お友達とその家族の皆さんとで、来ました」


 ちなみにメンバーは、オレたち三人と、爺ちゃんと浅野の小父さん、お父さんお母さん、哲也叔父ちゃん、知子叔母ちゃん、義雄くん、この十名である。

 婆ちゃんはお店を開くと言って、この大チャンスに来ようとしなかった。

 でもそれはきっと表向きのことで、本当は浅野の小父さんにチケットを譲ったんだとオレは思う。

 特に浅野の小父さんとジゼル電気の関係は、ちっとも話を聞いてくれない片想いの相手を振り向かせるために、それでも話を聞いてくれと懸命に口説きつづけてたような関係だったからな。半分ストーカーみたいなもんだったかも知れない。

 でもそれは世界中で起きてた現象で、どこも結局ジゼル電気には相手にされなかった。

 まあそれは結果論で、そんな浅野の小父さんをあの手この手で後押ししつづけた相談相手がうちの爺ちゃんだった。

 婆ちゃんがそんな古い友人の二人がそろって、どれだけジゼル電気を日本に呼ぶために頭を捻ったか、画策したか、伝手(つて)を辿ったか、その努力を知っていたから適当な理由をつけて譲ったんだろうと思う。


 そしてレポーターのお姉さんが、その浅野の小父さんにマイクを向けた。今日はサングラスをかけてるから結構強面(こわもて)なのに、お姉さん勇気あるのね。


「夢の電気にこれから触れられるわけですが、どんな気分ですか?」


 何をとぼけたことを言ってるんだか。お姉さんがマイクを向けてるその人は、ジゼル電気を日本に呼び込むために、ふられつづけた男ですよ、と。

 そんでもって現役の日本の財務大臣だよ、とも思う。

 でも髪の毛を下ろしてるし、さすがにわからないか。


 あー、からかいてー。


 自重したけど。年上のおねーさんだし。


 そんな感じで、東京駅から会場内に入るまでは結構大変だった。徹夜で並んで待った人もいるらしいことをレポーターのお姉さんから聞いて知った。

 うちはオレたちみたいな子供が三人に赤ちゃんの義雄くんもいるし、そんな無茶な待ち方をすることは出来なかったからどうしようもないが、それだけの人にそういう無茶をさせるジゼルの電気は、やっぱりすごいのだろう。


 チケットは敬意を込めて、全員分のチケットを浅野の小父さんに渡してある。

 そして浅野の小父さんが念願を込めて改札でチケットを渡すと、万感胸に迫ったのだろう。ちょっと足を止めて催事場の方をジッと見つめていた。

 そうしてチケットの確認をされてオレたちはいよいよ催事場の中に入る。特に半券をもがれるとかそう言うのもなかったので、今日一日は何度でも出たり入ったりを繰り返すことが出来るらしい。

 お父さんがその辺も確認していた。


 これは知子叔母ちゃんには朗報だろう。赤ちゃんの義雄くんを抱えたままじゃ疲れ切ってしまうかも知れない。けれども何度でも出入り自由なら、うちの駅ナカ支店もあるし、中平百貨店もすぐ隣のビルだし、休める場所には事欠かない。

 美味い物食べて、珍しい物見て、遊山を楽しんで下さい。そういう対処ができる。これは心強いことだった。


 けどジゼル電気がデモンストレーションでそういう運営を志したということは、ジゼル電気が今日何人招待したのかは知らないけれど、この千四百平米のキャパで催すわけだし招待した人数は結構少ないのかもしれない。


「本当にプラチナチケットだったんだな」

「ラッキーだね。真理ちゃんありがとうね」


 するとオレを含めたうちの家族と浅野の小父さんまでもが、ありがとうと言い出して、真理ちゃんがあわあわしながら、こちらこそ連れて来てもらってありがとうございますと頭を下げ返していた。オレならふんぞり返って良きに計らえとか言いそうだけど、真理ちゃんは相変わらず律儀な子である。


 そうしてオレたちは改札を抜けて、いよいよ本丸、催事場へと向かう。見た感じ外より中の方が人影は少ない。それでもいざ催事場と本丸に入る際には、あまりの人の熱に、むごっとした。何がむごっとなのかはわからないが、とにかくむごっとした。

 なんというか、あちこちで歓声が上がっていた。


「おい、兄さま。向こうで実験してるらしいぞ。送電の照射の実験みたいだ」

「マジかよ。そんなのまで見せてくれるのかよ」


 この実験を見るために、いくつの日本の会社が金を払うだろうかと、そんなことをふと思う。だがそれは叔父ちゃんの顔を見れば言うまでもなかった。


「叔父ちゃん、全財産払ってでも見たい感じ?」

「あ、それは困るんで自重して下さいね」

 と知子叔母ちゃんが叔父ちゃんに釘を刺していた。叔父ちゃんの余計なこと言うなと云う視線が痛い。


 悪いことを言ってしまった。オレってワルだぜ。


 そして催事場の中に入って、あちこちで盛り上がるその片鱗を、早速オレたちは知ることになる。きれいなイベントコンパニオンのお姉さんが小さな箱を持って、目の前のブースに立ったのだ。

 どこから現れたか物凄いカメラを持った小父さん達がコンパニオンのお姉さんに群がる。ジゼル電気の電気を見に来たんじゃないの? と思わず問いたくなるような強靱な行動指針だった。

 だけれどイベントコンパニオンのお姉さんは手慣れたもので、そんな人たちには一切構わず、このブースの説明を始めた。


「皆さんの目の前に小さな箱がありますね」


 確かに箱があった。その箱はショーケースの中に入っていて、オレたちには触ることが出来ないようになっている。そしてその箱からは電線が伸び、どこかに繋がってるようだった。

 イベントコンパニオンのお姉さんが、ケースに入ってるそれと同じ箱を掲げてみせた。


「実はケースの中に入った箱と同じ箱がここにあります。この箱には、実は人工衛星でエネルギーを変換された電気が、蓄電されてます。フランスで使われてる電気と全く同じ物ですね。

 そしてこのひと箱でただいま、この催事場の電気のすべてを賄ってます」


 そのイベントコンパニオンのお姉さんに、オレは目をキラキラとさせた。いや美人だったからではない。美人だったけど。その説明に目が輝いたのだ。

 何しろその箱の大きさは、うちの和菓子を詰める箱の、中ぐらいの大きさの箱と、同じぐらいの大きさしかなかったからだ。

 おおおおっ、と低いどよめきが細波(さざなみ)のように拡がる。


「すごすぎだろ」「全くだ」「たったあれだけで…………」


 オレたちの後ろで叔父ちゃんもしきりに頷いてる。

 持ち運び可能なことが、眼前で証明されてるんだもんな。そりゃ叔父ちゃんがこれを車に搭載できたらと考えてしまうのも無理はない。

 しかもお姉さんは片手で軽々と扱っている。それだけ軽いということだ。蓄電池でもブレイクスルーをしたのだろうか。それとも元々の電気に変換した際の効率が良くて、そんな小ささにまとまってるのだろうか。

 興味は尽きない。

 てか解析したい。


 だが見所はまだまだあるのだ。

 オレたちの進む先に、人でごった返してるコーナーがあった。そこには人垣の向こうに巨大な人工衛星のレプリカが飾られていた。


 あれが宇宙に浮いてるのか。


 それだけでもう、オレは先に進みたい。


「爺ちゃん、浅野の小父さん、次に行こうぜ。全部見てから見たいのを見ればいいじゃん」

「おお」「そうだな」

 一つの所に拘泥することはない。全体を見てから一つのことに集中した方が、この催事場では理解が進むとオレは思ったのだ。

 オレは浅野の小父さんに頭を撫でられた。


 実際ザッと見渡したところ、会場の広さはそれほどでもない。千四百平米のなかに、土産物売り場など、商魂たくましいところも見受けられるが、あれも今のうちに買わないと、下手したら売り切れで何も買えなくなるかもな。

 そして民族大移動よろしく、オレたちが移動を始めると、場内にウグイス嬢のアナウンスが流れた。

 まったく、次から次へと、よく畳みかける。


「本日十一時より、ジゼル電気社長、ジャン・ジゼルが、夢の電気と言われるこの電気の説明と、ご来場になられた皆様と握手する催しを行います。ご希望の方は、催事場奥の、イベントスペースまでお越し下さい」


 人々が沸き立った。

 これが沸き立つと云うことなんだと思う。この夢の技術を開発した当人がこの催事場に来ている。そして手ずから解説をしてくれる。握手までしてくれる。

 ジャン・ジゼルは現代屈指の発明家だ。

 これにあやかりたい人は多いだろう。


「真司、寛司、それから真理ちゃん、絶対握手してもらってきなさい」


 お母さんがオレたちに厳命した。

 どうやら、あやかりたい親のが多かったようだ。

 でもちょっと引きたくなっちゃうよね。こんなに偉い人になれって祈られても、そりゃ勘弁ってなるでしょ、普通に。


「行きたくないの?」

 お母さんが不安そうに訊いて来た。そんな顔するなよ。なので安心させて上げる。これも子供の大事な役目だ。

「オレ、これに絶対行きたい」「オレも」「わたしも」


「実際どんな人なのか、とっても興味深いよね。」

 とオレが補足すると、それは爺ちゃん、浅野の小父さん、それからお父さんと哲也叔父ちゃんも同じだったらしい。

 顔を見せておくだけでも今後に繋がると、頷き合っている。

 縁とはこうやって結んでくんだろうか。

 社会人の厳しさを見せられた気がしたオレだった。


「しかしこうなるとお母さん、知子叔母ちゃん、ごめん。今日は集団行動できそうもないよね」

 オレはそう先に宣言をしておいた。


「大丈夫だ、真司。それから寛司、真理ちゃんも聞いて」

「「はい」」

「この催事場は今日一日なんどでも出入りができる。それにスペースもさして広くない。だから疲れたり飽きたりしたら、枡屋の駅ナカ支店を集合場所にしよう。これはみんなもいいかな?」


 とお父さんが全員に聞いた。

 異議無しと話がまとまったので、この先は基本自由行動となった。


「あ、真司、寛司。お前たちは必ず真理ちゃんと一緒にいるように」

「「わかってるって」」

「ま、俺と哲也は最後までこの催事場にいると思うから、いつでも探せ」

「おっけ~」「りょうかい」「わかりました」


 とお父さんがオレたちを出汁に、お母さん達へ好きに遊んで来いと言う免罪符を白状したところで、基本解散となった。


 するとオレのポッケの中で、オレを呼ぶ合図がした。また叩かれたのだ。


「じゃあちょっと休むよ。立ちっぱなしで疲れちゃった」

 とオレは早速休憩を宣言した。


「弟さまと真理ちゃんも付き合ってよ」

 そう言うと、それだけで何かが起きたのをわかってくれたらしい。

「仕方ねーなー」「ちょうど休みたかったし」

 と二人とも話を合わせてくれた。


 オレたちは土産物売り場の横に用意されてる休憩スペースに向かった。

 オレたちぐらいの子供たちが、デモンストレーションの意味もわからずにもう飽きて、そこらで遊んでた。一緒になって寛ぐ母親の姿も多い。


 オレたちは休憩場の一番端っこにこそっと集まって座った。

 膝を突き合わせる。


「どうしたんだ、兄さま」

「恵風が話をさせろと言って聞かない」


 実際オレはさっきからずっと叩かれてる。休んでいいという話になってからずっとだ。恵風はそうとう泡を食っているようだ。


 弟さまが真理ちゃんの手を取るのを確認すると、オレは位相をずらし始める。これは安全策だ。万が一にも恵風の姿をさらす危険を冒すわけにはいかない。

 だが位相をずらし始めた瞬間、もうこれ以上広げるな、そう警告された。

 ほんのちょっと。オレたちの姿を包むくらいだ。

 本当は全体に広げて、確実に人の動きを止めたいのだが、これだけでも効能としては同じだ。でもいつもと勝手が違う。こういうことをすると調子が狂うのだ。何というか、オレの気が晴れない。

 だがそんなオレには一切構わず、恵風が鉄の棲み家から顔だけのぞかせていた。その表情はいつになく固い。


「どうしたんだ恵風」


 オレは位相のずれを、オレたち三人を覆うぐらいの広さで否応なく止めていた。恵風の要望通りだ。だが恵風は、いや、恵風もいつもと違って全身を出してふわふわ浮いたりしない。

 鉄の棲み家からこっそり顔をのぞかせてるだけだ。

 妙だった。


「それどころじゃねー。気づいてるのか」


 オレたちが三人とも怪訝な顔をした。


「おかしくないか? おかしいだろ」


「精素をなくした恵風の頭がおかしいということか?」


 狂ってると言わないのは武士の情けである。

 オレたちと戦った際に、自らの身体を構成する精素を消費してまで、精霊魔法を放った代償だ。それ以来、精素の補給は出来ても、記憶と思考が正常にもどることはない。


「ちがう。警戒しろ。ここは絶対におかしい。真司、位相のずれがいつもよりやりづらくないか?」

「そう言われてみれば。何か引っかかる感じがあるな」

「警戒しろ。オレの精素が精素じゃないけどおかしい、精素じゃないからおかしいと、さっきからざわめき立っている」


 支離滅裂というか、辻褄が合わないというか、何とも理解に苦しむ側面が極めて強い内容だった。


 だがそれは、恵風からの警鐘だった。


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