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第1章 幼稚園時代
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第42話 手控えと芋掘り遠足 その二

 バスの駐車場から芋掘りの畑まで歩くことになった。

 山本先生が、グループごとに二列に並んで手を繋いでと触れ回った。

 グループの誰と? とみんなが戸惑うと、

「席でお隣同士だった子でいいわよ」

 と小菅先生が補足した。


 そうなるとオレは真理ちゃんか。オレがキョロキョロと真理ちゃんの姿を探してると、真理ちゃんの方からオレを見つけてやって来た。


「真司くん、一緒に降りたのにいなくなるんだもん。探しちゃったよ」


 そうか。それはごめん。

 しかし、ふふふ。真理ちゃんは知るまい。オレがたった今までカツアゲされてたということを。

 御用改めというお(かみ)の暴虐に、オレはついさっきまで晒されてたのだ。

 弟さまは要らないと言ったが、梅子ちゃん、秋穂ちゃん、彩花ちゃんの改め役お三方(さんかた)に、イチゴ寒天ミルクを差し押さえられたのだ。

 全く困ったものだ。お昼にグリクラグループのみんなで食べようと用意してきた物が、思わぬ形で失われることとなった。


 別にいいけど。

 キウイ寒天ミルクもあるし。


 ふはは。オレはおやつは牛乳系と決めてるのだ。隙はない。牛乳大好き最上真司。些少のことではへこたれないぞ。



「はいじゃあ手を繋いでぇ~。みんな出発しますよぉ~」


 山本先生が号令をかけた。

 しかし、もうか。もう出るのか。オレは真理ちゃんと手を繋ぐことに躊躇(ためら)う。実はいままで秘密にして来たが、オレは産婦人科医の小野先生との一件があって以来、人と手を繋ぐことを極力さけている。


 そこにはギュッと手を握ったらダブルを発動してしまうのではないかという恐れがある。

 真理ちゃんの記憶を解析してしまうのではないかという恐れ。

 いや、制御できるとは思う。思うのだが、絶対はない。

 絶対安心安全ですといって酷い事になった例を、人類はたくさん経験している。日本でだって絶対の安心安全を謳って、その地に人が住めなくなった例は結構ある。


 さて、どうしたものか。


 すると真理ちゃんの方から手をキュッと握ってきた。


「手を洗ったから大丈夫だよ」


 真理ちゃんがにっこりして言った。

 オレは可憐なことを云うなぁと思った。しかもよそ行きの笑顔だ。真理ちゃんのよそ行きの笑顔はとっても可憐だった。

 恵風はこの柔らかな微笑にやられちゃったのかもなぁ。


 しかし繋いでしまったのなら仕方ない。


 オレはオレで自分から真理ちゃんと初めて手をつなぐ。そう。オレの方からもキュッと握り返したのだ。

 だがダブルはきちんと発動しなかった。

 よし。

 ちゃんと切ってる。真理ちゃんのことは流れ込んで来ない。


 するとホッとするオレをよそに、大慌てで駐車場に軽トラックが飛びこんで来た。農家の人が軽トラから飛び出してオレたちの方に駆け寄って来る。そしてオレたちを引率しようとしてた山本先生に言った。


「ここ、おとなりの畑ですよ。あっちです、あっち」


 どうやら運転手をしてくれた用務員の小父さんが畑を間違えてしまったらしい。

 似たような風景がつづくからな。看板もないし。


 いや、だから建物目指して山本先生は歩かせようとしてたのかな?

 現地確認はしてるはずだし。

 てか農家の小父さんが軽トラ停めてたから、空いてるこっちに停めないとと思ったんじゃないか?


「わかりました。じゃあもういっかいみんなバスに乗って下さい。移動しますよ」


 山本先生は何でもないことのように答えた。

 実際何でもない。むしろどれだけ畑が広いんだという面白エピソードになった。これも遠足の思い出である。

 むしろよその畑の前にバスを停めたままには出来ないよなって話だ。


「じゃあもどろっか」


 オレが言うと真理ちゃんがうんと肯いた。

 そして最前とおんなじ三番槍の席に着く。



 用務員の小父さんがキーを回してエンジンをかけた。ぶるんとバスが揺れてエンジンがかかる。すると後ろの方で、うっ、という呻き声が上がった。


「お、おえ~~~っ」


 バスの中が大惨事になった。香ばしい匂いがオレの席にまで届く。

 後ろを振り返ると加藤くんだった。

 加藤くんがバスの中でゲロを吐いていた。オレのすぐ後ろの席だ。みんながウゲッと嫌悪する中、隣に坐ってる前田くんがどうしたらいいのか困り果てている。


 しかしお祭りグループの加藤くんの隣に、何でわんちゃんグループの前田くんが座ってるんだろう。

 その謎はすぐに解けた。

 ここらへんのグループ(ごと)の席の構成が崩れてるのは、ある意味弟さまのせいだった。彩花ちゃんが弟さまの隣になりたくて一番後ろの席に行っちゃってるのだ。

 だから加藤くんのお隣がいなくなって、後ろの席に陣取った彩花ちゃんからの突き上げを喰らい、前田くんが加藤くんの横に来た。そうして男同士で座らざるをえないと、そういうことになってるんだろう。


(すまない(あに)さま)

(致し方ない。オレたちくじら組男子に、梅子ちゃん、秋穂ちゃん、彩花ちゃんを止められる豪な者はいない)


 そう魂の回廊で会話を交わしてる間も、溢れるゲロを加藤くんがどうしようもなく持て余している。一部、手の隙間からこぼれだしはじめた。


「前田くん、替わって」

「う、うん」


 前田くんにオレの座ってた席に移動してもらって、オレは加藤くんの隣に座った。手に持ったままのカバンからエチケット袋を取り出して、それを加藤くんに添える。


 心おきなく吐いちゃって下さい。さぁ、さぁさぁさぁ。


 そんな気分だったが、そう言えるはずもなく、困り切ってる加藤くんの手を覆うように、エチケット袋をかぶせてあげる。そして加藤くんがエチケット袋に吐瀉物を一生懸命落とし込みはじめた。


 お、そう言えばいつの間にかエンジンが止まってるな。

 用務員の小父さんも先生達も気を利かしてくれてるのだろう。ならばやりやすい。

 オレは水筒から水でタオルを濡らして待った。それからある程度の吐瀉物を落としきった加藤くんの手をエチケット袋から抜かせて、用意したばかりのタオルで汚れた手を拭いて上げる。それから裏返して顔についてた吐瀉物もぬぐって上げた。


(ほい。ダブルで状態回復)


 ついでに気持ち悪くなってた加藤くんの乗り物酔いも治してあげる。

 すっかり拭き上げた男前な加藤くんになった時には、加藤くんはもうすっかり気持ち悪くもなくなっていたはずだ。


「大丈夫?」

 オレが訊くと、加藤くんがうんと頷いた。

「ごめん、真司くん。俺、お父さんは清掃センターの職員なのに、息子の俺がこんな汚しちゃって…………」

「気にしない気にしない」


 エチケット袋の上部を鶏の首をキュッと締めるようにキュッと締める。もちろん鶏の首など絞めたことはない。絞めたことはないがノリだ。

 そうして匂いを封じ込める。

 それが終わるとバスの床にこぼれた吐瀉物も、タオルで拭きとってキレイにした。これで加藤くんが気に病むことはない。

 後はどうせダブルで、吐瀉物に解析かけて送還しちゃうし。うん、もはや、どうという事もない。


「なんか、真司くん手慣れてるね」

 隣の列に座ってた藤平さんに声をかけられる。

 藤平さんはわんちゃんグループで加藤くんと一緒のグループだからね。生まれた時から辻くん、加藤くん、彩花ちゃんの三人とは幼馴染みだ。

 彩花ちゃんだけ弟さまにほの字になって後ろの席に行ってるけど、普段は四人、とっても仲良しだ。

 しかし妙な評価をもらった。

「う~ん、手慣れてるかな?」

「手慣れてるよ」

「ならお店のお掃除とかするからかな。衛生管理は基本中の基本だし」

「あ、それだね、きっと。とにかくありがとう。うちの加藤を助けてくれて」

「だって加藤くんオレの電車の師匠だし。オレ、色々教えてもらってるんだぜ。たぶんもう、電車だって作れるよ」


「「「あはははは」」」


 周りにいた子たちに大受けだった。真理ちゃんだけは笑ってなかったけど。

 彼女だけはオレがダブルで本当に作れることを知ってるから。文字通りの意味だって真理ちゃんだけわかってるんだ。

 みんなにはないしょなんだけどね。


「先生終わりましたぁ」


「わかりました」

 と山本先生が返事をくれた。

 では出発願いしますと、用務員の小父さんに頼んでいる。


「あ、それと真司くん。真司くんは、そのまま加藤くんを(いたわ)ってあげて下さいね」


 山本先生が、とっても素晴らしい会心の笑顔でオレにそう告げた。


 そしてオレの、三番槍の夢は(つい)えた。



 ◇



 小菅先生は思う。

 真司くんは江戸っ子で喧嘩っ早いけれど、面倒見はいいのよね。私も五月頃、海上公園でのお散歩で真司くんに立ちくらみを見破られて木陰で休めって言われちゃったし。

 それから色々あったけど、本当に色々あったけど、と小菅トモは眉を(ひそ)めたが、憎めない子だと改めて思った。



 用務員の小父さんは思う。

 ちびっ子のくせに、人の嫌がることをよくぞああも無造作にやってあげられるもんだ。アイツには用務員の資質がある。いっちょ俺が目をかけてやろう、と。

 それから朝のご挨拶をする人物が、真司には一人増えた。それから花壇のお手入れや水撒きの極意など、時折つかまっては教え込まれた。



 蛍は思う。

 真司くんがまた人助けしてる。


 真司くんはかなり変わってる。主役になれるのに、オレがオレがってならない。むしろ人助けが趣味なんじゃないかと思う。お父さんが急に病院にかかった時、枡屋で面倒をみてもらったことがあったけど、それまであまり話したこともなかったのに、ああも簡単に人を受け入れられるものなんだろうか。


 自分には出来ない。

 美味しい物もたくさん食べさせてもらったし。

 家族の人もみんな優しかったし。

 あれがあったから、お父さんはもうじき死ぬと小耳に挟んで辛かったことも耐えられたんだと思う。

 寄る辺ない時に、寄る辺となってくれたお友達。

 突然大切になったお友達。

 そのお友達が今は汚い物をキレイに片づけてあげている。まるで時代劇で見るあの集団、名前を思い出せないあの集団のようだ。


 そういえば枡屋に呼んでくれたあの日、真司くんは寛司くんと一緒に江戸時代とか、あの辺りのことが好きなようなことも言ってたから、たぶん、そう、火消みたいな人なんだろう。

 だって喧嘩も大好きだし。

 でもいつか、真司くんが困った時には、必ず力になって上げたいとも思う。


追記

振り仮名の振り忘れを発見。む、無念。

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