シナリオⅣ 4 後章 第2話〈前編〉
シナリオⅣ 4.12〈人間は幸福ではない。しかし、つねに未来に幸福を期待する存在なのだ。魂は故郷を離れて不安にふるえ、未来の生活に思いをはせて憩うのだ。〉
Man never is, but always to be, blest.The soul, unesay and confin’d from home,Rests and expatiates in a life to come
草創歴0449年8月(8/10)〈前編〉
あれから平穏にも日にちは過ぎ去り、5日が経過していた。
それに反比例し、コースケの心は焦燥感が募るばかり…。
そんな思いにつられ、「ファルマコ(代射薬)」の配分を0.5割ほど誤り、フラスコ内部の溶液が黒く変色してしまった。
どうやら僕の「モースロイテ(苔族の薬痘)」は、ディリティリオ(毒性)と化してしまったようだ…。
そんな様子を見て、寝癖のままのリーツが笑った。
ムッとするが、彼の溶液もあやうく紫色に変色しつつある。
もっとも、成功したのはクラスでもニ、三人に満たないのだが。
魔道薬学「グラスィディ・セラピア」に於いては、「スィンヴァン・イリコ(マテリアル)」の固有分子振動波長に介入する才能を、「インディオフィア(記憶視野特化能力)」と呼ぶ。
数少ない希少能力であり、万人向けの錬金統計学「アルヒミア・モティヴォ」がより好まれる理由でもあった。
対して、見事なまでに粒子精製を経た、輝くばかりの「モースロイテ(苔族の薬痘)」を産み出し、同席のナウリは周囲から絶賛を受けている。
リュージュ・ディヴァーナ・ミュナ教諭が嬉しそうに讃えるも、どうもその口調は硬い。気のせいか?
「凄いな、ナウリ!」
「いや、ただの偶然ですよ。」
慎ましいと言うのか何とやらだ。
度々(たびたび)この三人で夕刻、第一図書院「ポルタ」に集まり、今後の計画を練っていた。
顔を突き合わせ、自分達こそが、この学園都市「ウィラ」の平穏を護っているのだと、日々の監視を怠らずに動向を窺っている。
「しかしだぞ、コースケ。それって本当に本当なのか?」
リーツテラ・カロケリが書物に顔を隠しながら、近況の情報を再確認する。
「スポロス級(1学年)」の図書院は一際広く、人の出入りが激しい。
だが、それが目くらましになる…と思う。
「僕を疑うのか?」
「いや、そうじゃないけど…だって、あの先生、全然 尻尾出さないじゃないか。」
リーツの言う通り、それは確かにその通りではあった。
交代で四六時中、目を離さないよう警戒していたものの、あの「ヒビヤ・ホスアン教諭」は怪しい素振りを見せていない。
ましてやコースケにとっては、トト・オ・ガラクスィアス教諭と共に、専任教諭と言う立場にあるお目付役である。
逆に監視されている感もあり、1人では儘ならぬ状況であった為、情報を共有できる仲間が必要だった。
となれば、顔が思い浮かんだのは、この二人しかいなかったわけだ…。
「ナウリ、君はどう思う?」
「え?…う〜ん、僕も今のところは、怪しい素振りとかは見てないですね…。」
ナウリ・ヴォルケーノ・ラウムの言葉は、少し歯切れが悪い。
結果、何ら進展していないわけだ。
「君達、一体何をしていたんだっ!!」
「おい、それを言うならコースケ!お前が一番、あの先生と近い場所にいるんだろうがっ!!」
リーツが声を荒立てる。
そしてすぐに顔を書物の陰に隠した。
少し声が大き過ぎたようだ…。
その後も、一昼夜に及ぶ彼等の努力とは裏腹に、ヒビヤ教諭は何ら行動に不審な様子は見られず、粛々(しゅくしゅく)と業務をこなしていった。
また、ヒビヤ教諭の評価はうなぎのぼりとも言える。
その端整な顔立ちと、冷静なる物腰ゆえに、既に固定の支持層(主に女生徒)が構築されつつあった。
それも男性陣からすれば、ヤキモキする理由ともなった。
「だけど、先生達は気付いているんだろう?」
「いや、そこは確信は持てない。恐らく、リュージュ先生は、あの人を警戒しているのは間違いないけど…。」
「アナズィトンの果実(教諭会)」の動きを知る手段は無きに等しい。
「四星」 以上の教諭陣は、講義の時間以外は「テトラゴン(守護の印)」に引きこもっている為だ。いわゆる職員室である。
「さりげなく、リュージュ先生に接触してみたらいいんじゃない?」
「誰が?」それが問題だ…。
議題には上がるものの、それを実行に移す決心がつかなかった。
何故かと言えば、たたでさえ魔道薬学「グラスィディ・セラピア」の成績が危ぶまれている為だ。
リーツは問題外(赤点確定)であるが、コースケ自身、いまだかつて満足な結果を出せた実習が無い。
ここで目を付けられては、「スポロス・エナ(1学年主席)」としての立場が悪い。
必然的に、二人の視線はナウリに注がれる…。
「いやいや、それは僕、無理ですから〜。」
案の定であったが、編入生のナウリに強制もし難い。
…覚悟を決めるしかなかった。
その日、魔道薬学「グラスィディ・セラピア」の講義は3時限目にあたり、三人はそわそわしながら待ち受けていた。
講義の前後、どちらで探りを入れるかは状況判断である。
滞りなく講義は終了し、食堂に向かう為の生徒の流れが廊下を占める。
常に講義が長引く為、3時限目のリュージュ教諭の講義は生徒の不評を被っていた。
とは言え、今回に限っては好機と言える。
生徒達が講義室を出るまでの間、それが足止めに成功していた。
「…リュージュ先生、ちょっと宜しいでしょうか?」
コースケはあえて、神妙な顔つきを作ってみせる。
遠目からリーツとナウリが見守っている。
「あら、あなたにしては珍しいわね。今の講義で分からないところがおあり?」
「いえ、講義と言うよりも、魔道薬学「グラスィディ・セラピア」の粒子精製について、少し頭に浮かんだ公式がありまして、その評価をして頂けたらと…。」
リュージュ・ディヴァーナ・ミュナ教諭は目を輝かせた。
細面の南東諸島群風美女を地で行く、とても妖艶な大人の女性である。
「あの…その前に、ちょっと…ヒビヤ先生について聞いてもいいですか…?」
その名前を耳にして、リュージュ教諭の顔付きが変わった。
視線が凍り付く。
「あの…。」
「コース・ケオ・ズィームルグ…余計な詮索はおやめなさい!あなた達、生徒の本分は勉学にある筈です。そこの二人も判っていますね!」
見透かされていたように、壁際に潜む両名を睨む。
特にナウリを見る目が厳しい。
これは大失敗とばかりに逃げ出したいコースケであったが、よもやの助け舟が現れた。
「リュージュ先生、すみません。コースケを借りてもいいですか?」
顔を出したのは、トト・オ・ガラクスィアス教諭であった。
剣術学部「アフセンディア」の教諭にして、コースケの専任教諭である。
「トト、何事です?」
「いや、例のシンディノス・テレティ(課外試験)の件で、ちょっと話しておく事がありまして。」
トト教諭の言う「シンディノス・テレティ」とは、学期中間に行われる総合熟練度を測る為の、課外実習試験の名称である。
「…そうですか…例の件ですか…。」
大目玉を予想していたが、リュージュ教諭は予想に反し、あっさりと引き下がった。
5日後に控えた「シンディノス・テレティ(課外試験)」の内容は生徒に公表されていない。
当日、着の身着のまま、その力量が問われるわけだ。
無論、帯剣も許可されている。
特に剣術学部「アフセンディア」に重きを置く生徒にとっては、単位を修得する為の登竜門とも言えた。
その行動の全てが評価対象となりうるのだ。
「ほら、いくぞ。ついて来い。」
トト教諭はコースケを伴い、「プリタネオン・プラティア(評議広場)」へと赴いた。
この多目的公共施設は、2列の白き列柱が通路を挟み、花咲き乱れる庭園を形作っている。
学園都市「ウィラ」の建造物は、総じて白を基調とし、その外観は学園と言うよりも、神殿と言った方が正しい。
丘の頂を中心とし、周囲に大小同型のドーリア様式建築物が放射線状に配置されている。
見る位置によっては、この丘そのものが白亜の城塞かと錯覚されるよう、緻密に設計されていた。
その特徴はナオス(本殿)を成す、優雅な2層構造の円柱壁群であろう。
この特徴的な二重周柱式には、複雑な魔道障壁が配され、学園を成す丘そのものを守護する結界となっている。
黄金比率がスタイロベートの湾曲等に用いられ、壮麗さに統一感を与えていた。
今回、行われる「スポロス級(1学年)」の「シンディノス・テレティ(課外試験)」は、そんな学園を飛び出し、丸一日を費やして、北部中央に連なる「蛇領山脈」を踏破しようと言うものだ。
6学年、各々が別個の地域、日程で行われるものであったが、当日は生憎の天気となった。
「スポロス級(1学年)」一同は、遠ざかって行く学園の白く美しい姿を恨めしく思い始めていた。
「スポロス・エナ(1学年主席)」であるコースケは、その先頭に立ち、険しき峰を見上げる。
行きは学園所有の超大型「アグリオグル炉」魔道機関列車で悠々自適だったとは言えだ。
「スポロス級(1学年)」総勢80名、4クラスは、そんな山中に放り出されて当惑するしかなかった…。
「1クラス毎、1時間置きに出発してもらいます。その後の行動、判断は1人1人が独自に行うように。無論、単独先行するも良し。先着者の評価単位が高いのは言うまでもないでしょう!」
これはグループで行動すればする程、得られる評価が低いと匂わせる、ヘリヲカル教諭の意図とも知れた。
引率責任者、ヘリヲカル・ケラヴノス教諭は、柔和な笑顔とは裏腹に、激しい檄を飛ばす。
「さあ、皆さん、頑張って下さいねっ!!」
コースケとリーツ、ナウリは顔を見合わせた。
周りは騒ついている。
峰を越えるだけならば、危険なりし式典=シンディノス・テレティとは言い難い。
各自に携帯食料が配られる中、如何なる試練が待ち受けているのかと思案するコースケ。
ましてや、今回同行する教諭陣の中に、彼の「ヒビヤ・ホスアン」の姿もあった…。
彼の鋭い視線が突き刺さる。
気のせいとは言い難い。
『いいか?シンディノス・テレティ(課外試験)に際して、お前に預けておく物がある…今回、俺は野暮用があってついていられないし、ヒビヤ先生がお前を担当する事になっている。』
プリタネオン・プラティア(評議広場)にて、トト・オ・ガラクスィアス教諭はそう告げると、小振りのマヒェリ(短刀)を手渡した。
繊細な装飾が施された銀色の柄の中央には、白色の「フェガロペトラ(月光石)」が収まっている。
よく見ると、それは鳥の形状に加工されているようで、何かとても懐かしく、温かい思いが広がってくる。
何があっても「シンディノス・テレティ(課外試験)」の最中、手元から離すなと念を押された。
これに何の意味があるのかと尋ねたが、上手くはぐらかされてしまった…。
『だが、これをお前に預けてある事は、ヒビヤ先生には内緒だぞ?』
ニヤリと笑うその顔が、とてつもなく意味深であり、『ヒビヤ先生に気をつけろ。』に脳内変換されてしまっていた。
やはり「アナズィトンの果実(教諭会)」は、ヒビヤ・ホスアン教諭を警戒しているに間違いないと、その日、夜の第一図書院「ポルタ」は興奮冷めやらぬばかりである。
きっと「シンディノス・テレティ(課外試験)」で何かが起きるに違いないと、その為の準備に取り掛かるべく、コースケ達は奔走する事となったのだ。
とは言え、当日に持ち込める持参物はサイドバック1個分のみと言い渡され、溢れんばかりのバックパックをぶち撒けるリーツ。
カンテラが列車行路の接続回廊に転がり落ちて行った…。
力自慢のリーツがハセリオート・セヴァスモス教授に咎められている横を素通りし、コースケとナウリは列車のコンパートメントに乗り込んでいた。
リーツの苛立ちは、そこからずっと続いているわけだ…。
超大型「アグリオグル炉」魔道機関列車に乗車中、目的地までの6時間、一切口を開こうとしなかった。
「…いや、悪かったよ。何度も謝ってるじゃないか。」
「何で俺だけ怒られなきゃいけないんだよ!みんな、ずるいよっ!」
…空気が悪い。
冷や汗を滴らせるナウリ。
うな垂れながらも道を探すコースケ。
案の定、クラスの中でも身体能力に秀でる剣術学部「アフセンディア」の生徒達は一目散に、単独行動で山頂を目指す。
獣道もお構いなく、直線コースを駆け上がる。
残された5学課の生徒達は各々、グループを作って登山口を探していた。
探知系列の術式は、特に天体儀学「アストロロギア」のアナズィティスィ因子と関わっており、これを有する女子生徒が多く、そちらのグループが目下、最大の勢力と言えた。
だが、女子が多いと言うのは、タイムリミットまでに辿り着けぬリスクも大きいとも言える。
「あらあら、主席さん達は、私達とは御一緒に行動出来ないって事かしら?せいぜい、迷子にならないように気をつける事ね?」
嫌味を撒き散らし、女子グループの筆頭「カナリ二・コリツィ」が前を行く。
どうにもコイツとは相性が悪い。
名前とは違い、耳に触る声で囀るばかりだ。
「くっそ〜!絶対、あいつらには負けないぞっ!!」
リーツががむしゃらに、雑草が生い茂る山道を走り出す。
慌てて、それに続くコースケとナウリの2人であった…。




