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第1章 幼稚園時代
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第37話 杏さんのお話

 薫風(くんぷう)幼稚園から帰ったオレたちはその足で真理ちゃんちに向かった。

 すでに真理ちゃんは家のお手伝いさんに連れられて、オレたちより先におうちに帰っている。真理ちゃんちの祖父母は今アメリカに住んでるので、妊娠して動けない杏さんに替わって、家の事は今はお手伝いさんがやってくれてるのだ。

 こういうのは大財閥故の家の在り方なのだろう。うちみたいな下町気質の庶民だと祖父母が我が家からすっ飛んでくるだろうが、大きな仕事をかかえてる大財閥の会長職にある真理ちゃんの祖父では、そんなフットワークは発揮できないのだろう。

 真理ちゃんの祖父には真理ちゃんの祖父の人生がある。そしてその下に幾人もの部下の命と生活が懸かってるのだ。優先すべきは、()ず、皆の生活になるのだろう。



 そう言えば何日か前に見た真理ちゃんのお母さんの杏さん、その杏さんのお腹は確かに心なしか大きくなってきてた気がした。創業祭の時と見野山病院にお見舞いに行く時に、孝介さんからお話は聞いていたが、このままいくと真理ちゃんはお姉さんになるんだなぁと改めて思った。


 なんか信じられない。


 真理ちゃんとはいつも遊んでるから、お腹の赤ちゃんともそのうち遊ぶんだろうか。遊ぶんだろうな。うちのお父さんが小学一年生の時に、六年生の孝介さんに大森小学校まで毎日連れてってもらったって話も聞いたばかりだし、今度はオレたちがそうする番なんだろう。


 そう気づいてしまうと人事(ひとごと)ではない。オレも近所のお兄さんになるのだ。


「いや(あに)さま、大して変わらんだろう」

「ん? なんで?」

「だって大人でも木下の親父みたいのだって居るんだぜ。変に気取って自爆するより、子供らしく兄貴風を吹かしてりゃいいんだよ」

「弟さまだって、近所のお兄ちゃんになるんだぞ」

「それが緊張することか? 叔父ちゃんとこの義雄くんだって、まだ喋れないんだぞ。これから生まれてくる子より、義雄くんと遊ぶ機会の方が多いと思うぜ」

「なるほど。そうだな。心配するには早すぎるな」

「そうだよ」


 そういって弟さまがオレのポッケを見た。


「それに恵風のことだってある。オレたちがやってやらなきゃいけない事は、結構あるんだぜ」


 そうだった。

 特に恵風の件ではオレたちしか動いてやることは出来ないのだ。

 人命も懸かってる。精霊の命も懸かってる。


「まずは杏さんにお話を聞こう」


 そんなことを真理ちゃんちの門前で話してると、門がゆっくりと開いた。


「どうしたの? いつまでも来ないから来ちゃったよ」

「あ、ごめんごめん」「杏さんのお腹の赤ちゃんのお話をしてたんだよ」


 そう、と真理ちゃんが頷いた。


「でも今は大丈夫みたいだよ。お母さんも待ってるから、どうぞ入って」

「「お邪魔します」」


 そうしてオレたちは対外的には初めて、真理ちゃんの家に訪れることとなった。

 杏さんはリビングでパーソナルチェアーに座って、ゆったりとオレたちを待っていた。


「こんにちは、杏さん」「お邪魔します」

「はい、ようこそ。いらっしゃい。今日はどうしたの」


 オレが弟さまに振り返ると、弟さまが、どうぞ、と手を前に出した。


「えっとですね。オレたち今、セドリックメロディ病のことを調べたいと思ってるんです」

「徹さんが罹ってた病気ね」

「はい」

「杏さんが父母会を取り持って色々と調べてたことを、真理ちゃんから聞いたので、杏さんにお話を聞かせてもらえたらな、っと思って来ました」

「そうなのね。でも聞かせて上げられるほどのこと、実はないのよね。世界でも三例しかない病気で、まだまだ情報が蓄積されてないから」

「あの、蛍ちゃんのお父さんより先に罹った外国の方達で、いつ頃病気に罹られて、いつ頃お亡くなりになったかとか、そういうのわかりますか?」

「そう言う情報が知りたいのね」

「はい」

「それならちょっと待ってね」


 と言って杏さんがサイドテーブルに置いてあったノートパソコンを手に取り、調べてくれた。

 というか、何か作業してるので、まとめてたのを抜粋してくれてるんだと思う。

 徹さんがどう苦しんだとか、どういう状況になったとか、そういう詳細なというか、生々しい部分を子供に見せたくなかったんじゃないかな。


 そして杏さんは、オレたちに一枚の紙をプリントしてくれた。


 本当は生々しい情報もほしいけど、それは必要になった時にどうにかしていくしかない。幸い徹さん本人と面識が出来たし、そこらへんはどうとでもなる気がする。


 それに恵風と見野山病院で最初に接触した時にダブルで得た解析情報は、実はまだデータ全体の解析を施してない。あの時は恵風と相対してたので、必要な情報を抜き取って戦っただけだ。

 だから情報源としての当てはあるのだ。ただし、人類の情報ではない。

 自らの身体を形づくる精素を削ってまでオレたちと戦う際に精霊魔法を放ったのだ。そうして身体は治ったとはいえ、おそらく記憶の領域を削ってしまい、その後遺症で狂った恵風の現状を鑑みると、正直ダブルでの解析データとはいえ、ああ、うん、としか言えない。


 だがまあ、一応はそこらへんからも情報は得ることが出来るはずだ。うん。


 でもまずは人類としての情報だ。恵風にはセドリックメロディ病の原因になったという認識が乏しい。ケーフのいた精霊世界では、人に憑くなど日常的なことだったらしいから、こちらの世界に来た途端、人に憑いたことで自分がそんな難病の原因になったとは、いまいち納得が出来てないようなのだ。


 ということで今は杏さんの情報だ。

 おそらく日本で一番セドリックメロディ病に詳しい杏さんからの情報がほしい。


 オレは杏さんのくれたプリントに目を通した。


「あ、ぜんぶ平仮名だ」

「平仮名なら読めるでしょ」

「ありがとうございます」


 別に漢字でも読めるのだが、というか漢字のほうが読みやすいのだが、それを言ったら三歳児の身としては世間的におかしな事になると察したので、それ以上何も言わなかった。


「えーと、なになに」


 最初の患者のセドリックメロディさんは、二年前の四月頃に発症する。それからひと月後の五月に死亡。


 その次の患者さんの、フランスからアメリカへ帰ったベリンダさんは、帰国直後の去年の十二月頃に死亡。本当にすぐに、発症直後に亡くなったらしい。


 そして三番目の患者さんが宮島徹さん。蛍ちゃんのお父さんだ。

 徹さんは三月の中頃にセドリックメロディ病を発症し、それから三ヶ月ほど無事生き延び、六月初頭に突然完治。発光現象がなくなり、孝介さんと蛍ちゃんのお母さんを含め、その時病室にいたオレたち全員が、謎の発光体が徹さんの身体から飛び出して行き、瞬時に消えてしまったところを目撃している。


 うん。位相のずれとか、青い世界のことは微塵も気づかれてない。

 てか、気づけるわけがないのだけれど。

 あれだけ時の流れが遅くなる世界だ。通常の状態の人間には知覚できるわけがない。



「どう? お役に立てたかしら? 真司くん」


 杏さんの柔らかい視線に、オレはハイと頷いた。


「とっても役に立ちました。とくに一年ごとの何月にどう動きがあったのか、その基本的な情報を知ることが出来たのは、ありがたいです。本当にありがとうございました」


「「ありがとうございました」」


 弟さまにつづいて、なぜか真理ちゃんまで実の母親に頭を下げている。


 その光景に杏さんがぷっと笑ってお腹に手をやった。


「なによ、お母さん」

「いえ、いいのよ。真理はすくすく育ってるなぁと、お母さん、嬉しくなったのよ」

「やめてよ、二人の前で。恥ずかしいわ」


 オレたちも杏さんと一緒になって、思わず笑ってしまった。

 真理ちゃんはプリプリしてたけど。


「もういいわ。わたしたち上にあがるね」

「あら、真理の部屋に?」

「うん」

「もう少し話し相手になってほしいんだけど」

「だめよ。お母さん、妊娠してるんだし。もう普段の生活に戻って」

「はいはい。わかりました。真理はしっかりしてるわね」


 そう言いつつ、杏さんはまた自分のお腹をさすった。その手つきが何というか、お母さんの手つきだった。

 杏さんのお腹には今、真理ちゃんの兄弟がいる。

 一体どれぐらいの重さなんだろう。

 ウチにもお父さんのダンベルがあるが、四キログラムもあって、普通にやってたらとてもではないが持ち上がらない。

 ダブルで筋肉強化したら楽勝だけど。

 仮に一キログラムぐらいだとしても、オレは一キログラムのダンベルをお母さんからずっと持ってろと言われたら、とんでもない事を命令するなとお母さんに食ってかかるだろう。

 とてつもない苦行だ。

 それを産むまでずっと、問答無用で持ってるのである。

 杏さんはすごい。お母さんは凄い。


 いや、脱線した。そうじゃない。とにかく──、

 そんな状態で妊娠してるのに、オレたち子供の我が儘に付き合ってくれたのだ。本当にありがたいことだった。


「じゃあ真理、ちょっとテレビを点けて」

「わかったわ」


 真理ちゃんがリモコンでテレビをつけた。

 早速テレビに映像が映る。どっかの民放の映像だった。


「ジゼル電気の日本上陸が決定しました。曽根さん、どう思いますか」


 司会者が曽根とか言う人に話を振っていた。

 そしてテレビの帯にも確かに、ジゼル電気の日本上陸が決定と、そんな煽り文句がでかでかと書かれていた。


「てか、これ、あれか?」

 とオレは弟さまに尋ねた。

「あれだろ。夢の電気」

「なぁに」

 と真理ちゃんが知らないのか、オレたちに尋ねた。

「ものすごく環境負荷のかからない電気なんだ。うちの叔父ちゃんとこみたいに電動自動車とか作ってるところからしたら、是非とも提携したいんじゃないかな」

「あー、叔父ちゃんちで一分計を作った時、なんか叔父ちゃんそんな感じだったよね。大人の野望って感じの顔してた。口には出さなかったけど」

「それだと凄いこと出来るの」

「出来るね。尋常じゃないくらい文明が進むと思うよ。だって原子力発電とか火力発電とか、環境負荷のかかる発電に比べたら、宇宙から一発でエネルギーを送り届けることが出来るんだぜ」


「うわぁ」


 宇宙からと聞いて真理ちゃんがぽかんと口を開けた。


「わかった?」


「わかった」


「しっ。ちょっと黙って兄さま」


 テレビがその後も続報を流した。

 夢の電気を開発したジゼル氏本人がが日本に来ることが報じられる。


「マジかよ。ジゼル電気のCEO本人が来るのか」


 これは夢の電気が日本に導入される日も近いのか?

 国外にはまだジゼル電気の基地を作ったという前例はない。ないはずだった。

 宇宙から照射したエネルギーを受け止める基地だ。それが日本のどこかに作られるだけでも、その街はもう発展したも同然だ。成功は約束されている。


「ちょっと気が早いみたいね。真司くん」

「杏さん?」

「まずはデモンストレーションするみたいよ」

「デモンストレーションですか。それでも全然凄いですけど」


 仮にデモンストレーション基地を作って、そこにエネルギーを照射するのだろうか。もしそうなら、その照射する瞬間はぜひ見たい。つか絶対見る。


「これは日本にとってもこの春、絶対見逃せないことになりましたね」

「そうですね。楽しみです」


 テレビの出演者がやりとりを繰り返してるが、妄想が膨らんで、中身は正直頭に入ってこなかった。ただそれが春に行われると言うことはわかった。

 春か。

 春というなら、春休み頃だろうか。

 これは本当に楽しみなことが出来た。


「ホラ、真司くん、行くよ」

「あ、真理ちゃんゴメン」

「お母さんはゆっくりしててね」

「ハイハイ。真理もゆっくりね。真司くん、寛司くん、真理をよろしく」

「「はい」」



 そして心を躍らせながら階段を上がって真理ちゃんのお部屋に向かったのだが、真理ちゃんのお部屋が近づくにつれて、オレは心が冷めて行くのを感じた。


 手にした一枚のプリントだ。

 ここに書かれた単純な事実がオレの心を冷ました。


 杏さんからの基礎資料でわかったこと。

 それはあちらの、あちらの精霊世界の責任者が、思ったよりも几帳面で、そしてある程度の経過観察をする人物だと言うことがわかった。


 そして、思った以上に事態が別の方向で動いてることもオレは理解した。


 それはこうだ。

 恵風の上司は、ほぼ一年ごとに精霊を送り出してるような感じなのだ。

 だからその規則的な動きを計算すると、次に精霊世界の責任者が精霊を送り出すのは、また十二月から一月のことになるだろうと、そう予測を立てることが出来るわけだ。


 だが恵風は、何かやばいと言った。

 真理ちゃんは恵風が何かやばいことを体感してるとも言った。

 いちばん恵風に憑かれたことのある真理ちゃんがいった言葉だ。それを軽くは扱えない。


「どうしたの」


 真理ちゃんのお部屋に入った途端、真理ちゃんが難しそうな顔をしてるオレに尋ねてきた。


「精霊世界の責任者は、一年に精霊を一人、こちらの世界に送り込んできた」

「うん」「わかるよ」

「でも今は六月だ」

「はい」「そうだね」

「次に送られてくるのは十二月だと思える。それなのに半年も前に動きがある」

「早いな」「確かにそうだね」

「そして恵風は何と言った?」

「やばいと、そう言ってたな」

 弟さまの言葉に真理ちゃんが急に深刻になった。

「そうだ。しかもアイツがやばいと言ったんだ」


 オレはポッケから鉄の棲み家を取り出した。


「おい、恵風。出て来いよ」


 恵風がヒュンと飛び出て来た。そして真理ちゃんの机の上に立つ。


「今でもやばいと思うか」


「ああ。何かわからんが、やばいってのはわかる」


「おまえ、精霊が大規模魔法をすると思うか」


「…………」


「明言は出来ないか」


 こくりと恵風が頷いた。


「何だ兄さま?」「どういうこと」


「簡単さ。送り出した精霊がひとりも報告をよこさない。それどころか精霊世界に帰って来やしない。そして実際に送り出した精霊は、二人は確実に死んでいる」


 それもただの精霊ではない。探索を任せる以上、精霊世界でも傑出した存在だったはずなのだ。


「「…………」」


「報復したくなるとは、思わないか」


 オレのそのひと言で寛司と真理ちゃんは押し黙ってしまった。


 恵風のように、力を押さえた精霊魔法ではない。仲間を殺した敵と認定して、その強大な精霊魔法で地球に攻撃をするのだ。


 弟さまが気楽に放った風槍でさえ、ストライクボードぐらいは簡単に消し飛ばすのだ。

 それが本気になった攻撃をして来たとしたら、一体どうなってしまうんだろう。

 恵風のように精素がなくて探索疲れで、自らの身体を構成する精素を削ったような状態ではない。元気満々な状態での攻撃である。


 オレは今となっては、恵風が太陽風さえ起こせるといった言葉は、ウソではないと思っている。

 そんなプラズマ攻撃をされたら、世界中の電子機器は一瞬でお釈迦になるだろうなぁ。そうしたら調べようにも何も調べられない。そもそも生きてもいられないか。

 いや、それどころか地球その物が破壊されたっておかしくはない、のか。


 しかも恵風のいう、そんな大規模魔法を上空から地球に放たれでもしたら、位相のずれだけでも対処出来ないのに、地表でなく高高度(こうこうど)の上空から。

 これはもう地球側には為す(すべ)なんかないだろう。

 位相のずれた高高度の上空から好き放題に攻撃されて、反撃も出来ぬまま壊滅的な被害をこうむる。あくまでそういう可能性もある、という話だが…………。


 その想像をしてしまったのだろう。

 弟さまも、真理ちゃんも、先程まではジゼル電気来日という大ニュースに小躍りしてたが、最早そんな空気は微塵も残ってない。


 だって、やばすぎだろ。


「恵風に、精霊世界の責任者と会ってもらうのは、本当に喫緊の課題になったな」

 弟さまがぽつりと呟くと、オレたちはジッと困った顔をした恵風を仰ぎ見た。


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