宗教家の最後
2019年9月4日。
ここは"救世主と共に歩く会"の巡業ワゴンの中。
相変わらず剣崎外志喜の近く。
教祖、坂下透は日増しに苛つきが増大していった。
静岡が死んだ事は想定内。
死んだ瞬間を見れなかったのは残念だったが。
やはり、彼女も穏やかな死に顔にみえた。
あのジジイがちょこちょこ顔をいじらなくてもな。
そしてあの日に冊子等の証拠は前日までに残すさないよう、指示していたことも、静岡はよくやっていた。
そこまでは良かった。
坂下は、実際に静岡があの儀式、-あのじいさんに話しかける- を行うまでに、警察からも、遺族からもこちらにお鉢が回らないように手はずは整えていた。
これで静岡が失敗しても、次、その次の"おくる人"が待っていたんだ。
それなのに。
信者の3、4人のほどが、こちらの指示を無視して、観察対象の"いない人"に話しかけに行ってしまった。
釣られて何人かも出ていったかもしれない。
勝手にやりやがって。
勝手に行って死にやがって。
坂下がイライラと親指の爪を噛み始めた時に、スマホに着信があった。
乱暴に取り着信を見て、慌てて息を整える。
「もしもし」
「教祖さん?私、近田だけど」
「ああ、どうも近田さん。お世話になり」
近田は"おくる人"の代表格で、重要な信者だ。
しかし、いつもと違い口調が早口で荒い。
「単刀直入に言うよ。さっき警察がウチに来たよ。あんたんとこの教団について色々聞かれた」
「警察?」
「ああ、静岡のこととか、例の3人の事とか」
「本当ですか」
「いまさら嘘ついてても始まらないけどね。ウチは目的達成したしさ、もう抜けるから」
「え、あの、そんな急に」
「結構掴んでるんじゃないかね、あっちも。名簿、処分しといてよ。後々困るからさ。じゃ」
「あ、ちょっと近田さん、あの」
電話は早々にに切れた。
近田がいなくなるとまずい。
俺の生活が成り立たなくなる。
欲しいゲームが。
欲しいギターが買えない。
酒も飲めなくなる。
旨いものも食えなくなる。
坂下は急に袋小路に入った気分になった。
何がどうおかしくなったのかわからないが、俺はもうここにはいられないことはわかった。
これも、どれも、静岡とあのジジイのせいだ。
静岡がさっさと道連れにすれば良かったんだ。
ほかのやつも全員あのジジイのとこに行けば、俺はもう一度あの顔が見られたんだ。
どこか飛ぶか、それとも山奥にはいるか。
「くそ、あのジジイ、あのババア、ちゃんとやれよ!まったくよ!!俺の生活、俺の欲しいものどうしてくれるんだ!!」
車のダッシュボードを、ハンドルを叩きまくった。
ワゴンがゆらゆらと揺れる。
「死んで見せてくれりゃいいんだよ、あのジジイ!!俺はあんたの死に顔が見たいだけなんだよ!!」
息も荒い坂下が叫び終わり、はっと前を見ると。
外志喜がフロントガラスのそばに立っていた。
その顔は怒りよりも、坂下に対するこれから行う行動の覚悟が見えていた。
やめろ。
坂下は声に出そうとして慌てて手で口を押さえてつぐんだ。
しかし、外志喜にはさっきの坂下の声で十分だった。
「お前はたったそれだけの為に、あいつをけしかけたのか。悪魔め」
瞬間。
どん。
坂下は、なにかそんな音が聞こえたような気がした。
視界が急に明るくなる。
今自分がいる場所が、どこかのとても穏やかな場所なんだな、と思っていた。
おかしい。もっと何か、辛い場所にいたようなのに。
手を動かそうとするが、あまり動かない。
なんだ。
俺は赤ん坊になったのか。
手足がよちよち歩きのような、そんな動作を、坂下は自分なりに解釈した。
ああ、なにか、あったかい。
何もかも、遠い昔のよう、誰かの夢のよう。
泣いてみようか。
笑ってみようか。
うまく声が出ない。
でも、全然心配しなかった。
ほら、今誰かがくる。
空から、大きくて暖かい、誰か。
この人は、この方は。
ああ、俺は。
「あいつと同じ所に行ったのか。どんなやつでも死んだら同じ、か」
外志喜はもう動かなくなった男の前に立って眺めていた。
静岡と同じように穏やかな死に顔だ。
そのせいか、その覚悟かわからないが、あまり罪悪感はなかった。
朝のニュースでは静岡と同様の事件が計6件、13人が犠牲になったと報道されていた。
こいつのしでかしていることは、これからも悲しい事ばかりが増える、放っておくのか。
そう思うと静岡の最後にすがりつくような顔が、泣き顔が浮かび上がった。
そして気がつけば、あのワゴンの前にいた。
その時に聞いた、あまりにも独善的な言葉。
感じた不快な雰囲気。
外志喜は言葉をぶつけずにはいられなかった。
ワゴンを離れ、家の前で立ち止まる。
「これでお前が喜ぶとは全く思わんが」
外志喜が呟く。
せめて安らかに、私達を見守ってもらえんかな。
夏も終わろうとしている空を見上げ、外志喜は祈る。




