江田事件、再び
2019年8月18日。
ある女が行動にでる。
彼女の名前は、瀬尾ゆかり。
瀬尾は4ヶ月前に1人になった。
なんとかやってきたが、彼女はもう限界だった。
綱渡りのように生活も、昨日の出来事でその危なげな細い線も切れてしまう。
今、彼女の部屋には窓ガラスの破片が散乱していた。
昨夜割られたものだ。
その時聞こえた声は「ゆかりなんて、いなくなれ」。
女性の声だった。
そしてそれが、彼女の親友だと思ってた人だった。
彼女は私がこんな風になっても、遠くから見守ってくれていた。毎日ように、遠くから立っててくれたのに。彼女はどうして変わったのだろう。
彼女にはもう、なにも食べてない。
今日、外に出なければ、3日経つ。
死ぬ気だった。
「このまま、楽になれたらいいのに」
乾涸びた唇から漏れる声。
横になった顔の向かい側にパソコンの電源ランプが点灯していた。
そういえば、一昨日見つけたんだった。
政府のサイトを定期的に閲覧していた瀬尾だったが、掲示板に新しい投稿が入っていた事に気がつかなかった。
繋がりが、誰かと繋がりが欲しい。
力なく起き上がり、パソコンを休止状態から復帰させた。
更新は丁度2ヶ月前。
もしかしたら相手の人はもういないかもしれない。
でも、最後に会話が出来たら。
そう思うと、急に生気を取り戻したかのように画面を見入った。
---
title:どうしたらいいでしょうか
初めまして。
私は栗山加奈といいます。
この前まで、大学生をしていました。
今は1人です。
もう3ヶ月目です。
誰か、私の話し相手になって貰えませんか。
もう、死んでもいいって思ってます。
だけど、その前に私がいたって事、他の人に知って欲しいのです。
もし、私と同じ気持ちの人がいたら、お返事下さい。
もし、返事がなかったら、私はもういません。
その時は、こんな奴もいたんだ、って笑って下さい。
お待ちしています。
---
この子、分かってて書いてるのかしら。
返事をしたら、書いた人が死ぬのに。
まあ、いいわ。
書いてあげる。
貴方の気持ちは痛いほどわかる。
もし、一緒に死のうって言われたら喜んでそうする。
---
title:re:誰か、私を覚えていてくれませんか
初めまして。
私は瀬尾ゆかりって言います。
貴方より少し年上の社会人2年目です。
私は今、4ヶ月目です。
だから"いない人"歴も貴方の先輩です。
これを読む時に気がつくと思うから、先に書くね。
返事を書いて、ボタンを押したら、私は死ぬ。
だけど、気にしないで。
逆にとても感謝しています。
最後に誰かにこうやって返事を書く事、貴方がどんな人か思いながら書く事、こんなに幸せな事だったんだってすごく思ってます。
貴方には最後まで生きて欲しい。
頑張って欲しい。
だけど、もしもう駄目だって思っても、私は今まで頑張ったね、偉いねって天国で貴方に言います。
だから
---
ここで瀬尾は書くのをやめた。
だから何?
だから私は周りの人に気を使いながら、1人で寂しく死ぬの?
おかしい。
瀬尾は登録ボタンを、投げやりに押すと、そのまま検索サイトを開いた。
有名な出会い系サイトを開く。
そこで、仮名を使ってユーザー登録をし始めた。
「栗山ゆかりにしよう」
もう、瀬尾には周りが見えてなかった。
ユーザー登録を終えると、シャワーを浴び、1番のお気に入りの服に着替えると、何ヶ月ぶりかの化粧をした。
鏡に向かって、よし、と呟くと、スマホで写真を撮り始めた。
可愛く、そして少し男が興味を持つよう露出を増やして。
1人になる前に付き合っていた彼から、セクシーさは、全部見せるんじゃなくて、少し見せればそれが1番効果的なんだ、って聞いていたのを思い出した。
「今更役に立つなんて」
その時は、そういうのがいいの、ちょっと付き合い考えようかな、って笑ってたが、今の彼女の笑顔は異質だった。
浮かんでくる涙を堪えて、10数枚写真を撮り終えると、画像をアップロードし始めた。
同時にメッセージを入力する。
---
3ヶ月前に彼氏と別れた23歳の元OLです。
今、すごく暇なので誰か相手にして下さい。
私と一緒にいてくれませんか。
---
そう書いて、画面を閉じた。
あとは、駅前に行こう。
そしてたくさんの人とお話しするんだ。
みんな、私を見てくれるかしら。
瀬尾の顔はもう、普通じゃなかった。
彼女は、人としてやってはいけない領域に足を踏み入れてしまっていたが、声をかける人間はいなかった。




