終わりなき調査
2019時8月14日。
政府の特別対策室に設けられている研究室から、須藤聡はほとんど外に出ていない。
運動不足により、配属から10キロほど増えて、首が太くなっている。
床屋に行く事も考えてなかった、白髪交じりの髪は長く、後ろで束ねられていた。
ただ、横着なだけかもしれないが、仕事に対しては熱心である。
しかし、彼はもう疲れていた。
約1年に渡り、こんなに|沢山の研究材料を集めたのに、まだほとんどわからないからだ。
接触時の死に至るまでの症状は、医学的に見ても理由がつかなかった。
まずは身体の異常な膨張。
どんな形で検証、実験をしても、あんなにきれいに膨れ上がることはなかった。
そして、これまで集められた映像から見るに、確実に意識がなくなっているだろうと思われているが、解剖の結果は予想を外す。
内臓、心肺機能は収縮後も正常。
脳細胞というより、頭蓋骨の中は、外的な要因による影響はなかった。
見た目上は失血死、圧迫死のどちらかに見えるが、明確な死因はわからない。
いくつもの解剖に携わったが、出血は二次的なもので、直接の死因ではない。
無理矢理に理由を付けるなら、それは衰弱死。
根本的に違うのだ。
「つまり、該当者は全員、膨張し、収縮した少し後まで、意識がある可能性が高い、ということだ」
須藤は何度目かわからない、いつもの独り言をつぶやく。
そして、死因はわからないが、調査で分かっている脳内成分の異常。
エンドルフィンが大量に出ていた。
さらに、”いない人”の接触による死者に比べ、”いない人”当人のその量はおよそ5倍。
モルヒネの数倍は強いと言われているエンドルフィンが、さらに5倍だ。
なにを彼らが感じているのか、想像もつかなかった。
特に"いない人"は。
「大量殺人のご褒美、になるのかな」
有り得ないが、結果としてそう見ると、不謹慎だが面白いと思う。
人体の神秘なんて陳腐な言葉を使いたくないが、他に出てくる言葉もない。
実際、なってみないとわからないのかもしれない。
元々は別の視点での調査が主体だった。
なぜ意識の接触をすると、死に至るのか。
言葉、手紙、メール、FAX、電話、そして指示、命令に答えた場合の行動。
意思のやり取りだけで、なぜ発症してしまうのか。
秘密裡に須藤は既に2人の”いない人”に会っていた。
公開された名簿から、適切と思われる2人にコンタクトを取り、研修室まで来てもらった。
その間に8人の職員が殉職した。
予想されていたが人の命が簡単に消えた。
手紙を渡し、説明をする為に2人。
ここまで来てもらう為に3人。
そして協力してもらっている間に5人だ。
多大な犠牲を払い、得られた結果は微々たるものだった。
新しく分かったことは、接触中にはなんの特別な波長も出ていないこと。
どんなことをしても遮蔽できないこと。お互いが接触として認識してしまえば、条件は整うこと。
許容数を超えた場合の発症は、少し時間がかかる事。
そして結局、現代の科学、医学では説明できないこと。
須藤は気になって仕方がないことが一つあった。
”いない人”同士で会わせれば、どうなるのか。
これは実現できてなかった。
来てもらった2人のうちの1人は、5人道連れにして発症した。もう1人は2人発症させた後、自ら命を絶った。
つまり会わせる事を想定して呼べてなかった。
しかしこれ以上、職員を死なせるわけにもいかない。
アプローチを切り替え、死因から何かわからないか調べているのが今だ。
それでも結局結論は同じ所に着地しようとしている。
「多分リアルタイムで見てても、わかんないんだろうなあ」
そう言いつつ、隣の部屋の診察台を見た。
今そこには、上吉塚谷村の9人の遺体が並べられている。
須藤は最近感じていることがあった。
ここに運ばれてくる人達は、なんて穏やかに旅立ったのだろう、と。
他の職員に話すと、ちゃんと家に帰れ、疲れてるんだよ、とたしなめられた。
「お前たちは毎日見てないからだよ。特にミヨさんなんて、本当に仏様のようだよ」
須藤は誰に言うとでもなく口に出した。
状況報告から推測すれば、不測の事故であり、ミヨさんは発症するまでは絶望の底だったろう。
なのにこの顔は・・・何故だ。
羨ましささえ、感じ始めていた。
神のみぞ知る。
神様がいたら教えてほしい、須藤はそんなレポートを書いて終わらせたかった。




