第8章 放課後
ラインカーを持って建物から出ると、そこには金沢君がいた。
ぼーっとする頭で問いかける。
「先帰んなかったの?」
金沢君は大分イラついてるみたいだ。
「それ、どこ持ってくとか俺言わなかったし。つーか何してたの?」
不審そうに私を見た。
「あ…電話、してた。」
私はケータイをポッケから少し出して言った。
「中にいるときかかってきたんだけど、ほら、バイブにしてて。聞かれたくなかったから会話。」
ウソを並べると金沢君はすんなり信じた。
「そう。それ持ってくから、貸して。」
手を私に差し出しながら言った。
金沢君にラインカーを渡そうとすると、受け取りながらよく意味のわからない言葉を発した。
「それで…どうなの?最近」
私は間抜けな顔で
「え?」
と答えた。
なにが、どうだって?私が真顔で金沢君の顔を見ると気まずそうに口を開いた。
「上の階の人…」
予想外のその言葉に私の脳が反応するまで少し時間がかかった。
『上の階の人』…?
「え。え?うん、えっとそれなりに…」
言いたいことが出てこない。つか、なんでいきなり?
「最近、ひどい」
熱を込めて言うと金沢君は私の顔を見ていなかった。
「フーン…じゃあ、今日家行っていい?」
今度はもっと言葉を理解するのに時間がかかった。
「な、―――家?」
私達はいつの間にかカップルになったんだろうか
「今日なんか用あんの?」
そうゆう問題じゃねえだろ!思いっきり心の中でつっこんだ。
あぁ、暑い。今日の最高気温は34度だっけ…?早く帰ってお風呂入って着替えたいよ。
今日みたいな日にもしもクラスの男の子に家に行っていいかなんて聞かれたって絶対嫌だね。まっぴらごめんだよ。
金沢君を見た。
私がこんな汗かいてるってのに…この人はどうしてこうも涼しそうなんだろ…
肌は冷たいのかな。
触ってみたいなぁ。
体温を感じたい。
「いいよ。」
5分後
私は教室にいた。金沢君はもうカバンを持っていたので、学校の近くのセブンで待たせていた。
私は教室を見渡すと、ギクッとした。美樹のカバンがある。ということは教室に戻ってくる可能性があるということだ。私はなぜか美樹に怯えていた。
ううん、ちゃんと理由があるんだ。
さっきの金沢君の言葉がショックで忘れていた。ふいに思い出すと、止まっていた血が徐々に流れ出すように私の心になんとも言えない感情が広がった。
なんだよあれ。
理解し難い。意味がわからない。美樹は女の子が好きってこと?なんで?いつから?
疑問がわいて出てくる。私は、今まで美樹とずっと一緒だった。中学の頃から。でも、そんな雰囲気を出したことなんて一度もない。確かに男子とは話さなかった。でも私も話すことは少ない。
なぜずっと一緒にいてわからなかった?私に隠してきたの?わかんない。わかんないんだけど
突然、廊下から足音が聞こえた。弾けるように教室を出た私は、げた箱まで無我夢中で走った。そしてげた箱を開いた週間、我に返り失笑した。
私はなんかの犯人か?
もちろん、それは違う。けど、知ってしまったことに少なからず罪悪感を感じていた。
胸がざわざわする。今度美樹に会うときどんな顔をすればいいの?
私はこうやって自分を追いつめるのが好きなのかもしれない。自分が主役になった気分になるんだ。
それが例え他人の『事件』であったとしても自分の身に起きたように置き換える。
別に美樹に言わなきゃいいだけ。
胸の奥にしまえばいいだけ。
人の事情に首をつっこんで息まいてるだけ。
虚しい…
靴を履いた私は、キッパリとさっきのことを忘れることにして、コンビニに急いだ。
コンビニに着くと、金沢君がいない。
ここって言ったのに…辺りを見渡すとコンビニの中でファッション雑誌を手にする金沢君が目に入った。
金沢君はチラリと目を上に向けると雑誌を戻し表に出てきた。
「暑くて。中いたんだ」
「ね、暑い」
私は毎日登下校している道に足を向けると、鈍い足取りで歩き始めた。
まさかこの道を男の子と2人で歩く日が来るとは。
人生は全く予想外だ。こんな予想外が続いて、私も誰かと恋に落ちちゃったりするんだろうか。
金沢君を見た。そんな事おきやしない、とその瞬間思った。
「早坂さんはさぁ、下の名前、明るいって書いてアキラって読むの?」
急にそんな事を聞くので一瞬表情が固まった。
「あー…違う。明るいって書いてアカリ。明って読むの」
聞いてるんだか聞いてないんだか金沢君は眩しそうに空を見上げた。
「金沢君はユキヤでしょ?雪夜君。」
空を見上げたまま金沢君は顔を横に振った。
「違うよ。雪に夜って書いて、セツヤ。」
え、あれ?
目を丸くして金沢君を見ると、下を向いて微かに笑いながら目だけをこっちに向けた。
「嘘。ユキヤで合ってるよ。みんな俺のこと名字で呼ぶのに、よく知ってるね」
まるで私があんたに相当興味あるみたいじゃないか。金沢君は頷きながら
「うん。そっかー…アカリ、ね。」と言った。
私は、いや、そんなことないのはわかってるんだけど、
でも、こんな風に下の名前を確かめ合うってことは…
「早坂さんの家って近いんだね」
肩にものすごい力がはいっていたらしく、ため息をつくと両肩から痛みが消えていく感じがした。
「よくわかるね」
「だってこの学校で歩きで来る人なんかいないんじゃないの?」
「そだね。でも美樹はもっと近いんだよ。私は歩いて10分くらいだし。
私も美樹も近いからこの学校入ったみたいなもん」
金沢君との会話はこれで終了し、すぐに家に着いた。
「ここ?」
「うん。」
いつもより倍の汗をかいてマンションの戸を開いた。