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第1章 幼稚園時代
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第44話 手控えと芋掘り遠足 その四

 山本先生が日除け地のテントを組み立て終え、畑の方へと手をパンパン叩きながらやって来た。


「はいはい、皆さーん。お遊びはそこまでにして、お芋掘りに戻りましょうね~」


「「「「「は~い」」」」」


 山本先生の号令で、泥んこ遊びはもうお終いとなった。オレたちは再び各グループに分かれて芋掘りを再開する。


 それからオレは芋を掘り続けた。根こそぎ掘り続けてゴロゴロ収穫した。気分はもう芋掘りの達人である。シャベル遣いの真司と名乗ってもいい。

 そうしてグリクラグループのみんなが黙々と芋掘りしてると、知美ちゃんの隣でまた真理ちゃんの蔓が切れた。

 すると、ポッケの中からパンパンと叩かれ呼び出しを喰らった。俺にもやらせろと恵風が囁いてきたのだ。

 なのでドテッと尻餅をついた真理ちゃんを助けるついでに、オレは位相をずらした。


 世界がずれて行く。そして少しずつずれて行くたびに世界の色が無色から青みがかった世界へと移行して行く。シャベルで掘り起こされて慌てて隠れようとする虫の動きは徐々に遅くなり、飛び散った土もやがて中空に止まる。

 そうして位相のずれが完璧にずれると、全ての存在の動きがほぼ止まった。

 動けるのはオレと、オレが触れることで位相のずれに連れて来た真理ちゃん、それからポッケから飛び出て来た恵風と、イチゴグループの畝からこちらへと歩いて来る弟さまだけだった。


 恵風が真理ちゃんに声をかけた。


「残念だったな、真理」

「うん。土の奥深くにお芋さん、隠れたままだ」

「俺がやってもいいか?」

「やりたいの?」

「正直、無茶苦茶やりたい。やりたくてやりたくて、ずっとウズウズしてた」


 しかしそうは言っても、掘り損ねたお芋を蔓をつたって掘り起こしてくのも、芋掘りの醍醐味だと思うんだよな。なので──、


「恵風、空に行かないのか?」

 とオレは訊いた。

「今はいいや」

「そりゃまた珍しい。何でだ」


 聞くまでもなかった。恵風は言うまでもないと風の精霊魔法を発動した。


「お、それが向こうでの芋掘りか」

「そうだ」


 そうして恵風は、風の渦をひゅうひゅうと二つ三つ同時につくって巻き上げてる。

 その精霊魔法を使うのか? どうやるんだ?


 しかしなるほど。精霊世界での芋掘りか。それはそれで興味がある。そう思って眺めやってると、恵風がふわふわと漂って、真理ちゃんの作業してた土の中から、大漁のお芋を根こそぎ風で巻き上げて掘り出していた。

 ぽこぽこ土の中から出てくる。まるで土がおならしてるみたいだ。


「やめろよ(あに)さま。それじゃサツマイモが糞みたいじゃないか」

「お、そうか。でもそこまで考えるなよ。おならまででやめとけ」


 都合のいいとこで思考を止めるのも人生を楽しむコツだ。

 そしてそれでもそこにツッコミを入れるのも人生を楽しむコツだ。


「せっかくなんだから、ちゃんと見ようよー」

「「は~い」」


 真理ちゃんに窘められて通常にもどるのも、坐りのいい安定である。


 それにしても恵風の風の精霊魔法は、繊細なくせに豪快な掘り出し方だった。はたして掘り出し方でいいのかはわからないが。

 土の中でも風の精霊魔法って使えるんだな。それも新たな発見だった。


「恵風、そんなにやりたかったのか?」


 そして満面の笑みで恵風が言う。


「決まってるじゃん。芋掘り大好き」

「そうか。そりゃよかったな」

「でもバスは壊しちまえ」


 相変わらず狂っていた。


 芋掘りは楽しいが、バスでの移動は苦痛だったらしい。

 精霊も治る部分と治らない部分があり、恵風に関しては残念なところが治らないな。気のいいヤツだが気の毒なヤツだった。

 にしても、問答無用で芋を掘り起こしてしまってる。驚くべき作業効率だ。

 恵風はこんなことも出来るのか。

 苦労する醍醐味をとられた真理ちゃんだが、特別な物を見ることができて気にした様子もないし、これはこれでおっけ~か。


「なあ、(あに)さま」

「なんだよ、弟さま」

「ついでだから、この位相のずれにおいて送還を試さないか」

「送還を?」

「オレの一分計もこの世界で動けるようにしたい。この世界で駆けっこしても、オレのはタイムを計れないもんな」

「あ、そういうことね。じゃあどうする?」

「オレのを兄さまが解析してから送還、そのあと復元。これでどうだろう」

「復元ならお前がやってもいいんじゃないか?」

「創造系を持つ兄さまの復元じゃないと確実とは言えないんじゃないかと思ったんだが」

「じゃあオレがもう一個一分計を作るよ。で、弟さまは弟さまで試してみればいい。それでどうだ」


 ダブルで修復したオレの一分計はこのダブルの要素のおかげで、時が極めて遅くなるこの位相のずれた世界でも、動き出すことがわかってる。だがダブルの解析はかけたが他のダブルの要素のない、純粋に機械工学だけで動いてる弟さまの一分計は、なぜか位相のずれたこの世界では動かない。この現象は、おそらく精素じゃないのに恵風が回復してるのとも関係があるんだろうと思う。

 それはまだ原理がよくわからなくて、解き明かせていないけれど。

 いずれはわかるだろうと思う。


 でもなぁと弟さまが呻いた。


「どうしたの」「どうした」

 真理ちゃんとオレの声が重なった。


「う~ん。言ってみてなんだが、叔父ちゃんに悪い気もするんだよね。兄さまのと違って、オレのは傷つけられたわけじゃないから」

「あ、そこね。そこもあるね。どうする? 試すのはいつでも出来るが」


 といいかけたところで、激震が(はし)った。

 オレだけにかかって来たのか、この胸騒ぎのような、戸惑いのような、得体の知れない違和感は…………。


 いや、弟さまも気づいてる。

 その弟さまが空の一角へ視線を合わせずに送ってオレに示した。わかってるかと云った眼だ。

 わかってるさ。

 あそこに空気でも水でもない何かがある。そんな存在があるかと、まともな頭を持ってれば思うだろうが、それは在る。

 液体でも気体でもない水。

 たしか超臨界水といったか。

 その状態になったら人の目には見えなくなるという。だがオレたちは感じる。

 あれは魂の回廊を通して話してもいけない存在だ。もし話したら、たとえ魂の回廊を通していたとしても、その情報は駄々洩れになると弟さまは考えてる。

 だから目配せだけで合図してるのだ。


 まだ誰にも通じたことのない魂の回廊も通さずに、だ。

 むしろその魂の回廊でさえ、アレに見せるのはやばいと感じさせられる。弟さまもそうなのだろう。

 しかもこの位相のずれた世界に当然のようにアレは在る。

 居るのではなく在る、そういう存在。

 尋常ではなかった。


 しかし弟さまがそれを感じると云うより、知ってると云った感じなのは何でだろう。しかもそれなのにわざわざオレに合図を送ってきた。危険を承知でだ。


 ということはオレが既に体験している。いや、それでは弟さまが焦る理由にしては弱いな。おそらく既にオレが被害に遭ってるのだろう。

 そしてオレには被害に遭ったその記憶がない。つまり相手は記憶をどうにか出来る存在というわけか…………。

 そんなのがすぐそこにいる。弟さまはそう言いたいのだろう。


 そしてそれはたぶん、今オレが弟さまに問うた問いが、重大な分岐点になる可能性があると言うことにもなる。

 オレはそう考える。

 でなければいきなりそんな存在を認識出来るわけがないのだ。


 わざとなのか?


 だがそうなると答えはもう決まってる。決めざるを得ない。その思惑に乗るのは危険だと。


 そしてオレがもう質問として口に出してしまった以上、オレは誘導されてしまったことになる。決めるのは弟さまだ。そうなる。

 弟さまが選択をせねばならない、そして選択した状況が近々弟さまに現れるはずだ。

 あれがそう仕向けているのだ。

 それを考えるとオレが決めたい。思惑を外したい。

 オレが言うなと目で伝えたら、


「やろう、兄さま」


 と、弟さまは言った。


 確かにオレの意は伝わってたはずだ。だが弟さまはそれを無視とは言わないが、考慮外とした。


 そしてその超臨界水のような存在はすでに消えていた。

 ついでに真理ちゃんと恵風には言うなと、弟さまから視線が送られる。

 だが恵風も真理ちゃんも気づいてるぞ。

 オレたちに話しかけて来ないのがその証拠だ。


「やるんだ。そう決めたよ、兄さま」

 弟さまは断固としてた。


「わかったよ。じゃあ、そうしよう。致し方ない」


 オレは何気ない気を装い、一分計をもう一個作り、そこから部品の送還に成功した。そのまま復元し、ボタンを押すと当然のように一分計が動いた。

 これにより、位相のずれにいつ入っても、普通に一分計がその時軸で動くようになった。

 ついでにダブルの創造だけの構成要素でも、位相のずれの中できちんと一分計として動く、その条件が満たされることが確定した。


 ダブルの汎用性は高い。


 弟さまも弟さまで、自らの組み上げた一分計に解析かけてから送還した。送還も成功し、そしてすぐに復元した。復元も成功。

 そして弟さまの一分計は、解析だけでは動かなかったが、今ではきちんと動くようになった。

 いってみれば創造系ができない弟さまの裏技だな。裏技のダブル。

 ついでなのでオレが創造したダブル由来の一分計を真理ちゃんにあげようとしたら、叔父ちゃんに部品をもらってないのに真理ちゃんが持ってたら、ダブルの足がつくぞと弟さまに指摘されて断念した。

 確かにその通りだった。


「いいよいいよ」


 と真理ちゃんは言ってくれたが、ぬか喜びさせてしまったようで、なんかご免なさい。

 調子に乗ったつもりはないのだが、真理ちゃんだけ持ってないということに、心が引きずられてしまったらしい。

 どうやらオレは、先程の弟さまの決断から、どうも色んな物に引きずられてるらしい。


 息を吐いて、大きく深呼吸した。

 それからオレは恵風に尋ねた。


「恵風、アームの気配、在るか」

「いや、全然」


 恵風はふわふわと浮かびながら端的に否定した。口数の多いコイツが、それ以上何も話しかけて来ないのは、コイツも違和感を感じたのだろうか…………。

 だがとりあえず、アームでないことも確定した。

 オレたちは話すに話せず、真理ちゃんは聞くに聞けず、恵風はそっと距離を置いて何が起きたのかを考えてる、今はそんな感じだった。


 こうしてオレたちは重苦しい空気のまま押し黙り、しばらくしてから静かにオレは位相のずれを解いた。



 ◇



 辻くんとお父さん


 今日はお昼に、お出かけの際のお約束となった、魚屋の弁当は魚なのか、和菓子屋の弁当はお菓子なのか、その不思議をいつものように解き明かそうと、真司くんの弁当箱を覗きに行ってビックリした。


 昨日真司くんのお父さんがウチの店によって、サンマとイイダコを買って行ったが、まさか今日の芋掘り遠足でイイダコをまるまる使って、屋台たこ焼きの再現をしてくるとは思わなかった。

 だって真司くんのお母さんが、よもやお酒のおつまみを息子の弁当箱で使ってくるとは…………、真司くんのお父さん、いったい家ではどんな扱いなんだ?



 馬場ちゃんは思う。


 くじら組で初めて輪の中に入って思いっきり遊んだと。わたしのカバンを覗き、わたしのカバンに物を隠し、それ以来まったく話したくもなかった木下と笑いあってもしまった。

 あの売れない子役とわたしのことをバカにしていた木下とである。

 寛司くんが(あに)さまあにさまと、いつもそう呼ぶのが不思議だったが、今は何となく彼がそう呼ぶのがわかる気がする。

 わたしが子役で必要なのは、こういう事なのかも知れない。


 うん。開眼だ。



 赤樫くんは思う。


 馬場ちゃんは今日もキレイだ。

 そしてウチの爺ちゃんは今日も朝から光るよう、髪の毛の全くない頭皮に磨きをかけていた。とってもキレイだった。

 うちのお父さんも横髪を残してほぼなくしてしまった髪の毛を憂い、昨夜もポンポンと頭皮を刺激していた。

 お父さんは二十八歳だ。

 俺に残された時間はもう少ない。


 お昼はイチゴグループでお弁当の交換しようぜという話になった。

 なんでも寛司くんの兄さま、真司くんがいつも辻くんとお弁当の具の交換をしてるのだそうだ。そして寛司くんも一度はそういうことをやってみたいと言ったのだ。


 梅子ちゃんは大喜び。馬場ちゃんも寛司くんのものすんごいたこ焼きを見て、喜んで交換してた。


 ならば俺は。

 ならばおれはっ──。


 オレは頭皮を刺激するような食べ物は食べたくなかった。食べたくなかったが、今日の髪の毛にいいお弁当である俺のカキフライは、馬場ちゃんと交換して鶏肉のカレー揚げへと変わった。

 カレーである。

 カレーは刺激物である。

 出来うれば食べたくなかった。食べたくはなかったが、そこは馬場ちゃんのカレー揚げなのである。俺は心を鬼にして食べた。

 毛根がどれだけ死のうが、馬場ちゃんと一緒のお料理を食べられた、その記念日なのである。

 俺が頭皮を触ると二、三本髪の毛が抜けようが、ちょっと泣きたい気分になろうが、実際(むせ)び泣こうが、悔いてはいけない。

 泣いて喜ぶべき馬場ちゃんとの青春の思い出を、俺は今日重ねたのである。



 ◇



 つつがなく芋掘り遠足は終わった。

 オレと弟さまは袋いっぱいのサツマイモをお土産に我が家に帰った。

 事細かにいかに掘って楽しんだかを話したり、服を汚してお母さんに呆れられたりもし、家族のみんなもオレたちの芋掘り遠足を喜んでくれたが、心の片隅には何とも言いようのない(しこ)りが残った。


 アレを話すのはやばいと、オレと弟さまはその件だけは話を詰めることがまったく出来なかった。

 ダブルどうこうの話ではない。違和感を違和感として解析させる気すら起こさせなかったことが問題なのである。

 口に出したら何かをされるのではないか。

 おそらくオレが一度は施された事象への警戒があった。


 だがそれを認識したのはあの時だけで、それ以来、違和感はない。

 オレたちはすぐにいつもの生活に戻り、実験と失敗の繰り返し、みんなと仲良く楽しんで、そんな日々を送った。


 そうして薫風幼稚園での日々は過ぎ、オレたちは四歳となり、やがて春が来た。


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