シナリオⅣ 1 前章 第8話
シナリオⅣ 1.8〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/16)
その様はまるで、赤子の手を捻るかの如くであった。
白銀の剣は軽々と打ち返され、身体は左右に大きく揺さぶられる。
闇将軍の凄まじいまでの斬撃を、受け止めるだけで精一杯と見受けられた。
唖然として見守るライオネック煌太子 (サイーシャ)。
この男装の麗人を後ろから羽交い締めにして、身動きせぬよう抑えるは奇怪な甲冑姿の男である。
淀んだ眼光。
そして死臭。
第壱帝国総軍麾下近衛肆(四)権士が一画、「ゲンプファー・メイル」である。
正眼に構えた黒刀が眼前に迫るや、銀翼騎士団将ミリオン・メーカーはすかさず回避する。
闇将軍の黒刀「曠野餓鬼」に宿るは「黒の報復者」(ファルヴァルシ)。
正面から受けては危険と察知した。
だが剣の軌道は弧を描き、ミリオンの「外骨格装甲」を強打する。
「グっ!ガッ!?」
横転し、内壁に叩きつけられる。
景色が真っ赤に染まった。
「狂気回路」により、それでも立ち上がる肉体を外骨格装甲が強制的に稼働させる。
全身が軋みをあげた。
周囲は既に第壱帝国総軍によって包囲され、勝機を逸した後の抵抗である。
だが、ここでミリオンの動きが唐突に止まった。
期せずして、ソラト・パワーが討たれた瞬間である。
刹那に、闇将軍の黒刀が虚空に閃く!
ゴキィィィ…ィィィン!!
弧を描き、外骨格装甲の背部縮小型動力機関「アストマイスキュロン」のみを斬り捨てる妙技。
ミリオンは木の葉のように吹き飛ばされた。
ありとあらゆる全ての視線がこの私闘によって奪われたと見るや、猛虎の如く、巨躯の重さを乗せた「獣気」が、その傍らのゲンプファー・メイルを襲った。
「でやあぁぁぁあああ!!」
サイーシャを束縛していたゲンプファー・メイルは、寸前で両上肢装甲内の連結兵装を展開。
放射線状に伸びた放熱板が、蒸気を吹き上げる。
シュウゥゥゥゥゥゥ〜。
左右非対称の振動吸収転換防壁が前面にて交差し、突然の襲撃に対応してみせた。
衝撃は光壁によって遮られている。
「ちきしょぉ!この野郎っ!!」
更に、その振動エネルギーを吸収し、兵装内部に蓄積、動力へと転換する。
奇怪な甲冑の外装、装飾部品は全方位に対する投擲兵装となって浮遊回転、敵対者へと手裏剣のごとく放たれた。
シュン!シュン!!シュン!!!
隙を窺いつつ、サイーシャ奪還を目論んでいたミッドガルダー・スレッドは、その「蛇面化」で全ての手裏剣をかい潜り抜けて見せる。
「あっ…あぶねぇぇ〜。」
もとより、正面から戦うつもりは無い。
ゲンプファー・メイルの手を逃れ、気を失ったままのサイーシャの手を掴み取るや、脱兎のごとく身を転じた。
中空を舞いつつ、手裏剣の追尾を機械義手で打ち払う。
更には、掴み取った手裏剣を即座に投げ放つ。
「悪いが、トンズラさせて貰うぜっ!」
逃がさぬとばかりに、ゲンプファー・メイルは胸体脇から、大型鎌状となる連結兵装を組み立て、これを振り放つ。
ガチィィィ…ン!ビューーーーンッ!!
見えぬ鎖に繋がれて、鎌の刃が手裏剣を薙ぎ払い、しなる鞭のように伸びつつ追撃を行う。
「こいつ、武器男かよっ!?」
皮肉を言い放つと共に、ゲンプファー・メイルが両肩に展開した砲塔から放出する高熱粒子を見切る。
とは言え、掌中から雨霰と降り注ぐ誘導光波の槍の最中だ。
肌がビリビリと痺れた。
サイーシャを庇いつつ、避け続けるには限界がある。
このままではと、蛇面の額に汗が滴る。
そして進退窮まるその瞬間、異様な振動が戦域を包み込んだ。
地震かと見紛う鳴動が響き渡る。
ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…
何事かと見た視線の端、驚愕すべき事に、眼前に迫る山があった。
紛れもなく、それは地に堕ちた筈の「空座」の残骸であった。
悪夢の成せる業か…。
「んなっ、嘘だろっ…?」
実に半径30メートルにも及ぶ人工の大地を、それが半壊しているとは言え、唯の一人で背負うて進むなどあり得ぬ事だ。
ましてや、未だ遠目に少年と思しき姿。
ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…ズシンッ…
初見ながらも、ミッドガルダーは舌を巻いた。
誕生石の碑文に刻まれた伝承によれば、北方の人類発祥の地「氷界」に降臨せし二対の者、互いに人類種と魔界族の祖となりし者達。
「東方鬼道書」では、この二者を羅候天と天変自在天と示し、精霊なる神とは異なる次元の高位神霊にて兄弟と記す。
だが、一目で異質と知れた。
瞳の無い混沌を宿した底無しの双眸。
生物的な頭髪のごとき蠢く形状。
全身の亀裂(紋様)から滲み出る血色の赤光。
草創歴が始まり449年、純血の魔界族など、もはやお伽話の産物に等しいと見做されてきた。
また「教皇会」が草創歴20年設立当初より、その次元との繋がりは禁忌として、厳しく監視対象としてきた経緯もある。
「あんなものとまともにやりあったら、ただじゃ済まんぞ…。」
それが近付くまでに、ここから脱した方が得策であろう。
どうしたものかと思案する。
その間にもゲンプファー・メイルの攻撃は休まることを知らない。
だが好機は思いもかけずに降りかかる。
それが背負いし「空座」を、今この戦場へと、無造作に放り捨てたのである。
「おいおいっ!?んなっ無茶なっ!!」
その質量が大地に穴を穿つ。
ドドドド…ドドド…ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴ…ゴゴゴォォォ…ンンン!!!
表層は陥没し、ジュライ下層区画を押し潰し、甚大な被害を与える。
しかし労をせず、下層中央区画への風穴を開けてくれたと言うべきか?
その破壊に乗じ、ミッドガルダーはサイーシャを担いだまま、下層へと身を紛らわせた。
「あばよっ!!」
非常に危険な手段であったが、もはや表層区画から首都郊外に脱出する術は皆無と判断してのことだ。
この事態を受けて、闇将軍が第壱帝国総軍の進軍を留める。
「…標的の第一目標を捕獲した。引け。」
闇将軍の脇には、ミリオン・メーカーが抱えられていた。
この銀色の鷹騎士を、ジ・ハド煌太子よりも最優先していたと言うのか? 不可解な事実である。
黒色異貌な兜に覆われた闇将軍の見定める先とは、一体?
「…ゲンプファー・メイル、メルティ・ガズヴァル、両者も待機のまま動くな。」
闇将軍の指示に従い、第壱帝国総軍麾下近衛肆(四)権士である、ゲンプファー・メイルは起動を停止した。
メルティ・ガズヴァル・ズィヤーは不満げに口の端を尖らせたが、「頸部円環王呪(ダクシナ=マルガ)」(首環)の警告に従い、胡座をかいて座す。見た目ばかりは少年だ。
一方、崩壊する残骸が舞い散る中、ミッドガルダーは最深部へと降下を余儀無くされていた。
「空座」のもたらした損害は制御宮にまで達しており、落下物から逃れる為にも、内部に先行するほか無かったのだ…。
だが、それが期をせずにして、ステリアスと合流する契機ともなった。
既に制御宮の外部第三回廊にまで位置している。
十字通路が描く交差の中央、円型ルームに配置された全天周モニター。
通路眼下には多数の円筒型動力機関「アストマイスキュロン(強い息)」が並んでいる。
ようやくにして、強固な外殻に護られていると思しき場所で、ミッドガルダーは膝を折った。
「どっこらしょっと…。」
担いでいたサイーシャをミッドガルダーが床に降ろす。
もとより、中枢最深部に至る為のゲート前だ。
ここでこうして邂逅したのも、何かの導きと言うしかない…。
ステリアスはサイーシャの顔を覗き込んだ。
それは苦悶に満ちた表情であった。
「気絶をしているだけだ…大丈夫だろう。」
「ほっ。安心したぜぇ。」
とは言え、ここも安全とは言い難い。それは互いに理解しているところだ。
「アストマイスキュロン」の中心地でもある。
「早々に脱出すべきが良策かも知れんが、な…。」
戦況を鑑みて、手遅れになり兼ねず、ステリアスは呟く。
だが自分の目的はまだ果たしていない。
立ち上がろうとした彼の手を、弱々しくも、だが確かな意思で引き止めたのは誰であろう、サイーシャ自身であった。
「お前…。」
「おい、嬢ちゃん。大丈夫なのかっ?」
四年前のあの日より、ライオネック煌太子を演じ続けてきた少女は、祖国崩壊に際して何を思うのか。
だが、目覚めたその表情は能面のごとく凍り付いている。
どこか違和感を感じた。
「…頼みます…どうしても…私には、護らなければならないものがあるのです…。」
「護るものだと?」
この後に及んで、何を護ろうと言うのか?ステリアスの脳裏に疑問が生じた。
「我がジ・ハド煌王國は…十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)を封印する為に造られた存在。それだけは護り続けなければならないのです…。」
「十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)…?」
初めて聞く名称であった。
だが魂の何処かで、その名を懐かしく感ずる自分がいた。
…だが、気の迷いとも思えた。
サイーシャが語るは、建國の逸話か。
「至光なる貴王」(フィダグマン)ギャリガの残せし「十三星座の結晶」(ゾア・クリスタル)。
一説によれば、それは魔人が魔人と呼ばれる所以、魔界の王から奪い取った至宝であると言う。
ギャリガの死後、これを祀る役目を与えられたのが「ジ・ハド煌王家」である。
その後ろ盾は悪名高き「天都の郷」(ディウム)であると言う。
「それを俺に護れと言うのか…?」
まるで、雲を掴むかのような話である。
伝承とは言え、それに類いする物質がある事は疑わないものの、何より、それが護るに値する物であるかも疑わしい。
当惑する彼等を、緊急事態を示す点滅灯だけが照らし続けるのだった…。