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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
100/182

第100話 逃がさぬ

 真理ちゃんがどんなポーズをしてるのかは知らない。だが誰も話しかけてこない状況から見て、オレが何かを喋るまでは距離を置きたいようなポーズなのだろう。

 オレがそっと振り返ると、真理ちゃんは塵風で剥き出しにえぐられた土の上でアンタッチャブルなポーズを決めていた。


「そ、そのポーズは魔女っこチカちゃんの事件解決のポーズ」


 そう。真理ちゃんがやってるのは魔女っこチカちゃんのポーズだった。薫風幼稚園でオレたちと同じグリクラグループのお友達、知美ちゃんの好きなアニメ、魔女っこチカちゃん。

 知美ちゃんは、プロの料理人としても通用するうちのお父さんに料理人の弟子入りをしている。そしてこのポーズは、知美ちゃんが料理を完成させるごとにウチのお店の工場(こうば)で「出来た出来た」とよく披露してるのだ。

 どうやら恵風はこれがやりたかったらしい。

 でもな、恵風。

 解決したのはお前の気持ちだけで、オレたちが脅威にさらされてることは何の解決にもなってないんだよな。

 だからオレは、ポージングしたまま動きの硬直してる真理ちゃんに歩み寄って、その肩に手を置いた。


「うん、そうだね。ミランダさんを拘束できたし、お疲れ様でした」

「はい」


 と小声で真理ちゃんが返事した。手を置いた肩が小刻みにぷるぷる(ふる)えてるのがわかる。


 うん、災難だったよなぁ真理ちゃん。

 ここにきて恵風からいきなり主導権を真理ちゃんに返されてもなぁ。

 それはそれで困るだろうなぁ。

 すると突然に真理ちゃんが坐りこんだので、泣くのが止められないのかと気にかけて一緒になってオレも屈みこんでみると、座り込んだ真理ちゃんはただただぐるぐる目を回していた。てっきり羞恥心で坐りこんだのかと思ったら、精霊魔法で空間を縦横無尽に飛び回ったせいで、三半規管が大変なことになってしまったらしい。


(おい恵風、やりすぎだ)

(じゃあ真司が状態回復かけてやれよ)

(ダブルか。その発想はなかったな)


 だって恵風がやったことを反省しないと、こいつはきっとまた同じ事を繰り返すだろうから。


(い、いらないからね、真司くん)

(え?)

(だってもう、これからはこれに慣れてかないといけないんだから)


 真理ちゃんに「のーさんきゅ」と手で制止された。

 真理ちゃんは強いな。

 その発想もなかったよ。

 まさかの状態回復拒否だったけど、確かにこれからは真理ちゃんに恵風が憑くのだ。これに慣れていかないとダメだからと言われたら、それは全く(もっ)てその通りなのだ。



 ◇



 セプトの秘密基地、東京駅地下深くの大深度の上層、その地下一階の一角で、ノーラとキューロが相も変わらず真司を見張っていた。


「あの男の子、やっぱ拒否されてるわ」

「でもどうするの。近くにいすぎて迂闊にチャッター仕様を撃っちゃ駄目でしょ。下手に洗脳されてたら精気のシンクロで巻きこんじゃうわよ」


 この時ノーラは、巻き添えを食らって動けなくなったケーフが再会した瞬間自分をどつき倒す姿が脳裏に浮かんだ。

 後で報復されるだろうなぁ。ケーフならやる、だろうなぁ。

 そしてやってるうちにやってる理由を忘れて、楽しんでドツキ回し始めるんだろうなぁ。際限なく楽しむんだろうなぁ。

 あー、……それはイヤだ。


「よし。キューロがこっそり会って来なよ、ケーフに」

「あ、それはイヤだ。アイツに会いに行ったと思われたらアイツに上に立たれちゃう」

「別にいいじゃない。同格なんだし。向こうのが先輩なんだし」

「イーヤーだ」


 異界渡りをしてまで何しに来たのか。ノーラとキューロの押し付け合いはしばらく続いた。



 ◇



 オレは真理ちゃんの背中をさすって上げた。気持ち悪くなったらこれが二番だ。一番はもう拒否されたから。


 ミランダさんは拘束されてるし、しばらくは大丈夫だろう。このままアミック隊と組んですぐ上の地下四階の訓練層に行こう。そしてそこで弟さまと合流する。

 地下五階の格納庫は宇宙船を停泊させるためにやたらと高さもあるが、それでも地下四階まではあと五、六百メートルぐらいだろう。

 来る時にブースト深度一で満たされて、入ることも叶わず弾かれてたのに比べれば、今は弟さまのおかげで自在に動けてとても助かってる。

 ノーラの動きもおとなしいしね。

 これは多分に真理ちゃんが関係してると思う。真理ちゃんに恵風が憑いてるのではないかという片鱗を見たから、ノーラは動きを止めてジッと観察してるのだと思う。


 ならばこれは好機だ。


 今こそ動いて弟さまと合流し、一丸となってノーラのところまでも向かい、ノーラを味方に引き込んでしまうのもいい。ブースト深度一の邪魔がなくなり、味方に出来れば、それはもう楽になることこの上ない。ただしその際には精霊の存在をアミック達に教えてしまうことになるが──。

 いや、まずいか。そこだけはちょっと引っかかるな。

 恵風をこの戦いに加わらせないと、オレは超臨界水と約束した。今回は恵風が真理ちゃんに憑いてたからその存在を秘匿できたので、約束違反でないと見逃された可能性大だが、その正体を明かして共に行動してしまうとなれば、超臨界水に手を出させる呼び水になってしまうかもしれない。

 それはご免だ。

 あれにはどうやっても勝てない。抵抗すらも出来ない。そもそもオレ自身何度か記憶を抜かれてるようだが、その回数すら把握出来てない。

 ただ記憶を抜かれたことで、良い方に回避できたのは幾つかある。


「あ」

「どうしたの」


 オレは突然に声を上げた真理ちゃんに尋ねた。


「アッチさんがミランダさんのところに」


 言われてオレはアミック隊の方を見た。

 すると確かにアッチがミランダさんの側に行き、風牢をちょいちょいつついて魔法の状態を確かめている。


「アミック。お前がやらせたのか?」


 訊いてみたがアミックからの返事はなかった。


(真司、これだ。気持ち悪いのだ)

 恵風がさっき言ってたやつか。

(そうだ)

 さっきのは気持ち悪いということはわかってたが詳細まではわかっていなかった。そして何かが試みられてることはわかってたが、そんな事は些事だとばかりに塵風でお構いなしに魔気ごとバラバラにして、気持ち悪いことを発動させなかったのだ。

(わかった)


「行ってくる」


 オレは真理ちゃんの手を握って状態固定がかかってることを確かめると、アミックの方へと向かった。

 塵風で削られた壁面がなだらかに卵形にカーブして足の踏み場を作っている。そのわずかに残された地面とも言える空間をオレは歩く。土が(なら)されておらず歩きにくい。ともすればオレの歩いたわずかな衝撃で小石がころころと転がって奈落の底へと落ちている。

 だがアミックはオレが側に来ても何の反応も示さなかった。


「アミック。アッチにミランダさんを触るのをやめさせないのか?」

「なぜやめさせる必要がある?」

「そうか。ならば連立した者として言わせてもらおう」


 オレはアッチの方へ声をかけた。


「アッチ。ミランダさんはそのままにしといてくれ。大事な捕虜だ」


「それは無理です。ねえ皆さん」


 するとメアリーさんがもちろんだと大きく頷いた。そうだそうだとグレンとハナダも賛同してる。この異常な空気に誰も驚かない。


「マーク、ワルテール」


「むしろ行け行けじゃないですか」「そうですね」


 とアッチの後押しをする。アミック隊の隊員はもちろん、メアリー副隊長もただ賛同を繰り返している。


「精神系の魔法か」


 それはアッチの魔法だった。

 かつて弟さまと真理ちゃんが不覚を取った魔法。幻覚誘導というヤツだ。

 するとアミックが自分の片眼鏡を取り外して、アッチの方へと放り投げた。その片眼鏡は放物線を描いてアッチの足下に落ちる。

 塵風で辺りの照明が失われて暗がりになってるから、キャッチしないのはわかるが穏やかではない。

 特にアッチへの疑義が強まってる今この時はだ。

 そのアッチがアミックのエー・トゥールを拾った。


「おい、アミック。お前のエー・トゥールだろう」


 オレはアミックに声をかけた。

 農耕用とバカにされようが、アミックに残った唯一の武装のはずだ。それをほぼ裏切りが確定したアッチに投げ渡すとは正気の沙汰ではない。

 だが様子がおかしい。こっちを見もしない。


「おまえ、魔法使いなのに魔法の防御とかしてなかったのか?」


 言ってオレも気がついた。

 弟さまと真理ちゃんだってダブルの状態固定をかけていたのだ。だがアッチはそれすらも突破した魔法の使い手だった。アミックも幻覚誘導にかかってるのだ。

 ちなみにその結果、弟さまは地下四階で尋問を受けそうになり、真理ちゃんは地下六階で拷問を受けたのだ。


「チッ」


 ダブルでさえ突破されたのに、上司とはいえ科学立国の魔法使い崩れがアッチの幻覚誘導に対抗出来るとは思えなかった。それほどの手練れだったら科学力による部隊を組織したりしないで、魔法による魔法使い部隊を組織するはず。

 幻覚に陥っても責めるのはお門違いだろう。何より責めてる間にアッチを取り逃がしでもしたら、オレは単なるバカでしかない。


 オレはアッチを逃がさぬとばかりに先に進む。するとそのオレの前にアミックが立ちはだかった。行動には意思があるのに表情にはボーッとした覇気のない顔で通すまいとしている。

 言えば何でも言うこと聞く状態なのだろうか。


「おい、邪魔をするな。連立してるだろうが」

「連立してるからだ」

「はあっ」


 何だその論理展開は。お前は何を言ってるんだ。


「思考がないかと思えば思考があるんだな。そのくせその思考はアッチの都合の良いようになるわけか?」


 だがその問いには答えない。


 するとアミックの後ろで性懲りもなくアッチが型の舞をしてるのが見えた。そっちがその気ならオレも遠慮はしない。

 遠慮なくアッチの、その足下の土を風刃で消す。アッチの身体が傾いて土砂崩れとなった。

 アッチが慌てふためいて逃げようとするが、崩れる土砂に足を取られて倒れ伏した。その四つん這いになったアッチが懸命に横に動いて、すぐ脇で一緒に落ちかけているミランダさんの身体にすがりついた。だが土砂の流失は止まらない。

 ふたりの身体はそのままティリオーダウンが停泊する格納庫の底へと落ちて行った。


「まずいな。これが逃げ道となっちゃってる」


 落ちているアッチがアミックの片眼鏡をはめるような動作をしてるのだ。エー・トゥールを装着したなら幾らでも手は打てる。深度一にも潜れるし、壁に刃を立てて落下を止めたりすることも出来るだろう。

 オレは眼を凝らして見る。アッチはエー・トゥールを装備してるが、ミランダさんは重量バランスからか頭から落下していた。

 そこまでは見える。

 だがその先が暗くて見えない。


(恵風。風牢を解いて上げろ)

(しかし)

(解かないとミランダさんが地面に落ちて死ぬ)

(りょーかい)


 投げやりな返事が恵風から返ってきた。いかにも不承不承だった。だが条件を整えて上げないとこの先の作戦にも支障が出る。

 助かるかどうかはアッチ次第だが、それでも無惨に頭から落下させて死なせるよりはいい。


(忘れるな。ミランダさんには謎の魔素の塊として通信機を持たせてることを)

(ああ、そうだな……)


 なんだよ恵風。含むところがありそうだな。でも引いてくれたようだから、ミランダさんに死なれても困るというこちらの思惑は汲んでくれたらしいな。

 だがそれ以上オレが思索に耽ることは許されず、すぐ隣でも事態が動いた。


「くそ」


 アミックが悪態を()いたのだ。


「おいアミック」

「魔気が切れた。今は正気だ」


 そうか。離れたことでアッチが魔気の維持を出来なくなって幻覚誘導が切れたのか。


「俺が行く。手間をかけさせた」

 言ってアミックが身を翻した。

「おい、アミック」

 そう呼びかけた時にはアミックは絶壁を飛び降りていた。


「お前、エー・トゥールもないだろうがーーっ」


 自分でアッチに投げ渡したのも覚えてないのかもしれない。


「大丈夫だーーー」


 落ちながらアミックの返事が聞こえて来た。

 大丈夫なのか? そうなのか? まだエー・トゥールを持ってるのかも知れない。だが大丈夫というなら信じよう。連立相手だ。

 オレがチラリとメアリー副隊長を見やると、彼女は顔を青ざめさせていた。


「隊長、もうエー・トゥールは持っていないわよ」


「おいーーーーっ」


 思わずオレは下に向かって叫んだが、アミックからの返事はもうなかった。


「生身のままで追いかけるなよ」

 ぼそりとこちらがつぶやくと、メアリー副隊長は首を二度三度振って隊をまとめ上げた。


「みな聞いて」


 その声がシャンとしていた。

 取り返せないなら出来ることから物事を動かす。彼女はプロの軍人で副隊長なのだ。

 事態を見守っていたグレンとハナダが姿勢を正した。マークとワルテールもおそるおそるこちらへ近寄ってくる。

 そして真理ちゃんはその場に現状維持しながら、こちらへ聞いてると頷いた。


「ミランダが奪われました。でもミランダはこちらの浸透侵略に賛同、もしくはストッパーとして機能するでしょう。あれだけの恐怖を味わったのだから。

 陸戦隊に合流しても今までのようにはいかないはず」

「「「「おお~~~~っ」」」」

「ですがアッチは敵に寝返りました」


 敵と呼ぶか。

 メアリー副隊長のその言葉がオレに新鮮に響いた。


(真司、いいか)

(恵風か)

(ああ)

(風牢を解かせたことか?)

(ああ。確かに利点はある。だが真司、お前はまだ幼いな)


 そもそも恵風ならいつでもミランダさんを殺せたのだ。最初はオレが連立相手だと思ってたから恵風はひたすら何もしなかった。そして先程は捕虜だと思ったから心を折るだけにとどめていた。

 何もかもがオレの考えのもと、決断が下されて来たわけだ。その後先が逃げられるという失態である。


(すまん、恵風。無駄なことをさせた)

(お前なら今からでも殺せるだろ?)

(すまん)

(わかった。俺も無理は言わない。お前の流儀でやればいいさ)


 恵風はそう言って話を引き取ってくれたが、足下に崩れた土砂が、己の心のようだとオレは思った。

 パラパラと、パラパラと、格納庫の闇の中へと土砂は絶え間なく落ちて行った。


 メアリーさんの話も続いている。

 上の空だが声だけは聞こえている。

 そして敵の条件も整った。そのことにもオレは心が向いていなかった。


 100話となりました。これも偏に読んでくれてる皆様のおかげです。

 活動報告の使い方も先達の使い方を先程見てようやくわかったので、これからそちらの方で皆様への感謝と決意を捧げます。

 よかったら読んで下さい。

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