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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第20話 精霊狂乱

 瞼を閉じてもそれとわかる光量が徐々に収まって行く。光が収まる気配を感じてオレは目をそっと開けた。

 すると病室は、青みがかったセピア色に彩られた空間に変貌していた。


「うわ。何だ?」

 だが変貌してたのは色合いだけではなかった。

 弟さまからも驚きの声が上がる。

「地面に立ってられない。てか沈んでくぞ」

「沈むなと思え。弟さま」

 オレはそう思うことによって自分に起きたことにすぐさま対処出来た。なので弟さまにも可能なはず。だが弟さまはそれを実行しなかった。


「おいっ、弟さまっ」

 弟さまだけが床に沈んで行く。

「寛司っ」

「ちょっと頼むよ」

 そう言って弟さまが辺りを見渡した。

 そしてオレも気づいた。

 くじら組の他のお友達は、一切床に沈んでいかない。

 沈んでるのは、既に対処済みのオレを除いて、弟さまだけだった。

 つまりこれは、みんなを頼むと言うことなのだろう。


 だがなぜだ。

 何故オレと、いやオレはもう除外するとして、何故に弟さまだけが沈んで行く?


 弟さまが完全に沈んで行ってしまった。何処まで沈んだのか、ここは病院の五階だぞ。物質をすり抜けてわけのわからないまま転落死なんて洒落にならんぞ。

 だが弟さまがこの状況を放置した理由もオレにはよくわかった。

 答えは目の前にある。

 謎の光を放つ生命体が、未だそこに状態固定されていた。

 これを釘付けにするために、弟さまはあえて自分に降りかかった異常事態を放置したのだ。

 あれ? てか、あれか?

 オレが弟さまの異常事態に対処しないといけなかったのか?

 いや兄弟だろう。兄弟なら互いにかばい合うのが普通だよな。やばいことしちゃったかなと不安に思い始めると、


(あ、止まった)


 と階下から弟さまのつぶやきが届いた。もちろん魂の回廊を通してである。

 それにしても随分と気楽な感じなのね。不安に思ってたオレが馬鹿みたい。


(大丈夫か)

(大丈夫。初めは速かったけど段々緩やかに速度が落ちてって、多分だけどあいつを中心にこの空間を発動して、その効果範囲が地下一階くらいまでしかないんじゃないかな。

 この先も沈めるけど、沈む感触が重くなって気持ち悪い。

 さすがに実験だぜって無理矢理沈みたくはないなぁ)

(お、応。戻ってこれるか?)

(それは大丈夫。ジャンプするよ)

(ジャンプって)


 オレは慌てて解析を地下に向けてかける。

 すると弟さまが今しも床に沈んでいる足を引き抜こうとしてる。とりあえず踏みしめることの出来る床を確保してから、ジャンプするつもりらしい。そして弟さまはお見事と言いたくなるくらい、いとも容易(たやす)く元の床の上に立ってみせた。


 どうしてできるんだ?


 その姿を確認しつつ、やり方を詳しく知ろうとして、オレはオレで眼前の光景を()の当たりにして失敗を悟った。


「まいった」


 弟さまの沈み込み現象は止まった。その上で更なる対処を始めようとしたわけだが、そのせいで光へ対する状態固定が解けていたのだ。

 それはそうだ。

 弟さまはオレと同じように状態保存とでも言うべきか、床に立っていられるようにダブルを発動したのだから。

 そうなると当然今までかけていた物はフリーになる。

 だが弟さまは責められない。

 同時発動なんて今までしたことがないのだから。

 むしろオレが光への状態固定を代わってやれば良かったのだ。沈みこむことに対処し終えてるオレならば、平行発動など容易(たやす)くできる気がする。

 というか、一度沈むなと思えば、後は空間が勝手にそういう物になるような、そんな感触がある。息を吸うのと同じ常態だ。

 だから沈めと思えば、今も足下が少し沈むし、沈むなと思えば沈まない。

 だがオレはそういう予測を立てられなかった。


 大失敗だ。


 しかしこうなって来るとまずは、セドリックメロディ病の原因をどうにかしないとな。

 オレは改めて状態固定から復帰した、妖精だとか精霊だとか、自称さえ二転三転する謎の発光体を観た。

 先程までと変わらない気もするが、何故か今、光はくるくる回転してる気がする。動けるようになって何処がおかしかったのかを探してるような気がするのだ。

 それとも実はオレの見立てが間違っていて、緩んだ弟さまの状態固定が、光に対して作用をしてるのだろうか。


 そこら辺を聞こうと、

(おい、弟さまよ)

 と呼びかけたら、

「お待たせ」

 と弟さまが不思議な機動で駆け上がってきた。てか駆け上がる? ジャンプするとか言ってなかったか? なのに何故に駆け上がる?


「おい。空中を走ってないか、お前」

 オレが呆気にとられて尋ねると、

「いや、だって(あに)さまが言ったんだろ。沈むなって思えって」


 そうだ。確かにオレがそう対処法を示した。


「だが、オレが教えたのはそんなやり方じゃねー。どうなってんだ、それ」

「だから、沈むなってのと一緒で、ここを蹴れると思えば、ちゃんと床の機能になってくれるみたいだぞ」

「だから空気中だろうがっ。走れるのか?」

「ここはそういう空間みたいだぞ」

「マジかよ」

「マジだよ」


 いやそれで各階の床を、弟さまはすり抜けてきたわけだから、本当なのだろう。オレの眼前に飛び出して来た機動を考えれば、床をすり抜けてきたとしか考えられない。床を踏んだり通り抜けたり、沈むなと思うのはわかるが、上方に機動して、透過させると言うのは、一体…………、そこらへんも弟さま次第で自在なのか?

 よくわからん。

 わからんがそんな感じでオレたちが現場(げんじょう)確認していると、正体不明の光源体がキーキー騒いでた。まるでオレたちに何かを語りかけてるようだ。

 でも、本当に語りかけてるのか?

 問い詰めてるといった方がニュアンス的には正しい気もするが、意思の疎通が出来ないので、わからん。ただ五月蠅いのは確かだ。

 わからんことだらけだ。

 オレたちには初めてが多すぎる。


「光の対処はオレがする。弟さまはみんなの状況確認」

「了解」


 二人してしっかり声に出して話をした。

 その上で光を警戒しつつ周囲を見やるが、状況に変化はなかった。

 今まで喋ってるのはオレたちただ二人だけ。

 大人である孝介さんも、真知子さんも、そして元気いっぱいだった薫風(くんぷう)幼稚園のお友達たちが、この非常時にひと言も喋ってないのだ。

 だがこのおかしな状況も、寛司がダブルできちんと精査すれば、どういうことなのかきっとわかるだろう。


「おかしなことになってるな」

 弟さまが病室を解析し、改めてそう報告して来た。

「みんなの動きが止まってる」

 そうなのだ。

 オレたちは床に沈みこんで肝を冷やしたが、他の人たちは、弟さまが言うように、まるで世界の時が止まっているように、全く動く様子がなかった。お友達のみんなも、蛍ちゃんのお母さんも、孝介小父さんも、みんな謎の光源体に対して身構えた状態のまま、身動(みじろ)ぎ一つせずにその場に立っている。


「ちなみに通過してきた階下の状況も、こんな感じだったよ」


 弟さまはそこら辺もぬかりなく見て来たらしい。

 そしてその効果範囲の広さにオレは驚いた。

 それはつまり、弟さまが下の階で止まったところからこの五階の病室まで、動いてるのはオレたちと、そして光の弱まってきた謎の光源体だけということになる。

 原因は言うまでもない。

 眼前にいる光だ。

 その光源体だが、どうやらオレたちから逃げようとしてるみたいだが、如何(いかん)せん動きが遅い。弟さまのかけてた状態固定が、完全に解けたというわけではないのだろう。だがこの推測も正しいのか、そこらへんもよくわからん。

 ま、弟さまならもう、自分の状態保存と同時に、相手への状態固定もかけたまま出来るはずだろう。やったことのない未知の領域と言えどもだ。

 しかしそうなると──。


 と思考を外した瞬間、オレの(くび)に鋭い何かが当たった。

 ちょっと切れてる。頸筋に手をやったら血がついていた。


(風か?)


 すぐに状態回復をかけて治してしまう。だがこの鋭さは、まるで(やいば)のようだ。やたらと鋭い風だ。

 つと視線を上げると、光が微妙に揺れて、その度に風がこちらに向かって飛んで来ていた。

 光は、その風で攻撃をし、オレの頸を落としに来てたらしい。


「させないよ」


 光に向けてオレは両手を広げて捕まえに行く。その大きな構えに光が動きを止めた。(まと)に見えるだろうから、風の刃、一応風刃としとこうか。その風刃で切り刻めるのに、オレが逃げずにその身を晒したので、対策があるのかと探るようになったのだろう。

 ちなみにオレがしてるのは、いわゆる柔道の組み手の動きだ。覚え立てだが、左右に逃げるのを防いで、相手を相対させるには、とても素晴らしい技術だ。

 逃走を図れば身体が翻った瞬間に相手を掴んでしまえるのだから。


「その光を剥がしてやる」


 妖精だとか精霊だとか、わけのわからん狂態を垂れ流してるが、その姿形を日の(もと)に晒してやる。

 だが距離を詰めようとした瞬間、風刃が来る。オレは敢えてその風刃を避けもせずに胸元で受けた。

 一瞬光の動きが止まった。服が切り裂けても、オレが無傷なことに驚いてるのだろう。実際痛くも痒くもなかった。

 だってダブルで自分に状態固定をかけてるから。

 オレはオレという健康体のまま状態が固定されている。だから傷などつかないし、痛みすら感じない。

 するとどんどん近づいて来るオレに慌てて光は上方へと逃げる。

 手が届かないな。

 三歳児のオレにはちょっと高すぎる高さだ。

 でもこれを追いつめる方法はある。弟さまが地下からここまで駆け上がってきたように、オレも同じ事をすればいいのだ。だがオレにはちょっと、そのやり方がわからない。

 すると精霊がオレたちを馬鹿にしたようにクルクル頭上で回り出した。


「おっ、こいつ」


 調子に乗りやがって。

 オレは床を踏みしめて駆け上がろうとする。その瞬間、オレから何かがゴトリと床に落ちた。

 何だ?

 オレの服の中を何かが通った感触がある。嫌な予感がして落ちた物を見やると、そこにはオレの大事なだいじな一分計が落ちていた。


「ああっ。鎖が切れてる」


 肌身離さずオレの胸元に、まるでペンダントのように一分計はあったのだ。作ったその日からずっと大事に首からぶら下げていたのだ。


 叔父ちゃんちに行って、兄弟揃って初めて物作りをした機械式のストップウォッチ、一分計。

 それが床の上に落ち、無惨に転がっていた。


 オレの大事なお宝を、光ってるだけの精霊とやらが、切り落としやがったのだ。

 顔を上げると、ふらふらと飛ぶ姿がまるで嘲笑(あざわら)われてるかのようで、それがオレの(かん)(さわ)る。お前、オイタが過ぎやしないか。

 オレは一分計を拾った。

 外殻に傷が付いている。落とした傷ではない。刃によって押し切られた傷だ。つぎに外蓋(そとぶた)を開けてみる。美しい文字盤がそのままにあった。

 よかった。中身は傷ついてない。


「兄さまっ」

「なぁに?」

 焦って呼ばれたので弟さまを見たら、オレの手元に新たな衝撃を感じた。

 手元を見やると一分計に新たに傷が付いていた。


「そのっ、ごめん。兄さま」

(ちょっと黙っててくれ)

(りょ、りょうかい)


 オレは一分計をマジマジと見やる。解析をかける気がまったく起こらない。自分の目で確認したかった。

 なかなかに無惨だった。

 風の刃でカバーと秒針が真っ二つにされ、内部の構造の何番車かわからないが、そこまでダメージが通ってようやく風の刃を受け止めていた。

 三番車辺りの部品が内部で粉々になった。ガンギ車とアンクルも逝ってる。ちくしょう。オレの宝物なのに。

 直すには物質創造、いや、復元か。


(復元)


 ダブルを発動してみると、粉々になってた各部品が一瞬で消えて、元の状態へと戻ってゆく。送還と創造が一緒くたになってるような感覚だ。

 だが一部欠けてた。

 病室のどこかに散った部分が戻らなかったらしい。再構成する物質の在処(ありか)をきちんと認識してることが重要なようだ。


(物質創造)


 なのでダブルで欠けた部分を補完する。

 一瞬できちんと直る。

 その最中(さなか)にも光る精霊がギャーギャーと何事か(わめ)いていた。


 それは……、(わら)ってるのか?


 だがそんな姿を見せられても、オレは今、ひと言も発する気が起きなかった。(はらわた)が煮えくり返っている。この(はら)の底に溜まっている、粘っこくて重々しい塊は何なんだろう。


 ひとつ言えるのならば──。

 そんな簡単に感情をぶつけてやるほど今回のオレは優しくないぞ。

 と言うことだった。


 オレはギュッと一分計を握りしめた。

 これは、オレが気持ちを込めて作り上げた渾身の一分計だった。その一分計をすげなく傷つけたのだ。簡単に済ますわけがないじゃないか。

 オレは、吐き出すことのなかった気合いを込めて、ジロリと精霊をひと睨みした。

 すると精霊は、一瞬で狂乱のわめき声を止めた。

 動くのも止めている。

 拡散する光輪さえも滲むことなく静止しているかのようだ。

 まるで蛇に睨まれた蛙ってやつだな。

 だがその上で、オレはわざと視線を外して、一分計を確かめるような動きをした。

 誘いだ。そしてこれは、一分計がやられた時と同じ動きだ。

 そのオレの動きを、隙と考えるか、いやあからさますぎて考えるわけもないか、と思い直したが、そう考えた阿呆がいた。だが今度は攻撃を選択せず、じりじりとこの場から離れようとしている。無駄な画策だ。

 オレが許すわけないじゃん。


(ゴム)


 オレは車のタイヤの合成ゴムをイメージして、光がこちらを見たままゆっくりと逃げるその後方に生み出した。

 背後にあるゴムと光が接触して、それに気づいた奴が方向を変えようと揺らぐ。だから揺らぐたびに光の目論む方向に丁寧にゴム板をつくって中空を遮る。

 中空に置けるのは、ダブルの能力なのかこの空間のせいなのかは知らないが、そこに置くと決めたらそこに置けた。戦闘中なので確認出来ないが──。

 まぁ、今なら弟さまの言ってたことが、わかるような気がする。中空を走れるわけがないじゃんという思いがあったのだが、今なら走れる。


 ゆっくりと、重々しく近寄ってくる、その黒いゴムの静かなる威圧に、光は行き場を決めかねて止まる。

 抵抗するか、このまま口笛を吹いて何気なく逃げるように、トンズラを決め込むか。そのことを天秤に掛けてるのだろう。

 出した答えは、上の階に逃げようとすることだった。


「逃がさんよ」


 オレは六階へと駆け上がる。思ったより簡単に中空を駆け上がることが出来た。

 透過した瞬間に目の前に光る精霊がいた。

 休んでるんじゃねーよ。

 迷わずオーバーヘッドキックで叩き落とす。これは相手から視線を外さないで済むので、見た目は派手だが一番確実な安全策だった。


 精霊が六階の床を透過して五階へと落とされる。その先に、オレは先程使用してたゴムを再利用して面に広げて待つ。おかげで結構な勢いでゴム板にぶち当たり、完全に動きが止まった。すぐに動き出せずに着座してるようなとこを見ると、こいつも痛みを感じるようだ。

 だが五階に戻されたことに気づくと、今度は慌てて下に透過しようとしてる。


「させないよ」


 オレはとぷんと床をすり抜けて病室に戻ると、身動きの取れない光を、四方から更にゴムで覆って行く。


 すると光は透過を諦め、ゴムを狙ってしゃにむに攻撃した。あわよくばオレにも攻撃を当てたいという狙いか、狂ったように攻撃して来る。

 死に物狂いだな。まさに狂乱だ。

 だがそんな狂態でさえオレが冷静に観察していると、精霊の攻撃は思ったより切れ味が鋭いらしいことが見て取れた。弾性に富んだゴムでさえも切り裂いてたのだ。

 まずいな。

 ゴムでは奴の攻撃に歯が立たないようだ。どんどん細切れに切り裂かれて用を為さなくなっている。そしてそれだけの威力を見せる風の刃は、時折ゴム板に当たらずに、こちらにもいくつか流れて来る。


「兄さまっ」


 呼ばれて気づいた。やばい。風の刃が楕円軌道を描いて曲がりかけており、その軌道の先に田中くんがいた。このままでは全く動く気配のない田中くんに風の刃が当たる。


「ちっ」


 弟さまが長靴を脱ぎ捨てて、ダブルで自らを成長させて大きくなった。久々に見る加齢化のダブルだ。

 三歳児にしてはダボダボだった服が、加齢化したとたんにピシッとした丈に落ち着く。地の服がダボダボとはいっても三歳児から服に合わせての加齢化だから、今の大きさは中学生ぐらいだろうか。ピッタリとなった洋服の生地の下に、しなやかな身体つきと筋肉が増量してるのが見た目にもわかる。

 その成長した腕を伸ばして、弟さまは風の刃から田中くんを守った。

 服が切り裂かれて、弟さまの地肌さえも深くえぐれている。だが田中くんには傷ひとつつかなかった。


「いってー。ナイフとかで切ったらこんな感じなのかな。鋭いわ、痛みが」

「バカ言ってないで状態回復かけろ」

「兄さま右っ」


 オレにも右から風の刃が束になって飛んで来た。


(鉄の壁っ)


 瞬時に生成された壁から甲高い音が連続して鳴り響く。風の刃が上下左右に鉄の壁にぶち当たってるのだ。だが衝撃はここまで通らない。緊急で作り上げた割りにはきちんと機能してる。

 しかし反撃するには邪魔なので、

(送還っ)

 と念じて、すぐにどかした。

 鉄の壁がスッと音もなく消える。


 そこへ弟さまがいきなりオレの眼前に飛びこんで来た。何事かと思ったら、風の刃をペチンとはたき落とした。

 時間差で攻撃されてたらしい。だが助かった。弟さまも今さっき怪我したはずなのに、よく全体を見ていてくれた。おかげで怪我をせずに済んだ。


(そういや大丈夫か。はたき落としてただろ)


 弟さまが手を挙げて、ひらひらと振って見せた。状態固定をかけてたらしい。だから素手で殴っても無傷だったようだ。

 なるほどね。

 さっきの怪我もすでに状態回復をかけて済ませてるようだし、相変わらずはしっこいことだ。

 しかし納得した。オレたちからすれば得体の知れない攻撃でも、それに対してすら、弟さまの状態固定の方が強いらしい。だから風刃をはたき落としても、手の平が全くの無傷なのだと証明にもなった。

 恐ろしい証明法でもあるが……。

 だってなぁ、何せ本来なら一分計の外殻すら破壊する威力のあった攻撃だ。生身の拳なんて、それこそ簡単に切り裂かれてもおかしくないはずなのだが、勇気がある。だが完全に弟さまのダブルの能力勝ちである。

 となると、この状態のままで平時も固定しておけば、何が起きても常に平時なんだから、こちらが傷つくことはないということになるな。

 そこに弟さまの運動神経と中学生並みの体格にまで嵩上げされた攻撃が加わったら、これはもう相手がお気の毒としか言いようがない。普通にボコられるだろ。


(別に大人の体格にまでなってもいいんだけどね。この空間がいつ維持できなくなるのかわからないからね)

(オレたちがしたわけじゃないしな)

(そう。だからほどほどにして、一瞬で戻れる範囲にしたんだよ)

(良い判断だと思うよ)

(そう。んで兄さま)

(なぁに)

(服だけ直して)

(了解。ほい復元)


 弟さまは創造系のダブルだけは使えない。オレが加齢化して、身体を大きくすることが出来ないように。

 そういうわけで服だけはオレが直す。

 身体が無事でも、服ばかりは勢い余ってちょっとちょっとばかり傷ついてたからな。だがそのおかげで田中くんを立派に守ったのだ。これぐらいはお安い御用だ。


 その間も弟さまが光を警戒してるわけだが、光の光度が随分と下がったように思えた。最初は目も開けてられなかったのに、今となっては凝視して、その奥にある本体の姿を確認できそうな観もある。


「兄さま。オレがこのまま現状維持を続けるから、兄さまが解析やってくれ」

「おっけ~」


 オレは光に解析をかける。

 その結果、この光は攻撃手段というわけではなく、自身の存在をぼかすための偽装手段だとオレは判断した。その光を送還することも可能に思えたので、迷わず送還する。

 解析を認識したまま光彩を送還すると、光が音もなく消える。


「「おおっ」」


 ついに光がその正体を現した。

 小人のような体躯の生き物だ。オレたちの世界じゃいないはずの生命体が現れた。これがこれまでの解析に引っかかっていた精霊の本体なのだろう。その姿をついに確認した。

 体長は十二、三センチメートルぐらいだろうか。背には四枚の羽が生え、性別の判定は不能だった。男でも女でもない。そしてこいつは妖精ではなく、精霊だと言うことも、オレの中で確定した。

 何しろこいつは風を司る者のようなのだ。

 風の妖精と呼ぶより、風の精霊と呼ぶ方が、テレビ番組でオレには馴染みがある。


(おいおい兄さま)

(ん? 異論は認めんぞ)


 弟さまが呆れたが、分類なんて第一発見者がするものだ。そしてオレは妖精とは思いたくない。風の妖精より風の精霊だ。絶対そっちのが語呂がいい。


 こほん。


 それにしても精霊というのもおかしな者だ。

 車で言えば燃料タンクみたいな物が、精霊の精気、精力とでも言うのだろうか、それがガス欠寸前のように思えた。

 もっと器が大きいようにも感じるのだが…………。

 光るという余計なことに回してた力も込めたからだろうか。そうこちらが解析してると、風の精霊がここぞとばかりに風刃で攻撃してきた。

 だがそれも、弟さまが眼前に立ちはだかって難なく払いのける。

 しかし今放った風の一撃はこれまでと違い、風の刃が大きくなり、威力も上がったようだ。

 無理しやがってと余裕に思ってたら、精霊の顔つきが変わった。

 精霊は精霊で、自分が大ピンチだと肚を括ったらしい。己の攻撃力を確認したかったと意味合いもあるだろうか。とにかく、自らの風刃に納得したようで、大きく一つ頷くと、左右の腕を振るって追撃を開始した。

 その数は腕を振った数だけ。オレと寛司の対処が間に合わないほどの連続での乱射である。


「おいおいっ」


 オレが呼びかけると、よろよろしながらそいつがニヤリと笑んだ。

 何その主人公みたいな顔。何その主人公みたいな所作。

 まるでオレたちが悪者みたいじゃん。

 お前がセドリックメロディ病の元凶のくせに。お前のせいで蛍ちゃんは苦しみをずっと幼い心に抱え込んでたんだぞ。

 だが無常に幾つもの斬撃がオレたちに追い込みをかける。

 やばい。

 軌道が不規則に曲がって(たち)が悪いぞ。

 しかもこの風刃。蛍ちゃんにぶつかりそうだ。オレは懸命に鉄を作って壁にする。

 蛍ちゃんのすぐ前に作ったのが幸いして防げた。だがこの無差別攻撃をみんなに一斉にやられたら守りきれないぞ。

 そう思ってる矢先に、全員を狙われた。


「兄さまは右」

「了解」


 すぐに手分けする。

 弟さまが左から上から斜めから降り注ぐ風刃を次々とはたき落として行く。

 オレも右から適当に繰り出される風刃を精確に殴りつける。


「下だ寛司っ」


 弟さまが言われて下方へ眼を配る。だが気づいてない。オレたちのいる五階からいったん下の階層へと床をくぐり抜けて、三日月の弧のような軌道を描いた風刃が、今にも秋穂ちゃんに到達する。風刃は床や四階を透過して来てるのだ。

 それも一分計の固い外殻をも破砕する、強烈な風刃だ。

 あんなのが秋穂ちゃんに当たったら、秋穂ちゃんは真っ二つになっちゃうぞ。

 オレはそれ以上の弟さまとの会話を放棄し、到達直前の風刃に向けて鉄壁を創造せんと、そのポイントへと意思を込めて睨みつける。


「間に合えっ」


 物凄い音がした。

 言うなれば大風の日に、窓を叩く風の音よりも高い音だ。どんだけの風で、どんだけの鋭さがあったのか。

 弟さまが秋穂ちゃんの足下に張り巡らされた巨大な鉄壁に目を(みは)る。

 オレが鉄壁をこの階に移動させると、風刃が鉄の壁の半ばに埋もれていた。鉄壁と風刃がほぼ同時にその場に至ったのだ。おかげで風刃が鉄壁の中に埋め込まれた形のようになってるのだ。そうして勢いを止められた風刃が、ゆっくりと刃の塊のようだった風の形がサラサラと霧散して行く。

 秋穂ちゃんは弟さまに身を寄せてた、その時のままの姿勢でいた。

 無事だった。

 よかったよ~。どうにか守れたようだ。

 だが危機一髪だった。

 ギリギリで間にあった。

 アイツは床を隠れ蓑にしたのだ。幾つも上空を風刃を飛ばしつつ、下方からの不意打ちをかまして来たのだ。これは避けられない。

 そして、こんなことが出来ると言うことは、こいつには知恵があるということも意味している。


「弟さまよ」

「なに、兄さま」


 弟さまはどうやら戦闘態勢をあいつに向けてたようだ。おそらくオレが自分が気づいてない何かに対処しようとした瞬間に、移行してくれたのだろう。

 ありがたいことだ。言葉にさえしなかったのに。

 そしてあいつはヘロヘロになって肩で息をしてる。

 やはり、最初からこの風の精霊は体力がなかったのだ。


 その姿を見届けてから、オレは魂の回廊を開き、待たせてる弟さまに告げた。


(色々なことが判明した。こいつは、ただ狂ってるだけではないぞ)


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