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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
35/182

第35話 サムライ

 土井垣親子と辻で別れて、オレはお父さんに手を引かれて家路を歩いてた。

 お父さんの手は大きかった。お父さんは証券会社に勤めてる。だけど手は料理人の手だった。あちこちが火傷してるし、手の皮も分厚い。筋骨隆々だし、なにげに恵体だ。


 普段はそれが当たり前だから何とも思っていなかったが、こういう自らの社会的地位の危機に際して、その頼り甲斐のある父という存在に、実感としての存在感を刻み込まれた気がする。

 今回の案件は、オレ一人では解決に至れなかった問題。

 そんな場で自分を見失わず、心細くなるような場でも、堂々としていられたのは、父が矢面に立って全てを受け止めてくれてたからだ。

 そんなことをオレの為にしてくれる人なんて、親とか肉親しかいない。間違いなく他の誰も、今日うちのお父さんがしてくれたようなことを、オレの為にしてくれる人はいない。


 それもそんな巨大な恩義も、こちらが返せるかもわからない親からの情愛などという形で、無償で注がれるのだ。

 それは大きな大きな寄る辺だった。


 畏怖を覚える。


 オレは、お父さんみたいな大人になれるのだろうか。

 帰り道を歩きながらオレは身顫(みぶる)いした。


「お、孝介さん」

 とお父さんが不意に声を上げた。

 見ると向こうから孝介さんが真理ちゃんを連れて、こちらにやって来るところだった。


「宗也さんは、どうやら話を済ませたみたいですね」

「ええ。おかげさまで」

「おかげさま?」

「ははは。まぁそれはいいじゃないですか。それより真理ちゃん、大丈夫かい? 聞いたが蹴られたんだって?」

「大丈夫です。真司くんが庇ってくれたし」

 真理ちゃんがそう言うと孝介さんが、私からもお礼を言わないとな、どうもありがとうな、真理を助けてくれてと、お礼を言われた。


「お礼を言われるほどのことは出来ませんでしたよ? 実際真理ちゃんは蹴られちゃったし」

「でも真司くんが駆けつけてくれなければ、もっとやられてたと思うよ。それは本当にありがたいことなんだ。ありがとうな、真司くん」


「素直に頭を下げとけ、真司」


 お父さんにそう言われたので頭をぴょこんと下げた。


「孝介さんはこれからで?」

「ええ」

「私たちはもう話を済ませてきました」


 謝ったわけではないと、孝介さんにもわかったのだろう。

 オレからは真理ちゃんに向けてピースを送っておいた。


「どうやらそのようですね。わかりました。ですが私の方でも、ちょっと話を聞きに行ってきます」

「うわぁ。あの親子どうなっちゃうんだろう」

「それをお前が言うな」


 ぽかんと殴られて痛がってると、真理ちゃんが「大丈夫」と聞いてきた。

 するとその脇で孝介さんがうちのお父さんにスッと近寄り、お礼を言わないといけない立場ですが、後で家に来てほしいと、そう告げていた。


 そうして孝介さんと真理ちゃんと別れた後、オレは再びお父さんに手を取られて家路を歩いた。


 そしてオレは、ここで孝介さんに出会ったことで、お父さんが木下家で全てを放棄したその理由と目論見がわかった。

 それはこうだと思う。

 まず狙いとしては、うちが圧力をかけるより、金沢財閥に圧力をかけてもらった方が、格段に威力が増すということだろう。

 そして幸いうちは、オレが真理ちゃんを助けたという立場にあり、そこに木下家が手を出してくるようなら、それは金沢家に正面から喧嘩を売ることにも繋がるのではないか、ということである。

 この意味は大きい。

 木下家が執念深く最上家への嫌がらせをしようとしたら、助けられた相手への嫌がらせを金沢家が見逃すかどうか、という話になるわけだ。

 金沢家に粉をかけるのである。

 おそらく金沢財閥が見逃すことはないだろう。苛烈な報復が待ってると思う。そしてそれを試す度胸があの木下の親父にあるとは思えない。


 だからかぁ。


 なるほど。オレは今日、丸投げの正しい使い方を学んだ気がする。

 オレのこれまでやって来た丸投げは、ただの丸投げだ。楽をするためだけの丸投げ。

 でもお父さんのやった丸投げは、人の感情で繋がった、とっても効率的な丸投げなのだ。おそらく丸投げとは本来こういう形であるべきなのだろう。


 うむ。


 これが秘訣。だが秘訣はわかったが、オレには無理だ。なぜならオレは自分でやらないと気が済まない(たち)だ。要は子供なのだ。子供だけど。



 オレが物思いに耽りつつとぼとぼ歩いてると、外は段々暗くなってきた。もうすぐ夜だ。歩く向こうに真理ちゃんちの森が見えてきた。真理ちゃんちの森は、夜の闇に木々の闇がところどころ混じり合っており、その光景は一人で遭遇したらおっかないだろうなと思うくらい、根源的な恐怖を覚える。

 明るい時には感じない畏怖を、どうやら今日はたくさん感じるようだ。

 そういう日なんだろう。

 だが、そこに真理ちゃんちの森があるということは、その前はもう我が家ということになる。

 いつの間にこんなところまで歩いて来たんだろう。

 すると、お父さんが口を開いた。


「お前、どうなってんだあの馬鹿力」

「わからない。わかったらいつか話すよ」


 あれはダブルで腕全体に状態固定をかけただけだ。だがお父さんが聞きたいのは、そう言うことではないだろう。


「何で真理ちゃんの前で悟くんに立ち塞がったんだ?」

「馬場ちゃんに呼ばれたからね」

「そういう話でもない」

「う~ん」

「単なる流れか?」

「そうなんだけど真理ちゃんを虐めたのが頭に来たのも本当だよ。オレ、頭を床に落とすのは勘弁してやったけど、真理ちゃんの分だと思ってアイツの腹にオレの全体重を乗っけたから」

「そこまでコントロールしたのか」

「うん」

「真理ちゃんのためにか」

「じゃないと真理ちゃんの分を真理ちゃんじゃ出来ないじゃん」

「侍だな」

「じゃあ現代にはもういないんだから、現代風にサムライって片仮名でお願い」

「調子に乗るな」


 オレは頭を小突かれながら、真理ちゃんちを見上げた。

 大きい家だった。

 真理ちゃんも今日はとんだ災難だと思った。

 そして振り返れば、我が実家の和菓子屋枡屋があり、枡屋はもう店仕舞いをしていた。普段なら開いてるはずだが、オレの一件があったので店を閉めたのだろうか。

 もしかして晩飯を食べた時からそうだったのかな?

 今日は本当に家にも、従業員のおにーさんおねーさんにも迷惑をかけたな。

 明日きちんと謝ろう。


「なあ真司」

「なぁに」


 そう言ってお父さんがオレの右の手を取った。しげしげと眺めて、拳をぷにぷにと押してる。


「世の中、反射神経を求める。速効性、早いに越したことがないと。だが反射神経だけで返事をするのは人間ではない。それは野性だ」

「うん」

「例えば爺ちゃんだ。

 爺ちゃんみたいな政治家にも反射神経はいるが、すぐさま言い返さないといけない時もあるからな。でも爺ちゃんは、肝心なことは、必ずじっくり考えて議論を尽くすし、それから答えを出してるぞ。

 それは人間だから出来ることだ。

 動物なら議論を交わそうにも話は出来るかもしれないが、可能性を検討してそれを議事録に残すことなどは出来ない。それは人間だけにしかできないことだ。

 だから真司。お前も怒る前に一度考えなさい」


 お父さんはひどく真剣だった。


「わかったか?」

「うん」


 話は理解したので返事した。


「でもお父さん利益を出す為にいつも大忙しだよね」


 そこは暗に、じっくりとなんて、そう言ったことはお父さん自身も欠片もしてないよねと言ったつもりだった。

 お父さんが苦笑して、動いた後に、市場が閉じた後のことな、これでも知恵を使ってるんだぞと言っていたが、それはオレには反射神経にしか思えなかった。


 ◇


 家に帰るとオレは部屋に上がらされた。もちろん弟の寛司もだ。

 爺ちゃん婆ちゃんはオレに話を聞きたかったようだが、それは家主のお父さんの仕事と言うことなのだろう。実際オレとしても話すの面倒臭いしね。

 お父さんがしてくれるなら謹んで丸投げいたします。はい。


 でもまぁ、実際には、大人の時間には子供はいない方が良いということだ。

 こっちもこっちで話があるしね。むしろ好都合だ。


 というわけで子供部屋で扉を閉めると、オレは恵風に出て来ていいよと言った。

 すると途端に鉄の棲み家から風の精霊、恵風がひゅんひゅんと風を切って飛び出て来た。その飛ぶ様子から、かなり気合いが入ってるのがわかる。恵風は自分の気持ちが飛び方にすぐあらわれるのだ。

 いつものような遊びながら出てくる感じではない。


「恵風は見てたか?」

「全部見た」

「おっけ。じゃあ恵風はいいとして、弟さまに何があったのか説明だ」

「あ、じゃあレコーダー聞かせてよ」


 初めからか……。

 木下親子をぶっとばしかけた。それだけで終わりにするつもりだったのだが、それじゃあ駄目ってことか。随分と時間がかかるが、まあいいか。無音のところは端折(はしょ)ればいいわけだし。

 そうして寛司はボイスレコーダーを手にしてザッピングを開始した。


「なるほどね。土井垣桜ちゃんが来たのか」

「そうそう。オレも驚いた」

「でもおかげでうまい具合に話が転がったな。オレは(あに)さまも今回ばかりは辛酸の数々を舐めてくるだろうと思ってたからな。オレたちが明日やろうとしてる流れがこの時点で生まれたのは大きいな」

「あ、それ、多分それだけじゃ済まない」

「ん? どうしてだ」

「帰る途中で孝介さんと真理ちゃんに会った」

「マジかよ」

「マジだよ」

「うわ~。こりゃ木下、(とど)め差されてるな」


 言って弟さまがニヤリとした。

 相変わらずの悪い顔だ。


「さて、そうなると恵風がどう思ったかだな。我慢した甲斐あったか? 恵風」

「いや待て。報告は真理も一緒だ。俺は真理から真司に憑いてろと言われたんだからな。真理のいないところで報告なんかしないぞ」

「なるほど。そうだったな」

 弟さまが思い出して頷いた。

「じゃあ、オレがレコーダーいじって時間潰したし、真理ちゃんももう帰ってるだろう。オレが電話してみるよ」


 弟さまが珍しいことを言うなと思った。普段ならオレが電話をするところだが気を遣ってくれたようだ。

 たぶん弟さまがオレにやらせないのは、反省すべき立場のオレが、木下の家から帰って来たとたん調子に乗って電話しまくってる、なんてことになったらバカだと思われるからだろう。

 助かる。

 ワルとは思われても、バカとは思われたくない。


 オレは弟さまに向けて、ニヤリと笑った。


 それからの弟さまの行動は早かった。二階の子機で電話して、あっという間に真理ちゃんの了解を取り付けるや、すぐにでも位相をずらして、真理ちゃんの部屋に行くと決めたらしい。

 そしてオレたちが黙って行動を起こす際に、大人たちの視線をくぐり抜けるには、位相のずれが一番確実なのも確かだ。そこにオレも異論はない。

 時計を見たら、もう九時近い時間帯だし、オレたちだっていつもならもう寝る時間だ。そういう意味でも青い世界で時間の流れを遅くするのは、都合の良い選択だった。


「でもどうするんだ。一度真理ちゃんちに行ってから、また位相をずらすのか?」


 オレが尋ねると弟さまはあっさりと結論を言った。


「いや、恵風に先に行ってもらいたいんだが」

「俺が? 俺が行ってもいいのか? 真理に何かするかも知れないぞ」

「真理ちゃんのご指名だ。しっかり精素酔いから助けてやってくれ」

「わかった。ならば先乗りする。場所はどこだ」


 場所か。場所はすぐそこなんだが、それを言われると辛い。

 なにしろオレたちは真理ちゃんの部屋には入ったことがないのだから。それどころか門から入って玄関まで辿り着いたこともない。

 遊びに行く機会は何度もあったが、そのたびに毎度前庭で遊んで終わりなのだ。

 てか表門からつづく前庭が格好の遊び場すぎるのがいけないんだ。


 とは言っても、真理ちゃんの部屋の大体の場所は知ってる。二階だってことも。

 オレは子供部屋の窓に近寄り、真理ちゃんのお部屋の方向に向けて、腕を伸ばした。


「窓から見て、大体こっちの方向」

「了解」

 飛び出そうとする恵風に弟さまがお願いした。

「あと真理ちゃんのお部屋に着いて、準備完了したら光ってくれ。オレたちの部屋に向けて。そしたら位相のずれを展開するから」

「おっけ~」


 全体の工程を確認してオレが窓を開けてやると、恵風は脇目もふらずに外へ飛び出していった。夜の闇に青緑色の恵風の身体が透き通って見える。

 やっぱり恵風は精霊なんだな。見てるだけでこの世の物とは思えないほど美しい。

 そんな恵風が森の中に消え、恵風の見送りを終えると、オレは弟さまに言った。


「あのさ、弟さまはちょっとサインを見落とさないよう見張ってて」

「いいけど(あに)さまは」

「オレか。オレは何か見繕ってくる。オレ腹減った。出汁茶漬けはお代わりしなかったし。真理ちゃんのお部屋でお店の余剰分をお土産にしてみんなで食べようぜ」


 きょうは店仕舞いも早かったようだし、余剰分は結構あるはずだ。


「あ、それならおはぎは入れといて」

「おっけ~」


 オレは一階に下りてお店の方に行った。

 だが途中、リビングにも工場にも家の人が誰も居なかった。


「何でだろう? みんなもう疲れて寝ちゃったかな?」


 まあいいやと思ってお店の冷蔵庫を開けると、オレンジ寒天ミルクと桃寒天ミルクがあった。オレは迷わず桃寒天ミルクを持ってくことにする。それとおはぎとお団子各種もある。今日は()り取り見取りだ。


「お、くず餅発見。これも美味しいから持ってこう」


 二階の子供部屋にもどると、もう恵風が光ったよと教えてくれた。


「なら急ごう。オレがやるよ」

「おっけ~」


 思ったより早いがもう恵風がぶじ先乗りし、真理ちゃんに憑いたということだ。

 オレは位相をずらして青い世界を作る。

 今日は木下病院送り事件を起こして反省してる身なので、位相をずらす時に必ずつけてた鼻歌はなしだ。

 完全に位相をずらし終えると、オレは弟さまと一緒に子供部屋を飛び出した。

 軽やかに空を駆けて旧街道を越え、真理ちゃんちの門も飛び越える。


「なかなか気分いいな」

「だね。こんなのやったことないし」

「お、初物か。いいね。縁起が良い」

「それを今日の兄さまが言うかよ」

「悪い。ワルだぜオレ」


 オレはいつも遊んでる真理ちゃんちの前庭に着地した。弟さまもつづいて下りる。


「どうしたの」

「いや。初めて真理ちゃんち入るわけだから、位相のずれた世界とはいえ、最初は玄関から(おとな)いを入れないとなって」

「ああ、なるほど。それはそうだね。レディーの部屋にいきなり押しかけちゃいけないよね。幼稚園児だけど」

「それを言うなら許可取ってるけど、だろ」

「あ、そっちのが物の含みがあるね」

「あるだけな。行くぞ」

「応」


 そうしてオレたちは生まれて初めて真理ちゃんちの玄関に辿り着いた。

 真理ちゃんちの玄関は、瀟洒な和づくりの引き戸の戸だった。土壁の上品な色合いと相まって、どこかの高級料亭の店構えのような雰囲気だ。


「すげーな」

「やばいよね。格が違う」


 枡屋の店構えは庶民のための店構えなんだと、改めてオレたちは知った。


「「お邪魔しま~す」」


 と玄関の戸を透過して真理ちゃんちの中に入る。

 素足なので脱ぐ靴もないので、そのまま階段を探してトントンと廊下を進むと、灯りのついてる部屋があった。中を覗くと──、


「げ」

「どうしたの、兄さま? うげ……」


 弟さまも見てしまった。

 真理ちゃんちのリビングに、うちの爺ちゃん婆ちゃん、お父さんお母さん、それに浅野の小父さんまでもがいた。


「いつもの面子で金沢家に乗り込んだのかよ」


 弟さまが呆れたように言った。

 だがそれもわかる。完全に酒盛りしてる。あ、うちの羊羹がある。通りで冷蔵庫になかったはずだ。

 しこしこれは、明日以降の木下家への対抗策を目論む会か?

 まあ金沢家でやってるんだから、孝介さんが主催なんだし、そうなんだろう。


 …………うん。


 そう思ったが、どうにも腑に落ちないでいると、帰り道に後で家に来てほしいようなことを、孝介さんがお父さんに耳打ちしてたな、ってことを思い出した。



「それだね。ならほっとこうぜ。早く行こう。真理ちゃんが待ってる」

「おっけ。とりあえず真理ちゃん、愛されてるな」

「そゆことだね」


 もう面倒臭くなったのでリビングの壁を透過して廊下へ、それから階段を探し当てて真理ちゃんの部屋へと向かった。玄関の方に戻る方向に、真理ちゃんの部屋はあるはずだ。


「お~い、真理ちゃ~ん」


 呼んだら恵風が出て来た。


「こっちだ」

 と手招きされる。


 オレたちは恵風に招かれるまま襖戸を透過して真理ちゃんのお部屋に入った。


「こんばんはー」「どうも真理ちゃん」


「こんばんは」


 真理ちゃんは寝間着だった。


「あれ? 寝るつもりだったの? ごめんね急に来ちゃって」

「ううん。着替えるのも面倒だからもういいやって。どうせ真司くんと寛司くんだし」

「あ、なんか軽く扱われた気がする」「身近に接してもらっただけだろ。やめろよ。今日は反省する身なんだから」

「お、そうだな」

「ところで真理ちゃん」

 と弟さまが改まって尋ねた。

「はい」

「あらましは恵風から聞いた?」

「まだ」


「そうか。じゃあ食べながらでも聞いて。兄さま」

「ほい」


 と言って、オレは枡屋の冷蔵庫から持って来た余剰分のお菓子をザッと並べた。


「あ、真理ちゃん、コレ、今だけのレア品。食べて食べて」


 そう言ってオレは桃寒天ミルクを真理ちゃんに勧めた。

 真理ちゃんも初めて見る桃寒天ミルクに興味津々だ。


「これね、長野のどっかの美味しい桃を作ってるところからの桃なんだよ。すんごいから、食べてごらん」


「真司くんは、辛い時でも笑いながら進んでくよね」

「そ~う?」

「今日の兄さまはサムライだから」

「何それ」

「今日お父さんから、真理ちゃんをよくぞ守った、ってことでもらった称号だよ」

「あははは」


 完全に真理ちゃんに笑われた。もうちょっと良い話だったんだけどな。


 とは思いつつも、何だかんだでオレも団子を食べている。腹持ちがいいのを食べたかったのだ。

 ちなみに弟さまは、おはぎをぽつぽつ食べながら、レコーダーから聞きとったあらましを、真理ちゃんに聞かせていた。

 そして真理ちゃんが桃寒天ミルクにノックアウトを喰らってから、オレたちも真理ちゃんから孝介さんが木下家にキッチリ釘を刺したことを聞いた。


「でだ、恵風。お前にはこの世界がどう見えた?」


 鉄の棲み家から出たり入ったりし、真理ちゃんのお部屋をふわふわ散策しながらオレたちの話を聞いてた恵風だったが、弟さまにしてみれば、それが一番聞きたかったらしい。

 全員揃ったんだから、さあ言えと、言わんばかりだった。


「そうだな。お前たちの父親は戦士だった。まるで隙を与えず完全に手玉に取ってたな」

 とオレが通訳した。

 今日は弟さまが聞き役みたいなので、反省する身としては、甘んじてこの立場になりましょう。

 だが恵風にはお父さんの行動は好評だったらしい。オレも鼻高々だ。

 そしてオレが鉄のインゴットを使って、木下親子をぐうの音も言わせないほどペシャンコにしたのは痛快だったとも言った。


 なかなかわかってるじゃないか、恵風。


「好きになれた? 恵風」

 真理ちゃんの質問に恵風は宙をひるがえった。

「軽々には言えないけど、悪くはないと思ったよ」

「それなら良かった」


 はっきり言わないところが恵風らしい。単純だがバカではないところだ。


「でも真司くん。ダブル使ったんだね」

「うん。でも誰にもわからないよ。鉄のインゴットを創造しただなんて」

「それと殴った時も、状態固定をかけて殴ったろ」

「よくわかるな」

「じゃないと鉄のインゴットが豆腐みたいに拳の跡がついたりしないよ」

「げんこつだけどな」

「そう思ってるのは兄さまだけだよ」


 そして弟さまが真面目な顔になった。


「お父さんは、何か言ってたか?」

「いや。その馬鹿力は何だと聞かれたから、わからないと言っといた。実際わからないしな。このダブルのことは」

「それで?」

「いつかわかったら話すよと言ったら、納得してくれた。わからない物はわからない、だろ?」


 弟さまが、はー、と肩で溜息を吐いた。


 そしてボイスレコーダーを再生した。

 途中飛ばし飛ばしで、目的地を探し当てると、オレたち全員に聞かせた。




”動物なら議論を交わそうにも話は出来るかもしれないが、可能性を検討してそれを議事録に残すことなどは出来ない。それは人間だけにしかできないことだ。

 だから真司。お前も怒る前に一度考えなさい”




「わかるか、兄さま」

「わかるよ。人間は議論を交わして残すことが出来る。そしてこれは人間だけの出来る仕事だってことだろ」

「お父さんは怒る前にもう一度考えなさいって言ってるぜ」

「うん。言ってるな」

「このお父さんが言った議事録に残すことは出来ないって、たぶんその鉄のインゴットのことだぞ」

「うん?」

「暗喩だ暗喩。迂闊だな、兄さま。これ、ダブルの痕跡だ」

「あ」


 なるほどそう言うことか。馬鹿力のことは問い詰めなかったけど、あそこに、敵地にそういう痕跡を残すことは感心しないと、そういう事を言いたかったのか。


 ずいぶん茫漠とした指摘だ。


「いや、ダブルを知らないんだから、お父さんの立場で遠くから当てに来たらそうなるだろ」

「そりゃそうか」

「お父さん自身、兄さまがわからないと言ったから、わかるまで待ってくれるつもりみたいだけど、ダブルの片鱗を確実にお父さんは知ったな。

 それが良いのか悪いのかは、オレにもわからないけれど」


 う~ん。思ったより大事(おおごと)になったようだ。

 でもまあとりあえず──。


「証拠を消してくるよ」


 お父さんはもう手が出せないと諦めの境地で、今後の教訓として教えてくれたみたいだけど、丁度いいことに今は位相のずれの中にいる。

 この時の流れが遅い世界なら、今からでも十分に鉄のインゴットへの対処は出来る。


「オレもサムライ兄さまに付き合うよ。木下の家を見ておきたいし。この中でオレだけ知らないもんな」

「おっけ~。てかサムライって今言うな。恥ずかしい」


 とオレが弟さまに抗議してると、


「あ、それならわたしも行く」

 と真理ちゃんが手を挙げた。


「真理ちゃんも?」

「位相のずれの中を走ってみたい。楽しいんでしょ」

「あ、空中走行をやってみたいのね」

「うん」

「じゃあ俺も行こう。真理。大船に乗った気でいると良い」


 そう言って恵風が真理ちゃんの肩に乗った。


「じゃあ早速」

 とオレは思いきり床を蹴って真理ちゃんの部屋の壁から外に飛び出した。


「あ」

「大丈夫。透過してるよサムライ兄さまは。じゃ、お先に真理ちゃん」

 と言って弟さまも壁を透過する。


「一緒に行ってやろうか?」

「お願い、恵風」

 そうして真理ちゃんと恵風は手を繋ぐと、一緒に壁に向かって飛びこんだ。

 後ろから真理ちゃんの喜ぶ声が聞こえて来た。


「あ、これ、楽しい」


 真理ちゃんが空を駆けていた。

 オレと寛司の真似をして、うまく走ることが出来てるようだ。

 逆さまになって走ったり、ぐるぐるとトルネードしながら走ったり、オレたちがやることをすぐに真似ては習得していった。


「てか、真理ちゃん。物覚えいいな」


 ふふんと恵風が笑った。


「真理は精素との相性はいいぞ。向こうの人間でもここまで出来るのは才能のあるヤツだけだが、さすが俺が憑いただけのことはある」


「「それ、お前のおかげじゃん」」


 恵風が身体半分だけを真理ちゃんから出して高説を述べた。


「いいのよ、それでも。楽しいから」


 あはは、と笑う真理ちゃんは、本当に楽しそうだった。

 こうして真理ちゃんも青い世界での移動を初体験し、あちこちに飛び跳ねて空の駆けっこを大満喫した。おかげであっという間に木下の家に着く。

 楽しい時間はもう終わる。


 オレは木下の家の前に立ちながら、鉄のインゴットがどこにあるのか解析をかけた。するとそれは、玄関の下駄箱のうえに置かれていた。透過したまま中に入って確認してもいいのだが、ダブルでじっくり確認する。玄関に向かって歩いて来る人影は確認できなかった。

 鉄のインゴット周りも無人だ。ならば躊躇うことはない。みんなで玄関先に入ると、


「送還」


 と、オレは右手を鉄のインゴットに向けて差し出し、鉄の塊がサラサラと宙に消えてくのを見送った。これで木下の家から鉄のインゴットは消えた。

 証拠隠滅である。


「終わったね。サムライ真司くん」

「そうだね。さすがサムライ兄さま。やることが果断だよ」

「誰も気づかないうちだもんね」

「サムライ兄さまからすれば、気づいてない方が悪いんじゃない。ほら、サムライ兄さま、ワルだし」


 息のあったコンビネーションですな。まったくもう。まったくだよ。

 オレは頭を深々と下げた。


「どうぞ勘弁してつかぁさい」


 うむ、と弟さまと真理ちゃんが頷くのはわかる。だが恵風、おまえ、便乗しすぎ。

 しかし──、

 サムライというわりには、こそ泥気分なのは、納得がいかなかった。


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