第11話 宝探しゲーム「くじら組編その五」
緑川くんは意図したわけではないだろうが、ヘイトを集めることによって、見事に視線誘導を果たす役割を担ってくれた。
オレたちグリクラグループを見ていた、わんちゃんグループの各人や、土井垣桜ちゃんと中沢絵里ちゃん、それから藤平さんに郡さんは、今や緑川くんに釘付けだ。
その目が雄弁に緑川くんへの苛立ちを物語っている。
ちょっと恐いぞ。
でも向こうで揉めてるのを気にしてる人もいる。
辻くんや加藤くんは、心配そうな顔をしてる。それと当事者であるイチゴグループの仲間である弟さまと梅子ちゃん、木下と同じグループの内田博くんも、事態を見守ってる。
「ああ、くそっ。見つからねー」
つぶやいてドッグフードのお宝を持って来てた前田くんが探索の手を止めた。するとその近くにいた木下のグループにいる土井垣桜ちゃんが、
「とりあえず真司くんのお宝は見つけたよ」
と言った。そして丸見えのオレのお宝を指さす。
「いやいや、見つけたも何も参加してないじゃん、オレ」
「あ」
真理ちゃんがいきなり声を上げた。
「どしたの?」
「確かにホームルームでは山本先生も、このままやりましょうって感じで、言ってたような……」
真理ちゃんが言った。
「それってさ、オレのことは放っておいて、このままやりましょうってことじゃないの?」
「何言ってるの? じたばたせずに、このままやられなさいって先生は言ってんのよ」
おお、そういう解釈か。
つまりオレは、このままでやりましょうと言われて、本当にそのままにしといた猛者というわけか。中々に大胆不敵なことをしている。
しかしそこは解釈の違いだ。
オレはこのままでやりましょうと言うのは、オレを抜かしてこのままやりましょうって意味で受け止めていた。山本先生とのその後の諸々のやりとりでも、不参加の前提で会話が成り立っていたのも事実だ。
でも──。
「そうだったっけ?」
と、別にどっちでもいいから話を進めることにする。
「確かそのあと、隠してる時間の間に、山本先生と参加は無理ねみたいな話をしたのも事実ね。先生とあたしたちの間でだけど」
と知美ちゃんが思い出してくれる。
オレは気にしてなかったから気にしない。
確かに土井垣桜ちゃんの筋の立て方も通るのだ。
山本先生がどう言ったのか一字一句を思い出せるわけでもないしね。
ん?
ということはオレの記憶力は、興味がないことには笊だと言うことなのだろうか。
うん。どうもそうみたいだ。ドイツ語と英語を操れるってのは、ものすごい記憶力だとさっきは思ったが、要は気分次第ってことか。
「そうか。じゃあ一応、参加してないってのも嘘でもないのか」
「してないじゃなくて、出来ない、でしょ」
「うっ」
土井垣桜ちゃん、容赦ない子。
「生物だから箱から出せないし、紙コップに入らないし、そんなの真司くんだけだよ」
「いや面目ない」
「ね、ひとりだけ参加出来ないって、どんな気分」
「どんな気分って」
「ねえ、ねえ」
「とりあえず今は」
「今は?」
「困った気分」
「そう。困ってるの」
「うん」
「ならいいわ」
溜飲が下がったのか、土井垣桜ちゃんが向こうに行く。
いや、助かった。
土井垣桜ちゃんは結構キツイ子だ。
あの感じだから、木下と同じグループになっても負けないのだろうか。
木下の騒動にも基本、我関せずって感じみたいだし。
「ごめんなさい」
あ、その木下が馬場ちゃんに謝ってる。
山本先生が握手しなさいと言ってる。だがそれは赤樫くんが拒否した。
いいぞ赤樫くん。キミはぶれないな。
心おきなく馬場ちゃんの握手を守るんだ。
CDも買ってないのに、握手券もないのに、そんなキミの心の声が聞こえて来そうだ。
いや、子役だからCDは売ってないのか?
「くすっ」
知美ちゃんが隣で笑ってる。
やっぱ赤樫くん、いいよね。
「赤樫くんが、馬場ちゃんの握手をダメって言うの、面白いよね。馬場ちゃんのことなのに」
「でも……憎めないよね、彼」
オレがそう言うと、隣でグリクラグループの全員が肯いた。
あ、その赤樫くんを山本先生が怒ってる。
抵抗しようとしてるが、
「仲直りを邪魔するのは、いけないことですよ」
と先生に説得されている。
でも赤樫くんは、先生の言いたいことは、俺の言いたいこととは違うんだと、先生に言いたそうだ。
それはそうだ。
仲直りの象徴として握手をさせたい山本先生と、清らかな馬場ちゃんの手を守りたい赤樫くんとでは、その目的がまったく違う。
だがそれを言えないのだろう。男心だ。何が男心なのかわからないけれど。そこはノリだ。でも赤樫くんの心はわかる。
「ああっ」
赤樫くんの時間が止まってる間に、馬場ちゃんと木下による握手が、山本先生による司会進行のもと、厳かに執り行われた。彼はその光景を、血涙を飲んで、すぐ間近で見ることとなった。
(馬場ちゃんと、初めて握手を交わした男は、木下になった)
そりゃ血の涙も流すわ──。
と笑いかけてオレは気づく。
(あれ、弟さまよ。いいのか? 魂の回廊を開いて)
(もういいよ。このゲームはここまでだ)
(なんで?)
(みんな匙を投げちゃったし、この騒ぎだ。もう集中出来ないよ。小菅先生がタイミングを見計らってる)
オレは小菅先生を見た。
すると確かにいつ介入するか、そのタイミングを見計らっている。
(よく気づいたな)
(必死に探せば、周りの動きにも敏感になるさ)
(そんなもんか)
(そんなもんさ。しかしすごいな。本当にどこに隠したのかわからないよ)
(ま、それもすぐにわかるさ。弟さまの言う通りなら、先生がすぐ教えてくれるよ)
(そうだね。あ~やられた)
(それよりあとで記憶力の実験しようぜ。ダブルで覚えて、覚える気がないのはどのぐらいで忘れちゃうのか、確認しよう)
(何それ。ずっと覚えてるもんじゃないの?)
(いや。どうでもいいことは結構すぐ忘れてるみたいだぞ。ダブルで覚えたはずの物でも、それは言えるように思える。小野先生のことも何を忘れたのかはわからないけど、忘れた事柄があるってのは、オレはわかるぞ?)
(兄さまはそうなのか。オレはどうだろう。よくわからん)
(そうか。てな感じで、オレがダブルで覚えた物はどうなのか、気になってね)
(そういうことね。それはオレも気になるな。おっけ~)
すると、園庭の出入り口にいる小菅先生から声がかかった。
「山本先生。くじら組の皆さんは、もう困ってるようですよ」
「はい」
返事をした山本先生がクラスを見回した。
グループが塊になって手が動いてない。足が動いてない。目も動いてない。
口は動いてる。
「わかんねー」とか「見つからねー」とか口々に言っている。
目も動き出した。その目が訴えている。
「降参しますか?」
山本先生がくじら組のみんなに問うた。
「「「「はい」」」」
「イヤだ」
各グループから是という返事が来たが、ただひとり反対した者がいた。
「先生、俺は降参しないよ。探す時間がなかったんだもん」
その目は叱ってた山本先生が悪いと言っていた。
挑戦的な目だ。
「木下くん。あなたが探す時間がないと思ってるのは、あなたが招いたことです」
「木下、お前いい加減にしろよ。馬場ちゃんと握手しやがったくせに」
おい、赤樫くん。
きみはほんとうにぶれないな。
やばい。棒読みになったぞ。この空気じゃなかったら大笑いしてたところだ。
「はいはい。喧嘩しない。では木下くん。あなた一人で心ゆくまで探していいですよ」
すると木下はすぐに探そうとした。
しかし探そうとして、木下が周囲を見渡し、ようやく女性陣から自分に向けられてる冷たい視線に気がついた。
こいつ、先生に返事もしなかったな。
オレはオレで、女性陣とは違うところで、少々カチンと来ていた。
オレが侍なら、木下に無礼討ちをしてるところだ。
この心の思わぬ動きに、オレは結構山本先生のことを尊敬してるのだと知った。
思い当たるところはある。
山本先生はオレを肩車してくれた時、オレだけは絶対落とすまいという決意を込めて、がっしりホールドして、意思を示してくれた。
おかげでとっても安心して肩車されながら作業することが出来た。
オレの話が脱線しても、オレの話を最後まで聞いててくれて、その上で肩車をやめるとは言わなかったし、それを出汁にして「ちゃんとしなさい」とも言わなかった。
山本先生はオレたちグリクラグループがどの道を辿ろうとも、目的を理解してるから、導く方向性にしっかり心を配ってくれる。
山本先生のその心配りを、木下への応対を見て、オレは確信した。
オレは山本先生に示唆されたことや、言われたことを、血肉にしてる。
きちんと血肉に出来ている。
山本先生の動きや言葉は、生き物としての本能丸出しな幼児を導くために、きちんとした人間として扱うことで、血肉となるよう教え込まれてるのだ。
これはすごいことだ。オレはオレの気持を制御出来ずにいる。
自分の気持なのにだ。
オレはすぐに楽しそうなことや、面白そうなことに気持が向いてしまう。
それなのに山本先生はそれをやらせてくれた上で、粘り強く導いてくれるのだ。
やばい。山本先生、すごいな。
となると、さて、木下のことだ。
木下は自分のことだけで、他人の見識を顧みない。というかそういう選択肢を持ってないようだ。持つ気もないのか、気づけないのか。そこらへんは本人じゃないからよくわからないが、木下自身は自分のことを優れてると思ってる節がある。
対象の人物が、自分の思ってること以外の行動をすると、そこに遅滞や間抜けに見える要素があると、だからお前はダメなんだと言った、人を見下す傾向がある。
オレもよくバカだと言われてる。
だがそこで思う。
本人は優秀なつもりのようだが、実は木下は、自分のことだけで案外あっぷあっぷなのではないのか、と。
全く話したことがないから確認を取ってるわけではないが、木下は見る限り、運動神経もそこそこいいし、口も頭も回る。だがそれらが発揮されるのは、限定的な状況だけでしかない。
自分、自分、常に自分のことだけだ。
だから他人の行動が理解の及ばぬことになると、それは馬鹿げた選択をしてると映るのである。
試行錯誤は物事には付き物なのだが、相手がそれで確認をしてるつもりで失敗を再現すると、そんな前提のある事柄ですら、失敗例は例ではなく、単なる失敗として映るようで、短絡的に、詰る、バカにする、クソミソに貶す、といった行動に直結することになる。
協調なんか糞食らえなのか、気に入らない奴は糞食らえなのか。
よくわからんが、とにかく相手の人格を否定する。
うん、考えてもよくわからん。
なかなかに気の毒な奴だ。
これは、木下を導くのは、山本先生も大仕事になりそうだなとオレは思う。
あの勝ち気な面構えを見てると、本当に大変そうだ。
よし、オレは山本先生に協力的に行こう。
そう思ってたら、木下が突然に探すのをやめた。
「やっぱやめた。あいつらの探すなんて、むかつくし」
木下がオレを睨んだ。
とんだご挨拶だ。本当にオレが憎たらしいらしい。
だがこれは面白いケースにもなりそうだ。
オレは木下から、優秀を自称する人間のあっぷあっぷ感を勉強していこうと思った。
おそらくイヤな奴というのは、これからも出会っていくのだろうし、いい訓練になる。
「木下くん。そう言うことを言ってはいけません。くじら組のお友達でしょう」
山本先生に諭され、木下は口を閉ざした。
山本先生もぶれないが、木下もなかなかに強情な奴でもあるのか。
なんか面白くなってきたぞ。
「じゃあ参ったでいいのね」
「参ってはいないけど探すのはやめる」
「はい、わかりました」
山本先生が木下の頭を撫でた。
オレも木下にしては、よく言えたと思う。
「それでは今回の宝探しゲームはグリクラグループが隠しきったと言うことで、お終いです」
山本先生のゲーム終了の宣言と共に、いきなり後ろから叩かれて、オレはつんのめった。
「おっしゃぁぁぁ」
緑川くんが喜んでる。
真理ちゃんと知美ちゃんも笑顔を交わして喜んでる。
よかったね。
しかし木下は頭を撫でられ、オレは後ろからどつかれるとは、この世は中々にままならぬものだ。
みんなが集まって来た。
真理ちゃんと知美ちゃんが女の子たちに囲まれる。
「ねえ真理ちゃん知美ちゃん、どこに隠したの?」
すると山本先生が、
「それを発表するのは、ちょっと待ってね」
と言った。
「今回の宝物はとってもうまく隠されたので、グリクラグループから説明をちょっとずつ受けながら、みんなで推理しませんか?」
山本先生がにこやかに提案した。
「「「「やる~~っ」」」」
各グループからの反応も上々だった。
返事してない奴もいたが、そこはまあいい。いつものことだ。
そういえば秋穂ちゃんの時も、当人からの謎解きがあったな。
ビックリさせられたのは、オレだけど。
これも宝探しゲームの醍醐味の一つというわけか。先生達はよく考えてる。遊びながら論理的な思考力を鍛えてるわけだ。
じゃあこの空いてる時間に、今のうちに、オレのしたいことも出来るな。
山本先生がこちらへ振り返った。
「じゃあ真司くん、あなたが説明する?」
「あ、緑川くんでいいです」
それはちょっと困ります。面倒くさい。
オレはこの後の仕掛けをどう先生やみんなに切り出そうか、その算段を練りたいのです。
「じゃあ緑川くん、お願い出来ますか」
そう先生が言った時だ。
激しいブーイングが起きた。
「真司くんがいい」
と辻くんが言う。
「「そうそう真司くんがいい」」
お祭りグループの女子ふたり、藤平さんと郡さんもつづく。
「緑川だけは絶対イヤだ」
木下のグループの内田くんもハッキリ物を言う。ちょっと恐いぞ。
「あんな態度で説明されたら屈辱だよね」
「ちょっと、むかつくかもね」
「偉そうに喋りそうだよね」
「そうだなぁ。真司くんのがいいかもね」
わんちゃんグループの面々が口を揃えてくと、最後にあの職人肌の田中くんまでこんなことを言い出している。一体どんだけヘイトを集めてしまったんだ、緑川くん。
やったことないけど、ゲームならとっても優秀な戦士になれるんじゃないか。
いや、ヘイト管理出来てないから失格なのか。
いやいや、それは困る。オレはちょっと考える時間がほしい。
「それじゃあ女の子から説明を受けた方がいいんじゃない? ほら、うちの女子二人とも感じ良いし」
木下を見やると、珍しく奴が同意を返していた。
おおっ。新発見だ。
オレが裏方に回ると、あいつは例えオレの意見でも賛同するのか。
「じゃあみんなでやりましょう」
山本先生が爆弾を落とした。
「「「「え?」」」」
「今回の作戦は、みんなで考えたでしょう。だったら今回の作戦のことは、みんなで説明しましょう。ただし、基本真司くんがやりましょうね」
「ええっ?」
「ええっ? じゃありません。真司くん、あなた自分のお宝を隠せなかったんだから、きちんと最後まで頑張りましょう」
「最後まで、ですか……」
「はい」
山本先生が大きく頷いた。
致し方ない。こうまで言われてしまっては、山本先生には肩車をしてもらった恩義がある。
本当は作戦を練りたかったけど。
タイミングを計ることも出来なくなった。
ま、仕方ないか。
「ほら、元気出せよ、緑川くん。声が大きいって、知美ちゃんに怒られたぐらいの元気出そうぜ?」
「うん、わかった」
まだへこんでる。
よしわかった。
先陣は切ろうじゃないか。魁だ。
「最初にオレたちは、観察した」
オレはみんなの顔を見渡して、言う。
「みんなの動きをね」
隣で真理ちゃんと知美ちゃんが頷く。
「隠す側のどこに隠すか、どうやって隠そうとするかというのはもちろん、探す側がどうやって探すか、どこを探すのか。
そしてどこに隠したと推理するのか。
単独で探すか、グループで探すか。
グループで探すのなら、グループでの連携はどうしてるか。そういうのを隈無く観察した。そうしたら面白いことが見えてきたんだ」
「観察ってそんなことしてたの?」
田中くんが驚いたようで、食いつきよく聞いて来た。
「そう。それで山本先生に怒られちゃったけどね」
「余計なことは言わないでいいの」
知美ちゃんに、メッと怒られた。
笑いがわきおこる。
う、受けたようで何よりです。わざとじゃないんだからねっ。狙って取りに行ったんだからねっ。
「で、観察しててオレたちは気がついた。もう隠せるところは、粗方出尽くしてしまったねって」
「困ったよね」
「隠せる場所がないって」
真理ちゃんに対して知美ちゃんが頷く。
すると緑川くんが参加した。
「そこで真ちゃんが指摘したんだ。みんな下ばっかり探してるって」
おいしいとこはあげましょう。がんばれ緑川くん。
「だから上に隠さないかって」
その意味が浸透するまで少し時間がかかった。
山本先生が愉快そうにみんなを見てる。山本先生も通った道だからな。
「「「おおお」」」
各グループから歓声が上がった。
山本先生とおんなじ反応だ。山本先生もご満悦。
それと緑川くんが調子に乗ってきた。もうアイコンタクトも必要ない。
そして緑川くんが指をさす。
「上にね」
みんなが一斉に上を見上げる。
だが残念。
そこからじゃまだ、絶対に見つからない。
「「「「「ないじゃないか」」」」」
ブーイングが起きた。
緑川くんがちょっと凹みそうだ。
やめたげて。忘れかけた頃に緑川くんを責めないであげて。
「これが仕掛けなんだよ」
知美ちゃんが割って入った。
「気づけないようにしてるの。それが仕掛けなの」
と真理ちゃんが詳しく告げる。
途端にブーイングが止んだ。みんなの視線がいっせいに真理ちゃんと知美ちゃんに向く。
「仕掛けって、どんな仕掛けなの」
加藤くんが訊ねた。
電車好きな加藤くんは、仕掛けとかそういう仕組みが好きそうだなと思った。
「それはね」
「ちょっと待って」
「なに? 真理ちゃん」
「折角だから真司くんにあの時みたいに、なぞなぞでやってもらおうよ」
「あ、それ、いいね。じゃあ真司くん、お願い」
「いや、謎解きでなぞなぞって」
「文句言わない。真理ちゃんからも言って」
「では、どうぞ」
って、それだけですかい、真理ちゃん。
まあ、いいけどさ。
「一つ目は、みんなが何度も通過する」
「何言ってるの?」
オレはニヤリとした。
言ったのは馬場ちゃんだった。何気に初めて会話してるのかな、馬場ちゃんとは。
その馬場ちゃんを見て言う。
「二つ目は、みんなそんなに通過しない」
「「「「なぞなぞかっ」」」」
クラスのみんなが気がついた。
「そう言ったろ? 知美ちゃんと真理ちゃんが」
オレのひと言で、一気に火がついたように、一つ目のは通過しない、と唱え出す。
ちょっと違うが、さあ、考えろ、考えろ。シンキング・タイムだ。
だがそれだけではピースがバラバラだよ。
すると、二つ目はそんなに通過しないだっけ、と秋穂ちゃんがつぶやいた。
あ、秋穂ちゃんは気づいてるな。
楽しんで下さい。オレはキミに、とっても楽しませてもらった。
みんながずっと唱えてる。
「「「一つ目のは通過しない」」」
まるで呪文のようだ。いや、念仏なのか?
この念仏のような呪文を聞いてると、開けゴマが秀逸な呪文だというのがわかる。端的で、短くて、それでいて他の誰にも思いつかない単語を組み合わせてきてる。
しかし、ほっといてもいいのだろうか。
でも、みんな気持よさそうに唱えてるからな。
「違うぞ、みんな。一つ目はみんなが何度も通過するだよ」
お、緑川くん、えらい。
「え? そうだったっけ?」
「そうだったんだよ」
大きく頷く緑川くんの安心感。
みんなの緑川くんを見る目がすこし優しくなった。
「えっと、一つ目はみんなが何度も通過する。二つ目はそんなに通過しない、だっけ?」
「そうそう」
秋穂ちゃんの問いに、緑川くんが頷くのに合わせて、グリクラグループみんなで頷いて、裏打ちする。
山本先生の我が子を慈しむような顔になってて、笑ってしまいそうだ。
先生も計画中に話し合いに参加してたからな。そりゃ感慨はあるだろう。
みんなが呪文の修正をした。
けど修正ばっかに気を取られて下を見てるぞ。
上を見よう。上を。
オレは緑川くんを肘で小突く。
「なに?」
オレはこそっとつぶやいた。
「みんな謎解きに夢中で、下、見ちゃってるよ」
緑川くんが顔を輝かせた。
「みんな~、仕掛けたのは下じゃないぞ~。上だ~うえ~」
「あれねっ」
宮島蛍ちゃんが天井に走る二本の梁に気がついた。
わんちゃんグループでお守りをお宝にしてた女の子だ。ちょっと元気がない感じだったけど、楽しそうに気がついてくれて良かったよかった。
でも、それだけでも届かない。
「ないよね」
「「「「ない」」」」
「これも違うのか~」
みんながまた考え始めようとしたその時、弟さまが呪文を唱えた。
「一つ目はみんなが何度も通過する。二つ目はそんなに通過しない」
梅子ちゃんが途中から一緒になって唱和し始める。
そんなに好きか、梅子ちゃん。
さすがにバレバレすぎて、兄としては、どういう態度を取ったらいいのかわからないぞ。
すると寛司が、ポンと手を打って言った。
「足で稼ぐのが岡っ引の基本」
「足で稼ぐ?」「岡っ引?」
「刑事のことだよ。江戸時代は刑事のことを、岡っ引って言ってたんだ」
「つまり?」
「通過してみようよ、一本目と、二本目を」
「あの天井の出っ張りね」
嬉々として話しかけてくる梅子ちゃんに、
「そう」
と弟さまが頷いた。
みんなが一斉に移動開始する。教室の奥へと動き出す。
まるで民族大移動だ。知らないけれど。
すると土井垣桜ちゃんが上を向いたまま歩いてたせいで、机に足を取られて転んだ。
スカートがめくれちゃったぞ、土井垣桜ちゃん。
涙目になると可愛らしいところもあるんだね。
「だいじょうぶ?」
田中くんが手を差し出した。
土井垣桜ちゃんが、ちょっとだけどうしようか迷ったようだが、結局田中くんの手を取って立たせてもらう。
さすが革職人の息子。かっこいいのは革だけじゃない。
「気をつけて歩けよ~」
緑川くんが絶好調だ。大きな声がよく通る。
みんなが一つ目の梁を確認する。
「ないな」「ないね」
でも、ここまで来ればもう少し。
そして二つ目の梁の下を通ったみんなが一斉に気がついた。
「「「あった」」」
教室にみんなの声が轟いた。
「やったー」「見つけたー」「あったどー」「何だよ、あれー」「うわー」「こんなの見つけられるわけないじゃーん」「すっげー」
みんな弾けるような笑顔で何よりです。
楽しんでもらえたようだ。
「どこどこ?」
「ほらあそこっ」
遅れて来た田中くんに宮島蛍ちゃんが、カーテンの奥に隠された、梁にぴったりくっついてる三つの紙コップを指さす。
「うわ、ほんとだ。すげーなー。あんなとこに隠してたんだ」
興奮冷めやらぬクラスメイトが見守る中、これでなぞなぞはお終いと、オレたちグリクラグループは全員でご挨拶した。
拍手がわき起こった。
オレたちが礼を終えて頭を上げても、拍手は鳴り止まなかった。
「すごいね」
万雷の拍手に真理ちゃんがつぶやくと、
「あたし、こんな嬉しいの初めてかも知れない」
と知美ちゃんも頬を染めて返事した。
そうしてオレは三度、山本先生に肩車してもらって、三つの紙コップに入ったお宝を梁から取り外した。
取り外された紙コップの中身を見に、みんなが集まる。
オレは邪魔にならないようスッと身を引いた。
各グループそれぞれが、紙コップの中身を確認してる。
「本当だ。帯と、チカちゃんのコンパクトと、オルゴールがある」
梅子ちゃんが馬場ちゃんに楽しそうに伝えてる。
緑川くんが、おもしろかった? と感想を聞いている。
だがツンとすまされて、緑川くんが撃沈した。
真理ちゃんと知美ちゃんは女の子たちに囲まれて、隠す時どんなだったの、とか色々と訊かれてる。
訊ねる方も、答える方も、みんなが笑ってて、何と言うか良い光景が見られた。
素晴らしい。
これが宝探しゲームに参加した、参加者の楽しみなのだろう。
みんなすっかり仲良しだ。
男子まで真理ちゃんと知美ちゃんに質問してる。
あんな高いところに隠してドキドキしなかったのとか訊かれて、視線誘導の話まで知美ちゃんが開陳している。
ますます盛り上がる、くじら組。
うん、緑川くんは、めげずに頑張ろうな。
キミが、いい奴だってのは、オレがよく知っているからさ。
とにかく、宝探しゲーム、奥が深い。
そうしてオレはすっかり盛り上がるみんなの脇で、山本先生にそっと綴じ紐を返した。
(やられたな~兄さま)
(参ったか)
(いや、参った参った)
するとオレに向けて、これ見よがしな声が聞こえて来た。
「こんなにみんなで考えたのに、真司くんは自分のは隠せなかったんだね」
「かわいそ~」
いや、辻くん。
気の毒がってくれるのはありがたいけど、先ず土井垣桜ちゃんは憐れみでもって言ってないぞ。オレを意地悪でもって、いたぶってるんだぞ。
たぶん、スカートの中身を見ちゃった罰だって。
スカート押さえてる時、バッチリ目が合っちゃったし。
「そういえば真司くん、自分のは隠してないんだね」
「うっわ~、そう言えばそうだね~」
「うわ~かわいそ~」「かわいそ~」「かわいそ~」
「ほんとだ~」
「バカなだけさ」
聞こえてるぞ木下。
「探すのだけか~、真司くん」
「寛司くんは隠してたよね」
「寛司くんはホラ、イケメンだから」
オイっと知美ちゃんにつっこんだ。
頬を朱に染めた梅子ちゃんはマジかも知れないが、知美ちゃんが弟さまをいじるのは、ネタだとわかってるからやりやすい。
クラスに笑いがわき起こる。
「一人だけ仲間はずれみたいだよね」
お前が言うか、弟さまよ。
あ、でも、このタイミングか。このタイミングなのか?
オレは山本先生を、おそるおそる呼んでみた。
「あの、先生」
「はい」
なかなか言い辛い。
ちょっとドキドキする。
「先生。一つお願いしても、いいですか」
「はい。なんでしょう」
「先生、オレに紙コップを使ったゲームをさせて下さい。時間はかかりませんから」
オレは清水の舞台から飛び降りる気持で、山本先生にお願いしてみた。




