第38話 迷い子のジプシー
恵風は真理ちゃんの机の上に立ち、身動ぎもしなかった。体長十センチメートルほどの精霊が懸命に威厳を醸し出そうとしてる。
それはそれで可愛らしい姿だ。
そして案の定、その体を保てなくなってきた。
小刻みに羽を揺らしながら精気を辺りに振りまく。きつそうだ。
だが口調は至って真面目だった。あんま似合ってないけど。
「真司は俺たちがこの世界に送られるのは一年ごとと言ったな。その判断材料は?」
「ばらついてるよね。発症した月は」
真理ちゃんも疑問に思ったようだ。
「恵風が送られたのが十二月頃だとわかってたからさ。それから各地を移動しつつ調べるのに三ヶ月から四ヶ月かける。
その間に日本を見つけられた恵風と、見つけられずに太平洋を横断した先達たちとの差ってやつかな、とオレは思ってる」
「ん? 恵風が言ったのか?」
ナイスだ、弟さま。
「言った部分もあるし、解析で得た部分もある」
「大丈夫か、その解析?」
「まだ精素を使い切る前だったからな。見野山病院での戦闘前の状態。最初に出会った、恵風が精素を削るまえの解析だ。これ以前のダブルの解析は存在しないからな」
「なるほど。でもオレは虫食いチーズだらけの解析だと思ったから、そこまで信用してなかったんだよなぁ」
半分本気か? 弟さま。
「それでも調べてみろよ」
「うん」
待つこと数秒、弟さまが頷いた。
「ああ、なるほどねぇ。齟齬の部分が兄さまと恵風が話したところかな。まーいいけど」
弟さまはオレと恵風の齟齬と云ってるが、精霊が移動をしてるのは事実だ。
そして位相のずれを通って送り出された精霊は、その場に長くは留まらずに必ず移動をしていることを意味している。それはその地に留まってまで調べたいことはない、ということだ。
たとえば恵風を例にすれば、恵風は心底送り出されたその地を毛嫌いしていた。そして移動を試みるわけだが、その際なぜか西へは一度も行こうとせず、ひたすら東に向かって移動している。そしてその動きは多分、調査に派遣されたすべての精霊にも共通してるとオレは思うのだ。
「まるで迷い子だな」
「ジプシーみたいだろ。気持の良いとこへ、いいトコへと移動する」
「儲かってるとこへ行って儲けを出す。それは基本だとも思うけどね」
「悪意はないさ。事実だけを述べている」
ふ~む、でも兄さま、と弟さまが自らの至った類推の結果をオレに告げる。
「てことは送り出してる地は、ヨーロッパのどこかってことになるが」
「おそらくな」
「ほえー」
真理ちゃんが驚いている。
「ダブルの解析って便利だね。情報を結びつけて、そこまで絞り込めるものなんだね」
だが恵風が待ったをかけた。
「でも齟齬ってのはどうだかな」
「ん? なんだ恵風」
「お前たち、兄弟で隠してるだろ」
「何でそう思う」
「お前たちが俺に隠し事があると思ってるように、俺もお前達が隠してると思ってるからだよ」
あ、これは恵風も完全に交渉モードだ。
こいつの本気は厄介なんだよね。オレたちそれにやられて恵風を飼うことになっちゃったし。
損はしてないけど、完全に恵風の思惑に落とし込まれたんだよなぁ。
ちょっと溜息出そう、オレ。
「そりゃわかるさ。恵風はオレたちから離れない。オレたちを観察してるからだ」
「兄さま?」
「もういいさ。最大の理由を言おう」
「おう。教えてくれ」
「それは一人目が三年前から送られてるからさ」
その事実は特定されてない。だが類推は出来る。
さあ勝負だ、恵風。
「それで冬と特定できると」
「お前はヨーロッパから東へと流れて来た。それは何故だ」
「…………」
「前任の精霊たちは、日本を見つけられずにカナダとアメリカに行ったようなことを仄めかしもしたよな、以前」
「…………」
「そして見つかっていない恵風の仲間がいる。だがその仲間はいつこの世界に送り出された?」
「さあな」
「言う気がないのか、思い出せないのか、それはわからないが恵風が知らないと言うなら、類推するしかない。規則正しく一年ごとに送られてきたのに、その間にいきなり割り込ませてくるとはオレにはとても思えない。
おそらく、一番最初は三年前だとオレは類推する」
恵風がひと呼吸、間を取った。そしてオレに告げる。
「杏の情報では、三月、四月となってるのに十二月が起点だとする論拠にはまるでならないな」
「移動に時間をかけてるのさ。
ならばオレも問おう。恵風、おまえは一体何を調べてた。毛嫌いしてる土地に残ってまで、何を精査しようとした」
それも精気がない世界で精素を維持出来ず、自らの身体から精素を削ってまで何かを調べようとしていたのだ。意味がないわけないのだ。お調子者だが恵風は優れている。
位相のずれ?
それはわかってる。だがそんなことが出来るのはオレたちしかいない。
それも今となっては恵風もよくわかってるはずだ。もうすでに出来ることを何度も見せたはずだ。
だから当時、オレたちが位相のずれの知識がなく、そんなことが出来なかったから、お前たち精霊は異変を感じる方向へ、ほうこうへと、ゆっくりゆっくり流れ着いて来たのではないのか。
位相のずれでこそないが、よりおかしな事になってるとも言える、ダブルが遣える、ダブル遣いのオレたちの居る方向へと、それが何かさえわからず懸命に探してたのではないのか?
オレにはそうとしか思えない。
「あのな、恵風。杏さんに教えてもらった情報には、こういう情報がある。二番目の患者さん、ベリンダさんは発症してすぐに亡くなった。それが去年の、いや二〇三一年だから一昨年の十二月が正しいのか。
とにかく、すぐに発症して亡くなってる。そう書かれてる」
「そのようだな」
「真理ちゃんは発症の月がばらついてると云ってたけど、それこそが注目点なんだ。このベリンダさんだけが、すぐに取り憑かれて、そしてセドリックメロディ病を発症している。
ばらつくことが出来ないほど、すぐに発症したんだ」
オレはみんなの顔を見渡した。
真理ちゃんも深く考えて納得したようだ。他はばらつくほど動かせたけれど、ベリンダさんの例だけは、ばらつかせることが出来なかったと、そこに破綻はないとオレに頷いてくれた。
よし。ならば進もう。
「これは基点だと思う。すぐに発症しなければならない、憑かなければならない緊急事態が起こったと、オレはそう考える。
数少ない前例の中で、この時だけすぐ憑いて、すぐ亡くなってる。
ならば精霊世界の責任者は、毎年この時期のこの場所で、精霊を送り出してると考えるのが自然だと、オレはそう考える」
「驚いたな。たぶんだが、真司。それで合ってると思うぞ」
「ようやくお墨付きかよ。…………長かったな」
てか小躍りしたいほど嬉しいんだが。
初めて恵風に認められた気がする。
でも場の空気がそれを許さない。
「それで? 真司。お前は何が言いたいんだ。はっきり言えよ」
「三年前だ。三年前に何があった」
「…………」
「恵風。今まで黙ってたが、オレたちが生まれたのは三年前なんだよ。三年前の冬、十二月二十九日だ」
「…………」
「その冬を目安に、毎年精霊が送られてる。そしてお前はオレたちが位相のずれを起こせることも確認した。だからお前はここにいる。そういうことだろ? どうだ?」
ほれほれ、認めたついでにこれも認めちゃえ。
だが恵風は首を振った。パタパタと浮き上がる。
「綺麗な答えだとは思う。でもわからん。位相のずれは起こせるが、お前達はそれまで位相のずれを知らなかった」
「「む」」
そこは確かにそうだ。そこはそう言う物だと理解して類推を展開した。
だがそれが違うと云うのなら、また振り出しだぞ。
いいのかそれで。
いいんだろうな。
では恵風が捜してるヤツはまた違うのか?
だが冬に動き出して、東に流れて来たら、それはもう完全にダブルに関して何かを調べてるんじゃないかと思うのは当然じゃないか。
しかしこうなってくるともう、勝負と思ってたが、勝負じゃないな。
何て言うか、強いて言うなら、失われた恵風の根幹への挑戦。そんな感じだ。
そしてこれは、恵風がうんと納得しなければ終わらない挑戦。
まるでオレも迷い子だ。
良い方へ、良い方へ、とは思っているが、自分の都合のいい方へ、いい方へと流されてはいないだろうか。
不安だ。
とりあえず、恵風はマイルストーンで、一里塚。そして重石である。
追記
サブタイトルに振り仮名をふろうとしたら、本文と同じ様式でやったらそのまま表示されてて慌てて削除しました。お見苦しいとこをお見せしちゃった方、申し訳ありませぬ、ぬぬぬ。
改マークを出さずに一発投稿でキレイに並べたいと、そこを目指してるので、無念です。




