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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
31/182

第31話 喧嘩

 薫風(くんぷう)幼稚園は今日も元気な子供たちの声であふれ返っていた。お遊戯の時間ともなるといつものことだが、今日はサッカーが始まってたので、いつもより子供たちの声は大きかった。


 オレは最上真司。薫風幼稚園のくじら組に所属している三歳児だ。そして今回、オレは弟さまの最上寛司と対戦している。

 オレと弟さまが同じチームに入ると、戦力の均衡がとれなくてサッカーが面白くならないからだ。だからみんなに言われる前に二人してチームを分かれてるのだ。

 これはこの幼稚園でグループ分けをする時に担任の山本先生に習った知恵だ。


 さてサッカーだ。

 オレも弟さまも、ダブルで解析をかけずとも、ただ単に見て覚える、そんな見取り稽古も得意だった。

 特に我が家ではお父さんの勤める証券会社が国内のサッカーリーグのとあるチームにスポンサードしてるので、お父さんもサッカーが好きだった。なのでお父さんと一緒にそのスポンサードしてるチームの練習も見たことあるし、海外のサッカーの強豪チーム、例えばスペインやドイツのチームの練習を動画で見てたりするのである。

 そうなると見取り稽古をしてるような物なので、オレも寛司もそれに準じることが出来てしまうようになったのだ。

 ただし手足が短いので、繰り出す技の数はかなり控え目なことになっている。

 それでもフェイントひとつで子供たちがコロコロ転ぶので、十分脅威にはなっている。

 でもこの技は、点を取るために使っているわけではない。むしろ逆である。点を取らせないために使っている。


 弟さまが向こうで上級生の女の子にパスを出した。そのパスが通って左サイドがえぐられた。チームメイトのみんながワーワーとゴムボールに集まるので、オレはパスコースに網を張ったら、そこにゴムボールが来た。


「みんな上がれー」


 オレのひと言でみんながハーフウェーラインを越えて上がる。

 みんな素直なんで、オレはひとり守備に残ることになる。ちなみに相手チームの弟さまもおんなじ感じだ。

 みんなにはオレたちが舵取りすることで楽しんでもらってる。

 ちなみにオレが出したパスは、蛍ちゃんにつながり、けれども蛍ちゃんのトラップが長かったので、そこにまたみんなが集まって、ぐちゃっとしたことになっている。


 そんな時だった。


 オレは後ろから思いきり背中を蹴られた。

 痛いのは痛いが、蹴られた背中より、首のがグキッとなって痛い。

 おかげで間抜けな感じで前に倒れ込む。でも手は斜めに広げて柔道でいつもやるように衝撃を逃がす。


 パアンッ。


 大きな音がしたがオレにかかるはずだった衝撃が地面に逃げて行く。

 おかげでどうにかなった。

 しっかし誰だよ、こんな事をやったのは。

 いや、誰なのかは、もうわかってるんだけどね。


 木下だ。


 今回は蹴られたけど、最近遊びと称して木下がよくぶん殴ってくるんだよね。

 しかしサッカーやっててゴムボールがないところで蹴られるとは驚いた。


 あ、やばい。


 とにかく首が痛いので状態回復をかける。すぐに痛みはなくなり、元の状態に戻った。

 ダブル様々である。

 しっかし折れなくて良かった。

 そう思ってたら腹を蹴り上げられた。


 すると遠くから烈火のごとく怒った声がした。


「おい木下っ」


 弟さまだ。弟さまが怒り心頭だった。


 そして弟さまの怒声でサッカーを一緒にしてたみんなも、オレが倒れてるのを見つけたらしい。


「あーーっ、真ちゃん」「真司くん」「邪魔したの?」「てか蹴ってたよね」「あいつサッカーしてないのに」


 ワーワーとオレの方にみんな集まって来た。


 まったく。オレはゴムボールじゃないっての。


(それはどっちに言ったんだ、(あに)さま)

(サッカーやってる仲間に、だよ)

(そこは木下に言っとけよ)


 弟さまが魂の回廊を開いて、オレの心配をしてきた。


(大丈夫だ。状態回復をかけた。痛みはない)

(オレが気づいたのは倒れた兄さまを、サッカーボールみたいにお腹を蹴り上げたところからだった。もっとやられたのか?)

(後ろからドロップキックされた。首がグキってなりそうだったから、きちんと前に倒れて受け身を取った)

(まったく。兄さまが柔道をやってて良かったよ)

(そうだな。柔道のおかげで不意の攻撃にも対処出来る。緑川くんには感謝だな。柔道に出会わせてくれて)


「おい真司くん。大丈夫か」


 上級生の男の子に声をかけられた。名前は知らない。でも先輩はオレのことを知ってたみたいだ。ちょっと申し訳ない気持になる。


「またあいつか」

「あいつだね」

「でもどっか逃げちゃったよ」


 わんちゃんグループの田中くんが上級生と話している。

 その上級生がオレの手を取って起こしてくれた。


「大丈夫か。痛くないか」

「だいじょぶ」


 オレがそう言うと上級生はにかっと笑った。


「じゃあまだ続けられるな」


 そう来ましたか。さすが遊び大好き幼稚園児。オレも好きなので否やはない。


「はい。つづきしましょう」


 上級生がオレの背中を叩いて、よっしゃ頑張ろうぜ、とオレを励まし、ついでに周りのみんなもまとめて鼓舞した。

 サッカー仲間の声が重なる。男の子も、女の子もだ。


「「「「オオーーー」」」」


 そうしてサッカーが再開した。

 その後も押しつ押されつ、みんなボール目がけて楽しそうに突進していた。相変わらずオレと弟さまは舵取りである。でもそれで十分だった。



「真司くんっ」


 いきなり名前を呼ばれた。振り返るとそこに馬場ちゃんがいた。

 馬場ちゃんはくじら組で一番美人と謳われてる芸能人の女の子だ。いつもはおんなじイチゴグループの弟さまに声をかけるのに、グリクラグループのオレを呼ぶとは珍しいこともあるもんだ。


「一緒に来てっ。女の子たちが木下くんに虐められてるの」

「またあいつかっ。どっちっ」

「お休み部屋の方」

「わかった。馬場ちゃんは弟さまも呼んで来て。あと出来たら絵里ちゃんと緑川くんも」

「うん。お願いね」

「りょーかい」


 いきなりいなくなってサッカーしてるみんなには申し訳ないが、オレたちが居なくなってもそれはそれで、ゴムボールにひたすら殺到する、本来の幼稚園児らしいサッカー遊びが始まるから心配はしてない。存分に楽しんで下さいな。

 そしてオレは走る。

 お休み部屋は、昼食を食べた後に午睡をとるときの部屋だ。みんなが寝られるほどの広さがあるので、年齢関係なくお部屋遊びをしたい子たちは、よくお休み部屋に集まる。

 オレと弟さまも週に二回はお休み部屋に集まる。そこで本を読むのだ。結構面白いジュブナイルものがお休み部屋にはわんさかあるのだ。


 そのお休み部屋に入ると、真理ちゃんと知美ちゃん、それに加藤くんと藤平さんが木下に絡まれていた。加藤くんが一生懸命女の子たちを庇ってる。

 すると加藤くんが何より大事にしてる電車の本が、木下に蹴り飛ばされていた。


「ああっ」

「あっち行け」

「何でこんな酷い事するんだよ」

「うるせー」


 くそ。先生がいないのは給食の準備中か。

 アイツ。この時間帯を狙ってやってるな。

 オレは木下の狡猾さを誉めたくなった。こういう頭の回るとこを、もっと他のところに回せばいいのにと。

 まったく。効率の悪い奴だ。


「やめなよ木下くん。絵里ちゃんに言うよ」


 真理ちゃんだ。真理ちゃんが伝家の宝刀を切ったのだ。そしてそこでオレが靴を脱いでるのに気づいた。

 真理ちゃんがオレに向かって、こっちこっちと大きく手を振った。

 その真理ちゃんの行動に対して、木下がどんな顔をしたのかはわからない。ただ一緒にいた知美ちゃんが膝を(ふる)わしたのは見えた。


 その姿に木下は迷わず女の子二人をターゲットにする。


「こっちこっち」

 真理ちゃんが声にも出した。

 それで本当に誰かがいると思ったのだろう。木下が振り向いた。

 そしてオレの姿を確認した。


「バーカ、バーカ。最上真司のバーカ」


 そんな子供じみたことを今さらしてんじゃねーよ。


「おい金沢っ」

「な、なにっ」

「お前むかつくんだよ。いつも最上兄弟と一緒にいやがってさ」


 そう言って真理ちゃんを蹴っ飛ばした。

 足癖の悪い奴だ。今日はそう言う日なのか。だがこの野郎。一線を越えやがったな。


「おい木下。おまえ洒落じゃすまさんぞ」

 怒鳴りながら木下に向かって駆ける。

「言ってろ、バーカ」

 木下が迎え撃つように構えた。

 だからオレはそのまま木下が殴りやすいように真っ直ぐ入って上げた。

 狙い澄まして木下が右手を突き出す。

 タイミング取るのうめーな。コイツ。


 だがオレはその動作を利用して右手を肩越しにとってそのまま巻き付けると、簡単に木下をオレの腰に乗っける。そのまま木下の勢いを利用してひょいと回転して床に叩きつけた。

 投げ飛ばすことはしなかった。そんなのは衝撃が逃げる。だから笹島先生から習った一本背負いの基本を応用してみた。


 おかげで全ての衝撃を巻きこんだが、後頭部からは落とさないように配慮した。だから更に回してお腹で落としてあげた。

 これだけでもかなり優しい。オレは我ながら相当木下に配慮してると思う。


 でもそれだけだと木下が真理ちゃんを蹴っ飛ばした分がない。オレたちの大事なお友達の真理ちゃんを蹴っ飛ばしたのだ。それを鑑みたらぬるいよな。ぬるい。なので、巻きこんで叩きつけた木下のお腹の上に、オレはオレの身体を落とすことで、全ての衝撃を木下の腹に集めて上げた。



「ウゲーー、ゲー、ゲホゲホッ、ゲーー」



 木下はゲーゲー吐いた。だが朝食は何も食べてなかったのだろう。吐きたいようだが何も吐けずにひたすら苦しんでた。


 そのまま木下がうずくまった。身体を丸めてる。だがオレは放置した。

 なぜならオレはさっきこいつからドロップキックを背に、それからインフロントキックを腹に喰らってるのだ。

 二発だ、二発。それも不意打ちで二発だ。対してコイツの受けた被害は、真理ちゃんに与えるはずだった破壊力を、自分で受けただけのこと。要は自爆だ。

 実質オレたちからの攻撃はなんにも喰らってないのだ。

 放置で十分だった。


「行こうぜ、みんな」

「「「「う、うん」」」」

「真理ちゃん大丈夫か」


 だが真理ちゃんは返事できなかった。知美ちゃんと一緒に膝が(ふる)えてる。

 蹴られたことも忘れてる感じだ。心の方が動きまくってて、蹴られたことを考える余裕もないようだ。


「真司くんこそ大丈夫?」


 これを言える真理ちゃんが凄い。だからオレは手を振って答えた。


「平気へいき」

「それより加藤くん」

「なんだい?」

「お話しするなら電車のお話ししようぜ。鉄橋とか石ころを積めない所って、どうやって衝撃を(やわ)らげてんだろうね。こないだ横浜まで行った時、鉄橋の上を走ってる時にさ、衝撃を(じか)でオレ受けてるのかなぁとか思っちゃってさ」

「それはね……」


 と加藤くんがこの世の謎の説明をはじめて、オレ達がお休み室を出て行っても、木下はピクリとも動かなかった。

 オレは加藤くんと並んで、女の子三人が、木下の姿を目に入らないよう配慮しながら、お休み部屋をとっとと出ることにした。

 たぶん、この配慮は加藤くんにも伝わってたと思う。ナイスコンビだった。


 弟さまと馬場ちゃんが連れてきた絵里ちゃんと緑川くんとは、下駄箱の前で合流した。


「いろいろあったからさ。ちょっと知美ちゃんと真理ちゃんのお話を聞いて上げて」

「ちょっと真司くん、わたしは?」

「もちろん藤平さんも聞いて上げてね。でも加藤くんが庇ってたから、藤平さんは大丈夫だと思うよ。だって加藤くんが常に前にいたからね」


 かとうくんが、加藤くんがとそう言うと、藤平さんは心なしか頬を朱に染めて、それ以上もう何も言わなくなった。

 ごめんなさい。

 確信犯です。

 ワルだぜ、オレ。


 そうして絵里ちゃんと馬場ちゃんと緑川くんとが(ふる)えてるみんなに事情を聞き始めると、ポッケ越しに鉄の棲み家からポンポンとオレの横っ腹が叩かれた。

 ポッケの中での出来事だから、みんなの目には見えない。


「おい、真司。ちょっといいか」


 今の騒動を見てたのだろう。恵風からこそっと話しかけられた。


 真理ちゃんの様子を見てる弟さまに、オレは魂の回廊を開いた。


(おい弟さま。恵風が何か話したいらしい。位相をずらすから真理ちゃんを頼む)

(了解)


 弟さまがさりげなく真理ちゃんの肩に手を置く。

 それを見てオレは位相をずらした。

 黙ってずらし始めたのに恵風が若干驚いたようだった。いつものオレとは態度と行動がまるで違うからな。

 でも、いつものように悪ふざけをする気には、とてもなれなかった。

 そうして青い世界に彩りが移っていった。

 みんなの動きは徐々に速度を落とし、緩やかに止まり、やがて完全な青い世界に入るとまったく動かなくなった。

 でもこれでもほんの少しは動いてるんだけどね。ただ、限りなく時の止まった状態に近い世界。それが青い世界だった。


 この世界で動けるのは四人。

 オレと、弟さまと、弟さまに触れられてた真理ちゃん。それに風の精霊である恵風だけだった。

 なので真っ先に指示を出す。青い世界を解除した後、後々に響かないよう、今から辻褄を合わせるよう準備するのは大事なことだった。


「真理ちゃんはその場所を動かないで。そんなに長いこと青い世界を維持する気はないから、場所が変わっちゃうと後が面倒なんで」


 と言っても真理ちゃんにだけだけど。

 真理ちゃんは、はい、と返事して了解した。


「恵風、いいぞ」


 と言うやいなや、恵風がポッケにある鉄の棲み家から風を切って飛び出て来た。螺旋を描いて周囲を確認しつつ、オレの目の高さでピタリと止まる。

 そして不快げに口にした。


「あれはこの世界では許されてるのか」


 いきなり用件を切り出してくるとは、相当むかついてるらしい。

 意外だ。いや、そうでもないのかな。それは追々確認していこう。

 その前にまずは──。


「あれって木下か?」

「そうだ」

 と言って恵風がさらに不快そうに唾棄(だき)した。

「無差別に目につく物を攻撃する。子供の癇癪(かんしゃく)にしては度が過ぎるのではないか」

「度が過ぎるって。それをお前が言うかよ、恵風」


 オレが驚きの目でもって恵風を見やると、当の恵風は見野山病院での狂乱ぶりはまるで身に覚えがないようで、逆にこちらに訊きかえして来た。


「なぜだ。俺が言ったらおかしいのか?」

「こいつ…………」


 こいつも、素で言ってる。


「あのな、お前は止まった世界で風刃を乱射してたじゃないか。午前中に居たくじら組に見た顔がいただろう。覚えてないのか?」

「お見舞いという行動に来てた連中だな。もちろん覚えてるぞ」

「じゃあ止まってる子達に自分が攻撃しまくってたのは覚えてるか?」


 恵風が訝しげな顔をした。


「何だか知らないが、俺が悪いように言ってるが、あれ、止まってる人間には当たらないぞ。すり抜けるからな?」

「え?」「マジで?」「なぁに」


 オレたちはわかってない真理ちゃんに説明した。

 ちなみに真理ちゃんも恵風に狙われたことを付け加えておく。


「でも(あた)らないんでしょ」

「そうだ」

 恵風がドヤ顔で頷いた。更にオレと弟さまを指さして、当たるの、お前らだけ、と言った。言い切った。このやろううっ。


 けど命中するのか、しないのか。そこらへんの条件がわからん。


「なんで(あた)らないんだ?」「いや、ホント」

「だって動けたのお前らだけじゃん」

「てことは動けた奴には(あた)るけど、動けない奴には通常透過するのか」

「そうだ。位相がずれてるからな。位相を合わせて来たお前らが異常なんだよ」

「位相のずれの(へり)にまで至った風刃はどうなる。放たれたのは、青い世界の縁に沿って位相をずれてくのか? それともずれた位相のまま進んでくのか?」

「位相がわずかでもずれた瞬間に消える。通常の精霊魔法ならな」

「ならば通常でない精霊魔法なら?」


 と弟さまが踏みこんだ。

 先日真理ちゃんちから我が家にかけて、風槍で貫きそうになったからな。切実なのだろう。親殺しは想像しただけで身の毛がよだつ。


「それを聞くか?」

「必要なことだ」


 うん。オレもそう思う。


「俺は必要だとは思わない。だからこの件では発言を自粛する」


 はい来ました、自粛です。

 解析かけてやろうか。

 でも、それをしたら今の関係も崩れるだろうな。こいつはオレたちが解析をかけたことがわかる。


(なあ兄さま)

(なんだ)

(兄さまは恵風を治しても記憶は戻らないと思ってるようだけど、本当にそうなのかな)


 おっと。思わぬ所から思わぬ爆弾が放りこまれたぞ。

 てかオレが魂の回廊を普段から閉じないから、常に寛司にオレの思考が駄々洩れだってのは知ってるけど。

 結構真面目に聞いてるのね。


(どういうことなんだ? 詳しく)

(だから。恵風に状態回復をかけたら、記憶も戻らないかなってこと)

(さて……)


 オレは言葉を失った。

 だが魂の回廊は閉じない。弟さまがこういう時に聞き耳を立てないことは知ってる。

 そこらへんの常識は人一倍強いのだ。


 弟さまは武士だからね。


 まあいい。恵風のこと、状態回復のことだ。

 オレが絶対と言い切れるのは、オレか弟さまが恵風にダブルで状態回復をかけたら、身体的なことでは間違いなく治る。それは断言出来る。

 だが記憶とか性格とか感情とか、そういったものには働きかけないとオレは思ってる。

 なぜならダブルは本能によって威力が変わると、オレがそう思っているからだ。

 感情が物凄く動いたたときのダブルは、とんでもない威力を発揮する。

 それは海上公園で、木下に発動した弟さまのダブルで証明されたと、色々とこっそり検証した結果、オレはその結論に至ってる。


 弟さまは気づいてないが──。


 あの時弟さまが木下へと放ったダブルをキャンセルで迎え撃ったのはオレだった。

 それはもう必死にキャンセルしたものだ。何が何でも。そんな気概があった。


 まず明らかにすべきは、海上公園で弟さまが木下に放ったダブル、この一撃だろう。あれはおそらく状態固定の上を行くダブル、その名前をオレは存在固定と命名している。


 存在固定。


 その名の通りの能力だ。存在をその場に固定するのだ。

 ただし軸が違う。

 軸は地球ではない。宇宙である。

 宇宙空間のその場に存在を固定されるのである。


 もしも宇宙空間のその場所に固定されたら、地球の自転と公転運動で、あっという間に宇宙空間だ。

 そして木下は弟さまに存在固定を解かれない限り、ずっとその座標で宇宙空間に固定されたままだったはずだ。


 その結果はどうなるだろう。

 発狂できるならまだいい。

 だが存在を固定されてるのだ。

 心がどれだけ動いても、存在自体はそこで固定されてるのだ。

 おそらくそのまま生き続けるだろう。

 飯を食べることもなく、息を吸うこともなく、離れてく地球を見送って心細くなり、それでもそこに在りつづけ、一年後に一秒ごとに三十キロメートルもの全知を越えた速度で自分に向かってぶつかって来る地球を目の当たりにするのだ。


 秒速三十キロメートルで自分にぶつかってくる地球。


 もう発狂以外の何物でもないだろう。

 おっかないわ。

 自分はその場に固定されて、逃げることも避けることも出来なくて、ただただ地球が自分をぶっ潰しに来るなんて──。



 ◇


 ただ今放送事故で放映できない状態になっております。


 ◇



 てな感じだろうか。

 失礼、取り乱しました。

 まぁとにかく、それほどの地球の公転速度を地球の大きさ規模で味わうのだ。車やビルが落ちてくるどころの話ではない。その恐怖たるや、想像を絶するだろう。


 だがこれは、弟さまが人をひとり殺しかけたと言うことである。

 とんでもないことだ。

 でもそこには弟さまが、なぜそこまでと言うか、そうせずにはいられなかったのか、と言うのがある。理由があるのだ。

 話は単純だ。

 オレが木下に石を頭にぶつけられて、死んでもおかしくないことになって、怒りで我を忘れた弟さまがやった。それだけのことなのだ。

 後先など無い。

 弟さまは、やらねばならぬと燃え(たぎ)ったのだ。


 ダブルを本能のままに使ったら威力は上がる。

 やはりこの結論は揺るがない。ほぼほぼ確信がある。

 だから弟さまに答えた。



(オレは戻らないと思う。なぜならそれは恵風が心から望んだことではないからだ)

(オレが恵風に与えた物だから恵風は戻らないと、兄さまはそう言ってるのか?)

(そうだ。恵風が心の底からそう思ったなら、もしかしたら戻るかも知れない。でも弟さまに回復してもらう限り、望むような結果は得られないと思う。

 それが多分動物の中でも感情を持った、そしてそれを伝達する手段を持つ種族の、生物としての本能だと思うからだ)

(う~ん。そうか。でも兄さまがそこまで言うのなら、状態回復をかけるのは止めとこう)

(すまんな)

(いいさ。それより、じゃあどうする)


「恵風」

「おう」

「オレたちも誓おう。お前が話したいと思わない限り、オレたちはもうお前に精霊魔法の本質を聞くようなことはしない」

「ふうん。そうなのか」

「今はまだ口約束だ。後はお前が見て判断しろ。どのみちオレたちはダブル遣いだ。精霊魔法の使い手ではないんだ」

「なるほど。なるほどだな」


「それで、恵風はどうしたいんだ。木下に対してご立腹のようだが」


 恵風がポリポリと頬を掻いた。


「なんだよ」


「いや、あんなこと言わせといてなんだが、その、あれだ」


「アレって何だよ」


「木下が真理を蹴った時に、俺も頭にきてな。

 こういう時は助けてやってもいいような悪いような、そんな感じになってな」


「真理ちゃんを助けたかったのか?」


「まあ、真理はいい奴だからな。力はないけど」


「真理ちゃんが力がない?」

 オレは弟さまと顔を見合わせた。

 互いにぷっと吹く。


「あのなぁ恵風も随分と甘いなぁ」

「何がだよ」

「いいか。この世界じゃ力は色々あるんだよ。

 人格だったり、お金だったり、権力だったり、人脈だったりな。

 その点真理ちゃんは世界でも屈指だぞ、多分」


「はぁん? それで俺を倒せるのか?」


「倒せるな。精素のない世界だ。何も出来ないよう、真理ちゃんがそう仕向ければ、それだけで恵風は死ぬ。簡単だと思うぞ」


「本当か?」

 聞かれて弟さまが答える。

「本当だ。恵風の世界では精霊魔法の強さだけで優劣が決まったのかも知れないが、ここでは違う。色々な手を駆使して、最終的に倒せばいいんだからな。

 その方法は無限にあるぞ。

 それは力ではないか?」


 恵風が冷や汗を流した。思い当たることがあるのだろう。

「お、おそろしい」


「バカ。けれども真理ちゃんはお前にそんなことはしないってのは、お前ももうわかってんだろ」


 恵風は何かが琴線に触れて真理ちゃんを気に入ってる。それはオレも弟さまもすでに知ってる。でなければ木下から助けたいなどとは思わんだろうが。


(案外にチョロいんだよね。恵風って)

(お調子者なんだよ)

(じゃあ兄さまと同じじゃん)

(お前もな)

(お粗末)


 恵風が真理ちゃんの穏やかな表情を見てくつろいだ。

 ふわふわと漂い始めて、本当にその時の気分が風の流れのままに、そこに出る奴なんだな。


「そ、そうだな。真理がするわけないな。うむ。何かホッとしたぞ」


 そう言った恵風が肩をなで下ろすと、なぜか髪の毛が伸び始めた。どんどん伸びている。

 信じられん。精霊の生態は一体どうなってんだ。


 だが恵風自身が気づいてない。


「おい、恵風。なんだよその髪の毛」

「ん?」

「治ってるじゃん、お前」

 弟さまにも言われて恵風が自分の髪の毛を触る。

「あれ。本当だ、何であるんだ?」


 わしゃわしゃと掻いては、そのヴォリュームを確かめて、それが髪の毛全体に至ってることを知って喜んでる。だがその飛び方は何だ。喜びのダンスか。

 寛司がクスッと笑った。


「どうやら状態回復をかけるまでもなかったな。弟さまよ」


 すると弟さまが苦笑して、そうだねと頷いた。

 そのまま恵風の喜びようを眺めやっている。

 恵風は真理ちゃんの廻りをぷかぷかしてる。その姿に、良かったね、と真理ちゃんが言うと、恵風が触ってもいいぞと真理ちゃんの元へとふわっと髪の毛を差し出した。

「わ。いいの?」

「恐い思いをしたんだ。楽しい思いもしとけ」

「ありがとう」


 そう言って真理ちゃんが恵風を抱き留めると、その恵風の髪の毛の中に自らの指先を入れてみた。

 最初は感触を確かめるようだったが、小さな恵風の頭に合わせて、真理ちゃんが器用に手櫛で髪を()き始めてる。


 ちょっと羨ましい。どんな感じなんだろう。


 人類で初めて精霊の髪の毛を梳いた女の子、その名は金沢真理ちゃん。そうなりました。


「どう?」

「気持ちいいぞ」


 そんなうっとり顔の恵風に、真理ちゃんが言った。


「きっとあれだよ。恵風はストレスが無くなって髪の毛が伸びたんだよ」


 恵風がとたんに真理ちゃんの腕の中で嬉しそうな顔をした。真理ちゃんの優しさに精霊感激ってところだな。


「もうあれだ。お前ずっと真理ちゃんのこと考えてろ。きっと良いことあるぞ」


 オレがそう告げると、恵風がまんざらでもない顔をした。

 精霊と人類の邂逅としては、この上なく理想の状態になってるのではないか、と。


 ごほんごほん。


 でもワルでもあるオレは思ったのだ。

 その論理だと今まで髪の毛が伸びなかったのは、十円ハゲとか、円形脱毛症とか、ストレスで人間の髪の毛で起きるような規模が、ちょうど恵風の頭の大きさ程度だよなぁ、何てことを…………。


 いや、いかんな。妄想の上に妄想という奴だ。ふわふわしてる。この上なく恵風には似合う気もしないでもないが──。


 まぁでもこれは内緒。ないしょないしょだ。


 本日ギリギリ間に合いました。待たせてしまった方、申し訳ございません。そして待ってくれてありがとうございます。書かねばならぬと気合いが入りました。


 台風の準備でお忙しい方もいらっしゃるでしょうか。当方もありましたが頑張りました。一日の書き込み量じゃないことを、最近知りました。でもこうなっちゃいました。楽しんでもらえたら幸いです。

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