第29話 コードネーム
夕方、幼稚園から帰ってくると、オレと弟さまは今日も真理ちゃんちにお呼ばれした。
ちょうどケーフをこの世界に馴染ませたいというのと、精霊魔法を実験してみたいというのがあったので、このお誘いはありがたく、お呼ばれした。
荷物を自分たちの部屋に放りこみ、一目散に枡屋の中を通ってそのままお外に出ると、ちょうど真理ちゃんが表門を開けてくれてるところだった。
「真理ちゃん、こんにちはー」「こんにちはー、さっきぶり」
真理ちゃんがくすりと笑った。
「こんにちは。ケーフは」
「大丈夫。ちゃんといるから後でねー」
と道路越しに挨拶を交わして左右を確認する。止まってる車はあるけど走ってる車はないので、旧街道を渡り、真理ちゃんちの表門をくぐろうとしたら、いきなり知らない小父さん達が駆け寄ってきて、ケーフって誰ですかと、藪から棒に尋ねられた。
「んん?」「え?」
オレと弟さまが見上げると、その小父さんは不躾にマイクを突き付けてきた。知らない人にいきなりこれは失礼なんじゃないのと憤慨してると、
「こんにちは。日刊テレビです。ボク達も見野山病院でセドリックメロディ病の患者さんが元気になったのを見たんだよね。どうだったの?
詳しく教えてほしいんだけど」
と自分たちの用件を言った。
(おい弟さま)
(なぁに)
(ちょっとコイツぶっ飛ばしてもいいか?)
(まぁ邪魔だよね。図々しいし)
(子供だと思って舐めてるよね)
(とりあえず、真理ちゃんちに入っちゃおうか)
(わかった。とりあえず無視の方向で)
オレと弟さまは小父さん達を無視して、真理ちゃんちの表門をくぐって、
「行こう、真理ちゃん」
と庭の敷石を歩き出した。
するとあろうことか小父さん達がついて来た。
真理ちゃんも門を閉めるに閉められずにいる。
「てか勝手に入ってるよね、小父さん達」
だが小父さん達はそのオレの指摘を聞き流した。聞こえない振りをしたわけでもない。聞き流したのだ。知ってて真理ちゃんちに入って来てるのだ。
「金沢真理ちゃん、最上寛司くん、最上真司くん、君たちが宮島徹さんのお見舞いに行ってたメンバーなんだよね。どうだろう。そこらへんを詳しく、我々に取材させてほしいんだけどなぁ」
「え? 嫌だよ」「何で小父さんに話さないといけないの」
マジで何なんだ。この自分優先の条件提示は。
こちらの都合がまるで眼中にないみたいだ。オレたちは用事があるから真理ちゃんちに来たのだ。それを横からしゃしゃり出てきていきなりなんだ、この人達は。
こんな人初めて見た。
「う~ん。じゃあセドリックメロディ病って体が光るんでしょ? どんな色で光ってた?」
「あのさぁ小父さん」
オレはちょっとむかついていた。
「もしかしてこんな調子で蛍ちゃんを困らせてないだろうね」
すると弟さまが魂の回廊をいそいで開いてきた。
(ちょっとじゃないだろ。ぶち切れる寸前に見えるぞ)
(ちょっと待て。何か言うみたいだ)
「あのさ。なんか不機嫌みたいだけど、セドリックメロディ病なんて奇病は、人類全体で情報を分かち合わないといけない病気なのよ。またおんなじ病気の人が出て来た時、何も情報がないまま病に倒れろっていうわけにいかないでしょ」
随分と胡散臭い理由だな。
小父さんはにこにことオレを懐柔してる。懐柔してるんだろうな。
「…………そうなんだ」
「そうなんだよ」
懐柔どころか丸め込もうとしてるな。
つづいてオレを囲むようにマイクとカメラで圧迫して圧力をかけてくる動きが、とってもスムーズだ。この一糸乱れぬ連携が小父さん達のずるさを物語っていた。
普段からこういう事してんだろうな、と返事に困ってると、
「どなたですか、あなた方は」
と庭先から声が掛かった。
その足音がコツコツと近づいて来る。
「お母さん」
真理ちゃんのホッとした声がした。
杏さんだ。金沢財閥の社長のお嫁さん、杏さんが来てくれた。
「あ、ただいまお嬢さんとお友達に取材をしていまして」
「小母さん。オレは許可してないからね」「同じくオレも」
杏さんが頷いた。
「真理は?」
「いいえ」
短い言葉だったが、きっぱりと言った。若干語尾が顫えてたけど、それはしょうがない。いきなり大人にずかずか入って来られ、いいように動かされそうになったんだから。
「あなた、お名前は」
「吉田です」
「そう」
と小首を傾げて杏さんが頷いた。
「どちらの吉田さん?」
「それは…………、報道関係の吉田です」
「所属してる会社名は?」
「日刊テレビって言ってたよ」
オレが杏さんに教えて上げた。
舌打ちしたそうな顔をしてオレを睨みやがった。ちょっと笑った。
そうしたら本当に派手に舌打ちした。
「日刊テレビの吉田さんで間違いないですね」
「はい」
「では伺いましょう。何のために娘達に質問を?」
「セドリックメロディ病の件です。この病気に関しては、日本国民、それどころかカナダやアメリカでも、みんなが気にしてます」
真理ちゃんが前に言ってたやつだ。主語が大きくなったもん。
主語が大きくなる人は、権威立てて物事を押し進めようとする人だって、そう言ってた。
でも残念。
たった三歳の真理ちゃんでさえ、そういう英才教育を施されている家柄なんだよね、金沢家は。
それをしないといけない家柄というか。
金沢財閥直系の家だからね。
だからその手の権威づけは通用しない。
杏さんは冷静にあしらうように言った。
「そうですか。ですがその件に関しては、報道各社にうちの孝介がその場に居合わせたので、金沢商事の広報の方で対応すると、既に各社に通達済みです」
「それは知ってます。ですがもっと詳しい事を知りたいのです」
カメラ回せと杏さんから見えないように、吉田が下の方で合図を出してるのを見た。
大人にはこの高さは見えずらいが、三歳児のオレの背丈だと目の前だ。
これはおそらく杏さんが下手な応対をしたら全国に流しますよと言う威嚇なのだろう。
気づいてるかな、杏さん。まぁいざとなったら介入しちゃおう。うん。
だが杏さんは小揺るぎもしなかった。
「それ以外の方法をとりたいと、どうしてもと、そう仰るのですね」
「そうです」
「承りました」
その答えを聞いて、吉田が自信満々な顔をした。
「吉田さん、あなたの名前を出して社長に厳重に抗議します。金沢財閥を敵にすると言うのなら、全ての番組のスポンサーを降りてもいいんですよ。おたくのところの看板番組にも億単位でお金を払ってますし。
全力を挙げて我が社は応じましょう」
「そんな」
「手を抜くなどと、生やさしいことを考えてもらっても困ります。やるなら全力です。なんなら他の財閥を巻きこんでも構いません。財閥同士のつながりを舐めてもらっても、他の財閥に迷惑ですしね」
あ、この話は真理ちゃんから聞いたことある。
日本の財閥はライバル関係だけど、国益に関わるやばい情報とか、とんでもない被害を被りそうな場合は、ライバルにも情報を流して国益を守るって話だ。
つまり杏さんが言いたいのは、財閥直系の子供を守るって事は、そういう範疇であると暗に言ってるんだな。
となると今となっては、「迷惑ですしね」が「迷惑death死ね」に思えてくる。
その杏さんの話はつづく。
「あなた方が、それ以外の方法をご所望でしたので、それ以外の方法でお応えする。それだけのことです」
「そんな子供じみた」
「さて。子供を出汁にしたのはあなた方ですが」
「喧嘩じゃないんですし」
「喧嘩だなんて、そんな生ぬるい物ではないです。事ここに至ってそんな認識ですか。
これは戦争です。財閥の全精力を傾けて、あなた方の宣戦布告に対し開戦するだけのことです」
「はあ?」
何を言ってるんだこの女は? いかれてるのか? といった顔をした。
「決めるのはあなたではありません。この屋敷は我が家の屋敷です。主が不在の今、当主は私です。
私が決めるのです」
「それは申し込んだ我々の意を検討するのが普通ではないでしょうか」
「普通は情報提供者の我々の意向を汲むのが普通なんですよ」
すると吉田が言葉に詰まった。
そしてオレは大人のすごさを実感していた。
杏さんはよくこんな反応を瞬時に返せるな。
そこに、無謀な奴や嫌な奴の対処をしてきた、杏さんの歴史のような物を見た。どれだけ汚い物を見たんだろうかと思う。
「報道陣があなた方一社だけだという事を、その意味を、よくお考え下さいな。あなたはスクープをと思ったのでしょう。同業他社を出し抜けるとも思ったのでしょう」
「そんなことは」
「お黙りなさい。あなたの判断など聞いておりません。こちらが判断し、対処をするのです」
「それは脅しでは」
「いいえ。あなたに脅されたので防衛手段を講じたまでです」
杏さんがボイスレコーダーを出してみせた。
「それに不法侵入しといて、こちらを犯罪者扱いするとは、どういった了見でしょうか。セキュリティも来ます。というか、もう来てますけど」
表門の影に、屈強な男の人たちが五人ほど不法侵入者を待ち構えていた。その後ろにも予備の人たちがいる。報道陣の人数を鑑みて、倍の人数を用意したのだろう。
あっという間に報道陣が撤収を計る。だがそれは許されない。
現行犯逮捕である。
私人逮捕とも言うけど、現行犯に関しては、一般の人でも逮捕できるんだよと、後から杏さんに話を聞いた爺ちゃんから教わった。
ダブルで肉体強化してぶっ飛ばしてもよかったんだけど、杏さんが簡単に丸め込んでしまったので、その必要がなくなってしまった。
しかしなるほど。
金沢財閥の方で対処してくれてたから、セドリックメロディ病のニュースでウチの周りに報道陣が来ることがなかったのか。
確かに孝介さんに連れてってもらったもんな。引率が孝介さんなら、そりゃ金沢財閥全体で対処もするか。
おっかねー。
ちょっと連絡が行っただけで、あの吉田さんって人はクビだな。てか就職する先ごとに、取引会社に圧力かければ人生を詰ますとこまで追い込めそうだ。
承ったのは、宣戦布告に対する受領宣言だったのだと今になってわかった。
吉田さん、オレにぶっ飛ばされてた方が楽だったかもな。
追い込みかかるだろうな。
蛍ちゃんのお父さんの徹さん、杏さんのOL時代の先輩だったみたいだし。
オレは手刀を切って社会的冥福を祈った。
「お母さん、ありがとう」
「大丈夫みたいね」
「うん」
「じゃあ門を閉めて。真司くんと寛司くんもゆっくりしてってね」
「はい」「ありがとうございます」
踵を返して去って行く杏さんの後ろ姿が格好良かった。真理ちゃんも将来こんな風になるのかな。それはそれで格好いいなとオレは思った。
「それにしても災難だったね」
弟さまが真理ちゃんに言った。
「うん。びっくりした」
「だけども杏小母さん、どうしてオレたちが困ってるのわかったんだろう。タイミングばっちりで来たよね」
「それ、わたしが門についてる防犯ブザーを押したの」
「防犯ブザー?」「そんなのあるの」
「うん。ほら、わたし前に、色々あったから…………」
あー、あの話か。その話は聞いてたな。
金沢財閥の財産を狙って親戚のオッサンが真理ちゃんをどうこうしようとしたって話だ。詳細は聞かせてもらってないけど、そうか、その時に真理ちゃんが恐い思いをしたから、孝介さんと杏さんとで対策を講じてたってことか。
その一つがこれ、防犯ブザーなんだろうな。
「でも防犯ブザーの音しなかったよね」
弟さまが訊いた。
「防犯ブザーは押したけど、鳴動はさせなかったの」
「どうして」
「気づかれたら騒がれるでしょ。そういう情報も与えたくなかったし」
「なるほどねー。杏小母さんの登場の裏に、そんなことがあったのか。なんか文明ってすごいね。ウチにはそんなのないもん」
「寛司くんちには必要ないってことでしょ。ウチには必要だったけど」
「なるほど。これが財力の差か」
「違うちがう」
「え?」「なんで?」
「だって真司くんと寛司くんがいたら必要ないでしょ」
「ああ」「そっちね」
「だから結構安心して対処出来たんだよ。真司くんと寛司くんがいたから。
わたしだけだったら、ビックリしていいように質問攻めに晒されてたと思う。
でもね、さっきも言ったけど真司くんと寛司くんもいたし、二人が負けるわけないし。その間にセキュリティ会社の人も来ると思ったし。
お母さんのが先に来ちゃったけど」
あはははは、とオレたち三人はそこで笑った。
なんか綺麗にオチがついた気分。
それにしても──。
真理ちゃんはダブルに全幅の信頼を置いてくれてるんだな。
実際たとえ大人と子供で戦闘になっても、負ける気はまったくしないけど。
あの吉田って小父さんに状態固定をかけちゃって、タコ殴りにぶっ飛ばすことだって出来たわけだし。
(いや、そこまでしたら流石にえげつないでしょ)
(そうか? 動物の躾ってそういうもんだろ)
(あ、大人扱いしないのね)
(うん)
(でも杏小母さんがもっとすごい事をしちゃったっていうか……、すげーな、やっぱ)
(うん、助かったよ、ホント)
「ところでさ」
と真理ちゃんが言った。
その瞳が真剣だった。
「ん? なぁに」「どうしたの」
「ご免なさい」
「いや、いきなり謝られても」「真理ちゃん、落ち着こう。兄さまちょっと青くするよ」
「おっ。了解」
「真理ちゃんも、いいね?」
「うん。お願いします」
と言って真理ちゃんが弟さまの手首を握った。
それに対してうんと頷いた弟さまが目を閉じ、ポッケに自由な方の右手を突っ込む。
そうして静かに息を吐くと、どんどん世界が青く染まっていった。
風の精霊、ケーフに教わった位相ずらし。
時の流れが遅くなる青い世界。
旧街道を通る車の走行音も、森の木々の葉ずれの音も、位相がずれてくと共に音もなく消えていった。
「さて、出来たようだね」
弟さまがそう言って目を開けた。
見事な青い世界だった。完璧だ。完璧に再現されてる。
「どうだった? 初めて自分で位相をずらした感想は」
「世界のずれって、思ってたより密接なんだなと思った。そりゃケーフみたいなのもやって来るは」
と言って弟さまが笑った。
「そうだ。おい、ケーフ。出て来ていいぞ」
位相のずれに突入した以上、普通の人にはこの世界は感知出来ない。時の流れが遅すぎて、位相がずれてることにも気づけもしないのだ。
それにしても遅い。
オレはズボンのポッケから鉄の棲み家を取り出した。ここに棲み着いてるケーフを呼んだのだ。だがケーフは未だ出て来なかった。
「おい、ケーフ」
それでも出て来ないのでダブルの解析をバチッと当ててやった。
するとケーフが電気ショックにでも打たれたかのように慌てて飛び出て来た。
「おいおい、なんだよ。寝てたのに」
「位相をずらしたからな。出て来ていいぞって伝えたかったんだ」
「お。許可が出たわけなのね」
「そうそう。しばらく自由にしてていいよ」
「おっけ~」
そう言ってケーフはふわふわと浮かんだ。
にしてもこの返事、オレと弟さまの真似だな。まぁいいけど。馴染んで来たのは良い事だ。
「で、真理ちゃん。ここなら何を話しても安全だ」「そうそう。一体どうしたの?」
「さっきの報道陣の人たちのこと」
と歯切れ悪く言った。真理ちゃんにしては珍しいことだ。
「うん」「吉田って人だね」
「そう。あの吉田って人に、ケーフの名前聞かれちゃったでしょ」
思わぬ爆弾が投下された。
そして思い起こす。
「あ」「あちゃー、そう言えばそうだ」
「わたしが迂闊に口を滑らせてしまったから」
「でも、ケーフだけじゃわからないと思うけどね」「調べようもないし、関連づけも、しようとしても出来ないでしょ」
「ケーフもごめんね」
「気にするなー。どうせ死んだら骨と灰ー。俺は何にも残らないけれどー」
「おい不吉な歌を歌うな」「事実だろうけどね」
すると、何を言われても風が吹くままー、と答えてるのか歌ってるのか。
そんな自由なケーフを見て、真理ちゃんがくすりと笑った。
「それでね。ケーフって言葉が結びつけられないように、コードネームをケーフに付けてもらえないかなって思ったの」
「「「コードネーム?」」」
「確かにこの世界でケーフのことを馬鹿正直に名前で呼ぶのも危険な気がするな。むしろコードネームで読んだ方がごまかしが利くだろうね」
オレがメリットを告げると弟さまも、なるほどと肯いた。
ちなみにケーフが鉄の棲み家から顕現して、オレたちの間で相談が始まってからというもの、弟さまは必然的に通訳になっている。日本語の真理ちゃんと、精霊言語のケーフと、その間を取り持つためにはこの処置は致し方ないのだ。そしてオレは進行役。いつの間にか定まってしまった役割分担なのである。
「と言うわけでケーフ」
「なんだー」
「こっちの世界のゴタゴタに巻きこみたくないので、お前にコードネームを決めたいと思うんだけど」
「りょうか~い」
「てかヒュンヒュン飛ぶな。うっとうしい」
「そうなの-?」
螺旋を描いてオレの周りを飛び始めた。
嫌がらせだな。
「やめた。コードネームはやめやめ。コードネームだとなんか格好いいから、あだ名だ、あだ名」
「ええっ?」
「お前にはあだ名で十分だ」
するとケーフが不服を表明した。
「おい真理」
と真理ちゃんを呼びつける。
律儀な真理ちゃんは、はいと返事してるが、ケーフは真理ちゃんが自分の名前を洩らしたことに、負い目を感じてることを見越した上でのこの態度だと言うことを、真理ちゃんはもうちょっと考慮に入れてもいいと思うの。
だが真理ちゃんは聞く耳を持ったままの姿勢を貫いた。
「真理が何とかしろ。俺はコードネームがいい」
「あの、真司くん」
「真理ちゃん、別にこいつの言うことなんか聞かなくていいからね。捕虜なんだし」
「捕虜への虐待はんた~い、はんた~い、だいはんた~い」
(弟さまもノリノリで訳すな)
「てかオレからも案、いいかな」
「応。ひどいのを頼むぞ。ひとでなしとか、ろくでなしとか」
「ひとでなしは人で無いから、まんまだな」
「お、応」
「てかさ、ケーフは風と土の精霊だろ。だったら風土が良いと思う」
「それか。直球だな」
「それもあるけどダブルで掛けてる」
「ああー」
とオレは元ネタがわかったが、真理ちゃんは知らなかったらしく、ハテナと首を傾げてた。
それは爺ちゃんの書庫に置いてある古い研究史料だ。オレはまだ読んでないが、弟さまは読んだみたいだな。
「真理は寛司が言ったのを知らないのか?」
とケーフが訊いた。
真理ちゃんが知らないと言うと、じゃあそれは駄目だとケーフは却下した。
「なら何ならいいんだよ」
「真理が言うのなら良いぞ」
オレが疲れて問いかけると、あっさりとケーフが言った。
案外と真理ちゃんを信用してるんだな。オレはてっきり、立場の隙につけ込んで、好き勝手に真理ちゃんをいじってるのかと思ってた。
「じゃあ恵風で」
どうかな、と真理ちゃんがそうケーフに尋ねると、おっけ~、とケーフが手もなくそのコードネームを認めた。
まぁ、真理ちゃんがそう言うなら、オレからも反対はないけれど。
こいつ、自分がどれだけ素敵なコードネームをもらったのか、わかってるのかな。
あっちにふらふら、こっちにふらふら、風の向くまま気の向くままに、けいふう恵風とはしゃいでる。
見かねてオレは恵風を呼び止めた。
「おい、恵風。おまえ、恵風の意味わかってるのか?」
だが恵風は空へと上って行ったまま、寛司に目を落とし、オレに返事を返すことなく木々の間に消えた。
「兄さま」
弟さまがオレのことを呼んだ。こっちに来いと真理ちゃんに見えないよう手招きしてる。
何だと思って、真理ちゃんが恵風の消えた森の中を気にかけてる間に、弟さまに耳を寄せると、こっそりオレに教えてくれた。
俺のことをキレイと言ってくれた真理がそう言うのなら、恵風でいいぞ、と。
何とか書き上げました。作者が苦しむほど読者の方は楽しいと言う話を聞いたことがあります。
どうなんでしょうか。
楽しんでいただけると嬉しいです。




