現場検証
2019年6月23日。
「上吉塚谷村事件、か」
ー 包括的意思疎通現象による事故対策本部 ー
略して"コミュ対"配属の木村浩介はひとり呟いた。
上吉塚谷村の村民全員が、例の現象で死亡した事件。
本来なら大々的に報道されるだろうこの事件も、政府の強い圧力によってマスコミにも秘匿とされていた。
「まあ、3つ目ですから、こういうの。もう、事故扱いでいいんじゃないですか」
同僚で後輩の国枝が言う。
「そう思いたいがな、ほら、これ、未開封」
血が固まって硬くなった封書を持ち上げる。
例の通達の封書だ。
「川島ミヨさんでしたっけ。”いない人”」
「私はその表現が嫌いなんだ。見捨てている気がしてな」
「まあ、そうですが、助けられないですよ、今の所」
「そうなんだよな。こういうケースは・・・辛いな」
昨日、村に郵便を届けにきた職員が、道端に倒れている川島ミヨを発見した。
警察が駆けつけ、その状況から事態を重く見て、私達が呼ばれたわけだ。
状況からは、その経緯はとてもわかりやすかった。
川島ミヨが封書を読まず、途中で隣の川西さんと声だけで話し、1人に発症させ、その夜、川田邸にて3人に発症させた。
その後ミヨは助けを求めて家々を回り、最後には、自分も、という事だ。
「そういえば、国民知ってるんでしたっけ?人に違いはあれ、該当者にも許容数があること」
国枝が該当者、と言いなおす。
「確かまだ公開されてないはずだ。江田事件であれだけの人が亡くなったんだ。この情報が、どれだけ重要かな」
「まあ、何人まで大丈夫です、って言っても、ですよね」
川島ミヨの許容数は8人くらいだった、という事だ。
目の前で、親戚が、村仲間があんな風になるのを見続けたのはどういう気持ちだったか。想像を絶する。
「結局」
国枝が言葉を続けた。
「国民全員に教えるってほぼ不可能ですよね」
ため息がきこえる。
「強制できないからな。川島さんも、市の説明会には来てなかったみたいだ」
「テレビでもやってたでしょうから、知らないという事はないでしょうけど」
「どちらにしても、9人しかいない村だからな。すれ違いの期限も3日だ。このままどうにかなったはずだ、言うには無理があると思うけどな」
「ここも過疎が進みますね。廃村ですかね」
国枝が家々を見ながらつぶやく。
「こういう形で進むのは誰も望んでないよ」
「・・・そうですね」
2人でため息をついた。
こういう事はまだしばらく続くだろうな。
木村は9人の並べられた遺体を遠巻きに見て、首を下げた。
私達に出来ることなんてあるのだろうか。
ただ、事件を追い、死体を見続けるだけで、何もできないんじゃないかと暗く考えた。