第45話 プラチナチケット
土曜日の午後は静かだった。部屋にはオレ一人で、弟さまはいま店に顔を出している。法被を着てお客さんと談笑をしてる頃だろう。
そしてオレは、ここ数ヶ月のことを思い返していた。
特に細やかに注意を払っているのは、精霊世界からやって来た風の精霊、恵風のお仲間のことである。
オレたちの誕生日でもある年の瀬は、恵風が記憶からも失ってしまった上司であるモーラが、こちらの世界に精霊を送り出す季節である。
だから恵風は暇を見つけては、しきりに空へと位相のずれを探しに出かけていた。たがしかし、今年は新しいお仲間が送られてくる様子がなかった。
恵風がどれだけ飛び回っても痕跡がないのだ。
恵風はオレたちに理由は言わなかったが、この世界に精素がない異常さを理解してるので、お仲間が送られたら精素を補給できる自らの鉄の棲み家へ、何としても連れて来ようとしてたんだと思う。
もちろん目的はそれだけではない。
こちらの世界に送り出された際に、やばい物があるという恵風の本来の警戒対象は、記憶を失った今も立派な目的であり、散々探し回ってるのだが、こちらも未だその影も形も掴まえることはできていなかった。そうして大した成果もなく、季節は三月に入ってしまった。
三月である。
通例通りにもしもすでに精霊を送り込まれていたなら、そろそろ誰かがセドリックメロディ病を発症する時期になる。
「なあ真司」
と恵風に呼ばれた。
「なんだ」
「なぜ今年は、精霊の送られた痕跡がないんだろうか」
「実はお前がモーラに会って報告してたからとか」
「それがないのはお前が一番知ってるだろ」
そう恵風に言われた。
確かに知ってる。
恵風が帰って来たら必ず解析で調べてくれと言ってくるからだ。
だが調べてわかるのは、烏と飛行速度を競争したり、烏に乗ろうとして精霊魔法で拘束してしまい、羽を動かせなくなった烏が地面に落ちたりと、そんなろくでもない解析結果を見せられてるわけで、最近は正直だんだん真面目に見るのが阿呆らしくなってきてた。
するとお店の方から弟さまがオレを呼びに来た。
「兄さま~」
「どうしたの?」
弟さまがガチャリと扉を開けた。
「真理ちゃんが遊びに来た」
「じゃあ子供部屋に呼びなよ」
「それが、店の方に来てくれって。孝介さんも一緒なんだ」
「孝介さんも?」
珍しいことがあるもんだ。
孝介さんは真理ちゃんのお父さんだ。そしてうちのお父さんが小学生の時に大森小学校まで毎日連れてってもらった、お父さんの幼馴染みでもある。
「なんだろうな?」
「さあね。でも杏さんの出産が近いから、真理ちゃんを場合によっては預かってくれとか、そういう話じゃない?」
「あ、なるほどね。婆ちゃんもいるし二つ返事だろ。何でオレを呼ぶんだ?」
「さて。それもわからん。とにかく行こうぜ」
「おっけ~」
オレたちは恵風を鉄の棲み家にもどして、軽やかに工場に集まってるみんなの元へと向かった。
「お、来たな」
孝介さんがにこやかにオレたちを出迎えてくれた。
爺ちゃん婆ちゃんに、お父さんお母さん、オレと寛司がいるから家族全員大集合じゃないか。
何だろう、この歓迎ムード。
何だか真理ちゃんもワクワクしてる。生まれるのかな? 弟か妹が。
いよいよもってオレも近所のお兄さんになるんだな。安心してくれ。お父さんが孝介さんに受けた義理は、きっちりたっぷり、倍返しで返すから。
オレが決意を込めてお父さんに頷いてみせると、お父さんからは何にも返ってこなかった。
──そりゃないよ、お父さん。
お父さんの義理を返すぞって話なのに。
「さて、真司くんも呼んでもらったのには実はわけがある」
そう孝介さんが切り出し、スーツの内ポケットから封筒を取り出した。静かな所作で淡々とその封筒を開ける。
その券を、いつもは従業員のみんなが寛ぐテーブルの上に置いた。
最初に声を上げたのはお父さんだった。
「こ、これは…………」
孝介さんが封筒から取り出した券みたいな物をオレたちも覗きこむ。
「あ」「あああっ」
驚きの声の直後にオレと弟さまの声が重なった。
「「これっ、ジゼル電気のデモンストレーションの招待券だっ」」
「「「「おおおおっ」」」」
爺ちゃんも驚いていた。そりゃそうだろう。都議連の議長をしてる爺ちゃんはオレたちが生まれた時に、浅野の小父さんと一緒にリビングのテーブルで、どうにかしてジゼル電気を日本に呼びこめないかと色々と知恵をひねり出していたのだ。
それほど渇望していたジゼル電気の招待券が、いま目の前にある。
◇
ジゼル電気──。
人工衛星でとらえた太陽光をエネルギーへと変換し、その変換したエネルギーを地上へと照射器で送電することで、従来よりも低コストで環境負荷もないまま電気が供給可能となった、夢の電気。
新たな産業革命の雄。
そのあまりにも優れた技術に、実際に運用を始めたフランスには視察の依頼が殺到しているという。
だが爺ちゃんと浅野の小父さんは、視察ではなく、あくまでジゼル電気その物を日本に呼び込みたかったのだ。
そしてその願いは叶わず、今に至っている。
唯一叶ったのは、日本にジゼル電気を紹介出来たこと。ただそれだけである。だがそれとて他力本願。爺ちゃんの力は微塵も作用していなかった。
すべてはジゼル電気が自分でお膳立てたこと。ジゼル電気はどこにも夢の電気の利権に加わらせなかったのだ。大企業や財閥だけではない。国や都市にもである。
そしてジゼル電気は自らの意思で、自らのやりたいような形で、海援グループの東京駅近くの大規模会場を借り切り、日本への第一歩を刻んだのだ。
つまりこれもまた海援財閥が獲得競争に勝ったわけではないことを意味する。
ジゼル電気が自ら彼の地を会場として選び、その結果海援商事が会場を貸しただけである。だから海援財閥にすらデモンストレーションの発表会のチケットは流れてないとは、もっぱらの噂だった。
ちなみにその噂の情報源は浅野の小父さんである。日本国の現役財務大臣である。
近々発表されるであろうそのチケットの販売を巡っては、色々な噂があったが、未だそのチケットの入手方法への情報はなく、果たしてどうするんだと世の中で話題になっていたのだ。
そのチケットをまさか孝介さんが持って来るとは──。
孝介さんは会場を貸した海援財閥ではない。むしろライバル財閥の金沢財閥、そのトップである。
「どうやって手に入れたの? てか選ばれたの?」
「わからない。純粋にジゼル電気からの招待だよ」
「うわー」「すげ-」
「知っての通り、私はもうすぐ杏の出産で忙しいからね。チケットをもらったはいいが、三月の二十七日ではちょうど時期が重なりそうでね。行けないと思ったんだ。
だからね、真司くん、寛司くん、君たち行きたがってただろ?」
「うん」「はい」
「なので真司くんと寛司くん、君たちふたりに譲りたいと思う」
「うおーーー正月と盆と創業祭がいっぺんに来たーーーーっ」「マジでやばいな。すごすぎでしょ」
「それでね。その時には真理も一緒に連れてってあげてほしいんだ。どうかな?」
「「もっちろん」」
オレたちは二つ返事で承諾した。真理ちゃんと顔を見合わせて、ハイタッチを交わす。
そして弟さまがチケットの枚数を数えた。訝しげな顔をして数え上げる。
「でも十枚もあるよ」
「そこは皆さんで相談して決めて頂きたいと思ってね」
孝介さんがうちの家族のみんなを見やると、家族みんなでその喜びを分かち合った。特に爺ちゃんは喰い気味である。そんなんじゃ血圧上がるぞ、爺ちゃん。
「しかしこうやって配ってくるとなると、転売がすごそうだよね」
オレは孝介さんにそう言った。
たまたま孝介さんは譲り渡してくれたけれど、日程の都合のつかない大抵の人がこんなの手に入れたら、幾らで売れるだろうかと考えちゃうと思う。
すると孝介さんが軽くその先を提示した。
「たぶん、公の場で転売した人はそれ相応のペナルティをもらうと思うよ。いずれ日本にジゼル電気がやって来た時に、取引させてもらえないとか。
そういうのはフランスでも現実にあるからね。日本でも同じようにするんじゃないかな」
となるとフランスで転売しちゃったそのフランス人の人、電気代高くなって困っちゃってるだろうな。
フランスでは軒並みジゼル電気に顧客を取られて、残った供給会社と契約したら、恐ろしく高い単価で契約させられてると聞く。
そうか。
何でそんな高い単価で契約してるのかわからなかったけれど、ジゼル電気の報復を喰らってたわけか。
うちのチケットを要らないんだから、電気も要らないでしょ。
こえー。
その論理こえー。
「あれ? でもそんなことしたら大丈夫? 孝介さんは」
「大丈夫。金沢財閥の関係者になら誰でもいいと云う事になってるから」
「え? うち、しがない和菓子屋だよ」
爺ちゃんにポカリとげんこつをもらった。
「しがないって言うな」
「でも関係者じゃないよね」
「大丈夫だよ。立派な関係者さ。真理も行くしね。そのチケットが元で個人情報を特定されることもない。うちの財閥の名前も入ってないだろ?」
「あ、ホントだ」
「おそらく売るのではなく、招待という形で話題を呼びたいんだろうね。何しろジゼル電気が欧州圏以外で初めて国外に出た例が、日本になるわけだからね」
オレは孝介さんの見解を黙って聞いていた。金沢財閥のトップの話を間近で聞ける機会だって、ほとんどの人にはできない経験なのだ。
うちは昔からの家ぐるみの付き合いで、日常になってしまってるが、これが当たり前だとは思ってはいけないのだ。
「しかしフランスか。フランスの企業って、正直あまり知らない」
「真司くんは男の子だからかも知れないが、そうだな、真理はどうだ」
「企業は服飾でメジャーなところが、というか世界を席巻してるよね。パリコレとかすごいし」
「そうだね」
孝介さんが大きく肯いて、ちょっと目をキラキラさせてる真理ちゃんの頭を撫でた。
しかし服飾ですか。思わぬ方向からの指摘を受けた。生活の三大要素なのに、しかも真っ先にあがる要素なのに、オレはそっち方面よく知らない。
「オレ、知識に偏りがあるよな。前から薄々思ってたけど」
「まだ四歳なんだから、興味を持つのが早すぎだろ。お前はどれだけ貪欲なんだ」
とお父さんに頭をゴネゴネされた。
ハハハと孝介さんが笑って言う。
「フランスは第一次から第三次まで、産業に隙はないよ。どれにもきちんとした背骨がある。真司くんのお父さんだったら、農業とか、食料品の加工品とか詳しいんじゃないかな」
オレがゴネゴネしてるお父さんを見上げると、お父さんがそうだよといった感じで肯いて見せた。
「フランスは食品では絶対的な強さを持つ食材とかあるからな。葡萄とか食肉とか、あとお前の好きな牛乳、乳製品も強い。良いのがある」
マジかよ。フランスの牛乳飲んでみたいぞ。
心が思いっきり動いてると、孝介さんが話を戻した。
「今、夢を見たろう、真司くん」
「うん」
「美味しそうだと想像しただろう」
「うん」
フランスはそういう国なんだと、孝介さんが言った。
「衣食住の衣、ファッションから見てもわかるが、フランスという国は、人に夢を見させるのが伝統的にうまい。
これだけ世界中で話題になってるのに、当のジゼル電気はチケット一つとっても、売るのではなく、スマートに招待する。
そんなところにも、私なんかはフランスらしさを感じてしまうよ」
そうだったのか。
勉強になった。
「ふうん」
「でもそもそも、転売したいかい? 真司くん」
孝介さんに訊かれて、オレはぶるぶると首を振った。それは有り得ない。そんなことをしたら折角の新たな産業革命の流れに乗り遅れてしまう。
絶対に見るべきだ。でなければ日本国内でこれだけプラチナチケットだと騒がれるはずもないじゃないか。
もっとも、それが配布され始めてたのを知って、ついさっき驚いたんだけど。
こほん。
まあいい。まずは落ち着こう。オレは転売はしない。それだけのことだ。
オレはテーブルの上に置かれたチケットを眺めやった。
日本中でこのチケットを欲しがってる人がいるだろう。
そのチケットが目の前にある。
「どうしたい、真司くん?」
孝介さんに尋ねられた。
ボーッとしてしまったんだろうか。
でも勘違いしてはいけない。これは金沢財閥だからこそ、いの一番で配られたチケットの一部なんだろう。そしてこれからジゼル電気に選ばれた日本中の人々に、このチケットが行き渡って行く。
そう思うと、もうすぐテレビや新聞でこのチケットのことが、大騒ぎで取り上げられるんだろうなとオレは思った。
「何というか、凄いのをもらってしまった。そんな気分」
「孝介さんありがとう」
弟さまがすかさず言ったので、オレも慌ててありがとうと言った。
「どういたしまして。デモンストレーションの日は、真理をよろしくね」
「はい」「こちらこそです」
そうしてオレたちは夢のチケットを手に入れた。
がんばりました。いよいよです。頑張ります。




