第27話 適応化
「これは……」
と言って真理ちゃんが絶句した。
光跡が楽しげに森を縫って真理ちゃんの前にまで来ると、とんぼを切って宙に停止した。
そのままふわふわと浮いて、光が薄れて行き、代わりに光の中から段々と青緑色に透き通った、ケーフの全身が顕れて来る。
それは荘厳だった。
荘厳な風の精霊の登場だった。
「キレイ……」
真理ちゃんが十センチメートルほどの体長のケーフに、目が釘付けになっていた。
「何て言ったんだ、真理は」
「ケーフのことをキレイと言ったんだよ」
弟さまが通訳してあげてた。
「そうかそうか。キレイか。そして偉大なんだぞ。風の精霊ケーフの名を覚えておくが良い」
「何様だよ」
「捕虜さまだよ」
オレとケーフのやりとりを、弟さまが律儀に真理ちゃんに伝えていた。おっけー。弟さまがどこに立ち位置を定めたのかはわかった。俗に言う、丸投げね。
(兄さまがオレに通訳を丸投げしてるとも言う)
(あ、そうね。なるほど。立場によって見方はそうなるよなぁ。じゃぁよろしく、弟さま)
(おっけ~。進行役は任せた、兄さま)
(りょうか~い)
「と言うことで真理ちゃん、こちらが風の精霊、ケーフ」
こんにちは、と真理ちゃんがご挨拶する。
「でもって、ケーフ。こちらがオレたちのお友達、金沢真理ちゃん」
「よろしくな、真理」
そう言ってケーフが羽を広げた。
「うわ、すごい。本当に精霊さんなんだね」
「そうだぞ」
ちなみに寛司、大活躍である。
「ところで、ケーフ」
「なんだよ真司」
「おまえ、ちゃんと真理ちゃんって呼べよ」
「え? やだよ」
「お前、随分と偉そうだぞ。真理ちゃんに対して」
「普通だぞ。精霊と人間なんて、こんなもんだろーが」
「いや、それはお前の世界であって、ここは日本なんだぞ」
「そうか。俺は捕虜さまだからな。捕虜さまは捕虜さまらしくしろってことなんだな。捕虜さま虐待はんた~い」
(ちなみに頼むから寛司)
(あいよ、兄さま)
(ノリノリで通訳するのは堪忍してつかぁさい)
(おっけ~)
ノリノリをやめる気がないというのは、よ~くわかった。
「真理ちゃんはどう思う? 呼び捨てにされてんだけど」
「わたしは別にいいわよ。その方がケーフが楽なんだろうし」
「そうかそうか。真理、俺のことはケーフでいいからな。風の大精霊、ケーフさまのお墨付きだ」
「それはどうもありがとう。どうぞよろしくね、ケーフ」
「おう。こちらこそよろしく、真理」
握手が成立した。真理ちゃんの子供の手と、精霊の小さな手と手が、いま友好の証として握手が交わされたのだ。
歴史的なことなのかも知れないが、いまいち納得出来ん。
「あのな、それを言ったら真理ちゃんは金沢財閥の直系の子なんだぞ。日本有数どころか、世界有数の会社のトップ中のトップ。大会社の直系なんだぞ」
ケーフが驚いた顔をした。
「そうなのか。じゃあ俺と一緒にこの世界を征服しよう、調査だ調査。いや探索だ探索っ」
「え? えっと……」
真理ちゃんが困惑した。
「あのさ、真理ちゃん、こいつ狂ってるところあるからね」
そうしてこれまでの顛末をオレと寛司で交互に説明した。見野山病院での戦闘のこと。どんな精霊魔法を使っていたのか。どんな交渉をして捕虜という形になったのか。そういったことをザッとね。
ちなみにその間ケーフは鼻をほじりながら宙を飛んだり鉄の棲み家に出たり入ったり透過したりして、自由奔放に精霊の精霊たる所以を発揮して、精霊生活を満喫してた。
ちなみにこの判断の拠り所となった出典は、爺ちゃんの持つ狂戦士の漫画である。
「だからなのね」
と話を聞いた真理ちゃんは大いに頷いた。
「枡屋でも、真司くん寛司くんの部屋でもなくて、わたしんちの、ここが良かったって言うのは」
「そうなんだよ」
実際、ケーフを紹介するなら、真理ちゃんちが一番都合がよかった。それも今ここにいるワンダーランドがだ。
表門から家の玄関まで距離があり、人気はなく、石畳は広くて長くて、位相をずらせば現実に影響させることなく実験も出来る。それに万が一位相をずらすことに失敗しても、人目を気にせずできる。
オレがこの場所を選んだことを真理ちゃんに理解してもらったところで、オレは周囲を見回した。
「実はさっきも位相のずれを試しにやってみたんだ」
「時が遅くなる、青い世界を?」
「そう」
「再現出来たの?」
「問題なく、ね」
そうして周囲に影響が出てないのをもう一度確認して、見野山病院から帰る時には降っていた雨が止んで、月が出てる夜空を見上げた。
「月がきれいだね。三日月だ」
「そうだね。さっきまで雨降ってたのに」
「弟さまよ」
「はいよ」
「一分計を出して」
「おっけ~」
弟さまが首からぶら下げてる一分計を出した。
「今から真理ちゃんを、位相のずれに招待したいと思います」
「青い世界ね」
するとケーフがオレに尋ねた。
「真理に憑いてもいいのか?」
「憑いちゃ駄目だぞ」
「じゃあ、どうするんだよ。やり方わからないんだろ?」
「色々、試してみようと思う」
「おお、兄さま。実験か」
「実験だ」
「実験なのね」
と真理ちゃんまでノリノリだ。
ちょっとずつ真理ちゃんがオレたちに毒されてる気がする。
前はもうちょっと小さなレディーみたいな感じだったのに。まあいっか。悪いことじゃないし。オレがどうこう言うことでもないし。
「じゃあ真理ちゃん、時計を見てて」
「弟さまは真理ちゃんと手をつないで」
「おっけ~」
弟さまと真理ちゃんが手をつないだ。
「弟さまは真理ちゃんを位相のずれに連れてく気持で」
「応」
「真理ちゃんは弟さまに連れてかれる気持で」
「はい」
「でもってオレが位相ずらしを開始する直前に、弟さまに一分計を動かし始めてもらうから、真理ちゃんはそれを見ててね」
「わかりました」
「あっ、そうそう、はいこれ」
オレは自分の一分計を首から外して、真理ちゃんに手渡した。
すると弟さまが異議を唱えた。
「兄さま。真理ちゃんにはオレのを持ってもらおう」
「ん? 何でだ?」
「たぶん兄さまのは、もうダブルで再生しちゃってるから、位相のずれに持ってっても普通に動いちゃうと思うぞ」
「ああ、そっか。となるとケーフに破壊されなかった弟さまの一分計を真理ちゃんに渡した方がいーか」
「そうゆーこと」
「おっけー。じゃあ真理ちゃん。弟さまの一分計を持って」
「はい」
「で、弟さまよ。オレのを頼む」
「了解」
こうして準備が整った。
ケーフは黙ってオレたちのやりとりを見てる。
上司から命題でもある探索の領分なんだろうな。それに対してオレから言うことはない。きちんと報告して、以後のセドリックメロディ病が出ることのないよう、ちゃんとした処置を講じて欲しいものだ。そのために見せてる側面もある。
「さて、では真理ちゃん」
「はい」
「用意はいいかな」
真理ちゃんが弟さまと手をつないでない右手で、胸に手を当てた。
「ちょっとドキドキする」
弟さまがちょっと強く手を握って上げたようだ。真理ちゃんがにっこりと弟さまに笑んでいる。いい返事だ。
「じゃあ行くよ」
「はい」「ゴー」
真理ちゃんが返事すると同時に、弟さまが機械式ストップウォッチ、一分計のスタートボタンを押した。
真理ちゃんも慌ててボタンを押す。忘れてたね。でも大丈夫。今からやるから。
オレは大きく息を吸った。
「ずーれろよ、ずれろーよ、位相よ、ずーれーろー」
と同時に位相がずれてくのがわかる。自分を中心にして、緩やかに、穏やかに、ケーフがしたように物が重なってる層を離してゆく、そんな感覚。これがおそらくズレを生み出してるんだろう。
解析しておいて良かった。
どの程度までずらせばいいのか、お手本があるのは作業効率が格段に楽になって助かる。
世界が青みがかって行く。ワンダーランドの森の木々が色合いを移ろわせて青く染まり、星が月が、そして空も大地も夜陰の静寂から青に染まる。
その世界の変容ぶりを真理ちゃんが堪能している。驚きでもって辺りを見渡しているから、どうやら弟さまが彼女を位相のずれに連れてくることにも成功したようだ。
「ほい完成。真理ちゃんを青い世界にご招待」
「うわぁ。うわぁ。ありがとう。真司くん、寛司くん」
「どうやらきちんと動けるようだね」
「うん」
それから真理ちゃんがオレの顔を見た。
何か付いてる?
オレはほっぺを触ってみた。なんにも付いてなかったけど。
「その曲、フランス民謡のヤツだったよね。わたし前にキャンプファイヤーで歌ったよ」
「フランス民謡なの。知らなかった」
「真理ちゃん、あれ、兄さまのただの悪ノリだから。毎回掛け声ちがうみたいだからね。気にすると損するよ」
「そうなんだ」
なんか、ちょっと、真理ちゃんがガッカリしてる。
「なんか……、済みません」
と言うことで真理ちゃん、と弟さまが真理ちゃんを呼んだ。
「はい?」
「これを見てみましょう」
弟さまがオレの一分計を手にかざした。
「あ、動いてる」
カチカチカチカチと滑らかに、一秒を十分の一に割りながら、精密に動いて行く。
「じゃあ真理ちゃん、自分の持ってる一分計を見てみましょう」
弟さまに言われて真理ちゃんが一分計を覗きこむ。だが秒針の一秒を刻んでく音もしないので、その結果は一目瞭然だった。
「止まってる。止まってるよ。わたし確かに押したのに」
真理ちゃんが自分の手にしてる一分計をガッツリ見てる。
「見せて見せて」
オレは真理ちゃんに一分計を見せてもらった。ケーフもオレの肩に泊まって一緒に文字盤を覗きこむ。
「動いてないな」
ケーフのつぶやきにオレも頷く。
「実験成功だね。わかるかい、真理ちゃん」
真理ちゃんがオレを仰ぎ見た。
「真理ちゃんとオレたち以外、今、この世界は時がやたらと遅くなってるんだぜ?」
「え? でも、庭だからわからない。動いてるのないし」
「じゃあ、真理ちゃん」
「はい」
「地面に落ちようと思ってごらん」
瞬間、真理ちゃんの靴が地面に沈み始めた。
「わ、わっ」
「沈むな、と思ってごらん」
「あ、止まった」
真理ちゃんがホッとした。弟さまをつかむ手が強くなっている。
まあ、やばくなっても弟さまがコントロールすると思うから安心だ。
「これも位相のずれの特徴さ。思ったことがこの青い世界の範囲で実現出来るみたいなんだよ。普通の世界と同じようにも出来るし、ほら見て」
オレはトントンと空気を駆け上がった。
「真司くんが空中を走ってる」
驚いた真理ちゃんに向かって手を振って、
「とまあ、こんな感じな事も出来る」
と言って、オレは思考を止めて地面にストンと落ちる。
真理ちゃんも早速やってみる。
簡単に空中を駆け上がってた。
飲み込み早いな。さすがは真理ちゃん。
すると弟さまがオレと真理ちゃんに声をかけた。
「ちょっといいかい。オレの方でも実験してたんだ」
「弟さまも?」
「そう。ちょっと貸して、真理ちゃん」
そう言って一分計を弟さまが受け取ると、
「解析結果を表に出すよ」
と言い、それをしたようだが、取り立てて一分計に動きはなかった。
時は遅くなったままのようだ。
「何だ。何をやった。弟さま」
「解析かけたのを裏に隠したんだよ」
「何だそれ」
「簡単に言うと、前にかけた解析結果を、元の位相に状態固定で固定してみたのさ。だから解析をかけたことになってない状態の一分計を真理ちゃんは持ってたことになる」
「あ、そうか。なるほど」
解析が通ってたら、この一分計は動かないと思って、それをなかったことにしたわけだな。それはダブルの影響下に一度でも触れた物はどうなるのか、と言うことになる。その実験だ。
「そういうこと」
「そうしたら動くと、そう思ったけど動かなかったと」
「正解」
「おいそれは」
とケーフが言いかけて口を閉ざした。
まだ尋ねる気にならなかったと、そう言うことだろうか。
まあいいさ。考えるだけ考えるがいい。
別にオレたちは、お前にダブルを秘匿する気はない。もうすでにケーフはダブルを体験してしまってるのだから。
今さらなかったことにしろと言っても、それは出来ないだろう。
幸い、ケーフが人間に伝えようとしても、誰も精霊言語を理解出来ないから、他の地球の人々に伝わることもない。
だから安心してるわけでもあるが、ケーフが裏切るとも思えないというのもある。
狂ってはいるが、仁義を通すヤツだというのは何度も見せつけられた。
でなければ、さっきも「探索だ探索だ」と騒ぐはずもない。
それでいて、オレたちにはまだダブルに関して質問してこない。
これでいて距離感には繊細なヤツなのだ。
と思ったら、真理ちゃんが顔色を悪くした。
どんどん気持悪そうになっている。
(とりあえず兄さま。解析かけてた物でも、位相のずれには関係ない。一般の物と同じだってことだ)
(了解。ダブルなら何でも効くってわけじゃないんだな)
(そういうこと。まぁ解析は、解析しただけだからな。物の本質に対してダブルが働きかけたわけじゃない)
(了解。頭の隅に置いとこう。それより真理ちゃんだ)
(応)
「どうした真理ちゃん」「弟さま、もっと強く手を握ってやれ」
しかしそれは通らなかった。時すでに遅し、か。
「う、げー」
真理ちゃんが盛大に嘔吐いた。
オレは慌てて真理ちゃんの後ろに回りこんで背中をさすった。
気持悪くなったらこれだ。
爺ちゃんが気持悪くなった時、よく婆ちゃんが爺ちゃんの背中をこうしてさすって上げている。
爺ちゃんは都議会議員のお仕事で、様々な会合に出席しては、しこたま酒を飲んで帰ってくる。そしてたまに度を超して飲んでしまった時には、婆ちゃんに叱られながらいっつも背中をさすってもらってるのだ。
何でもないことのようだが、これで爺ちゃんはやがて落ち着くのだ。
「無駄だよ」
久しぶりにケーフが喋った。
「何だよ」「何か知ってるのか」
「ああ」
「じゃあ真理ちゃんのこれは何だ」
「位相のずれの影響だ」
と大きくケーフが頷いた。
「それは精素酔い」
「「精素酔い」」
初めて聞いた。いや、人類史上初めて精霊と接触を持ったわけだから初めてで当然なのだが。
「たまにいるんだ。てかみんななる」
ケーフが大仰に断言した。
「「みんななるんじゃねーかよっ」」
たまにではなかった。
「ん?」「オレたちは何ともないんだが」
ハタと気づいた、この事実。
「それはお前達が異常なんだ」
ケーフが結構真剣な眼差しでオレたちを見つめた。
なんか嫌だな。真面目なケーフ。
ダブルが影響してるんだろうな。みんななるのに、ならないと云うのは。
「解決策は」
弟さまがケーフに尋ねた。
「簡単だ。オレが憑けば治る」
「おおっ」「治るんだ」
いやいやいや、と兄弟して首を振った。
「駄目だよ」「真理ちゃんがセドリックメロディ病になっちゃう」
「いいよ」
「え?」「いいの? 真理ちゃん」
「だって精霊魔法を使えば精素を使っちゃうんでしょ」
ゲー。
真理ちゃんが中々しんどそうだ。
「そうしたらセドリックメロディ病にはならないんでしょ」
「そりゃ精素が精霊魔法の元だって云うから、使えば精素は残らないだろうけど」
「じゃあ大丈夫。いいよ、ケーフ。わたしに憑いて」
「おう」
いや、そうじゃないんだ。
と説明にかかった時にはもうケーフは真理ちゃんの中に入っていった。
遅かった。
真理ちゃんに伝えてなかったこと。それは──。
ケーフは体内でランダムで燃料にされるその精素を使ったせいで、頭の中にあった精素も持ってかれたことがあるらしく、狂ってるところがあるってこと。
てか狂ってる。
やたらと物を壊したがるし。
支離滅裂なことを突然言い出したりする。
それを真理ちゃんに告げる暇がなかった。
こんなことなら戦闘時に、ケーフが狂った行動を取ったことを説明しておけばよかった。真理ちゃんが恐ろしがるといけないと思って、そこはオブラートに包んでしまったのだ。
てかぶっちゃけ説明してない。
最初は狂ってることを説明しようとしたはずなんだが。どうしてこうなった。
なんか、いつの間にか……。
ケーフがいかにどんな攻撃をしたかって事に重点を置いて、風の精霊だと言うことをわかってほしかったから、そうしていた。
ああ……。
(いいよ。いざとなったら状態回復かければいいんだから)
(お、そうか…………。そうだな)
その手があったかーっ。ひゃっほい。
(ダブル万歳だな)
まったく思いつかなかった。
弟さまさまである。
いい運用法を気づかせてくれた。そうだ。オレたちにはダブルがあるじゃないか。なーんだ。焦って損した。
しかしそうなってくると、精素を消費すれば元通りになるわけだから、蛍ちゃんのお父さんにもあながち悪意で憑いてたわけじゃないんだな、ということを知った。
ん?
待てよ。
でも元からケーフが憑かなければ精素を消費する必要もないわけで…………。
ケーフが人間に憑く必要性の、ケーフ自身のメリットを訊く必要が出来たなと、オレは思ったところで、真理ちゃんの右手の指先からケーフが出て来た。
「おいおいおいおい。何だそれ」
「何だも何も、真理の中にある精素を全部もらってきた」
「食べたのか?」
「だからもらったの」
吸収したってことかな?
問い詰めても狂ってるから、これ以上の説明は望むべくもない、か。
「弟さま」
「ん。解析」
弟さまが真理ちゃんに解析をかけた。名前を呼んだだけでわかってくれるので、とっても楽である。
どうやら今日丸投げしてたのは、弟さまでなく、オレのようだ。
「ふう。ありがとう、ケーフ。とっても楽になった」
「そうか。もっと感謝していいんだぞ。今度は風の精霊魔法を教えてやる。そうしたら自分でやるから、もっと簡単に適応できるようになるぞ」
「そうなんだ。じゃあよろしくね」
真理ちゃんがにっこりとケーフに頼んでた。
何だろう。止めたいんだけど、もう解決策を見つけたとばかりに真理ちゃんの中では決定事項になってる。
止めたいなー。どうしようかなー。
(だから兄さま。いざとなったら真理ちゃんに状態回復かけてあげればいいんだから)
(お、おう。そうだ、そうだったな。うっかりしてたぜ)
オレが冷や汗を内なる心でぬぐっていると、弟さまが「ほら」と真理ちゃんに一分計を見せていた。
「あっ。さっきとおんなじ。時計が全然進んでない」
体感では三十分ぐらい遊んだつもりだ
でも時計は一秒も進んでいなかった。
「うわぁ。これ本当に時は進んでるの。止まってるようにしか見えないんだけど」
そう言って真理ちゃんがオレの方の一分計を確認する。
さっきから時は進んで、もう二十分ぐらい経っていた。
「うわぁ。すごいなぁ。こっちが普通の時の流れで、こっちがこの世界の時の流れなんだ」
オレと寛司の手にしてる一分計を交互に見やっては、真理ちゃんはやたらと感動している。
だからオレは真理ちゃんの吐いた吐瀉物を見ないよう世界を見回しながら、
「ようこそ真理ちゃん」
と言った。
釣られて真理ちゃんが空を見上げる。
「これが青の世界さ」
そうして真理ちゃんは青い夜陰を眺めやり、素晴らしい景色だねと感想を述べてくれた。
隣でケーフが胸を反らしてたのはご愛敬だ。
「じゃあ真理ちゃん。報告はこれで終わり。もう青い世界を閉じるよ」
「名残惜しいけど、うん、わかった。真司くん、寛司くん、またこの青い世界に連れてきてね」
「もちろんさ」
するとオレの肩の上でケーフが拗ねた。
「真理。俺には?」
「もちろんケーフにもお願いするわ」
「そうか」
「もちろんよ。当たり前じゃない」
「そうか、ならいい。うん。わかった」
「仲良くしましょうね、ケーフ」
「おう」
そうしてオレたちは実家の枡屋に帰った。
ちなみに家に帰ったら「もう帰って来たの」と風呂上がりのお母さんに言われた。普段と違ってあまりに早く帰ってきたと思われたようで、ちょっぴり冷や汗をかいた。
お風呂には入り直さなかったけれど。




