シナリオⅣ 4 前章 第6話〈前編〉
シナリオⅣ 4.6〈僕らには皆運命があるのか、それとも風に乗ってただ彷徨ってるのか?
たぶんその両方だろう。両方が同時に起こっているんだ〉
I don’t know if we each have a destiny, or if we’re all just floating around accidental-like on a breeze. But I think maybe it’s both.Maybe both are happening at the same time
草創歴0449年6月(6/20)〈前編〉
マルティフォラス山地は予想に違わず、嶮しき岩肌であった。
南東諸島群には人の手の及ばぬ領域が多々見受けられ、ケルーナー法治国家が統治する本州島アイゾンゲウアイスオ島は元より、属領と言えどもその例外では無い。
清らかな水、狩猟の場、鉱山、豊かな森林に対する畏敬や、活火山に対する畏怖の念は、自然を敬う山岳信仰に基づく、祭祀を司る「法王院」の領分。
それは即ち、大地の「鬼脈」を崇拝する事を起源とする。
これとは別に、民間信仰として死者の魂(祖霊)は聖域たる「 ニライカナイ」に帰るとも伝わる。
ともあれ、急激な寒波の後、雪降り積もる落葉樹林帯をようやくにして抜け出したものの、未だ目的の地には至っておらぬようで大いに落胆した。
防寒用の木綿羽織りを着込んではいても、何とも底冷えする寒さである。
彼の地に残して来た弟は達者であろうかなどと、感傷に耽る程の日にちは経っていない。
そもそも、不明瞭なりし情報を頼りに、この様な場所に1人でやって来ること自体、常軌を逸する。
『ちょっと待ってくれよ、兄さん!俺様もちゃんといるだろうがぁ!?』
…勝手に話し掛けるんじゃない、土蜘蛛め。
我が苛立ちを体現するかのように、大地が鳴動する。
ゴゴゴゴ…ゴゴゴゴ…。
あの「御霊山」の戦いから約二十日が過ぎ去り、ここの所、本州島を中心とした地域で頻繁に地鳴りが起きている。
鬼脈が喪われた事による災いの兆候が拡大しているのであろう。
急がねばならない…。
しかし、茨に囲まれし森などと、誠にあろうものかと思い起こす。
だが、それが唯一の手掛かりでもあった。
かの「呪操社」と名乗る組織は、隣国「摩皇軍」に拠点を置き、占術を生業とする結社である。
摩皇軍の呪的防衛に携わる国家運営の要であると言う。
敵性国家の構成を事つぶさに理解するのも摂政官たる者の務め。
学術院での必修科目でもある。
である筈が、何の因果かその者等に身を寄せ頼るが実情の今。
何より、語るも奇なりしも、故国「ケルーナー法治国家」にとってはお尋ね者の身と成り果てていた。
背に腹は変えられぬのだ…。
あの怪しげで面妖な男はこう告げた。
『本州島アイゾンゲウアイスオ島の北、北部列島にある法王院領マルティフォラスの山岳地帯に…そなたが探し求める男が待っている…その場所は薔薇の茨によって囲まれし森である』と。
だが、この地方は薔薇などを育成するには向かぬ亜熱帯。
自生する場所も皆無に等しい。
ましてや、この寒波である…。
あの男の名は何と言ったか?
まるで怪しき氏素性を隠すかのように、呪文が刻まれた布で顔を覆っていた。
その和装の衣は、陰鬱な黒一辺倒。
占術の結果を告げる声は嗄れ、聞く者を不安にさせた。
それら「占者」を総じて「母体」と言うらしい。
『まあ、ともかく前に進むしかないんじゃないかぁ?』
「言われずとも分かっているっ!このような手掛かりを得んが為に、敵国に身を投じる事になったのだからな…。」
我が影に潜む者、ウリュウ・テウズスウの言う通りであるのは千も承知。
皮肉な事ではあるが、この者が居らねば、危うく鬼脈に呑まれ、正気を喪っていたのは私自身に他ならない。
護法天道(ディ-ヴァ)となった我が弟や、御霊の加護を有する「声院の使徒」(ハウグフォルク)とは違い、我が身は敵対する「海府の郷」(ニライカナイ)の血統。
内なる結界因子「太陽を統べる者」(ジ・ヘリオドムス)が反発するを、この土蜘蛛の影が障壁となって遮ったのだ。
言わば、生命の恩人にも等しい…。
『おいおい!生命の恩人だなんて、ちょっと大袈裟だなぁー。』
事もなげに言うが、そう言う本人も消耗が著しく、しばらくの間は意識混濁し、我が影から浮上出来ぬ始末であった。
『んな事ないって!俺様は兄さんと共生してるから、兄さんの体力が落ちてると影響されちゃうのさぁ!』
と言うか、勝手に心の中を読むんじゃない。この土蜘蛛めっ!
『…あっ、ごめん。』
憤然やるせなきはヒビヤ・ホスヤン、その人であった。
彼の頬を寒風が撫でて行った。
その風は遠く、なだらかな海原を越えたその果て、不可侵たる「摩皇軍」の首都「ギーズィア」にまで届いていた。
…この風を兄もまた、その肌に受けているのであろうか、と。
「摩皇軍」とは、永らく「ケルーナー法治国家」と対立してきた敵性国家である。
その成立は「法王院」に比ぶれば、僅かに400年余り。
草創歴40年の建国である。
なれども、法王院領「ツウジュ(雛菊)」を接収して成されたその国家は、「御霊」を奉る「法王院」を監視するとの名目を掲げ興された。
その御題目は、我らこそが今は断たれし「東方鬼道」の血を色濃く受け継ぐ、唯一無二の一族であると宣う。
それが皇家「ハナ一門」である。
…ナウリは頭上を見上げた。
灰色の摩天楼が埋め尽くす、その隙間から見えるもまた灰色の荒れた雲行き。
この風景は「海府の郷」(ニライカナイ)に近しいか。
もっとも、故国では頭上にあるのは綿津見色の海原であった。
正確には海と呼ばれるものに非ず、似て非なるもの。
海の中のように見えるだけの錯覚…。
しかして、ここは「海府の郷」(ニライカナイ)に非ず。
この錯覚を覚える程の、余りにも文明の先鋭化が果たされた首都「ギーズィア」の有様はいかがしたものか。
海原を一つ挟みて、ここまでの文化レベルに差異があろうなどとは、違和感を覚えた。
近視感が魂を揺さぶる。
自分は、こんな所で何をしているのか。
…だが、それは誰の記憶か?
誕生してより、この歳に至るまで『結界神殿』の内部空間に幽閉され続けてきたと言うのに…。
ナウリ・ヴォルケーノ・ラウムは、金属片の重なりにより舗装された市街通路をフラフラと歩み始めるも、背後から呼び止められて我に戻った。
「どうかしたのかい、ナウリ君?」
「…ああ、レーヴさん。」
呼び止めた壮年の男性は、つい今し方までの用事を済ましたようで、柔和な笑顔を浮かべている。
小太りなれども、実に頼りがいのある恰幅の良い人物であった。
「僕、お兄ちゃんの事が心配で…。」
レーヴ・ソムニウムは困った顔を浮かべた。
日が落ちる前に、配給物資の調理を済ませねばならない。
使いたい時に火を使えないとは、なんとも不便な管理体制であろうことか。
この国は、ライフラインの出力調整に難儀していると見える。
とは言え、彼の心細さは良く分かる。
このような異国の地では尚更であろう。
「君のお兄さんは、今は行方の知れぬ親友を探しに行かれたんだ。今の私達に出来るのは、彼等が出会える事を祈るだけだよ。」
「…僕も祈ります。」
ナウリは心から祈った。
そうして、気が晴れたらお腹が鳴った。
レーヴ・ソムニウムは大笑いし、借り受けている寄宿棟にナウリを招き入れた。
始終、そんな風に場を朗らかにさせる人で、僕達兄弟の命の恩人と言っても過言では無い。
なる程、兄であるヒビヤ・ヴォルケーノ・ラウムが信頼し、自分の身を任せると言うに足る経緯があった。
それは既に20日程も過ぎ去っていたが、あの日、僕達はジンズ(鏡面)岬に放り出されていたのだ。
それは何の因果か、彼の地底の城郭「樺色の声院」(ヴァーバル)に通ずる通路に重なり、鬼脈の波動は彼等を運んだ。
これは無論、「菩薩位」ドミュニエイティス・アミュレットの意思であったのであろう。
彼等がこの岬に来る際に使用した漁船にて待つ、その者に事後を託すべく。
予期していたかのように、レーヴ・ソムニウムは「浅葱色の洞窟」にて待ち受けていた。
項垂れるヒビヤを支えるには力足りず、倒れそうになるを、そっとレーヴは支え起こした。
「…警戒しなくても良いですよ。私はヒビヤ殿とは知り合いだからね。」
「お兄ちゃんが…目を覚まさないんです…。」
見やれば、ヒビヤは顔面蒼白にて生気も感じられぬ。
この昏倒状態は、鬼脈の赤光に触れた影響に違いあるまい。
「これはいけませんね…ウリュウ殿の気配も微弱になっています。」
だが、よくぞここまでもったと言うべきか。
「急いで船まで運びましょう。ここでは治療も出来ません。」
なれば、ナウリにとって頼れる者はレーヴ一人であった。
もっとも、治療と言っても出来る事は限られている。
うなされるヒビヤの額から、こまめに水タオルを交換するぐらいが関の山。
波間に揺れる船内では、それさえも一苦労であったが、ナウリは懸命に看病を施した。
そもそも、一つところに留まっていては、身の危険があるとレーヴは断言し、この粗末な漁船は岬を転々とした。
3日が過ぎ去り、それも限界を迎えた頃、ヒビヤは眼を開いた。
「私が調合した気付け薬です。ゆっくり飲んで下さい。」
「ありがたい…レーヴ殿…。」
レーヴ・ソムニウムの調合した薬剤は、損耗した霊体の自己再生を促す免疫酵素が含まれている。
良薬はえてして口に苦し。
一口飲んでヒビヤはひっくり返り、ナウリは目を白黒させた。
「お兄ちゃん!?」
ヒビヤが正気に戻ったのは、夕刻を幾分過ぎての事である。
その頃には、かなり血色も良くなったように見えた。
この地に留まりても活路は見出せぬ。
ならば亡命するも止む無し。
それが結論であったが、事あるごとにヒビヤは、己が友の行方を案じた。
だが、今や彼等の行方を知る手立てなく、追い立てられる危機感が勝る。
「亡命ですか…?では、近しい大国となれば西の南部内陸、フィデース・レグヌム(教皇國)キアぐらいしか思い浮かびませんが…?」
「…あの国は我らの亡命を受け入れるであろうが、しかし距離的に遠く、政治的関与はせぬだろうな。」
亡命を受け入れ、ケルーナー法治国家を覆う狂気を払拭せしめる勢力は、もはや一つしかあるまい。
それは、自らが鬼道の末裔であると宣う「摩皇軍」に他ならない。
「なるほど…しかし、私は詳しくは知りませんが、彼等「東海の鬼兵団」は蛮族にも等しい荒くれ者だとか?」
ヒビヤの知る限り、レーヴの言う通りの風評が一般的である。
彼等は海賊にも等しく、法王院棺護軍にとっては天敵以外の何物でもない。
国家の体をなさぬ、ならず者の集団であるとの見方が世間一般だ。
それを仲間に引き込んだ所で如何程の事が出来ようものか?
何故なら、我等の真の敵は「海府の郷」(ニライカナイ)であるのだから…。
「そうだとしても、今は成すべき事をせねばならない…。」
この刻、ヒビヤの見つめる先は真っ暗闇であった。
そんな暗闇に蠢くは茨の蔦。
太き蔦に、鋭き針のような棘を生やし、踏み入らんとする者を待ち受ける。
それは茨の檻によって遮られし、薔薇の園であった。
その内部の芳香は、この世のものべからず…。
寒ささえも断ち切り、常夏の只中、眠りに堕ちし若人を留め置く揺籠。
その瞼に痙攣が起こる。
こうして度々、日に一度は目覚めるも、夢現の如く、また深き眠りの淵に沈む。
それを繰り返しども、この安堵は何物にも代え難い。
『心地よき香り…ここは…何処か?』
薔薇の寝座の中央、身を起こしてみれば、一面は色とりどりの薔薇によって彩られていた。
赤色は勿論、白や黒、頭上は青き薔薇が咲き乱れ、花弁を撒き散らしている。
…何とも風流な景色であろうか?
ふと、己を呼ぶ声が聞こえたような気がした。
眠りから呼び覚ますは、その声か。
嗅覚と共に、その声が我が魂を刺激する。
「…目が覚めまして?」
聞き覚えのある、慈しみに満ちた声。
心穏やかなりし乙女の微笑がそこにあった。
「…これは夢か?はたまた幻であろうか?」
天色の「姫衣」を纏いし「オリファ・シピン」、そは国家当主キースヴェルヌ・スウイツエ・シピンの妹君である。
「夢の中でも構いませぬわ…私はこうして、あなたと二人きりで会う事を待ち望んでいたのだから…。」
「ああ、いけませぬっ!このような不義、御館様に向ける顔がありませぬ!」
顔を背ける若武者に、オリファ・シピンはもたれ掛かる。
ゾクりとする峻烈な色香が、彼の鼻腔と肌とをくすぐる。
「あなたは…私の事をどう想っていらっしゃるの?今の私は鎮政府から解き放たれ、本当の自由を得た。そして…あなたに会いたいと願った。」
「とても嬉しゅう思います…なれど、我は今やケルーナー法治国家にとっては叛逆者の身の上…。」
狂おしくも、その手を取る事が出来よう筈も無い。
しかし、重ねられしは彼女の強くしなやかな掌。
「いけませぬ…姫君。」
「怖れないで…私があなたを必ず守るわ。国からも、兄からも守ると誓うわ…。」
心と心が交わり、互いの鼓動が重なり合い、心地よき旋律を産む。
口づけが二人の体温を溶かし、ヒカル・マデュスティック・リユセは再び微睡みの中に沈んで行くのだった…。
.(^ー^)ノ初のラヴシーン?ww後編に続く…。




