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2019年8月18日夜。
弘明は外出の準備を始めた。
今日は少し嫌な予感がする。
何事もなければいいけど。
100人目ですぐ、帰った方がいいかもしれない。
この2ヶ月ほどで分かった事。
早く終わらせたいなら、あえて駅前に行けばいい。
うまく電車の時間と重なれば、10分もいなくて済む。
この前支給された、サイズがぴったりのジャージとスニーカーに着替えると、足早に向かった。
先日起こったような事は、あれ以来なかった。
なんだったのかわからないので、気にするのをやめたのだ。
駅前に着くと、今日は人通りが多めだった。
今は夏期休暇最後の日曜日なんだが、家でゆっくりしない人も多いんだな。
そう思いながら、今日は好都合だと考えた。
早めに帰ることが出来る。
弘明はいつもこんな時に使うルートを歩き始めた。
駅前、改札口、ガード下、バスターミナル、広場。
一周で10分もかからない。
広場まで来た時、104人にすれ違ってた。
まだ、不安が消えない。
今日はもう帰ろう。
そう思った矢先、悲鳴が上がった。
そしてその瞬間。
強い絶望感と悲しみが弘明の心を襲う。
- 通達。
- 心配そうに遠くに立つ女性。
- 暗闇の部屋。
強いイメージが同時に流れてきた。
弘明は近くの壁に倒れるようにもたれた。
まただ。だけどこの前と違う。
イメージは続いた。
- バイク。
- 窓ガラスの破片。
- 女性の後ろ姿。
絶望感から憎しみが湧き出ていた。
これは誰だ。
弘明はイメージが無意識に届いて来た広場の中心を見た。
女性が立っていた。
周りに2人ほど人が倒れている。
背は低めだろうか。
少し丈の短い白いシャツに、ジャケット。
スリムなパンツスタイルで、うまく着こなせていた。
ただ、白いシャツは鮮やかな血が付いている。
弘明は感じた。
仲間だ。あの女性は、"いない人"だ。
彼女は周囲の人混みに話しかける。
「私はもうこんな生活は沢山。一緒に話しましょう。ほら貴方!!」
若い男性を指差した。
さされた男性は悲鳴に近い声で咄嗟に答えてしまった。
「なんで俺をゆびさ!!・・・ぶっ!!」
最後まで言えなかった。
彼は今、膨れている。
つんざくような悲鳴が続いた。
「彼は私と話せないみたい。ねえ、誰か」
人混みが移動し始めた。
こちらに押し寄せてくる。
ダメだ、こっちに来ないでくれ。
あの女性がさっきの死体の足につまづいて転んだ。
そして近くのサラリーマンの男性の足に縋り付く。
彼女は泣きながら叫ぶ。
「ねえ!!待って!!もう、もう1人は嫌なの!!お願い助けて!!私から逃げないで!!」
サラリーマンの男性が恐怖に怯えている。
決して離さないとする女性の力は強く、男性も倒れてしまった。
- 固形食。
- 1人、鏡に映るあの女性。
- 涙。
もう一度イメージが流れてくる。
悲しみ。孤独感。絶望。
もう、もうやめてくれ。
「ひいい、た、助けて・・・」
サラリーマンの男性は倒れたまま、膨らみ始めた。
女性は悲しげに立ち上がる。
そして・・・弘明と目が合った。
2メートルほど前で話してきた。
「そこの人。貴方ならわかるはず。繋がりを・・・」
思わず口にする。
「だからと言って、こんなこと」
彼女にその声が届いたかどうかは分からなかった。
もう聞こえていないようだった。
頬に彼女の血が、当たった。
これ以上、ここにはいられない。
立ち上がり、走り出そうとすると、またイメージが流れて来た。
- 平屋。
- 台所に立つ女性。
- 遠くから見守る青い集団。
これは、このイメージはこの前の。
弘明はイメージの方向に向いた。
そこにいることがなぜか分かった。
先日のいかつい顔のおじいさんだった。
道路の向こう側に立っていた。
このイメージは貴方の。
目が合う。
そして弘明は声に出した。
「あなたは、平屋の人!!」
おじいさんも驚くと同時に答えてきた。
「お前か。お前はあのアパートの、パソコンのも・・・」
目の前で何台ものパトカーがサイレンを鳴らしながら止まった。
2人の会話はかき消された。
警察官が降りてきて話す。
パトカーのスピーカーから声が出る。
「ここは封鎖します!!皆さん、下がって!!」
警察官が続々と増えてきた。
「ここは危険です!!離れてください!!」
救急車も駆けつけてきているようだ。
長居は出来ない。
あのおじいさんの顔を思い出す。
あの人も、仲間だ。
そして走りながら弘明は気づいた。
"いない人"同士なら話せる。
そして、分かり合えることを。
気がつくと泣いていた。
体全体が暖かくなるような気がした。
このお話を書くとき、この事件を起こした女性の、1人にしないで、から、展開していきました。
理不尽に無視されている人が、すがりついてでも訴える状況、そういうのってどんなだろう。
結果的に、全然ちがう形になりました。
なんでだろう。




