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健太の家へ

2019年9月5日。


剣崎外志喜は静岡健太に会うために、夕方から外出の支度をしていた。

会員証に記載のある静岡が元々住んでいたアパートはここから20キロは離れている。

車はもとより金がかかるから持っていなかったが、いつの間にか静岡が買ってきていた自転車ある。

ただしそれを使ってもおそらく3時間位はかかると踏んでいた。


健太君が新聞やニュース、手紙などを見て早まった事をしていなければいいが。

準備をする外志喜の手が、もどかしいほど遅く感じていた。


そして外出にも気を使わなければならない。

昨日の夜に、あのワゴンへ警察がきていた。

前に見たような顔の男がこちらを見ていたが、外志喜は知らないふりをし続けた。そして何かあっても事故で通すつもりだった。

しかしあの件に関して特に向こうからのアクションは無かった。


「無いなら無いで勝手にやろう」


外志喜はバッグに水筒などを詰めた。


「よし」


薄暗くなって来た所で、外志喜は自転車を漕ぎ始める。しばらくぶりだがなんとかなるじゃないか、と思いながら。

人混みの多い場所は自転車を降りて歩く事にした。

時間は余計にかかってしまうが、下手にぶつかって余計なトラブルになるよりはいい。

それに、その間にノルマを達成できる。一石二鳥だ。


健太君がいるであろう住所には、4時間ほどで到着した。静岡と2人で住んでいたそのアパートは、1つの部屋を除いて真っ暗だった。


「まあ、こういう事になるだろうな」


外志喜はそれを、想定範囲として受け入れた。

自転車を降り、健太君がいると思われる角部屋に向かう。


たった数ヶ月。

しかしこの荒れ具合はどうだ。

アパートへの通り道は雑草が生い茂り、入り口付近だけがほんの少し開けていた。


そしてその壁には


『いるぞ にげろ』


赤いスプレーで乱暴に書かれていた。

彼に罪はない。しかし、彼が起こすかもしれない事態の事を考えれば、責められない。


外志喜は静岡のアパートのドアの前に立った。

ノックする手が少し震えていた。

そして中にいる健太君の孤独が伝わってきた。


「あー、健太君、静岡健太君、いるかね」


扉の向こうの印象が、不安な気持ちに変わった。

その途端、外志喜にイメージが流れる。


-静岡の笑顔

-窓から見える遠くに佇む静岡。

-真っ暗な部屋でたた映っているだけのテレビ。


辛かったろう。


「返事をしてくれないかな。私は剣崎というものだ。君のお母さんとは縁あってね。君に、神に会いにきたんだ」


返事がない。

そりゃ警戒するか。


「心配しなくていい。私は、君と同じだ。君が返事をしても私は大丈夫なんだ。ここでもし、私が死んでも、それは君のせいじゃない。それと君も見えたんじゃないかね、私のみたものを。静岡さん、君のお母さんを」


しばらくした後、小さな声が聞こえた。


「お母さんはどうなったんですか。なんで、泣いてるんですか。あなたはあの変な人達の仲間じゃないんですか」


やっと返事をしてくれた。

しかし、ここからは言葉を選ばないといけない。


「もしかしたら、もう見えたのかもしれないが。お母さんは私の前で、私に返事をして死んだ」


外志喜は一拍おいて続けた。


「私の説明では、うまく伝える事ができなかった。私は口下手だ。とても、とても難しい事だった。私が言える立場じゃない事はわかっている。しかし彼女に、私は頼まれたのだ。良かったら、できれば、君をここから出したいのだ」


足音がする。

とてもゆっくりだったがドアが少し開いた。


「あなたが剣崎さんですか。母がこの前手紙をおいて行きました。あなたを憎まないで欲しいと。何かやらされたんですか」

「私達のような人達を助ける、と言って話しかける事を強制していた。あの青い服の教祖はただ、私達の死に顔が見たいだけだった。それだけのために。もうその男はいない」

「いない?」

「私が、話しかけた」


健太は明らかに驚いた後に、聞いてきた。


「何故、そんなことを」

「他にも何人も送ってたらしい。私は嫌なんだ。私のような、お母さんのような、君のような、そんな人が誰かのおかしな目的の為に犠牲になる事が耐えられなかった」


外志喜の声は震えている。

年甲斐もなく、とおもいながら,


「誰かが止めなければならなかったんだ。なんであいつがそんな思いをしなければならんのだ。私は・・・私は」


続かないので、またいずれ。


止まったままなので、いずれ。


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