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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
12/182

第12話 宝探しゲーム「くじら組編その六」

「先生。一つお願いしても、いいですか」

「はい。なんでしょう」

「先生、オレに紙コップを使ったゲームをさせて下さい。時間はかかりませんから」



「はい?」

「このままではオレだけゲームに参加していません」

「いやいや、真司くん、グリクラグループで今大活躍だったじゃない」

「それはグリクラグループが凄いだけで、オレはゲームに参加出来ませんでした」

「まあ、それはそうなんだけど」


 先生が逡巡してるところで思わぬ援護射撃が来た。


「やらせてあげようよ」


 赤樫くんだった。

 ちょっと嬉しい。


 でも赤樫くん。それは馬場ちゃんを見ながら言うことなんだろうか。

 オレ的にも、ありがたいことを言ってくれてるとも思うし、哲学的にも極めて正しいとも思う。だがなるほど。うん。キミには馬場ちゃんを見ながら言うことなんだろう。


「お願いします。やらせてください」


 オレは直裁(ちょくさい)に頭を下げた。


 視界の隅で弟さまが、赤樫くんの頭を押さえてる気がするが、気のせいだろう。

 イチゴグループは仲良しさんだね。


 クラスのみんなも、こんなオレを見てざわめく。

 辻くんがお祭りグループと、近くにいた土井垣桜ちゃんと中沢絵里ちゃん、それからわんちゃんグループのみんなに聞く。

「そうだよね。グリクラグループのお宝は緑川くんが隠したんだし」

「だよね。なんにも参加してないんじゃ真司くんが可愛そうだよね」

「間抜けな理由だけに……」「うん、可愛そうだ」「てか残念すぎでしょ」「仲間はずれはダメだよね」

「そだね」「そだね~」「そだね~~」

 君たち、何の影響を受けてるんですか? ゲフンゲフン。

 てか、土井垣桜ちゃん、キミは今、否定の言葉を言い損ねてたよね、絶対。




「いや。俺じゃないぞ。アイデア出したのは真ちゃんだ」


 お、辻くんの誤解を解きに行った。別にどっちでもいいんだが、それはそれで正義の心が許さないって事なのかな? とりあえず偉いぞ、緑川くん。

 彼がお宝は緑川くんが隠したって最初に言ってたもんな。


「ウソをつくな~」「あんな偉そうな態度しといてさー」「嘘吐くなー」「うそつき」「ウソつき~」

 嘘じゃないのだが。

 えらい嫌われようだな。

「真司くんはお宝を隠せなかったんだぞ。間抜けな理由だけど」

「「そうだそうだ」」


 やめて。オレのライフはもうすぐゼロよ。

 その傷口をえぐってくスタイルは地味に効くのよ、土井垣桜ちゃん。


「真司くん、かわいそ~。見学だけで遊べなかったのに」

「本当だよね。それで憎まれ役まで負わされて」


 お、中沢絵里ちゃんは姉御肌だな。オレが憎まれ役を負わされたと解釈したらしい。木下のグループにはもったいない感じだな。

 そんなことを思って観察を続けてると、山本先生にこれでいいのかといった目で見られた。


 山本先生、そんな目で見ないで下さい。


 オレは手を挙げた。

 みんなの注目が集まる。


「あのさ、みんな。言いにくいんだけど、あそこに隠すの提案したの、本当にオレなんだ」

「「えっ」」

「なんだぁ。そっか。それならいいや。良かったね、自分のは隠せなくてもグループのを隠せて」

「そうだね。てっきり真司くんだけ、つまらなかったんだろうなと思ってたから」

「うん。本当に良かったね」


 オレなら許されるのか?

 満面の笑みがオレに向けられてる。


 ああっ。緑川くんが、俺が駄目で真ちゃんならいいのかよと、ガチで凹んでる。

 やめたげて。緑川くんのライフはもうゼロよ。


 とりあえず教訓。

 オレも今後、ボディランゲージには気をつけよう。そう思った。


「いや、でも、オレは自分のお宝を隠せなかったのは、本当なんだよな」

 これで願い出た案件は、もう駄目になるかと思った。

 ちらっと山本先生を窺う。


 すると小菅先生が、

「いいじゃない、山本先生。私も最上真司くんが何を見せてくれるのか興味があるわ」

 とそう言いつつ、オレに向かって、

「時間はかからないんでしょ?」

 と訊ねた。


「はい」

 オレは迷わず返事する。


「じゃあわかりました。一人だけお宝を隠せなかった、その代わりと言うことで許可しましょう」

「ありがとう、山本先生。先生は教師の(かがみ)です」

「まったくもう、そんなことばかり言って。ダメですよ。メッ」


 山本先生に怒られた。


 弟さまがヤレヤレと首を振ると、なぜかキャーキャーと一部の女の子が騒がしくなった。

 脱線してるよな、これ。

 クラスが(うわ)ついてしまったような。

 たが、オレの()(まま)で許可してくれたお情けのゲームを、やっぱりダメです、とは先生は言わなかった。

 つまるところ、やはり、山本先生は忍耐強く、野性の幼児を理性ある人間へと導いてくれる、そういう良い先生なのだ。


「先生、オレの机を使っていいですか?」

「いいですけれど、真司くんは一体何をするんですか?」

「カップ・シャッフルです」


「「「「カップ・シャッフルって何~」」」」


 くじら組のみんなが一斉に訊いた。


「カップをぐるぐる回して、どこにお宝が入ってるのかを当てるゲームだよ」

 弟さまが言った。


「「「「そうなんだ~」」」」「「「そうなのね♡」」」

 一部女子が、弟さまの言葉のほうに感激してる。

 弟さまは、モテモテだな。

 土井垣桜ちゃんとかに、手厳しく扱われるオレとは大違いだ。


(そんなことはいいからさ、あれやるの?)

(いや。ダブルは使わないよ)

(消したり作ったりすれば、完全にコントロールできるのに?)

(まあ、やれる範囲でな)

(ガチンコか。でも爺ちゃんの都議連の納会に来てたマジシャンのあの人は、オレたちよりずっと手が大きかったぞ。できるの?)

(そこは小さいお宝で補うよ)

(おっけ~。じゃあ健闘を祈る)

(応。弟さまは本気でやるなよ)

(わかってるわかってる)


 オレは自分の席に行き、使うことのなかった自分の紙コップを手に取る。それからグリクラグループに振り返った。


「真理ちゃん、緑川くん、知美ちゃん」

「「「なぁに?」」」

「紙コップ貸してくれる?」

「「「いいよ」」」


 許可をもらった。

 と言うことで残るはお宝だ。さて、何にするか。


 オレの、三歳児の手の平の大きさ程度でも隠せる、手頃なお宝があればいいのだけれどと思いつつ、思考を巡らせる。

 お金とかビー玉が楽なんだけど、それは次の木下のグループにいる人たちのお宝だから、借りるわけにもいかないんだよな。

 オレのやろうとしてるカップ・シャッフルは簡易的なお宝探しとはいえ、くじら組として行ってるお宝探しゲームで、本人より先にお宝探しをさせるのは何と言うか、お情けでやらせてもらう立場のオレが、してはいけないことだと思う。


 なら作るか、とも思ったが、頭を下げれば済む話で、ダブルを使うリスクを冒すこともあるまい。思い直すべきだ。


「あの、山本先生。一円玉、貸してくれませんか。なければ消しゴムとかでもいいんですけど」

「ありますよ」


 山本先生がポシェットからお財布を取り出して、一円玉を用意してくれた。


「ありがとうございます」


 オレは山本先生からお金を受け取ると、背中を向けてちょっと練習する。動作だけでも確認しとかないとな。


 紙コップに入れる振りして、入れないパターン。

 右手で入れる振りして左手に一円玉を渡すパターン。

 手に隠し持ったまま紙コップに入れないパターン。

 紙コップを開ける時に一円玉を紙コップの中に入れるパターン。


「なに踊ってるの、真司くん」

「やばくない。兄弟そろってぶっ飛んでるの?」


 だれだ? てか、どこで覚えたそんな日本語。


 まあいい。

 確認だ。

 パターンが増えても処理出来ない。この四つのパターンを想定して、右手と左手を自然に重ね合わせたり、紙コップに触れる前の予備動作で右手に集中させるよう動かしたりしてみる。


 なんとかなりそうだ。


「お待たせしました」


 言って、くるりと振り返る。

 ここからもうすでに演技に入っている。

 マジシャンの人は最初から、自分の世界を作ってしまう。それがオレが本物のマジシャンと接して、見て学んだことだ。

 オレはトレーナーの(そで)をめくった。


「じゃあ、みんな。みんなが見えるように前の人は屈んで、後ろの人が見えやすくなるようにしてね。ちゃんと前から見ないと、カップが動いたら、どこに入ってるのか、わからなくなっちゃうぞ~」


「「「「「は~いっ」」」」」


 素直ないいお返事です。これだけでもプロのマジシャンの人たちがやるような厳しい環境ではない。

 みんなが見やすいように移動し、陣取る。


 教室のみんながそれぞれのポジションに収まったのを見渡して、オレは前提を確認する。

 オレがやるのは四つの紙コップを使ったシャッフル・カップ、紙カップのシャッフル・ゲームをする。

 念のために紙コップの凹みや目印になりそうな傷を、さりげなくダブルで治す。

 ばれないよな?


(だいじょぶ。オレから見てもわからない)

 弟さまが太鼓判を押してくれた。

 よし。ダブルをしたとは誰も思うまい。

 オレすらこんな事にダブルを使うとは思いもしなかったし。


(誰も知らないよ、ダブルのことなんて)

(ま、そうだよな)

(知ってる真理ちゃんも気づいてないだろうし)

(お、真理ちゃんがいたな。まあいい。手さばきはどうだった)

(いいんじゃないかな。ただ、最初からオーバーアクション気味にして、滑稽な振りすれば、誰も笑って疑わないんじゃない? せっかくダンスと誤解してくれたんだし)


 なるほど。それは確かに使えるな。使える物は使わないといけない。それが素人の取るべき選択だろう。

 あとはテレビやネットで見たダンスを、ここで再現すればいいだけのこと、か。

 それも手の動きだけでいいわけだから、難易度は極端に下がる。

 ああ。もう思い浮かべただけで、再現出来そうだ。


(おっけ~。その方向で行こうか)


 オレはオレの机の前にズラリと勢揃いしたクラスメイトを見やる。

 壮観だ。しかもみんなの目がキラキラとして期待に満ちている。

 楽しんでもらわないとな。

 ここでオレは、今まで黙っていた条件を開示する。


「さて、これからするのは、お宝がどの紙コップにあるのかを、みんなに当ててもらうゲームなんだけど、ただのゲームじゃつまらないでしょ?」


 みんなが一斉に小首をかしげてる。

 なに、この小っちゃな動物のような動き。

 みんなむちゃくちゃ愛らしいぞ。


「てことで、最後まで勝った人には景品をあげたいと思います」


「「「「おおおっ」」」」

 みんなの目つきが変わった。


「もちろん景品は、オレンジ寒天ミルクです」


「「「「「やったーーーーっ」」」」」「「「「わ~~~い」」」」「「「「食べてみたかった~~~」」」」「「絶対、勝~~~つ」」


 思ってた以上にくじら組が盛り上がった。

 これってもしかして今日一番の盛り上がりじゃないか。

 こんなの見ちゃうと落としたくなるじゃないか。

 やっぱりや~めた、とか言って。


(あに)さま、それをやったらくじら組に居場所がなくなるぞ)

(え? マジ?)

(やばいだろ、それ)

 そうか。なら先に進めないとな。


「みんなの気持は、よ~~くわかった」


 歓声が止む。


「オレンジ寒天ミルクを食べたいか~~っ」

「「「「食べたーいっ」」」」

「そんなにオレンジ寒天ミルクを食べたいか~~っ」

「「「「食べたーーいっ」」」」

「ひとりだけしか食べられないけど、それでも食べたいか~~~っ」

「「「「食べた~~いっ」」」」


 オレが悪乗りしてさらに煽ろうとしたその時だった。

「いいの?」

 と真理ちゃんが訊ねた。


 クラスのみんなが真理ちゃんを見やる。

 確かにオレのお宝を、ゲームで勝ったならという条件下とはいえ、取り上げてしまうわけだ。無垢なクラスメイトなら、心が痛むと思ってしまうかもしれない。それも無理もないかもしれない、と思う。


 しかし、みんな優しいな。

 だからオレは笑顔で答えた。


「いいよ。今日は悪いことしちゃったからね。それに、オレは家に帰ったら幾らでも食べられるんだからさ。気にせず勝ち取ってくれ」


 すると寛司も後押しした。


「兄さまからみんなへの、罪滅ぼしのシャッフル・ゲームなんだよ。だから遠慮なんかしなくていいさ」

「そうそう。ついでに存分に楽しんでね」


 わあっとくじら組が沸いた。

 そしてちょっと困った顔をしてる、山本先生と小菅先生の御二方(おふたかた)にも、申し添える。


「先生も参加していいからね」


 そのひと言で俄然やる気になる先生たち。

 小菅先生が腕まくりしてる。

 うちの婆ちゃんもオレンジ寒天ミルク大好きだからね。小菅先生が食べたくなる気持もわかるよ。

 脱線しまくって心配かけちゃってごめんなさい。ということで──。


「遠慮は御無用。ここは弱肉強食くじら組の世界。クールでヒップな非情なるカップ・シャッフルの世界だ。

 当たらなければお宝は手に入りません。ということで参ります」



 オレはみんなに一円玉をよく見せた。

 つづいて紙コップを一つずつ、中までしっかりみんなに見せる。


「ヒア・ウィ・ゴー」


 オレは一円玉を卓上に置いて、その上に紙コップを(かぶ)せた。


「今どこに入ってる?」


「「「「右から二番目」」」」


 その声にみんなを見上げて、眺めやると、みんなが息を飲む。

 ニヤリと笑い、

「あたり」

 と告げたら、ドッと受けた。


 オレはDJになったつもりで紙コップをスクラッチするように動かす。

 合間あいまにヴォーギングを入れてみたりする。

 でもこれを一円玉を持ってる時にやったら、手に持ってるのが、すぐにばれちゃうな。

 ヴォーギングだと手のひらに隠し持つことが出来ない。

 ま、最初だからいいか。初回は純粋に、動体視力勝負で。


「さあ、どれだっ」


 みんなが一斉に、

「「「「これだっ」」」」

 と指をさす。


 圧倒的に一番左の紙コップを指してる人が多い。


「じゃあまずは、誰も指してない一番右の紙コップから開けるね」


 誰かが息を飲んだ。

 静まりかえった教室の視線を一身に集めて、紙コップを開ける。


「ありまっせ~~ん」

 ほっとした息があちこちから聞こえた。

 結構のめり込んでるのね、みんな。


「次は知美ちゃんが指してるお隣の紙コップね」

 知美ちゃんと視線が合うと、

「これで入ってたら、あたしのひとり勝ちねっ。ふふん」

 と言った。


 いい顔してるね知美ちゃん。自信満々だ。


「と言うことで、はい、入ってな~~い」

 開けた瞬間に駄目出ししたら、知美ちゃんに怒られた。

「なんでもっとゆっくりやってくれないのよ~。仲間じゃなーい」

「ふっふっふ。最初に言ったでしょ。ここは弱肉強食のくじら組の世界。ラッドでロックな、非情な世界なのさ」

「でーーーー」

 そのリアクションは何なんだ。女の子がそんな風に顔を崩しちゃだめだよ。


「と言うことで残るは二つ、一気に開けるよ~。ハイっ」


「「「「わあっ」」」

 歓声が上がった。

 自分たちが当たったのを知って、くじら組の圧倒的多数の者達が勝ち(どき)を上げる。


 そんな中、弟さまの淡々とした声がした。

「あ、外れた」

「それだけかいっ」

 きちんとつっこむ。

 みんなの歓声に埋もれてたけど、オレは聞き逃さない。


 ていうか弟さまは早速ここで脱落していいのか。

 まあ、いいんだろうな。

 ちなみに一緒に指さした梅子ちゃん、キミはちゃんと紙コップを追いかけような。キミはずっと寛司くんをうっとりと見てただけだよ。


 だが落ちたのは三人だけだ。

 動体視力は普通にみんな人並みだと言うことだ。

 さてさて、じゃあお楽しみはこれからだよと思ったところで、藤平さんから質問が来た。


「真司くん、ダンス得意なの?」

「得意だよ、ほら」

 と言って手を(はす)に構える。

「どどんが、ど~ん。あ、それ、どんどんどん」


「「「「「あははははは」」」」」


 受けたウケた。

 オレの爺ちゃんの後輩が監督してるチームの応援でもよく流れる、東京音頭だ。

 もちろん踊れる。神宮球場にも何度も連れてってもらった。

 最近弱いけど。オレは応援してる。

 楽しいから。


 だが誰も気づくまい。

 これすら興味を誘導するための仕込みだと言うことに。


(そうだね。これで意識は全部持ってけたね)

(応。大分やりやすくなった。でも落ちるの早すぎだぞ、弟さまよ)

(いいんだよ。オレがオレンジ寒天ミルクにこだわったら駄目でしょ)

(む。なるほど)

(じゃあ頑張ってね。てか、オレ落ちたし、楽しませてくれないと暇になるからホント頼むよ、兄さま)

(応)



「さて、じゃあ二回戦行くよ。紙コップの数は三つにします」

「え? 減らすの? 簡単になっちゃうんじゃ」

「郡さんか。郡さんだって今ので肩慣らしが済んだでしょ?」

「え? 結構本気でやってるんだけど」

「それなら、もっとよく見ないとついてけなくなるよ」

「まさか変身をあと二回残してるとか?」

 オレはニヤリとした。

 郡さんもパパかママの持ってる漫画で知ってるんだなぁ、と。

「さあ、そこは楽しんでもらいましょうか。二回戦、行くよ~」


 オレは紙コップを逆さまにしたまま三つ並べた。

 もちろん中身が空なのはみんなに見せてる。

 そのうえで一円玉を右手に持ち、ヴォーギングで手を交差させながら一円玉を右に左に入れ替える。

 キョロキョロするみんなの姿が愛らしい。


 そしてオレはヴォーギングをし終えると、真ん中の紙コップを斜めに傾けて、その中に一円玉を入れる。


「さあ、シャッフル、しゃっふる~」


 みんなの目が紙コップに釘付けになる。

 オレは余計なことはせずに、ただただシャッフルする。


 視界の片隅で、弟さまだけがニヤリとする。


(あ、気づいた?)

(うん、兄さま、いま紙コップの中に入れたふりしただけでしょ)

(じゃあどこにあると思う?)

(兄さまの、左手)


 おおっ、さすがは弟さまだ。

 そうなのだ。

 実はオレは今、左手に一円玉を持っている。

 ヴォーギングで右や左に移し替えるふりをして、右手に渡したふりをしといて、実は左手の親指を微妙に折り曲げて、そこに一円玉を挟んで持ったままにしたのだ。

 だからみんなはさっきまで一生懸命オレの右手を追いかけてたから、このトリックは上手く行ったと思ったのだが、さすがは種を知ってる弟さま。


(正解。左に持ってる。これでみんなをコントロールしないとね)

(バッサリ落としすぎるなよ)

(了解りょーかい)


 オレはぴたっとシャッフルを止めた。

 みんなの眼前で三つの紙コップの隊列を整える。


「さあ、みんな、答えてちょーだい」


「「「あはははは」」」

 一部に受けたようだ。あのCMは昔っからインパクトあったらしいし。


 と思ってる間に、みんなが紙コップを指さす。

 ほぼ均等に分かれた。


「じゃあどれから開ける?」

「決めていいの?」

 緑川くんが言った。


「もちろん、どうぞ」


「じゃあ俺が指してる真ん中から」


「おっけ~」


 オレは真ん中の紙コップに右手を添えると、そろ~っと紙コップを手前に持って来つつ、たっぷりと時間をかける。ここで時間をかけないと後がきつくなる。

 みんなが固唾を呑んで見守っている。


 一気にオープンした。


「「「あああっ。ないっ」」」「なんでっ」「「「絶対ここだったはずなのにっ」」」


 オープンにした紙コップの中に、一円玉は入っていなかった。


「さて、じゃあ次はどれにする? せっかくだから先生決めますか?」

「え? じゃあ小菅先生、どうぞ」

「いえいえ、ここは担任の山本先生で行きましょう。みんなもそう思うわよね」

「「「「「賛成~~~」」」」」


「じゃあ山本先生、どうぞ」


「じゃあ私の指してる左じゃなくて、右の紙コップを開けてもらおうかな」

「わかりました。じゃあ行きますよ」


 みんなが固唾を呑んだ。


 オレは左手でそっと紙コップに手を添える。ゆっくりと手前に引きながら手の平と親指との間に挟んでた一円玉を離して、その上に紙コップを通しつつ、何食わぬ顔でオープンにする。


「「「「あああっ。あったあった」」」「「「うわ、こっちだったか~」」」「先生、負けちゃった~」「マジかよー」


 みんな阿鼻叫喚(あびきょうかん)となって完全に修羅場と化している。思った以上にのめり込んでくれてたのね。

 てか小菅先生嘆きすぎ。

 そんなに食べたいなら今度うちに買いに来てね。


 それにしても、きれいに決まって良かった。

 この技は、オレが一円玉を置いたその上に紙コップを通すことで、あたかも最初から紙コップの中に一円玉が入ってたように錯覚させるのがコツだ。


 ──ふう。


(オレからも最初からあったようにしか見えなかったよ)

(そうか。ドキドキした甲斐があったよ)

(堂に()ってたけどね)

(なら、おどけた甲斐もあったよ)


 さて、とオレは盛り上がってるみんなを見渡す。


 嘆く声もつづくが、これで参戦してるメンバーも一気に減った。

 先生二人もここで脱落したし、オレの所属するグリクラグループもここで全員敗退した。

 今回の勝負は、三つの紙コップを選べたわけだが、それぞれの紙コップに同じ人数ぐらいの人がゆびを指し示して、均等にばらけてたので、三分の二がこれで脱落したことになる。


 残ったのは六人。

 左から、辻くん、馬場ちゃん、秋穂ちゃん、前田くん、中沢絵里ちゃん、木下、となる。

 馬場ちゃんは弟さまと同じグループだから、もっと真ん中らへんにいたと思ったが、いつの間に左の方に移動したのだろう。

 たぶん木下の位置次第で、馬場ちゃんは自分の場所を移動しそうな感じがする。いまも時々ちらっと木下の方を見てるもん。

 握手は交わしたけど、勝手にカバンを開けるような人には近づきたくないと言ったところか。


(相当むかついてるみたいだよ)

(お、やっぱそうか)

(で、兄さま、次はどうするの)

(次は普通にやるよ)


 オレは大きく頷いた。

 三回戦は普通にやる。

 思うところはあるが、あえてコントロールしない勝負も必要だ。それが参加してくれた、くじら組のみんなへの、わずかな義理の果たし方だと思う。

 とは言いつつ、普通にやるゲームを挟むことで、これがより効果的になることもわかってる。

 前回で、目を皿にして追ったはずの紙コップの中に、一円玉がなかったのだ。あるはずの場所になかったというのを、一度経験してしまったことは大きい。勝ち残ったみんなの頭の中にも、その不可解さは不可解なまま、いまも脳裏を()ぎってるはずだ。


「さ、どんどん行くぞ。次は三回戦だ」


 余韻でざわついてたくじら組が、ピリッと引き締まった。

 オレが一円玉を置いたからだ。

 いま、くじら組の支配者はこの一円玉だ。誰しもがこの一円玉から目を離せない。

 この一円玉を中心に、視線が集まる。


 そしてオレは黙ってその上に紙コップを乗せた。

 まだあるよと言うことで、紙コップを外して確かめさせる。

 極めてオーソドックスだ。

 先程の二回は、こういう見せるという基本を、入れることが出来てなかったように思う。

 マジックのほうに意識が向いて、ドタバタした進行になってたと思う。

 ここで、このゲームに重みを加えよう。

 きちんとした、基本という重みをだ。


「では行きます」


 オレはシャッフルを始めた。

 あえてヴォーギングもしない。

 ただ淡々と紙コップをシャッフルして行く。


 今までとの違いに戸惑ってるのか、皆黙りこくっている。

 だがそれを指摘して、場が崩れるのを皆が嫌ってる。


「さあ勝負。どれに入っていると思う?」


 一番最初に指さしたのは中沢絵里ちゃんだった。

 オレを見て不敵に笑う。女の子にこんなこと言うのもなんだけど、なかなか豪傑だな、その笑顔。


 それから木下、秋穂ちゃん、馬場ちゃん、辻くん、前田くんとつづく。


 秋穂ちゃんと馬場ちゃんと辻くんが右の紙コップを選んだ。

 中沢絵里ちゃんが真ん中の紙コップを。

 そして、木下と前田くんが左の紙コップだった。


 おそらく中沢絵里ちゃんは見たままの紙コップは捨てて、オレが何かしらの仕掛けをしてる前提で選んでる。

 オレの今までが今までだ。

 不敵に笑いかけたのは、騙されないぞという勝負をしかけることが出来た、その満足からだろう。

 豪傑だ。オレにはもう、彼女のその笑顔は豪傑にしか見えない。


 その中沢さんの作った流れに、次に紙コップを指さし、異を唱えて逆張りしたのが木下だ。

 同じグループの中沢さんとは逆の目に賭け、万が一にもオレに勝ち逃げさせないためにそれを選んだのだろう。

 マジシャンの人から教わってはいたが、これがこちらが普通にやってるのに、疑心暗鬼で勝手に自滅していくと言ってたことなのだろう。そういう事例があるとは聞いてたが、実体験として身をもって知ることができるとは思わなかった。これは存外の一事だ。


 なるほど。

 そしてオレが今回採用した、普通にゲームを執り行う際にあらわれる効果的な側面は、こういう場合に強く出て来るわけか。


 彼らにとってはオレが絶対に何かを仕掛ける、その仕掛けることが前提だから、その前提が崩れると、それはもう自動的に無為な捨て石となってしまう。

 だが本人にとっては、あえてグループの仲間でばらけて紙コップを指して行き、そのうえで勝負に出た、勝ちに行く行為だったわけだ。


 想定済みと満足してるのを、満足しとけとこちらが思ってるのだから、なかなかに悪辣な罠となってたりする、ということか。

 本当に効果的だ。


 まあこのケースは、中沢さんの読みに乗って木下が逆張りし、ただ単にオレを潰しに来ただけなのだろうが、おそらく彼らの中では、非常に満足度が高いことになってるだろう。

 結果はかすりもしないことになるわけだが。


 この作戦、この勝負、ハナから見たまんまにオレがやるわけないという、木下の人間観察から来てるのだろうが、優秀であると思ってるが故の小賢しさが、ことごとく裏目に出てるな。


 ご愁傷さま。


 だが、そこで思う。

 コイツから見て、オレはどれだけ(ひね)くれてるんだろうな、と。



 そして、見切ったままの答えを選択した、秋穂ちゃん、馬場ちゃん、辻くん。オレがどうこうではなく、己の目を信じた英傑たち。

 特に辻くんは、将来ぜったい立派なお魚屋さんになれると思う。

 オレは辻くんの目を信じて、お魚は辻くんから買うからね。

 これからも、おいしいお魚をよろしく。


「変更は? 今なら変更してもいいよ」


「そんな言葉に乗らないよ」

 木下が真っ先に言う。


「みんなも?」


 オレが全員に確認を取ると、全員が肯いた。


「よしわかった。じゃあ開けるね」


 オレは右の紙コップを開けた。

 秋穂ちゃんと馬場ちゃんと辻くんが選んだ紙コップだ。

 無駄な時間は必要ないだろう、ということだ。



「「「やったーーーーっ」」」


 一発で当たって、三人が喜びを爆発させた。


「「すっげー」」「「「うそ」」」「「「「なんでっ」」」」

 くじら組のみんなから疑問の声が出てる。


 それこそオレからしたら、何で、だよ。


(やめとけよ兄さま)

(え? なんで?)

(そりゃ兄さまが真っ先に開ける紙コップは、ハズレだと思うでしょ?)

(えっ?)

(みんな兄さまが動いた瞬間、諦めてたんだぜ?)

(マジかよ?)

(マジだよ)

(オレって、くじら組のみんなから、どれだけ捻くれてるように見えるんだろう?)


 だが弟さまはそのオレの疑問にはなにも返事をせず、オレに向けて黒い笑みでニヤリとし、オレが尚も訊き募ろうとしたその時には、馬場ちゃんに向かっておめでとうとエールを送っていた。


 完全に間を外された。

 弟さまよ。そちもなかなかの(わる)よのう。



 そんなオレたちの周りでは、今まで外して三回戦に参加できなかったお友達も、今回は当てたらしくて、当てたぞーとか、あの時当ててればーとか、大いに盛り上がってる。

「ま、いいか」

 オレは黙って感想の余韻に浸ってるみんなを、にこにこ眺めながら待つことにした。



 だが穏やかにゲームを楽しんでる空気を斬り裂く声がした。


「なんでないんだよ」


 ひとり噛み付いてくる奴が出た。

 もう慣れっこだ。

 がんばれ木下。おまえ、なんかもうあっぷあっぷに溺れ始めてるぞ。


「ないからないんだ」

「こんな一円玉ごときで、俺が負けるか。そもそも俺のお父さんは天下の海援財閥グループだぞ」

「いやいや、それを言ったら」

「兄さま、やめとけよ」

「あ、そう?」

「うん。コイツ面倒くさい」


「なんだと、この野郎」

「大人しくしとけ」

「うるせー。どうせズルしたんだろ」


 いや、むしろ、今回に限ってまったくズルをしてないのだが。


「ズルしたんだから俺ともう一度勝負しろ。ズルじゃないと証明して見せろ」


 (たけ)る木下に、弟さまが底冷えするような声を出した。

「兄さまが、ズルをしただと?」

「ああ。そうだ」

「ズルじゃないと証明する立場にあるのは兄さまじゃない。その証明はズルだと指摘したお前がすることだ。証拠はあるのか?」

「これまで、まともに出て来なかったのに今回だけまともなとこからお金が出たら、それはもう、ズルだろうが」


「何のことかな? オレはなんにもしてないよ」

 集まった視線をいなした。めんどくさい。


「だそうだぞ。お前の言う兄さまがズルをしたその手口の証明を、してないと言ってる兄さまがしなければならない理由などない」


「なに難しいこと言ってごまかそうとしてんだ。お前ら兄弟揃ってずるいな」


「証明もなしに、兄さまを、オレたちを、ズル扱いすることは、許さんよ」


 感情を押し殺した声だ。

 こいつはやばい。切れる寸前だ。やれやれ。


「おい木下」

「なんだよ」

「一対一で勝負だ。勝ったらお前を決勝に残してやるよ」


「「「「えええ~~~っ。ずるいっ」」」」

 木下のグループ以外のくじら組のみんなからも不満がこぼれた。

 そりゃそうだ。


「安心してね。絶対負けないから。それよりどこに一円玉があるのか、楽しんでよ」


 でも納得していない。

 そりゃ出来ないよな。

 木下ひとりだけ特別待遇しろと言ってるようなものだもん。


「いいかな、みんな?」

 と訊いてみた。

 ここで、だめかな、と訊かないところがオレのずるいところだ。


「「「「う~~~ん」」」」

 グループごとに目を見交わして、なやんでる悩んでる。


 すると寛司がみんなの前で、大きく息を、ひとつ吐く。

 冷静さを取り戻したようだ。頼むぜ、弟さまよ。


「みんな大丈夫だよ。本気になったら兄さまは、マジすごいから。オレも兄さまの本気見るの久しぶりだから楽しみなぐらいなんだが」

 と弟さまが木下から目を離して、

「見たくない?」

 と振り返ると、

「「「キャーー」」」

 っと悲鳴が上がった。


 キミたちだったのか。

 梅子ちゃん、秋穂ちゃん、郡さん──。

 キミたち、もう寛司の親衛隊でいいよ。

 どんだけ好きなんだよ。

 みんなもドン引きしてるよ。てか、関わったらまずい気がして、もう仕切るのを任せちゃってる感じじゃん。


「「「よし。それでいこう。がんばれ寛司くん」」」


 なんか、話がすんなり決められてるんですけど。それに──。


「いや、やるのはオレなんですけどね」


「ごめんね、真司くん」


 梅子ちゃんから謝られた。

 でもこれは、オレへの謝罪ではなくて、弟さまの兄貴だからという、そう言う身内への配慮もできますよアピールの一環なんでないの。

 オレを見ないで弟さまをうっとり見ながら言ってるよね。

 しかもさっきから声の主が三人いるのはわかってたけど、ようやくそれが誰の声なのかもわかったよ。

 梅子ちゃん、郡さん、それからまさかの秋穂ちゃんだったのかよ。


「いやしかし、ここで謝られてもなぁ」


「いいじゃん。楽しもうよ。あたしも負けたけど、どこにあるのか今度こそ見切ってやるんだから」

 知美ちゃんだ。

 知美ちゃんのそう言う前向きなところ、とっても助かります。


 木下が寛司を押し出して、机を挟んでオレの正面に立った。

 不遜な態度に一部の女の子からブーイングが出てるが、それもどこ吹く風だ。


「やれよ。この野郎」

 木下が当然のように言った。


 えらい言われようだな。まあいい。

 オレは紙コップをひとつ、机の真ん中に置いた。

 オレは左手に持ってた一円玉を木下に見せ、それを右手に移し替えると、左手で右の紙コップを傾けてほんのちょっとだけ隙間を開け、その中に一円玉を入れ、奥に押し込む。


 シャッフルしない。しようがないのだけれど──。


「さてどれだ」

 オレは木下に問いかけた。


 ざわっとする。

 それから嵐が来た。


「「「「何言ってるんだよ、真司ちゃん」」」」「「「「いやいや、おかしーだろ真司くん」」」」

「もう一個紙コップ出せよ」「それでシャッフルしてよ」「「「いやいやいや、ありえないでしょ」」」「踊ってよ」「駄目だよ、それじゃ」「紙コップ足して回そうぜ、真司くん」「あああああっ」


 どんな坩堝(るつぼ)だ。すさまじい混乱となっている。


 木下が勝ち誇った顔をして、オレを見下ろした。

 その木下に向けて、オレは告げた。


「答えは二つある」


 わざわざ指を二本立てて、示した。


「「「何やってんだよ真司くん」」」「見ればわかるよ」「うっわ、兄さまえげつない」「「「やめてやめてやめて」」」「真司くん、こっち見てよ。話聞いてよ」「あああああ」

 みんな狂乱してる。弟さまは平常営業だが。

 まあいい。オレはこの勝負をやめる気はない。


 すると木下が後ろに振り返って、みんなに言った。

「いいんだよ。コイツは本当はバカだから。みんなもよく見とけよ。化けの皮がいま、剥がれたんだ」


「中央にある紙コップ。これが一つ目」

 オレは目の前の紙コップを指さした。


「二つ目は」

 オレはくじら組のみんなを見た。口だけでなく、身振り手振りでヤメロやめろとオレを懸命に(いさ)めている。

 寛司と目が合う。

 寛司だけはくすりと笑って、ご愁傷さまと手刀を切ってる。

「うん。二つ目は内緒だ」


「内緒じゃなくて、どうしようもないんだろう? バカだな」

「で、答えは?」

「その紙コップ」

「変えないか?」

「変えねーよ」


 変えられるわけがない。だって紙コップは一つしかないんだから。

 そう言いたいんだろう?

 お前の目は雄弁だな、木下。


「変えて欲しいんだろ? だったら謝れよ」

 木下が尚も言う。(なぶ)ってるつもりなのだろうか。全く効かないが。


「さて皆様。やきもきさせてすみません。ということで山本先生、小菅先生、おふたりで紙コップを開いてもらえますか?」

「はい?」「何ででしょう?」

「公平、中立を担保するためです。オレは触りません」

「そうですか。そういうことなら山本先生、お一人でどうぞ」

「わかりました」


「では開けますよ。三、二、一」

 カウントダウンと共に、山本先生が気合いを入れた。

「はいっ」


 くじら組の視線が一点に集中する。


 そして、教室中が一瞬静まりかえった。


 オレは思う──。

 小菅先生が紙コップを山本先生にお願いしたのは、くじら組の担任の先生は山本先生だからだろう。副担任の自分は一歩身を引いて、担任の山本先生を立てたのだろう。

 さすが園長先生の奥さん。

 その園長先生の奥さんが目を見開く。

 山本先生も驚いて絶句する。


「「「「ええええ~~~~~っ」」」」


 くじら組のみんながその結果に絶叫した。

 机の上に置いてある、たったひとつの紙コップ。

 その中にオレが入れたはずの一円玉が入っていなかった。


「「「「ないっ、ないよ~~~~っ」」」」

「「「「マジかよっ」」」」

「「だって絶対入れてたじゃん」」「「「入ってたよね」」」


「その後触ってもないのに」「別の紙コップなんて無理よ」

 先生たちまで美味しい反応ありがとうございます。


「二つ目の答え。入ってない。これが正解だ」


 山本先生と小菅先生が開けたあとを何度も確認する。紙コップをひっくり返しても、一円玉は入っていなかった。

 影も形もない。


「そんなっ」

 木下が声を失ってる。


「オレは、そんな、なんて呼び名じゃなかっただろ」

 ニヤリと笑って見せた。

「どうも。バカです」


 木下の悔しそうな表情は初めて見たかな。


「でだ、お前は自分に利用できる都合のいい話だけに、聞き耳を立てるのはやめろ。

 くじら組のみんなの声を聞け。

 お前はくじら組の頂点じゃないんだ。くじら組のひとりなんだ。

 みんながお前の行為をここまで許してくれたことを考えろ。それがお前の言うところのバカに負けた、お前がやるべき身の処し方だ。

 それがお前に迷惑をかけられた人たちの」


 と言ってオレは馬場ちゃんと赤樫くんを見た。

 馬場ちゃんと赤樫くんが頷いてる。


「総意だ」


「兄さまよ。それにはオレも入れといてくれ」

「ん? 何でだ、弟さまよ」

「オレも木下には、ちょっと頭に来てね。負けたのに一人だけ駄々こねて、自分だけ泣きの一番をしたくせに、そこまで話を持ってくのに、どこかの誰かの名誉を、散々こき下ろしてくれたよね」


「あー、確かに。偉そうな泣きの一番だったな」

 豪傑の中沢絵里さんが大きく肯いた。てか中沢絵里さん、さっきも思ったが、あなたは木下と同じグループでしょうが。

 豪傑だ。マジもんの豪傑だ。


「「そうだよね」」「「「「ずるいよねっ」」」」「俺もそう思う」「あたしも」「わたしも」「あんな態度でさ」「「ないよねー」」「真司くん、勝ってくれてありがとー」「「「ずるすぎでしょ木下」」」


「ハイ。みんな静かにしよう」

 山本先生がパンパンと手を叩いた。

 しかし山本先生が押さえようとしても、まったく静まる気配がない。

 オレは煮えくり返ってるクラスメイトの喧噪の中、山本先生の背中を叩いて、振り返った山本先生に、任せて下さい、と言った。



「みんな~~~~っ」

 とオレが呼びかけた。


「どうやってやったのか、知りたくないか~~~~~っ」

 オレが叫ぶと、みんな息を飲んだ。


「「「「知りた~~~いっ」」」」


「どんなマジックをやったのか、知りたくないか~~~~~っ」


「「「「知りた~~~~~いっ」」」」「それは知りたいわね」「興味ありますね」

 先生たちも頷き合っている。



 と言うことで、急遽、種明かしをすることにした。


「ちなみにオレが何したかわかった人いる?」


 寛司が手を挙げかけて止めた。

 うん、身内はまずいよな。

 いや、自分が説明する羽目になると思ったのだろうか。面倒くさいもんな。


「いないみたいだね。じゃあとりあえず、オレはこんなことが出来ます」

 言って、右手の親指の指先に、一円玉を引っ付けた。


「これが出来ると、こういうことが出来ます」


 オレは右手を机の上に乗せる。

 そしてその右手を机の上を滑らせ、一円玉を手の下に入れて隠してから、そこから親指の指先に引っ付けて、さらに親指と手の平で一円玉を挟みこんだ。


「ただ、くっつけただけだよね」

「それから、もぞっとしただけだよね」


 キミたちから見れば、そうにしか見えないだろう。

 オレは手の平を返して、いま一円玉がどんな状態になってるのか見せて上げた。


「「「あああ」」」「「「「挟んでるっ」」」」「「「「「すっご~~~い」」」」」


「これで何がわかる?」


 山本先生が手を挙げた。

 相変わらずですね、山本先生。グリクラグループの時みたいだ。


「はい、山本先生」

「もしかして、右手で紙コップの中に入れたように見せかけたの?」

「はい、正解っ」

 オレは即答した。


 最初は理解が追いつかなかったみたいだが、それで何が出来るかに思い当たると、教室がどよめいた。


「入れる振りしたの?」

 代表して訊ねて来る真理ちゃんに、

「そう」

 とオレは肯いた。


「細かいテクニックもあるんだけどね」

「どんなどんな?」

 普段は物静かな宮島蛍ちゃんの食いつきが良い。元気が出てくるのは良いことだ。


「オレが左手で紙コップを開けたのは、右手のわずかな動きが、みんなから左手が邪魔になるようになって、より死角になるよう、見え辛くしたりとかさ」


 実際に紙コップを置いて、その動きを見せると、

「「「「へ~~~っ」」」」「「「うわ」」」「「「見えな~~~い」」」

 とみんなが納得した。


「あと親指の指先にひっつけて、その後親指で一円玉をわずかに挟むのは、こんな感じ」

 と実際にもぞっとした動きを再度見せて上げた。


「順繰りに見ると、わかりやすいね~」

「だから紙コップから手を抜いた時に、一円玉も一緒に抜き取ってしまえたのか~」

「ただ入れる振りをしただけだったなんてね」


「あの一瞬でよくもまあ、これだけ緻密に戦略的に動けたわね」

 小菅先生も驚いてる。

 でも先生が驚いてどうするんですか。こんなの先生が許可してくれたお情けの一番じゃないですか。それに──。

「これはオレが考えたことじゃないですよ。こういうマジックがあるんです。オレより先に生まれた、先達が残してきた叡知(えいち)ですよ」


「でも、すごいよねー」「うん、全然気づかなかったー」「ズルじゃねーか」

「マジックだよ。だから何度も説明しただろ? 変えるかどうかも訊いただろ?」


 加藤くんと前田くんの会話に紛れ込ませようとしても、今度はくじら組のみんながそれを許さなかった。

 豪傑の中沢絵里ちゃんが木下を(たしな)めてる。


「全然ズルじゃないよねーっ」「だってマジックしてるの、みんな知ってたし」

 宮島蛍ちゃんに、田中くんが相槌を打ってる。

「そうだよね」

「楽しんでねって真司くんが言って、みんながそうしてるのに、一人だけずうっと駄々こねてるだけだよね、木下くんって」

 なかなか辛辣(しんらつ)な藤平さんに、豪傑の中沢絵里ちゃんが肯いてる。

 てか毎度言うが、中沢絵里ちゃんは、木下とおんなじグループでしょうが。

 いや、そんなの気にせず、是々非々で行くから豪傑なのか。

 まあいいや。とにかくキミは女の(かがみ)だ、中沢絵里ちゃん。

 その間にも、みんながそれぞれの意見を表明している。


 てか、これはまずい。もしかして火が付いた?

 オレは宣言した。

「こんな些事(さじ)にこだわっててどうする、みんな。決勝戦、見たくないのかーーっ?」


「「「「見たいっ」」」」


「本当に見たいか~~~~~っ」


「「「「見たいっ」」」」


「じゃあ始めるぞ~~~~」


「「「「おおーーーーーっ」」」」


 みんなの心がひとつになったようで、何よりです。


 木下が睨んでくるが知ったことか。

 お前だって吊し上げられるよりは良かっただろう?

 先生たちも不測の事態を回避できてホッとしてる。

 お情けのカップ・シャッフルで、先生たちに迷惑をかけるわけにはいかないんだよ。そこで大人しくしとけ。


 とりあえずお前は今、敗者なんだ。


(クールでヒップな非情な世界ってか)


 寛司か。

 ここで弟さまが魂の回廊を開いたらしい。


(弟さまよ。お前も追いこみすぎだぞ)

(ちょっと毎回噛み付かれるのも、うんざりなんでね。(しつけ)はしとかないと。みんなの迷惑になるだろ)

(まあ、そこは否定しないが)



「よし。じゃあ改めて。木下、そこをどこう」

「ちっ」


 木下が隅の方に行く。

 抵抗しないんだから少しは成長したな。


「佐藤秋穂ちゃん、辻篤紀くん、馬場瑠璃ちゃん。前に座って下さ~い」

 三人がイスを引いたところで、

「はい、拍手~~っ」

 とオレはみんなに促す。


 腰を下ろした三人に、拍手が上から降ってくる。

「ここまで勝ち残った、くじら組の精鋭に、今一度おおきな拍手をお願いします」

 みんなが手を真っ赤にして、より拍手の音が大きくなった。


 秋穂ちゃんと辻くんと馬場ちゃんの頬が、誇らしげに朱に染まってく。

 言葉はいらない。

 気持が伝わってく。


「みんな、ありがとーう。ではこれから決勝戦を行います。誰か一人になるまでつづけるからね」


「「「「おおお~~~~~っ」」」」


 みんなの目がキラキラした。


「じゃあ入れます」


「ちょっと待って」

 秋穂ちゃんが手を挙げて、オレを止めた。

「そっちやりたい」

 辻くんも言う。

 オレが馬場ちゃんを見やると、馬場ちゃんも、うんうんと頷く。


「そっちというのは、入ってるか、入ってないかのゲームってこと?」

 確認のために訊ねると、

「そうそれ」

 と三人とも肯く。


「えーっと、もう入れるだけなんだけど」

「まだ入ってないならいいでしょ?」

 秋穂ちゃんが重ねて言う。


「本当に普通のじゃなくていいの? 入ってないのも選択肢に入れると指させないよ。最後なのに締まらなくない?」


 オレは暇を持て余して、一円玉を机の上でぐるぐる回してく。

 思わぬ形で水を差されてしまった。


「俺もシャッフルじゃなくて一円玉が入ってるか入ってないかのゲームに変更してほしいな。面白かったし」


 うんうんと秋穂ちゃんと馬場ちゃんが肯く。



「だったら、そっちもアリアリのカップ・シャッフルにしたら良いんじゃない?」

 言ったのは弟さまだ。

 その言葉に、三人が顔を見合わす。

 馬場ちゃんが同じグループだから代表して弟さまに訊いた。


「寛司くん? どういうこと?」


「どうしたもこうしたも、これまでの技と、木下にやったのとの複合技を、それを兄さまにやってもらおうってことさ。全部アリアリのクールでヒップな非情なゲームってこと」


 そういって寛司が片目をつぶると、

「「キャーッ」」

 と悲鳴が上がった。


 て梅子ちゃんと郡さんか。

 キミたちはもう、寛司が何かするたびに歓声を上げてるよね。

 もう隠す気まったくないよね。

 秋穂ちゃんも声を上げたそうだけれど、当事者だから我慢してるのね。えらいえらい。


「そっちも含めたカップ・シャッフルでやった方が、決勝戦にふさわしいでしょ」


 弟さまがもう一押しした。

 てか、そっちというのが定着してしまったようだ。


 まあオレも、入ってるか入ってないかのゲームは、マジック名を知らないから、そっちと言う名称を変更しようと提案しようにも、代案が全くない状態なのだが。

 適当に名付けて、後で本当のマジック名を知って大恥をかくのも避けたいところだし、そっちで通じるなら、くじら組のローカル名称と言うことで、マジック業界の方々にも許して頂こう。

 ごめんなさい。




「そうね」

 と秋穂ちゃんが言った。

 頬杖がわざとらしい。本当は無条件で賛成と言いたいところだろうが、二人の手前、我慢してるのが見え見えですよ。

 いや、これが女の子というものなのだろうか。わからん。


「わたしも、全部アリアリでやって、それで真司くんに勝ちたいわっ」

「そうだね。決勝戦だもんね。全部アリアリにしよう」


 話がまとまったようだ。

 三人の目を見ると、勝負師の眼で、お願いしますと勝負を挑んできてる。


「おっけ~。じゃあご要望にお応えしましょう。入ります」

 オレは右から左に左手を流して、みんなの目を充分に引きつけてから、真ん中にもどって、紙コップを少しだけ傾け、その中に左手を入れた。

 紙コップを閉めると、大きなため息が教室に流れた。

 みんな緊張して見守ってくれてたらしい。


 だが早速、反応が返ってくる。


「もうなくない、なんてことはないかな?」

 お、秋穂ちゃん、いいね。

「それはないでしょ。だって、もぞっとした動きなかったもん」

 辻くんだ。

 いや、鋭い。

 辻くんは本当にいい目を持っている。

 目利きの利いたお魚屋さんの目はごまかせない。


「右手で中に入れたように見せかけただけだよ。そう思ってたんだけど……」

 馬場ちゃんだ。

 馬場ちゃんも楽しんでくれてるようで何よりだ。

 さすが、細かいフェイントを正確に見極めようとしてただけのことはある。


 それにしても、みんな種明かしで知った情報を前提に、この勝負を組み立ててくれてるみたいだ。

 とってもありがたい。

 一生懸命説明した甲斐もあったというものです。

 がんばりました。



 でもオレが、全部の種明かしをしたわけでもないんだよな。

 練習もしてない行き当たりばったりの状態で、昔見たマジシャンの技を真似しようとしても出来ることなんて限界がある。


 つまり──。


 オレはまだ一円玉を持ってる。



 まあ、そんなこんなで三人が相談してるが、進行もしないとね。


「ハイ、じゃあ行くよ~」

 オレはみんなのお顔を見回した。

「本日最後のシャッフルしゃっふる~~」


 するとくじら組のみんなも一緒に唱和し始めてくれた。

 最後という言葉が思いの(ほか)、効いてしまったのか?

 これはあれだ。

 念仏の時とおんなじような感じだ。


「「「「シャッフルしゃっふる、しゃっふるシャッフル~~」」」」


 みんなノリノリだ。

 おかげでやめられない。


「「「「シャッフルしゃっふる、しゃっふるシャッフル~~」」」」「「シャッフルーー」」


 みんな元気だな。

 それと、先生も一緒になってどうするんですか。

 オレはと言えば、ちょっと疲れてきてる。


「「「「シャッフルしゃっふる、しゃっふるシャッフル~~」」」」「「シャッフルーー」」


 もう、堪忍してつかぁさい。


「はい、これでどうだっ」


 オレは三つの紙コップを、ドンと提示した。



 口火を切ったのは辻くんだ。

「実はシャッフルの最中に何回か8の字を描いて、ごまかそうとしてた動きあったよね。あれで、一円玉が入ってる方を左に持ち替えたんだよ」

 辻くんもよく観てる。

 魚の目利きで鍛えたその目を、存分に発揮してくれ。

 そしてその目で、美味しいお魚をうちの食卓に届けてね。


 やばい。魚のことを考えたら、鰹が食べたくなってきた。


「まあ、辻くんがそこまで言うなら大サービスだ。いっつも美味しいお魚を買わせてもらってるからね」

「辻くんち、お魚さん屋なの?」

「そうだよ。とっても新鮮なお魚ばっかりなんだ。うちはスーパーでお魚を買ったことないよ。いっつも辻くんち」


 あら、そうなの、と小菅先生の目が光った。

 あれは副担任の目でも、園長先生のお嫁さんの目でもない。主婦の目だ。

 今度買いに行って上げて下さいね。


「と言うことで、ハイ」


 オレは両手を広げて手の平を表に返す。


「「「「あっ、ないっ」」」」「ほんとだー」「じゃあ紙コップに入ってるんだー」「本当に大サービスだぁ」「どれかにあるんだよ」「どれだろうね」「おれ、途中で見失っちゃった」


 すると弟さまが何気なく言った。

「とりあえずはっきりしてるのは、紙コップのシャッフル・カップ、面白いよね」


「「おおお~~~」」

 肯定の頷きがすさまじい。

「さっきので最後だったのがもったいない」

「もう一回見たいよね」「見たいね」「「「「見たい、見たーい」」」」」


 弟さまよ。盛り上げてくれてありがとう。

 でもオレは疲れてんだよ。


(がんばれ兄さま)


 オレは気がついた。


(おまえ、わざとだろ)


 すると弟さまは驚いた顔をして見せた。

 お茶目な奴だ。

 舌を出すな、この野郎。


 ということで、もう一回シャッフルをしてあげる。大サービスのヴォーギング付きだ。

 オレの紙コップ操作に、みんなの目が釘付けだ。


「「「「シャッフルしゃっふる、しゃっふるシャッフル~~」」」」


 二回ほど念仏がリピートされたが、さすがに限界だ。どこに基準点を置いてたか、オレももう忘れてしまったぞ。


「宴もたけなわですが…………」


 と言いつつ、息を切らせてオレはシャッフルを止めた。

 肩で息をする。

 三歳児の身体だと、シャッフルするという操作だけでも、こんなにも肉体を酷使する、キツイものなんだな。

 さすがにみんなも、もっと、とは言わないでくれる。ありがとう。くじら組のみんな。

 キミたちはある意味、弟さまより慈悲深いぞ。

 オレは息を整えて言った。


「さあ、本当に最後です。馬場ちゃん、秋穂ちゃん、辻くん、よ~く考えてから指してもいいからね。思いっきり楽しんでよ」

「うん」「はい」「そうするよ」


 よし、休める時間、確保。


「わかる?」「なんとなく」「俺は真ん中だと思う」「わたしは右」

 秋穂ちゃんは自分から話を振って、こういうの好きなんだな。

 なんか納得。


 オレは勝負に集中する三人から目を離し、くじら組のみんなに向けて言った。

「みんなも考えていいよ。勝負には関係ないけどさ。楽しんでね」


 途端に、邪魔をすまいと黙ってたみんなが、相談を始める。


「あたしは辻くんとおんなじで真ん中だと思う」

「あたしは秋穂ちゃんとおんなじかな~」

 フフンと笑って入ってないを選ぶ内田くんみたいな人もいる。

 あ~だこ~だと喧々囂々(けんけんごうごう)になって来ましたな。


 しかしみんなは気づいてない。

 何もオレのやるマジックが、カップ・シャッフルというマジックだけとは限らないと言うことに。

 そう、マジックには、別に種類が一種類しかないというわけではないのだよ、アケチくん、じゃなくて秋穂ちゃん。

 そして、世界にはいろいろな種類のマジックがあるのだよ、コゴローくん、でもなくて馬場ちゃんに辻くん。げふんげふん。



 例えばマジックには、コイン・マジックというのもあるのですよ。



 このコイン・マジックの中には、机の上で円運動をしたりするコイン・マジックもある。

 円運動をすると言うことは、円を上にむけて描く時もあれば、下にむけて描く時もあるわけなんだけど、この円運動をする際に、上に円を描く時にはコインに触れず、下にむけて円を描く時はコインに触れれば、コインを下に動かすということが出来るようになったりする。


 そしてそう、このコイン・マジックの方法ならば、みんなが気づかないうちに意図的に一円玉を下にうごかすことが可能となるのだ~っ。ぱふぱふっ。

 これはすごい。

 まるで水面のしたで必死に足をうごかす白鳥のようだ。見たことないけれど。


 細かなテクニックとしては、最初は指先で触れ、つぎの円運動のときは指の付け根あたりで触れ、その次は手の平の下の方で触れ、そうして最後には机の下に一円玉を落とすのだが──。


 お気づきだろうか。


 これをするとみんなの目には、手の円運動が同じところで行われてるようにしか見えないということに。


 楕円を描けば何かをしてるとすぐばれる。でもずっと同じところで円を描いていたら、ばれる可能性は極端に少なくなる。


 つまり、外から見ると、オレが一円玉を押さえてるはずの手は、手の平でおんなじところをグルグル円を描いてるだけなのだが、実際に行われてたのは、みんなには見えない場所で、一円玉を下へ下へと懸命にうごかしていた事になるわけだ。

 まさか「そっち」も入れてくれと、キミたちが要求してたあの時に、オレが密かに一円玉を移動させてるとは誰も思うまい。

 ましてやあの時は、みんな、おしゃべりに夢中だった。




 ということで実は今、一円玉はオレの左右の太股のあいだに落ちて、挟まっている。




 だからみんなはオレが両手を広げたことで一円玉は紙コップの中にあるという前提で話を重ねているが、正解は全ての紙コップに入ってない。ぜんぶ入っていないと言うのが正解なのだ。


 ただ、いつまたもう一回手の平見せてと言われるかわからないから、まだ一円玉には手を触れない。

 一円玉にはおとなしく太股の上で出番を待っててもらいましょう。


「さあ、決まったかな?」

 オレは決勝に残った三人に話しかけた。

 とたんに教室が静かになる。

 辻くん、馬場ちゃん、秋穂ちゃんが頷いて言う。


「うん」「決まったよ」「決めたわ」


「じゃあ、どうぞ」


 そうして三人がバラバラの紙コップを指さした。


「特別ついでだ。勝負じゃないけれど、くじら組のみんなも、どこに入ってると思うか、紙コップを指さしていいよ」


「「「「やったーーっ」」」」「俺これ」「わたしこれー」「えー、こっちじゃなーい」「いや、きっとまた入ってないだよ」


 鋭い意見が時々混じってる。遊びだから適当なんだろうけれど。

 せっかくだからね。みんなも楽しんで下さい。


「じゃあまずは誰からのを開けましょうか」

 オレはリクエストを募った。

 手は膝の上に置く。


「馬場ちゃん」

 赤樫くんが真っ先に手を挙げた。

 馬場ちゃんが一瞬赤樫くんを睨む。なんでわたしを指名するのよ、といった眼差しだ。


「よっしゃ、馬場ちゃんからだ」「あるかな、ないかな」「早く早く」


 あきらめてね、馬場ちゃん。

 もうみんな盛り上がっちゃったから。


「では行きます。先陣は、馬場ちゃんが切ります」


 オレが紙コップに手をかけると、馬場ちゃんが祈った。


「お願い。入ってて」


 祈る乙女は美しい。

 赤樫くんがウットリとしてる。何気に前田くんも馬場ちゃんを見てるな。

 キミには応援もついてるぞ、馬場ちゃん。

 だが馬場ちゃん。君には勝たせない。地に落ちたオレへ、追い打ちをかけて来た君に、今度はこちらが追い打ちをかけるのだ。


 静かに、そっと、紙コップをオープンする。


「あああっ」

「入って…………ない」


 馬場ちゃんががっかりした。

「じゃあ、みんな。最後まで勝負した馬場ちゃんに拍手を」


 馬場ちゃんにみんなから拍手が送られた。

 馬場ちゃんが嬉しそうに何度も頭を下げている。

 楽しんでもらえたようで何よりです。


 そして拍手も終わる。

 まだ勝負はつづいてる。それがみんなにもわかっているのだ。

 と同時に、まだつづくといった安堵のため息も混じってる。

 みんな、名残を惜しむように、最後のカップ・シャッフルを楽しんでくれてるのだ。


「さて、次です」


「次は秋穂ちゃんから行こう」

 弟さまのリクエストが来た。

 秋穂ちゃんが弟さまから自分の名前を呼ばれて、ポウッとしてる。


 だが助かった。

 辻くんのを開けてたら、次はみんなの目をごまかしながら本当にあるのかどうかと二択だけで見られることになる。

 その目をごまかす技倆(ぎりょう)は、今の疲れ切ったオレにはない。

 こっそり置くのは難しいので、最悪どっちにもないにして、決勝戦の二戦目をしなければならないところだった。


 ん?

 アリアリに変えたのも寛司だったな。

 そして今の助け船も……。


(てか、オレの狙いも、ばれてるのか?)

(そういうこと)

(マジかよ)

(だから、これでさっきの借りもチャラってことで)


 シャッフルのことか?


(オレ、本気で疲れたんだぞ)

(ごめんごめん。みんながあそこまで本気になるとは思ってなかったんだ)

(まったく。でも助かった)



 みんなもみんなで話が弾んでる。

「秋穂ちゃんがんばれ~」「緊張してる?」「あと二回残ってる」

 とか、思い思いに言葉を交わし、いつの間にか仲良くなっている。

 これなら少しは、先生たちの仕掛けた、くじら組のみんなが仲良くなれるよう企画された、このお宝探しゲームに貢献出来たかな、と思う。


 オレは太股に手を置いて、みんなの楽しそうな声をにこにこ聞きながら、一円玉を回収した。


「さて、では秋穂ちゃんの紙コップを開けましょうか」

 オレが訊ねると教室が静かになった。


「あれ? 盛り下げちゃった?」


「ちがうよ兄さま。兄さまが悪い事しないか、みんな目を光らせてるんだよ」

「あ、そゆこと。けど人聞きが悪いぞ。オレが悪い事しないかだなんて」

「「「「「あはははは」」」」」

 真面目に反論したら思いっきり笑われた。

「マジかよ? じゃあもう行くよ。行っちゃうよ」


 オレは涙目になって秋穂ちゃんの紙コップにそっと手を添えた。

 誰かのゴクリと息を飲む音が聞こえる。

 添える時に、親指に挟んでいる一円玉を置く。音も立たない。うまく置けた。


 一度はやった技だが、これが今のオレには難しい。

 なんか手が、(ふる)えそうだ。


 それからオレは紙コップを手前にずらしてくわけだが、まだ一円玉は手の陰に隠れている。なので、この上を通過するようオレは紙コップをゆっくりと、慎重に動かす。

 長い時間がかかってる気がするが、実際には息を飲む、わずかな一瞬なのだろう。だが、オレにはとてもとても長く感じられた。

 ようやく一円玉の上空に達する。そのことで心は千々(ちぢ)に乱れようとする。その心を、オレは抑制する。

 喜ぶな。気を抜くな。ここで終わりではない。

 身体はうまく操作できている。

 そうしてオレは解放する。ゆっくりと流れた時間が終わり、クラスメイトの視線のことごとくが紙コップへと集まる中、オレはそれらの視線の全てをかいくぐり、さも初めからこの中に入っていたかのように、紙コップを開く。



「「「「あったーーーっ」」」」「「「「あったあったーーっ」」」」

「「「「秋穂ちゃんの勝ちだーーーーっ」」」」



 やりきれた。

 くじら組の歓喜がこれでもかと爆発する中、オレは自分の席に深く沈みこんだ。


「秋穂ちゃんおめでとう。キミの優勝です」


 言ったが、みんなの声が大きくて、その歓声に掻き消されてた。


 オレは腰に力を入れて席を立ち、優勝賞品を取りに行こうとする。だが、そこでオレは気づいた。


 ──オレ、自分の机から景品を他の場所に移した覚えがないぞ。


 やばい。

 景品がみんなに押し潰されてた、なんて事になったら、せっかくの催しが台無しだ。


 オレが泡を食って歓喜の輪から抜けると、真理ちゃんが自分のロッカーにもどって、枡屋の箱を持って来てくれていた。

 いつの間に、どかしておいてくれたんだろう。

 全く気づいていなかった。

 でも考えてみれば、オレの机でシャッフル・カップをやると決めた時から、オレの机の周りにはくじら組のみんなが押し寄せてきていたはずだ。

 ということは、真理ちゃんはその前に事態を先読みして、対処してくれてたことになる。


「いや、真理ちゃん、すごいな。どうもありがとう」

「いいからいいから。真司くんは場を閉めないと」

「うん。どうもね」


 盛り上がるみんなに通してねとお願いしつつ、オレはそそくさと催した者の責務として、主催者席に戻った。

 秋穂ちゃんがみんなから色々と聞かれている。


 おそらく「どうしてわかったの」から始まって、今は「会話に騙されないよう目を離さずにいた」ってところまで来ているようだ。

 それにしても酷いな。

 オレは詐欺師か。


「はい。お話も盛り上がってるみたいですが、ここで優勝賞品の授与です」


「「「「わあっ」」」」

 みんなから歓声が上がった。少し、羨ましそうな声も混じってる。


「これがオレンジ寒天ミルクです。どうぞ」

 オレから秋穂ちゃんに優勝賞品が手渡された。

「優勝は秋穂ちゃん」

 オレが宣言すると、拍手が秋穂ちゃんに降り注いだ。秋穂ちゃんも嬉しそうだ。


「それから、最終戦をできなかった辻くんにも拍手を」

 辻くんにも拍手が送られる。

 存外なことだったのか、辻くんは嬉しそうだが、恥ずかしそうでもあった。

「それから最後に残った三人に、それから自分たちくじら組にも、拍手を」


 そう言って盛り上がるみんなに合わせて、オレも一生懸命拍手した。

 さあ、楽しい時も、もう終わり。


 オレはみんなにペコリとお辞儀をすると、先生の(もと)に行った。

「先生どうもありがとう。これでオレのお情けのゲーム参加は、終了です」

 後ろからクラスのみんなから拍手が送られた。

 やべ。ちょっと嬉しい。みんなこんな気持だったのかな。


 すると山本先生と小菅先生から、

「よくできました」

 とお褒めの言葉を頂いた。


 こうしてオレの宝探しゲームの番外戦、カップ・シャッフルは終わった。



(これで兄さまの悪事は無事、闇に葬られたわけだ)

(なんだよ、やめろよ。そんな風に言われると、犯罪をした気分になって来るじゃないか)

(いや、こんなにみんな喜んでるのに、実は勝たせたい相手を決めてかかってたわけだから、相当な悪事だと思うけどね)

(喜んでるみんなに悪かったのかな?)

(どうだろう。おやつをあげたい人にあげただけと考えれば、そこまで悪くないんじゃない? 損してるの、兄さまだけだし)

(どっちなんだよ)

(じゃあ悪事の方で)

(そっちかよ)

(しかし、ばれなかったね)

(ああ)

(おつかれさま)

(さんきゅ)


 返事をして、オレは魂の回廊を閉じた。

 今日は本当に疲れた。

 お情けでやらせてもらえたカップ・シャッフルだったけど、どうにか乗り切れて本当に良かった。

 勝ったのは佐藤秋穂ちゃん。

 今も、みんなから祝福されて輪の中心にいる。

 その嬉しそうな顔を見ることができて、少しは(むく)いることが出来たかなと思う。

 今日オレは、本当に感心したんだよ。

 紙コップに重ねてオレたちグリクラグループの紙コップと擬態させるなんて、あんなすごい発想、オレは今まで想像したこともなかった。

 だからこれは、オレから佐藤秋穂ちゃんへの、ささやかなお礼。プレゼントなのです。


 おいしく食べてね。


原稿用紙百枚越えを六日とは……何度三つに分けようかと思ったことか。

そのたび、ここは、一気に読みたい物語だ、と踏みとどまったりして、こんな感じになりました。

誰も読んでないだろうけど、こうして書いてる人がなろうにはいっぱい居るんだろうなぁと思いつつ、それを励みにして、布石をどうにか置いてます。

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