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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
14/182

第14話 知りたいことは自分で調べよう

 今日はくじら組で、楽しいお散歩の日だ。お出かけする場所は海上公園という場所なのだが、この公園は大きなくじらの滑り台があることで有名で、お母さん達の間ではくじら公園と言ってたりする。

 オレも弟さまもお母さんに連れられてここに何度か来たことがある。ただし人が多いので、ダブルの実験にはちょっと向かない公園だ。

 このくじら公園は、いつもはお母さんの自転車で来るところだった。だから今回初めて自分の足で歩いてきたわけだが、実際歩いてみると結構つかれる距離だと知った。

 今までお母さんはこれを、オレと寛司の二人を乗っけて運んでくれてたんだな。

 文明の利器のおかげとは言うまい。この身体に残るけだるさと疲れを思うと、なんか、つらみとかをひと言もこぼさないでオレたちを遊ばせてくれてたことに、感謝の念しか湧いて来ない。お母さんありがとう。

 そんな親の苦労を、自分の足で歩いて初めて知ったよ。


 ──疲れたら、回復出来ないかな。


 素朴な思いが胸に浮かんだ。


 オレはこれまでに自分が疲れた事例を思い出す。

 そう、歩いてきた今も疲れたし、こないだのカップ・シャッフルだって、シャッフルを繰り返すだけで疲れた。それなのに子供は世間では疲れ知らずだなんて言われてて、一般でもそう思ってる人が多いみたいだけれど、実は結構疲れる生き物なんじゃないのかなと思う。

 それが表に出ないのは、うちみたいに親が常に近くに居てくれたりとか、幼稚園でもお昼寝の時間があったりとか、そうした場合には、子供が疲れて寝てしまった場合でも見てくれる人がいるから大丈夫なわけで。

 だから、そういう大人の苦労を顧みずに、子供は疲れを知らないと謳われてるだけなのかも知れないと思う。

 もしも仮に、お昼寝を許されず、終日キミ一人でずっと起きてなさいとオレが言われたら、それはもうどうしようもないほど簡単に疲れると思う。

 仮に大人とオレが同じことを課されたとしたら、大人の人が疲れを感じるよりも早く、子供のオレの方がはやく疲れて、参ってしまうだろう。


(なあ弟さまよ)

(なんだい(あに)さまよ)

(ダブルで回復って出来ると思うか?)

(やったことないな。兄さまなら出来るんじゃない? 物質の創造で細胞や血液を通常の状態にすればいいんだから)

(いや、それなら弟さまも出来るんじゃない? だって筋繊維を増やして走るの速くできるじゃん)

(ああ。あれの応用か。筋肉や筋じゃなくて、細胞に働きかけてみるってことか)

(結構歩いたし、試しにオレやってみるから)

(え? 今?)

(うん。もうやった)

(はえーよ。で、どう?)

(うん。楽になった。弟さまもやってみろよ)

(おっけ~。こうかな?)

(どうだった?)

(うん。疲れがなくなった。てか元の状態に簡単にもどれるな、これ)

(成功だな)

(うん。で、名前どうする?)

(またその問題か。治癒じゃないよな。治してないし。戻しただけみたいな感じだし。よし、たまには弟さまが付けろよ)

(そう? なら状態回復ってことで)

(マジかよ。即答かよ。丸投げしたのに。しかもオレが付けた感じと似てるじゃん)

(そりゃそうだろ。兄さまに(なら)うに決まってるじゃん。実利的でわかりやすく、それが命名の基本だろ?)

(まあそうだけど)

(それとさ、やってみて思ったけど、状態固定より簡単に出来なくない、これ?)

(あ、それは思った。すんなり身体のことが把握できたな。発動も簡単だったし)

(もっと前から思いつけてれば楽だったのにな)

(あんまり楽をするのもどうかと思うぞ。いいか、弟さまよ。限界値とかは知っておいた方がいいだろ? 成長期なんだし。下手したら毎日成長してるぞ、オレたち)

(あははは。そっか。そうだね。オレたち幼稚園児だもんな。しっかりと把握するのは大事だね)

(ということで、今回はこれでグリクラグループに戻るから)

(おっけ~。またあとで)



 そんなこんなでグループごとに荷物を置いて、オレは水筒を首にかける。これで準備万端だ。いつでも遊びに行ける。

 小菅先生が人数の確認をしている。まだかまだかとそわそわしてると、小菅先生がよその園の先生と相談してる。その話が終わると小菅先生からゴーサインが出たようだ。


「いいですか」

 と山本先生がみんなに念を押す。注意事項がたくさんあったが、あんまり聞いてなかった。近くで遊びなさいと言う山本先生の最後の言葉に、は~いとくじら組のみんなが返事をして、待望の自由時間が始まった。


「真理ちゃんと知美ちゃんは何したい?」

「ちょっとお水飲みたいな」

「なら海を見ながら座りたいね」

「おっ、いいね」


 オレたちグリクラグループは、海上公園の水辺広場に向かうことにした。どうせなら気持の良いところでお水を飲みたいと言うことだ。

 水辺広場は集合場所の広場からもすぐ近くにあるけど、わずかな距離をちょっと散歩するだけでも、その途中とちゅうに季節の花があちこち咲いていて、彩りが綺麗なのだ。それはもうまさに百花繚乱。うつろう色彩を堪能できるのだ。実際これだけでも楽しい。この海上公園は本当に手入れがよく行き届いた公園なのだ。

 だから人気のある公園でもある。


 今日は、薫風幼稚園の園児たちだけでなく、近くのあちこちの幼稚園からも園児が遊びに来てるので、いろいろな制服を着た子とすれ違う。制服着てるから、それでどこの幼稚園かは大体わかるんだけどね。

 でも薫風幼稚園には制服がないから、そういう意味では、管理の面で先生方は大変かなと思う。


「あ、真司くん」

「どうも田中くん。わんちゃんグループもこっちで遊ぶの?」

「今だけね。くじらの滑り台とか大混雑だったからさ。もうちょっと少なくなってからあっちに行くつもり」

「そうなんだ」

「でもまだ少ない方なんだけどね。こないだ終わっちゃったけど、運河祭りの時なんかは人がいっぱいで、お店もたくさん出て、ものすごかったんだよ」

「へ~、そうなんだ。面白そうだね、お祭り」

「うん。たまにお父さんの革のカバン使ってる人がいたりしてね。そういうのでも面白い」

「そりゃ面白そうだ。そういえば朝、土井垣桜ちゃんにブローチ返してたよね。あれも本当にきれいになったよね」

「うん。無事返せてホッとしたよ」


 そうなのだ。

 宝探しゲームの時に壊れかけた土井垣桜ちゃんのお宝のブローチが、昨日直って今日朝一番で田中くんが土井垣桜ちゃんに返したのだ。

 山本先生が土井垣桜ちゃんに、よかったですね、と言うと、彼女もとっても嬉しそうにしていたのが印象的だった。


 オレも興味があったので、その出来上がりを土井垣桜ちゃんに見せてもらったのだが、それはもう立派な留め具がついていた。

 あれならもう自重に負けて、割れたり(ひび)が入ったりもしないだろうと思えた。

 土井垣桜ちゃんもきちんと直って喜んでたし、めでたし目出度しだった。

 そんな話を交わしてたオレと田中くんは、分かれ道でお散歩をつづけると言うわんちゃんグループのみんなと別れ、グリクラグループはその場に留まって運河前の腰かけに座った。

 やさしい潮風が運河から吹きこんで来る。

 みんな水筒を出して喉を潤した。オレの水筒の中身は、うん、今日は砂糖を入れた麦茶だな。


 あ~うまい。


 海上公園は風が気持ちいい。潮の香りが混じって運河なのか海なのか、時々わからなくなるけど、これはこれで気持いい。

「汽水域って言ったっけ?」

「汽水域?」

「うん。海の水と川の水が混じり合うところの事」

「へー」

 真理ちゃんが運河を見ながら海なのか川なのか見極めようとしている。

 水に触りたいなと思った。

 なにげなく水の解析を試みる。


「ん? ファウ?」


 ただの運河なのにファウというわけのわからない言葉が思い浮かんだ。それが何かを探ろうと思ったけれど、探ろうとした瞬間、何かが(はじ)けて飛んだ。

 消え、ちゃった…………。


「いや、消された?」


 それは今まで感じたことのない感覚だった。

 水に触れて確認してみたいが、あいにく柵があって水に直接触ることが出来ない。

 弟さまに解析は直接対象に触れたほうがいいと勧められるのは、こういう曖昧さがハッキリわかるからだろうな。何となくそれを思い知った。


(どうした? 兄さま?)

(いや。水を解析したら変な言葉が、てか何だったっけな)

(何それ? 成分とか組成じゃなくて)

(うん。よくわからん。何かもわからん)

(何だよそれ。変だな兄さま)

(ていうか解析ってさ、しようと思えば本当に細かく解析してくれるけど、量が多くなればなるほど時間もかかるよな。なんか疲れるし)

(そうだね)

(人の解析でもいちいち頭の中で設定しないと、欲しい情報だけを解析するとか、そうならないじゃん)

(うん。パッと欲しい情報だけを抜き出したいよね)

(うんそう。だからその理想からすると、解析って結構手間なんだよな)

(そうは言ってもな。現状仕方ないんじゃない?)

(でも身体を強化する強化だけじゃなくて、状態回復みたいな楽になる発見もあったわけじゃん)

(解析にもそれがあると?)

(どうだろう。探る価値はあると思うけど)

 オレは運河をぼーっと眺めながら、弟さまと、とりとめなく会話をしてた。


 とりあえずもう一杯お水を飲もうとすると、

「ここは俺たちが遊ぶんだから、お前らあっち行け」

 と、木下がやって来て邪魔をした。


(わるい、弟さま。木下が来た。相手するからこれで切るな)

(おっけ~。思い知らせてもいいよ~)

(しね~よ。じゃあね)


 するとオレが何かをする前に、それを為す人がいた。

「おい木下。くじら公園は広いんだから、そんなこと言うなよ」

 絵里ちゃんだ。彼女は言う事がいちいち男前だ。

 豪傑だ。やはり彼女は豪傑なのだ。真理ちゃんの前では絶対に言えないけれど。


 とりあえずオレはグリクラグループのみんなを誘った。

「あっち行かない? オレ、アイル橋を渡りたい」

「まだ駄目だよ、真司くん。あっちに渡る時は山本先生達が連れてってくれた時じゃないと」

「そうか」


 そうなのか。残念だ。

 木下の件を抜きにしても、橋を渡るのは楽しい。

 ていうか、コイツが近くにいると必ず絡んで来るから、離れた方が良いのだ。

 君子危うきに近寄らずなのだ。君子なんて烏滸(おこ)がましい。園児だけれど。


「じゃあさ、荷物置いたし、せせらぎに行かない? 山本先生はせせらぎの所にいるんじゃないかと思うし」

 真理ちゃんが言うと知美ちゃんが

「よし、じゃあ行こう」

 と歩き出した。


 真理ちゃんは知恵が回る。先生のいるところなら木下も悪さは出来ない。そういうのを見越した上での発言なのだろうとオレは思う。


 さて、そのせせらぎだ。

 せせらぎとは海上公園の中ほどにある人工の小川だ。足がわずかにつかる程度の水を流してるので、お母さんたちはせせらぎと言っている。なので、オレたち子供たちの間でもせせらぎで通ってるのだが、オレたちはもと来た道ではなく、にぎやかに水遊びを楽しむ子供たちの脇を通りつつ、せせらぎの川筋を辿って荷物置き場の方へと行く。

 すると真理ちゃんの見込み通り、せせらぎの半ば辺りに山本先生たちがいた。そしてせせらぎを駆け回る子供たちの中には、お祭りグループとイチゴグループの面々もいた。


「よう、弟さま」

「はい、いらっしゃい。兄さまも遊ぶか」


 言うなり水を引っかけられた。

 弟さまは手で水を掬ってかけてきたが、オレは面倒くさいので足で水を蹴り上げた。

 だが靴を濡らすまいとしたから、大して水が飛ばない。


「あ~。脱ぐのも面倒だしな」

「そうかい」


 と言いつつ、もう一回水をかけられた。

 その弟さまに、真理ちゃんと知美ちゃんが反撃した。すると梅子ちゃんも女子組に混じって、弟さまとの水のかけっこを始めた。戦いだ。戦いなのだが、戦ってるのは弟さまだけで、女の子たちは楽しそうにキャッキャウフフしていた。

 そこに郡さんも参戦する。

 寛司ひとりに女の子四人か。


「あー、とりあえず頑張れ、弟さまよ」

「何だよ兄さま。手伝ってくれないのか」

「やられ役は、弟さま一人で充分でしょ、ね、加藤くん」

「そうだね。がんばってね寛司くん」


 加藤くんが笑いながら言う。

 加藤くんも郡さんの気持を知ってるんだろうな。


「俺は手伝うよ」

 勇者がひとり、ハーレムの中に飛びこんで行った。

 がんばれ緑川くん。キミの勇姿は忘れない。


 そうしてオレは、郡さんに置いてけ堀にされた加藤くんといっしょに、水辺に腰を下ろした。


「加藤くんにさ、オレ、前から聞きたいことあったんだよね」

「聞きたいこと?」

「うん。加藤くんさ、電車のこと好きでしょ」

「大好きっ」

 おっ。物凄い食いつきだ。加藤くんのこんな熱い顔は初めて見たぞ。

「だからね、加藤くんに電車のこととか聞きたかったんだよね」

「電車の? なになに。何訊きたいの?」

「仕組みとか? ほら、あんないっぱい人が乗ってるのに、サスペンションとかどうなってるんだろうなとか。そういうのの構造が気になるんだよね、オレ」

「おおっ」


 加藤くんの目がキラキラ輝いた。

 そうしてオレは加藤くんの薫陶(くんとう)を受けることになった。

 その間、辻くんがなぜか一切話しかけて来なくなった。ついでに言うと藤平さんも少し距離を置いて、馬場ちゃんと辻くんとで、こちらを一切見ないように振る舞っていた。

 これだけ加藤くんが熱弁してくれてるのに、もったいない。

 そしてオレは、またちょっと賢くなった。




 すっかり加藤くんのお話に聞き入ってたが、目の前のせせらぎを幾人ものよその園の園児たちが駆け抜けて行くようになった。

 弟さまたちは、いつの間にか移動してたらしく、探してみたけどもう姿が見えない。その空いた場所をよその子が楽しそうに駆け回る。

 オレもそろそろ駆け出したくなった。


「加藤くん、走らない?」

「うん、いいよ」


 それからオレと加藤くんは水を蹴りながら駆けたり、よその園の子とごっつんこした加藤くんとその子と一緒になって笑い転げたりして、びしょびしょになった。

 そのうち名前も知らない子達と妙な連帯感で一緒に遊ぶことになった。

 気づけばわんちゃんグループの田中くんと前田くんも合流してたりして、いつの間にかせせらぎで遊ぶ一大グループが出来上がっていた。


 あー楽しい。


 そう思ってふと足を止めたオレの目に、土井垣桜ちゃんが荷物置き場でおしゃべりしてる女の子たちから離れて、一人カバンに首をつっこんで何かを探してる姿が目に入った。


 どうしたんだろう。


 オレはせせらぎで遊ぶみんなから離れて、荷物置き場にいる土井垣桜ちゃんのところに向かった。


「どうかしたの?」


 オレは土井垣桜ちゃんに訊ねた。

 土井垣桜ちゃんは一瞬オレを見上げた後、いまにも泣きそうな顔に崩れた。いつもの勝ち気な顔からは想像も出来ないほどに落ちこんだ姿だった。


「返してもらった……ブローチがないの」

「え? お宝の」

「うん……」


 オレは目を伏せる土井垣桜ちゃんをそのままに、周囲に眼をくばった。

 木下の楽しそうな顔を見つけた。

 こいつ──。


 するとオレが木下に目をつけてる間に、こうしちゃいられないと土井垣桜ちゃんが、この場から動こうとする。しかし当てはないらしく、

「どこを探そう……」

 と、すぐに途方に暮れていた。

「落ち着きなよ。土井垣桜ちゃん」

 オレは土井垣桜ちゃんの手に触れた。

 その場に坐らせる。すると落ち着きなく目がきょろきょろとブローチを探し出した。


 ふむ。パッと見るに──。

 一点を見つめて深く考え込んだと思ったら、思考の迷路に迷いこみ、さりとて迷路で同じ場所にとどまってることにも不安を感じて、動かなければと焦りだし、探す場所はどこかと一点を見つめて、最初に戻ると──。

 そんなことを繰り返してる状況のようだ。

 たぶんあるはずのカバンの中にブローチがなかったせいで、自分の盲点を確認してそうなってるのだろう。

 オレが協力しようとしてるのに、まるで心ここにあらずだ。

 オレは彼女から話を聞きたかった。


 ──話を聞きたい。聞く。

 だが何も起こらない。きく、聞く……。そして思いついた。

 ──(もん)っ。


 ざわっとオレの聴覚が身動(みじろ)ぎした感覚があった。オレの聴覚という存在がずれて、土井垣桜ちゃんの存在に重なり、聴覚がいっしょに戻って来るような不可思議な感覚とでも言うのだろうか。

 何だろう、これは。

 その奇妙な感覚に耳を澄ますと、土井垣桜ちゃんの心の声が聞こえて来た。


 ──何でないんだろう。何でないんだろう。絶対大切にカバンの中に入れたはずなのに。あれから一回も開けてないのに。


 土井垣桜ちゃんから、聞きたい情報だけが流れこんで来る。

 本人はかなり混乱している。

 だがこれは便利だ。情報のしぼり込みが容易い。

 しかも情報の選択を的確にこなせたうえでの、この量と速さは、ひょっとしたら解析より速いんじゃないかと思えた。

 いや、これはもう確実に速いだろう。余計な情報が入ってきてないぶん、間違いなく速い。


 そしてオレは、この子はブローチの行方を本当に知らないと知った。土井垣桜ちゃんはブローチがどこに行ったのか気になって気になってただただ仕方がない。そんな状態だ。


 相当追いつめられてる。


 いっそダブルでブローチを探してみるかとも思った。この新しく手に入れた(もん)を広げていけば、その内ブローチに当たるだろうから、オレはすぐに試してみた。


 ──(もん)っ。


 だが彼女から話を聞こうとした時には容易く調整のついたことが、対象以上に範囲を広げようとした途端、上手く広がらなくなった。

 変わらず彼女のブローチを探す声がするだけだった。


 もう一回試してみるか。今度はこっちで。


(もん)っ)


 オレは魂の回廊を開いて(もん)を発動してみた。だがしかし、先程と同様にやはり(もん)は広がっていかなかった。

 というか、土井垣桜ちゃんの声も聞こえなくなったぞ。魂の回廊を開いてるというのにだ。

 これはつまり、(もん)という能力は解析と違い、おそらく対人にしか発動できないような感じなのではないだろうか。あらゆる事象に通用する解析ほどの万能性はないが、(もん)は対人特化の能力であり、それ故に土井垣桜ちゃんと手をつないでいたあの時には、解析をも上回る速度が出たのではないか。それなら話もわかる。

 土井垣桜ちゃんの声が聞こえなくなったのは、オレの意識が彼女にではなく、空間に向けられたからと言うことで切れたのだろう。だから空間からは何も聞こえてこない。


 ふむ。


 この体験を得られたのは大きい。なにが出来てなにが出来ないのか、それが早くわかればそれだけ利便性の向上につながる。

 失敗だが失敗ではない。進歩はあった。

 ならばここでの選択肢で、(もん)は捨てよう。解析に変更だ。

 そう思った時だった。


「直すのに興味を持ってた奴がいたよな。()ったのはどっちだろう」

 という意地の悪い声がした。

 木下だ。

 こっちを見てるから木下の目は本当に雄弁だ。


「あっ」

 土井垣桜ちゃんがあわててオレから手を離す。

 ずっとつないだままだったね。ごめんなさい。(もん)はもう終わってたのに。


「お前さ、オレたちに構わずグループのメンバーの心配しろよ」

「だから疑ってるんだけどな。大事な仲間の宝物だ」

「ああ、そうかい。オレも弟さまも関係ないから安心しとけ」

「そうだったらいいけどな」


 木下がぷいとそっぽを向いて離れて行った。

 土井垣桜ちゃんが木下を追って行く。

 彼女もよくわからん。

 いま木下は、大事な仲間の宝物と言ったその口で、彼女のことを置いて行ったのだ。いくら同じ天才グループとはいえ、冷たくない? とちょっとは文句を言ってもいいと思うのだが、それなのに木下について行ってしまうとは、よくわからん。

 それこそ豪傑絵里ちゃんのように、ひと言いってやればいいのだ。是々非々で。おっといけない、豪傑じゃない、ただの絵里ちゃんだった。ただの絵里ちゃん。


 とにかく、土井垣桜ちゃんは困ってるのに、オレと木下との確執に気を遣わせてしまったような形で、ブローチ探しを中断してるので、それはこちらとしてはあまりにも申し訳ない。

 オレは木下がそのまま探そうともしないで、桜の木の下にある花壇のブロック塀に腰かけたのを見て、歩み寄った。


「おい、木下。なに座ってんだよ。土井垣桜ちゃんの探し物の手伝いをしてやらないのか」

「いや、だから考えてるんだろ。くじら公園は広いからな。屋上庭園に行ったかもしれないし、橋向こうの公園に行ったかもしれない。それを考えたらどこからどうやったらいいのかわからないだろ」

「冗長だよ」

 オレが言うと木下が、

「何言ってんのかわからねーよ」

 と言い返した。

「お前の修辞なんて、長ったらしいだけで中身がスッカスカだと言ってるんだ。お前の頭とおんなじでな」

「はあ?」

「お前が言ってることは、俺はわからない。これだけだ。これしか中身のあることを言ってない。主語と述語だけで物事を語れる程度の調べ物で、おまえは調べてると言ってるのか?」

「なんだと、この野郎」

 オレは土井垣桜ちゃんに目を据えた。

「知りたいことは、自分で調べよう。ねっ」

 更に土井垣桜ちゃんに言う。

「オレも手伝うよ。オレと木下のいがみ合いに気を遣わせちゃってゴメンね。でもいがみ合うより探す方のが大事だから。そこは自分を優先しようよ」

 だが返事が来ない。

 目が泳いでる。

 逆に困らせてしまっただろうか。


「やあ、兄さま。どうしたんだい?」

 寛司がやって来た。魂の回廊でも(もん)を試したから、それが聞こえて興味を持って来たのだろうか。まあいい。

「土井垣桜ちゃんのブローチが見当たらなくなってね。それで一緒に探すよって言ってるんだ」

「そりゃ大変だ。今朝田中くんに返してもらったばっかだよね」

「うん」


「おい双子」

 木下が乱暴な物言いでオレたちを呼びつけた。

 呼ばれた寛司は、木下という男児を、クラスメイトではなく、生き物を見るような目で見る。

「お前たちのどっちかだろ…………」

 尚も言い募る木下を、弟さまが手を出して遮った。

「おまえさ、妄想で人の名誉に傷をつけて、この間痛い目見たばっかりだろ。わすれたのか? 頭わるいのか? いいかげん学んでくれよ」

 空気が険悪になる。一触即発だ。


「あのさ、まだ探してないところもいっぱいあるからさ」

 土井垣桜ちゃんが、うん、とうなずいて割って入った。

「きっと途中で落としたんだよ」


「嘘()くなよ、土井垣。土井垣も疑ってるんだろ、こいつらを」

「私は別に。とにかく、落としたような気もするから。帰る時によく道を見てみるよ」


 言いながら土井垣桜ちゃんの目に涙が溜まっていった。情けなさが募ってきてるのだろう。でもそれじゃ駄目なんだ。

 楽しいお散歩は土井垣桜ちゃんには暗転となってる。ちっとも面白くない。自分のやりたいことを我慢して、その間に誰かが見つけて自分の物にしてしまわないかとか、むしろ不安ばかりが募って心は最悪なはずだ。

 土井垣桜ちゃんはオレを守るために嘘を()いたに決まってる。

 嘘は嘘でも方向性がちがうんだよ、木下。


「まあ落ち着け、木下」


 ガシッと肩を組んで押さえ込む。

 解析じゃなくて、(もん)っ。


「弟さまも向こうに行っててくれ。ややこしくなる」

「おっけ~」


 オレがいきなりむかついてる木下の肩を組んだので、寛司にもオレが何をしようとしてるのかわかったのだろう。寛司の思ってるのとはちょっと違うが、まあそれは後で教えれば済むことだ。

 何せようやく流れで木下に触れることが出来たのだ。

 これは「(もん)」の実験でもある。

 想定では、いつものように視認して、理解の齟齬(そご)でおかしくなると言うことも、これでなくなるはずだ。解析を用いた際の、詳細すぎてほしい情報の選定に時間がかかってたという弊害もなくなるはず。

 今ほしい情報は極めて単純なこと。


 誰がしたのか。

 何処にあるのか。


 この二点だ。

 そしてその答えは瞬時に出た。

 ブローチの在処(ありか)は、同じくじら組の馬場ちゃんのカバンの中。

 そしてそこに入れた人物は、木下。



 オレは顔にも言葉にも出さない。わかったことは速やかに処理する。


(弟さま。馬場ちゃんに連絡、馬場ちゃんのカバンの中に土井垣桜ちゃんのブローチがある。カバンから出してオレに預けろ)

(いいのか?)

(いいんだよ。考えてみたら、木下は馬場ちゃんにも恨みを持っていた)

(ああ、あれか。宝探しゲームで馬場ちゃんのカバンを勝手に開けて怒られたやつか)

(それだ。その意趣返しに馬場ちゃんのカバンに木下の野郎、入れやがった)

(マジで?)

(急げ。山本先生が昼飯の時間にして、馬場ちゃんがお弁当を取り出そうとしてカバンを開けたら、馬場ちゃんが犯人にされちまう)

(喫緊の課題だな。了解。でもその後どうする、兄さまよ)

(今はいい。とにかく馬場ちゃんを悪役にするのだけは回避だ。子役とはいえ芸能人だ。噂を流して潰すことも出来る)

(そこまで頭回るか、あいつに)

(口実を与えないのが大事なんだよ。急げ、弟さまよ。馬場ちゃんを説得してくれ)

(推理は話してもいいかい? じゃないとさすがにカバンを開けてもらえないと思う)

(任せる。急げ。木下の気はオレが引く)




 寛司がこの場からじゅうぶん離れるまで、さも木下が心配なように肩越しに肩をぽんぽんと叩きつづける。

 木下も寛司が離れるのに異存はないのか、オレに肩組みされてるというのにジッとしてたのが意外だった。目的のためなら、正しい選択を選べるんだよな、コイツも。

 そしてオレは肩を組んでいた木下から肩組みを外すと、土井垣桜ちゃんに訊ねた。


「土井垣桜ちゃん。今日、ブローチを触ったのは誰か、いや何人いるかわかるかい?」

「わかるよ」

「だれかな?」

「わたし以外だと、田中くんとあなただけだと思うよ」

「なるほど。よくわかった。じゃあブローチが見つかったら警察にブローチを届けよう」

「えっ?」

「職人さんにも指紋を協力してもらってさ。うん。だってブローチからはオレたち以外の指紋が出てくるはずだろ? ブローチが勝手に歩くわけないんだから。

 そうしたら指紋が出て来たそいつが犯人だ。そして、これからブローチに触りたがる奴も犯人だな。自分の指紋を隠そうと、ごまかそうとしてるんだから。

 そういうことで、くじら組のみんなにも見つかったら触らないでもらって、協力してもらおう」


 途端に木下の顔が青ざめる。


「じゃあオレ、探しに行くから」

「いや待て」

 オレはガシッと木下に服をつかまれた。

「探すのは俺たち天才グループでやるから、お前らはもうどっかで遊んでろ」

「え? でもお前、探すのに知恵を絞るために、ここに座ったんじゃないの?」

「それは」

「いいから座っとけ。方策はもうオレが考えたじゃん。お前の出る幕はないよ」

「いや、俺は天才グループのリーダーだから」


「なんだなんだ。また何かもめてるのか、真司くん」


 大らかな大きな声がした。

 こんな人物はくじら組にひとりしかいない。おんなじグリクラグループの緑川くんだ。

「やあ、やっと合流できたね」

 ということで緑川くんと、少し遠巻きにして警戒してる真理ちゃんと知美ちゃんに事情を説明した。

「だから、協力してくれないかな」

 と協力を仰ぐと、緑川くんは簡単に、

「いいよ」

 と言った。

「誰がやったのか、わかるといいね」

 知美ちゃんと真理ちゃんの理解も得た。これで百人力だ。

 だんだんと外堀が埋まっていく。その事に焦りを感じたのか、木下がいきなりシャドーボクシングもどきを始めた。


「大丈夫、桜ちゃん?」

 真理ちゃんが木下を放っといて土井垣桜ちゃんに声をかけた。

 彼女の気丈な頷きに、真理ちゃんもそれ以上触れない。

 そこへ木下がシャドーボクシングを止めて言った。

「もういいんだよ。さっきだって双子の弟の方を話がややこしくなるからって、向こう行かせたし」

「え? そうなの?」

 真理ちゃんが驚いたので、

「そうだよ」

 とオレが簡単に返事した。

 聡い真理ちゃんなら、これで何となくわかってくれると思うんだが、どうだろう。魂の回廊で話せることとか教えてないから、そこまでは辿り着けないかな。


「まあ何が起きようと、天才グループのリーダーとして、俺がやっつけてやるから」

 木下のパンチとキックのデモンストレーション。

 そういや園庭でも内田くんとよくやってるよな。戦いごっこ。ロボごっこ。決闘ごっこ。いろんな名前で呼んでるけど。

 やってることは、おんなじだ。


「うわ、速いね~」

 緑川くんがその木下の動きに感心してる。のんきなものだ。でもこれ、探そうとするオレたちを止めるためのデモンストレーションなんだぜ、緑川くん。

 これを見せても、それでもオレたちが探そうとしたら、このシャドーボクシングもどきがオレたちに向けられるって寸法なんだよ。それでもいいのか、緑川くん。


「と言うことで行こうか。探すぞブローチ」

「オー」「はい」「どっから探すの?」

 このバラバラな返事がグリクラグループらしい。最近そう思えるようになって来た。


「ちょっと待て。誰の許可があってお前がそんなことするんだよ」

「許可ってあのなぁ。

 別にお前の許可なんかがなくてもオレは生きている。真理ちゃんも、知美ちゃんも、緑川くんもだ。自由に、自分で判断する。

 お前の許可なんて価値があるのはお前にだけだ」

「俺がリーダーなんだよ」

「違うな。オレたちはクラスメイトだ。そこに上下はない。だからオレたちには、おまえの許可なんて何の価値もないんだ。わかるか?

 わかったらちょっかいを出すな。わからなかったらその都度教えてやる」


 その売り言葉に、木下が睨みつけてくる。シャドーボクシングもどきで攻撃するのは忘れたのか。別にどっちでもいいけど。


「え? え? なんでこんなんなるの? 桜ちゃんのブローチ探すだけでしょ」

「みんなで探した方が速いよね」

「そうだな。困ってる女の子を助けるのは当たり前だしな」


「だから待てって言ってるだろ」

 木下がなおも引き留めた。

 思い通りにならずに木下がオレたちを()め回してる。その最中(さなか)に、待ち望んだ一報が入った。

 弟さまからだ。


(兄さま)

(おう、待ってたぜ、弟さまよ)

(見つけたよ。確かに馬場ちゃんのカバンの中に入ってた。馬場ちゃんに説明したら、超激怒してたけど)

(うわ、そりゃおつかれさん)

(でもなんとか抑えてもらったよ。兄さまが丸く収めるからって言って)

(え? そうなの?)

(え? まさか本当に警察沙汰にするつもりだったの? てっきり脅しで抑止力にしてるもんだと思ってたんだけど)

(出るとこ出てもいいんだけどね。さすがにやり過ぎだろ)

(え? そうなの? 馬場ちゃんにも丸く収めるからって事で納得してもらったんだけど)

(そういうことなら、おっけ~。じゃあその切っ掛けは、そっちに任せても大丈夫か?)

(だいじょぶ)

(じゃあ頼む)



「おちてたよ~」

 弟さまがまさかの棒読みでやって来た。なかなかの大根だな。

 だが木下には効果覿面(こうかてきめん)だったようだ。ぐぬぬ顔でどうしようもなくなってる。爆発しそうな感情を持て余してるな、あれは。

 すると八つ当たりで、近くにあったカバンを手当たり次第にひっくり返し始めた。うわ、中身まで出し始めたよ。


「なくなったらどうすんだよ」

「ひどーい」

 緑川くんと知美ちゃんが(いさ)めるも、

「うるせー」

 と木下がわめく。そのままカバンを逆さまにしてシェイクする。

 だがもう中身は出尽くしてしまっていた。何も出て来ない。それに気づいて木下はヒステリックな動きを止めた。


「ならいいよ。片付けようぜ」

 緑川くんが率先して散らばった中身を集め始めた。お弁当箱やら、お薬やら、ティッシュがたくさんある。

 木下はカバンをぽいと放ったが、片付けを手伝おうとはしない。

 木下がやらないなら、せめて自分だけでもと土井垣桜ちゃんが散らばったカバンの中身の片付けを手伝おうとする。だがそれを、木下が冷たく止めた。


「こんな所に放っといた奴が悪い。なくなったり壊れたりしたら、また買えばいいんだ。そのまま放っとけよ」


 そこまで言うかと云う冷徹な拒絶だった。

 土井垣桜ちゃんは木下とオレたちとの間を何度も目が往復する。そうして後ろ髪引かれつつも、結局何もしない。


「木下くん。使い捨てじゃないんだぞ、オレたちのカバンは。ちょっとそれはないんじゃないかな」

「これだけ散らかして何考えてるの? お父さんとかお母さんに怒られたりしたことないの? ひどいよ」

 緑川くんと知美ちゃんは尚も言い募る。

 このふたりにとっても、木下の行動は一線を越えてしまったのだろう。


 そこへ弟さまがやって来た。

 だが弟さまはここまでやって来ても、木下のほうは一顧だにせず、

「はい、土井垣桜ちゃん」

 と言って、土井垣桜ちゃんにお宝のブローチを手渡した。

「どっかおかしいとこある? オレが見た限りでは大丈夫そうだと思ったけど」

 その言葉に土井垣桜ちゃんがブローチを丹念にひっくり返しながら状態を確認する。

「大丈夫みたい」

「そう。よかったね」

「あの、ありがとう」

「いいよいいよ。見つかってよかった。それじゃね。オレはイチゴグループに戻るから」

「うん。本当にありがとう」

 寛司はそれ以上答えず、背中を向けながら手を振って去って行った。


 木下はムスッとしてふて腐れてる。


 その間にも手を止めずにカバンから土を払ったり、荷物を綺麗に入れ直してた緑川くんと知美ちゃんと真理ちゃんが、木下の暴挙のお片付けを終える。ひっくり返されたのは、どうやらわんちゃんグループのカバンだったみたいだ。

 このことを知ったら怒るだろうな。

 でも日を置いてからの方がいいか。お散歩に行った先で、クラス中で喧嘩をしたとなったら、今後薫風幼稚園でお散歩はしないとか、しても海上公園に行くことは二度と行かなくなるとか、そう言うことになってしまうかも知れない。

 それはまずい。オレたちの代でそうなってしまうのは、あまりに後輩に申し訳ない。

 こんな綺麗で、楽しい場所なのだ。

 これからもこのくじら公園で遊んでほしい。

 その選択肢は避けるべきだ。

 わんちゃんグループには、オレから事情を後で話そう。


 しかしそれにしても木下も抑えの効かない奴だ。

 緑川くんや、知美ちゃんと真理ちゃんに感謝しろよ。

 弟さまが丸く収めてくれたから警察沙汰にはならなかったが、それでもまあ、木下も内心ではびびりまくっただろうし、落とし所としての成果は充分、か。

 アイツが心をざわつかせてたのは、警察が取り調べをするということへの恐怖から来たものだろうし、それをブローチは落ちてたことになったわけだから、指紋の調査もなくなる事になる。

 暴れはしたが、冷静に状況を解きほぐせば、木下も内心でホッとするはずだ。

 いや、あの八つ当たりには、馬場ちゃんを嵌められなかった悔しさもあっただろうか。だったら今は悔しさと安堵が()い交ぜといった感じだろうか。

 いずれにしろ世話のかかる奴だ。感情の起伏を制御できないんだから。


「真司くん、オレたちも行こうぜ」

「あ、うん。わかった」

「木下ももう暴れるなよ」

「暴れてねーよ」


 コイツ、最後まで緑川くんたちに感謝の言葉を述べなかったな。

 お世話になっといてお礼の言葉を言えないような奴は、いつまで経っても人に認められることはないぞ、木下。

 まあ木下を立派な大人にする義務などオレにはないので、そのままオレたちグリクラグループは、山本先生たちのいる広場へと向かった。

 すると広場から、わっと歓声が沸いてるのが聞こえて来た。

 かなり盛り上がってるようだ。


「お、くじら組のみんなもいるな」

「本当だ」

 お祭りグループとわんちゃんグループのみんながいた。

 何を見てるんだろう。


 そこには大道芸の練習をしてるお兄さんがいた。外国人のお兄さんだ。そのお兄さんが両手に棒を持ち、棒の先端同士を紐でつないで、その紐を巧みにあやつっては、くるくる回転するコマみたいなのを高く飛ばして、自分はくるりと回転しながら落ちてきたコマをキャッチしたりしてる。


「「「すっげーーーーっ」」」「すごいーー」

 オレたちグリクラグループはその光景に目を奪われた。

 急いでお祭りグループの辻くんに、これは何かを訊く。


「ディアボロって言うんだって」

「ディアボロ。そうなんだぁ」

 みんなが集まって来るわけだ。先生たちも夢中になっている。こりゃお弁当タイムはもうちょっと先だな。


(おい弟さまよ)

(なんだい兄さま)

(こっちにディアボロっていう大道芸の練習してるお兄さんがいる。面白いぞ。馬場ちゃんにも気分転換になるだろうから、イチゴグループのみんなで見に来いよ)

(お、行く行く。どこ)

(広場だ。先生もいるから、さっきみたいなことは起きないよ)

(おっけ~。すぐ行くよ)

(あ、そうそう馬場ちゃん大丈夫か)

(大丈夫。憂さ晴らしにもなるし、大道芸なら見たいだろ。こないだのカップ・シャッフルも気に入ったみたいだったし)

(そうか。オレのカップ・シャッフルより数段すごいぞ)

(そんなにかよ。それはすごそうだな。それなら馬場ちゃんも食いつきそうだ)

(あと梅子ちゃんはぁ……聞くまでもないか。ましてや赤樫くんは馬場ちゃんの行くところに必ず行くか。なんか似てるな、梅子ちゃんと赤樫くん)

(なんだよ、それ。とりあえず説得するから切るよ)

(応。待ってる)


 その間も技の応酬が続く。

 すごい。紐の上でぽよんぽよんバウンドさせて、コマをキャッチしてる。

 やってみたい。凄い技だ。何より、ぽよんぽよんが楽しそうだし。

 観客も、あんなに高く上げてとか、滑らせるようにキャッチしたりとか、その流麗なディアボロの動きに釘付けだ。


 やばい。握手したい。解析したい。


「わ、すごい」

 この声は梅子ちゃんだな。思ったよりすぐ来たな。

「よ、兄さま。あのお兄さんすごいね」

「だろ? 見てけよ。これ見逃すの、本当にもったいないぞ」

 弟さまの目もディアボロに釘付けだ。さりげなく隣にいる梅子ちゃんが時々弟さまをチラッと見るのはご愛敬だ。

 そして赤樫くん。キミは相変わらずぶれないな。十分に馬場ちゃんを堪能してくれたまえ。

 その馬場ちゃんは、次から次へと繰り出される技に、声を上げて拍手を送ってる。馬場ちゃんにとっても憂さ晴らしになってるようで何よりです。


「エレベーター、やりまーす」

 おお、イントネーションが外国人だ。芸人さんも乗って来たようだ。

 棒さばきがすごい。

 勢いをつける動きが滑らかで、それだけでも素晴らしいのに、つぎの瞬間、お兄さんが左手を高々と上げると、コマが重力を無視して紐をのぼって行った。


「「「「おおおお~~~」」」」


 するとコマが操ってる棒さえも乗り越えて登ってしまった。


「何あれ」「ありえねー」「登ったぞ」「どうしてあんなこと出来るの?」


 どよめきが残る中、外国人のお兄さんがキレッキレな動きでスナップを利かし、コマがまるで月の弧のような綺麗な軌道を描いて下におり、ふわっと普通の状態に戻る。

 またコマの回転を上げる動きを始めるが、その切れのある動きに、拍手が一斉に広場に鳴り響いた。

 オレも一生懸命に拍手した。すごい物を見てしまった。コマがあんな風に動くなんて信じられない。


「かっこいい」「すげー」「あれなんて言うの?」「ディアボロだよ」「コマがなんで落ちないの」


 そんなざわめきが残っていたが、外国人のお兄さんは名残を惜しむ観客の空気をいっさい読まず、その手を止める。そして、ランチ食べまーす、ありがとーございまーしたと挨拶した。

 広場に集まった人たちも、各々の時計を見やる。

「やば」「本当だ。お昼の時間ね」「もうこんな時間だったのか」

 その中のひとりである山本先生もハッとしてる。

 オレたちも楽しんでたからね、誰も山本先生を責めないよ。

 山本先生の大きな声がした。

「薫風幼稚園のくじら組のみなさぁん。お昼ご飯にしますから集合場所の広場に集まって下さぁい」

 ていうかみんな集まってるよな。お祭りグループ、わんちゃんグループも、天才グループもいる。てか内田くん、ディアボロの人に夢中だな。ランチを食べに行くお兄さんの後ろ姿をまだ見送ってる。


 あれ、てか小菅先生の顔色が悪いぞ。

「山本先生、小菅先生、座らせた方がいいよ」

 妙に静かだと思ったら気持ち悪いのを堪えて立ってたらしい。

「小菅先生?」

 先生の額に冷や汗が出て来てる。

「行こう小菅先生、木陰に入った方がいいよ」

 オレは小菅先生の手を引いて、日がまともに当たる広場から、樹影の濃いせせらぎのほうへと向かった。丁度カバンもあの辺りに置いていたしね。


 ちなみに荷物を置きっぱなしにしてても、よその園と共同で見張ってるから安心だったりする。だからよその園の先生と交代で、我らが薫風幼稚園の山本先生と小菅先生も、順番になった時には、広場の脇で全体の荷物番をして見張ってたりする。

 そこらへんは近在の幼稚園のネットワークか何かがあるのだろう。大人の世界だ。


 オレが小菅先生の手を引いて木陰に行くと、山本先生もオレに任してくれたのか、くじら組のみんなをまとめていた。


「今日は混んでますからね。空いてるところで、みんな仲良く食べて下さいね」

「「「「「は~~い」」」」」


 くじら組のみんなの返事を聞きながら、オレはオレで、手を引いてたついでに小菅先生の状況を解析する。その解析ですぐにわかったのは、体内の赤血球がなんか平べったいぞってことだった。赤血球は普通は楕円になってるものだが、小菅先生のは平べったくて、うねっと波打ってたのだ。だから栄養素がうまく運べない。

 貧血みたいだな。

 原因がわかったので、そのままダブルを発動する。体内の操作は自分の身体でもやってたので勝手はわかる。

 赤血球を通常の楕円に戻したから、(じき)に回復するでしょう。


「小菅先生、はい」

 オレは水筒から美味しい麦茶を蓋のカップにそそいで渡した。

「甘くて元気が出るよ。麦茶だよ」

「そう。ありがとうね」

 小菅先生がお礼を言った。さっきまでは喋るのも億劫(おっくう)そうだったから、いいことだ。いまは言葉も滑らかになって来てる。元の状態に復元した赤血球が身体に馴染んできたかな。

 小菅先生はお昼ご飯をいっぱい食べて、鉄分の補給をしましょう。


 そこへ山本先生が木陰にやって来た。


「真司くん。小菅先生のこと、ありがとうね」

「いいええ。大丈夫だよ。小菅先生、顔色も戻って来てるし」

「そうね。小菅先生大丈夫ですか?」

「大丈夫。真司くんに麦茶をもらったらなんか元気が出て来たわ。ちょっとジッとしてればすぐに元に戻れそう」

 そう言った小菅先生に、オレは頭を撫でられた。なんか、お婆ちゃんの手だな。うちの母方のお婆ちゃんとそっくりだ。

「わかりました。後のことは様子を見て決めることにしますので。無理はしないで下さいね」

「はい。それより、みんなを見ないと」

「あ、大丈夫だよ。みんなグループで行動してるみたいだし。オレも、みんなと合流するね」

「はい、わかりました。遠くで食べちゃ駄目ですよ。先生たちの目が届かなくても、よその園の先生の目が届くところで食べましょうね」

「はーい」


 しかし山本先生のそんな心配は杞憂で、みんな近くで食べていた。

 せせらぎの脇に陣取って、カバンを開け始めてる。オレのカバンは緑川くんが持ってってくれてたようだ。ありがとう、緑川くん。

 あと他の幼稚園の園児たちをはさんで、ちょっと離れた辺りにいる。あれは、お祭りグループだな。

 辻くんや、仲良くなった加藤くんのいるグループだ。彼らと一緒に食べるのも美味しそうだ。

 オレは、お魚屋さんの辻くんはお弁当にもお魚を入れてるのかなと、そんなことを疑問に思いつつ、みんなを眺めやってると、お祭りグループが木下にあっちに行けと追い立てられ始めてた。


 お祭りグループまで木下の八つ当たりに遭うのかよ。いつまで八つ当たりしてんだアイツは。もう警察は呼んでないと言うのに。


 その八つ当たりを見かねたか、木下のそんな暴発に慣れてしまった緑川くんが、こっちにおいでよとお祭りグループのみんなを誘った。

 ナイスだ。いい男だぞ、緑川くん。

 その大らかなボディランゲージに、心なしか辻くんと加藤くんの誤解が解けたみたいで、ホッとした表情を緑川くんに向けている。お宝探しゲームの時には、偉そうな態度に受け止められてしまった緑川くんのこの大らかさが、ここに来て今のひと言で氷解したんじゃないかな。

 そしてそんな雪解けは、藤平さんと郡さんにも見て取れるような気がする。

 このまま仲良くなっていいんだよ。


 と思ってたら、今度はその後ろの方にいたイチゴグループが標的になったようだ。

 木下が馬場ちゃんの弁当をはたき落とそうとしたが、その動きは寛司が止めた。

 さすがだ弟さまよ。

 そして赤樫くんが悔しがっている。キミはここでは馬場ちゃんのために怒った方が、正しい行動のような気がするのだが、相変わらずぶれないな。馬場ちゃんのヒーローになり損ねたことの方が悔しいらしい。

 憎めない奴だ。

 でも馬場ちゃんの目の前でそんな態度を取っちゃって、馬場ちゃんからの評価がどうなってるのかは知らないけれど。


「ま、いいか」


 目をもどすと木下の姿はなかった。

 オレは安心して、お祭りグループを受け入れてるグリクラグループのみんなの場所へと、ゆるりと向かった。

 途中、他の園の子達がお弁当を食べながら、はしゃいでいる。中には食べ終わった子もちらほら出て来たようだが、この子たちはディアボロを見ずに、どこかで遊んでた口なんだろうな。

 そんな思索遊びに(ふけ)ってると、突然右足のふくらはぎに何かがぶつかった。

 ガクンとしたが、すぐにダブルを発動して状態回復をほどこす。ノーダメージ。いえ~い。

 どこの幼稚園の子がぶつかったんだろうと思ったら、木下が自分の席にもどる後ろ姿があった。


 おいおいおい。お前かよ。

 だが今問い詰めても、とぼけられるだけだな。


 オレは何食わぬ顔でみんなに合流した。


「大丈夫かい、真司くん」

「何がだい、辻くん」

「木下に蹴られたでしょ」

「やっぱあいつか」

「ひどいよね。あんなことばっかして。俺たちも俺たちの場所を取られちゃったよ」

「まあまあ。それよかみんなで一緒に食べようよ。オレ、辻くんのお弁当気になってるんだ。見せっこしない?」

「お、いいね。俺も枡屋のお弁当が気になる。御菓子ばっかなの?」

「辻くんこそ、お魚ばっかなの?」


 オレと辻くんは互いの顔を見合わせて、それから大いに笑いあった。

 すると後ろから女の子に声をかけられた。


「ねえ、フォーク見かけなかった?」

「フォーク?」

 梅子ちゃんがそこにいた。

「馬場ちゃんのお弁当箱からフォークが見当たらないの。お弁当箱と一緒に風呂敷で包んでたはずなんだって」


(おい、弟さまよ)

(わかってる。犯人は……)

(いや、その情報は要らない)

(兄さま?)


 そうか。弟さまへ拒否の反応を示したの初めてかもしれないな。

 だがそんな善悪の二色に分けるべきではない。

 弟さまがすぐにでも伝えようとしたのは、馬場ちゃんのフォークをどうにかしたその張本人が、動き始めたからだろう。

 木下が向こうで楽しそうにオレたちの観察を始めてるからな。それだけで何が起きたのか、オレにはわかった。

 いくら馬場ちゃんのフォークがなくなって、寛司が誰がやったのかを報告してくれても、それは実行した実行犯だけが悪いのではない。そそのかした張本人が自分は安全圏で、反応を示すオレたちを笑い物にしてるのだ。ならばその笑いの線上にある行動を、取るわけにはいかない。


(弟さまはフォークの場所を解析してくれ)

(わかった。兄さまは?)

 なるほど。この質問が来るということは、弟さまはすでに解析を終えてるわけだな。

(オレはこれから人の方を対処するよ)

(おっけ~。バッキバキにしていいよ)

(しね~よ)


 これでもう寛司の解析結果の結論も、オレに伝わったも同然になったな。

 何処にあるのかまでわかってるのなら、その他のことも解析済みのはずで、そのうえでバッキバキにしてもかまわないとまで言ってるのだ。これはもう誰がやったのかは言わずもがなだ。

 辿った道は違えども、オレたち二人は、同じ結論に達したらしい。


「梅子ちゃん」

 オレはお祭りグループとグリクラグループからも引き続き情報を集めてる梅子ちゃんを呼んだ。

「なに?」

「たぶん、弟さまが何か思い当たる場所に気づくと思う」

「寛司くんが」

「うん。あいつはすごいんだ。それとこれ、オレ予備のフォーク持ってるから、万が一の時は使っていいよって馬場ちゃんに渡してあげて。返すのは弟さまでいいからさ」


 オレがポケットの中で、ダブルを発動して作ったフォークを渡すと、梅子ちゃんは喜んでもどって行こうとする。そのまま手渡しそうなので思わず、

「洗って使えよ~」

 と声をかけてしまった。


 そして彼女がやって来た。

 土井垣桜ちゃんだ。

 彼女が暴挙におよんだ理由はおそらく、木下からオレがブローチを盗んだとでも吹き込まれたのだろう。そしてそれを寛司に拾わせた、と。

 だからブローチが見つかったと言ってたのは大嘘で、本当は双子の出来レースなんだよとか。そう(そそのか)されたかな。

 うん。

 この辺りの推測がいちばん濃厚な線に思える。


 その前提で身構えたら、

「握手する?」

 と意外なことを聞かれた。

「なんで?」

「あなたたち兄弟って話す前に握手するんでしょ?」


 なるほど。弟さまが解析した時にそう言ったのね。


「ちがうんじゃない? 弟さまが土井垣桜ちゃんに触りたかっただけでしょ」


「「ええ~~~っ」」

 と後ろから声がした。

 その声は秋穂ちゃんと、それから梅子ちゃんですな。

 余計なこと言ったかな。言ったな。だが嘘は言ってない。弟さまは土井垣桜ちゃんに触れたかったはずだ。ダブルで解析するために。

 まあそこは弟さまにどうにかしてもらおう。

 丸投げだ。いや、丸投げ返しだ。オレたち兄弟の間に、握手で挨拶などはない。ふはははは。

 オレは非情な男だ。クールでヒップな、非情な世界。それがくじら組ワンダーランドの掟なのだ。


「あったーーっ」


 向こうで見つかったという声が上がった。どうやら、せせらぎの中でフォークを見つけたらしい。

 見つけたのは赤樫くんのようだ。困ってる馬場ちゃんのために、まめに探す姿を印象づけようとしたら、宝のありかを弟さまから教えてもらって見つける事が出来たって感じかな。弟さまとアームレスリングのような握手を交わしてる。

 そういえばこの握手の仕方を何て言うんだろう。検索しても名称がわからないから、我が家情報でも小野先生情報でも知る人はいないことになる。

 脱線した。まぁいい。とにかく赤樫くん、馬場ちゃんにいいとこ見せられて良かったな。あとはそれを洗って返して上げれば、更なる好感度アップがキミを待ってるぞ。

 あ、そのまま服のはじっこで水をふいて返してる。

 うん、そこらへんが実に赤樫くんだ。

 馬場ちゃんのちょっと引き気味の顔が、言いたいことの全てを物語っている。

 そんな赤樫くんの評判をフォローしようと、せせらぎを越える時に落としちゃったのかもね、と弟さまが話をまとめてるけど──。

 効果はあるんだろうか。

 まあ実際は土井垣桜ちゃんからフォークを受け取った木下が、ぽいとせせらぎに放り投げたようだから、それを教えるよりはマシか。


 と言うことで、この一件に絡んでしまってる土井垣桜ちゃんにオレは言った。

「どうやら見つかったみたいだね」

「……そうね」


 返事が遅れた分だけ、気に病んではいるようだ。

 う~ん、この子も不思議な子だ。

 土井垣桜ちゃんは、別に馬場ちゃんが憎いというわけでもないことは断言できる。

 弟さまがそれを報告してこないからだ。犯人扱いはしても、心情的には問題ないと解析し終えてるのだろう。

 むしろ弟さまと握手をしたということは、オレの推測を前提にすれば、木下に唆されはしたが、それほどオレたち兄弟を疑ってるというわけでもないらしい、ということもわかる。

 でなければオレたち兄弟と握手などしないはずだ。

 それを「握手する?」と訊ねて来たのだ。ほぼほぼ悪意はないだろう。

 何と言うか、素直になれない土井垣桜ちゃんなんだな。

 それとも木下とオレたちと、そのどちらが本当なのかわからず、心が揺れてるのだろうか。まあ三歳の女の子だし、心が揺れるのも、素直に騙されてしまうのも、さもありなん、か。

 てか、土井垣桜ちゃんは周りにいる人に恵まれてないな。アイツの周りは決闘仲間と豪傑だ。誰におはちが回ってくるのかは自然と決まってくる。

 たくましさを身につけないと、将来が中々にきついぞ。


「まぁ、とりあえず見つかったみたいだから、土井垣桜ちゃんもお弁当食べに戻りなよ」

「あの、そうじゃなくて」

「うん?」

「そうだ。こないだから言ってたミルクの奴、食べてみたいわね。イチゴの方、売ってよ」

 ドヤ顔でそんなこと、いきなり言われても。

「使い捨てにしたり、垂れ流すような商売はしないからなぁ、うち」


 わかってくれるかな。無理だろうなぁ。フォークの暗喩を掛けたんだが。


「それと、私のことは桜でいいわよ」

「いや、それはよしとくよ」


 と拒否しつつ、オレは目で語る。

 土井垣桜ちゃんよく観ろ。木下が土井垣桜ちゃんのことにむかついてるぞ。この場でこれ以上オレと接触するのは、土井垣桜ちゃんのためにならないぞ。


 それなのに、そんな悲しそうな目で見るなよ。

 そう言いたくなるような目で彼女はオレを見ていた。言わないけれど。外聞というものがある。


 それにここでオレと話し込んでると、また木下にいいようにされるぞ。これはその警告だ。何でわからないのかな。

 オレたちはくじら組というクラスメイトだけれど、オレたちが行動する主体はグループ単位であって、キミは天才グループで行動するのが主体なんだ。だから、そこらへんのリスク管理をしろと伝えたいのだが、それが伝わらない。

 大事なものの優先順位がちがうのだろうか。でもそれって何だ。う~ん、わからん。どう考えても木下の対処がまず先に来るだろうに。


「じゃあ弟くんに握手してあげたんだから、兄としてはお世話になった弟くんの御礼をするものよね」


 土井垣桜ちゃんは交渉する。

 てかマジかよ。何なにしてあげたから、私にはこれこれしてねって、幼稚園児で交渉術かよ。


「イチゴがないなら、こないだのとおんなじでいいわ。オレンジ寒天ミルクをちょうだい」


 オレンジ寒天ミルクを所望された。

 しかも一番聞かれちゃまずい奴に聞かれた。


「土井垣、なにこいつと話してんだよ。しかもこいつんちの食い物なんて、喰っちゃまずいだろ」


 わざわざ来るなよ、木下。おまえの横槍もいい加減うんざりなんだよ。オレはお昼ご飯を食べたいのに──。

 もっとも、お前と一緒に食べちゃ、いかにうちのお弁当が美味しくても、まずくなるのは同感だが。


「そうだな。大体うちの土井垣が馬場のためにフォークを探してやってるのに、おまえら全く協力しようとしてなかったよな」


 おいおい、ここでそう来るか。

 なんか、グリクラグループだけでなく、せっかく避難してきたお祭りグループも巻き込まれてるな。

 コイツの頭の中には、歯止めという物がないんだろうか。


「そうだ。お前、馬場の言うこと聞いてやれよ。あいつ芸能界でオーディション落ちまくってんだろ。手伝いにでも行ってやれよ」

「あのな木下。オレの行動をお前が決めるな。オレを動かしたかったら、きちんと頭を下げてお願いしろ」

「何言ってんだ。土井垣の言うことは聞いてたくせに。お前、女にだけ、いいかっこしたがる奴か」

「あのな。何の解決も結果も出せないやつが、何を上から目線で偉そうにオレに語ってんだか」

「なにっ」

「だったら解決してみろよ。馬場ちゃんのフォークを解決したのはお前じゃないぞ。オレの弟さまが所属してるイチゴグループだ。イチゴグループが自力で解決したんだぞ」

「うるせえよ」

「それなのにお前は何をした?」


「「なんにもしてないよね~~」」

 秋穂ちゃんと梅子ちゃんか。キミ達の行動もわかりやすいな。

 だがそこにはあえて触れずに、オレは後ろに振り返って手を振る。


「いやいや。実はそれが違うんだよ」

「「「「そうなの?」」」」

 みんなの声が重なった。

「そうなんだ。木下とて、何にもしてないわけじゃない」


 本当のことだからそのまま言った。

 オレは元に戻って木下を見据えた。

 今回のやりとりでわかった。コイツとは、きちんとぶつからないと駄目なんだ。

 そうしないと、いつまで経ってもコイツはオレたちに酷い事をしてくる。

 こちらが受け流してると、それは自分が恐くて反撃できないものだとコイツは誤解する。そうしてますます調子に乗って暴力がエスカレートしてゆくのだ。コイツはそういう奴なのだ。それがコイツの中での、自分の立ち位置という理解なのだ。

 言わば覇道だな。

 ならばきちんとぶつかって全てを封殺する。


 いつまで経っても誉めずに黙りこむオレに木下が業を煮やし、自分のお手柄だということを喧伝し始めた。

「確かに、俺は知らせに来た。土井垣にフォークが見つかったってな。お前こそ何もしてないじゃないか」

 木下がオレに当てこすりするような目を流しながら、ゆびを指す。


 だがオレは、イヤイヤと手を振る。

 いやホント、お前が知らないだけで、オレは予備のフォークという形で馬場ちゃんにフォークを提供したんだが、それはコイツには言わない。言う必要もない。


「あのな、ちがうだろ。お前がしたことは」

「ここにいるのが俺のしてることじゃねーか。バカかよお前」

「自分の胸に手を当てて、よ~く考えてみろ。自分が何をしたのかを」

「おい、みんな。コイツはこんなにバカなんだぜ。わかっただろう?」

「なに同調圧力かけてんだよ。オレを見ろ。喧嘩を売ったのはオレに対してだろうが」

「うるせー」

「あくまでとぼけるつもりみたいだから指摘しといてやる。お前は自白する機会を失ったんだ」

「何が自白だよ。刑事気取りか、このバーカ」

「弟さまが見てたんだよ。お前が何かをせせらぎに放るのを」


 みんながキョトンとした。

 みんなまだ腹芸だと通じないのね。三歳児だもんね。


「馬場ちゃんのフォークをお前がぽいっとせせらぎに放ったのを」

 オレはちらりと土井垣桜ちゃんを見やると、彼女は視線を逸らした。

 詳細を指摘し直したこの時は、弟さまが目撃したと、弟さまの名は出さなかった。これでまぁいいだろ、弟さまよ。


(無茶ぶりだな。まあいいけど)

 弟さまの返事と同時に、

「「「「えええっ。木下が犯人だったのっ」」」」

 とみんなの驚く声がした。


「さてね。弟さまが見たのは木下が何かをせせらぎに捨てるところだった。それ以上はあえて言わないよ、オレはね」

「この野郎、ヒーロー気取りかよ」


 木下がオレに殴りかかって来た。だが身体強化でたやすく木下のげんこつを弾く。

 そもそも殴る前に名乗りを挙げてから殴ってくるなんて、そんなのオレが素直に殴られてあげるわけがないだろうに。

 こういうのは不意打ちが基本だ。

 確かに内田くん相手に、ロボごっことか決闘ごっことか、いっぱいやってたもんだから自信はあるのだろう。だが昨日出来たことが、今日も出来るとは限らない。

 木下の息が上がってゆく。

 微妙にオレに体勢を崩されてるから、体勢を立て直してからのパンチやキックじゃ、常に姿勢を保ててるオレの対応に追いつけるわけがないのだ。

 だがそれを理解する観察力もない。

 無茶な態勢から足を振り回すから、ちょっと小突けばすぐに転ぶだろう。でもそれもあえてしない。その代わり、木下の攻撃のことごとくをオレは迎え撃つ。


「すっげーー」

 緑川くんの声がした。

 彼は柔道をやってるから、オレがやってることの意味がわかるのだろう。崩しと封じは柔道のお家芸みたいなものだろうしね。その本物の十八番(おはこ)(たしな)んでる彼から見ても、素人のオレがそれを曲がりなりにもこなしてる時点で、評価してくれたのかな。

 まあ、それもどうでもいい。

 木下への対処が最優先なのだ。

 でもまぁ、これぐらい考えられる程度には余裕がある。


 いらついた木下が離れる。肩で息をしてるから結構疲れたのだろう。当たるはずの物が当たらないと疲れるよな。それはオレもよくわかる。

 走り終わった後、いつも弟さまはケロッとしてるけど、オレは結構疲れてる。オレが毎回勝負に負けてるからなんだけど。

 そして距離を置いた木下が、無言で向こうに行ってしまった。捨て台詞も何もない。こんな事は木下と関わりを持ってから初めてのことだ。つまりこれは──。

 ようやく木下に釘を刺すことが出来たのかな。

 これで言葉が通じる程度には、少しはまともになってくれればいいのだが。



「さてご飯食べるか。辻くん、お弁当の見せっこしようぜ~」


 いつもの調子にもどって辻くんを誘ったのだが、その辻くんからの返事はなかった。

 よくよく見ると、辻くんの表情が強張っている。辺りを見渡してみると、みんなも息を飲んで緊張してるようだった。

 確かに、ここまで木下とぶつかったことはなかったからな。

 全部防いでやったけど、みんなには刺激が強すぎたのだろうと思う。今起きたことに対して、初めてのことなので、どう対処すればいいのかわからないのだ。

 あんな奴、ただほっとけばいいだけなのだが、さて、みんなには何と言おうか。


 その時、空に轟音がとどろいた。

 羽田から飛び立ったばかりらしく、頭上すぐ近くに飛行機が見える。


「あ、飛行機だ」


 オレのつぶやきにグリクラグループとお祭りグループの全員が空を見上げる。

 ジェットのエンジン音が空気を切り裂いて、オレたちの耳に轟く。

 この甲高いエンジン音がオレは大好きだ。(はらわた)にまで響いてくるそのエンジン音を堪能していたら、何故かオレの頭に衝撃がはしった。

 熱いと感じてる間に、オレは倒れ始めていた。


 オレが倒れるすぐ脇を一緒になって石が落ちている。

 けっこうでかい石だな。


 どうやら木下がオレに石を投げつけていたらしい。パンチとキックを封殺したから遠距離攻撃に変えたと言うことか。

 気づいていなかったオレの額の辺りに石が当たったわけか。


(兄さまっ)

「でっかい声出す……なよ」


 向こうで寛司が(たけ)り狂ってる。あんな弟さまの顔、見たことないな。

 弟さまが無言で木下を見据えた。不意打ちだな。

 基本だ。

 だが寛司が怒りで何かをしようとしたその瞬間、オレもダブルを発動して、寛司のそれを解除した。勘だがそれに当たったようだ。


 海上公園に、空気が弾けるような音がした。

 皆茫然としてる。

 飛び立ったジェットの音が、ゆっくりと離れて小さくなって行く。


 寛司が駆けてくる。

「落ち着け弟さまよ」

 魂の回廊で話しかければよかったのに、オレは言葉に出していた。これでは弟さまにオレの声が届くはずもない。そのことには後になってから気づいたが、今はわからない。


 その時オレは弟さまに、自分が何をしたのかを調べてほしかったのだ。

 知りたいことは、自分で調べないといけない、と。

 特にダブルは、人類史でも前例のない能力、オレたち固有の能力なのだから。



 人の調子は日々変わる。百メートル走を走る選手だって、走る度にタイムが違う。世界記録を出した選手が毎回世界記録で走るわけでもない。

 記録も、出来ることも、日々うつろうのだ。

 ならば人の意識も日々うつろうのではないか。意識の仕方で、己の持てる性能も少しずつ変わるのではないか。

 もっと言うならばダブルは、人の野性に、より強い反応を示すのではないか。

 これは今の寛司には言えない。

 ちょっと本気で怒ってる。木下がやばい。


 おそらくオレは今、状態固定の上の領域を、認識した。


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