シナリオⅣ 1 前章 第7話
シナリオⅣ 1.7〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/16)
竜刀が引き抜かれ、ステリアスの掌中に全てが戻った。
竜刀「アムドゥシアス」の刃は再生されている。
カーズから奪った幽体を喰らい、自己再生の構成物質へと変換した結果であった。
その代償とばかりに、ミッドガルダーに抱え起こされたカーズ・サイレントの幽体は、もはや維持する事も困難な状況に陥っている…。
『…残念だが、私はここまでのようだ…捨て置け…。』
消え入るかのような思念。
幽体の端々は既に消えかけている。
同将に背を向け、ステリアスは無言で歩み始めた。
「おっ、おい。ステリアスよぉ〜。」
振り返る余裕は無い。
もはやジ・ハド煌王國は潰えた。
脱出に要する時間を念頭に置いても、そう猶予は無い筈であった。
だが、そこで意見の相違が生じる。
ミッドガルダーはこのまま表層部、中央区画仮設執政宮に上がり、籠城戦の指揮を執る煌太子ライオネック(サイーシャ)と合流し、残存戦力をまとめ上げ、戦域からの離脱を主張。
正しい選択ではある。
だが目的が違う以上、もはや行動を共には出来ない。
「お前はお前の好きにしろ。俺も勝手にやらせてもらう…。」
ラシャ・コウヤショウは恐らくは、ソラト・パワーと共に行動している筈だ。
「ちっ!何だよ、勝手にしやがれってんだっ!」
何か喚いているが知ったことではない。
俺が目指すのは、下層部区画の中心部、動力機関「アストマイスキュロン」の全てを管理する「制御宮」。
「制御宮」は黒狼騎士団将ソラト・パワー直轄の領域。
ソラト以外では、煌王サハドのみが立ち入る事の出来る禁忌の扉。
ミッドガルダーと別れた後、ステリアスは一路、隔壁によって閉ざされた制御宮に向かい、脇目も振らずに駆け抜ける。
その光景を、いや、今起きている全景を、全てを監視する者がここに存在した…。
全天周モニターが空間に投影され、その数や数百。
損傷箇所へのエネルギー供給の停止を指示。
隔壁を閉じ侵入者の進行方向を阻止。
ミッドガルダーを表層へと誘導していく…。
「…サイーシャを餌に、ミッドガルダーとミリオン・メーカーを戦わせる気か?」
御名答。ラシャ・コウヤショウの推測通り。
『ええ、その通りデス。血による結界は弱まったとは言え、あともう一押し。メーカー家の血には消えて頂きマス…。』
ソラト・パワーは無表情のままに、煌王家の滅亡を宣言した。
煌王家の血「フィダグマン因子」。それはサイーシャには受け継がれては居ない。
そもそも、彼女は煌王の血さえ引いてはいない傀儡である。
表層映像は仮設執政宮内の「ライオネック煌太子」(サイーシャ)に焦点を定める。
その表情は凍り付いていた。
上書きされた擬似記憶に翻弄される少女が見詰める先、映像もまた他方を捉える。
それは銀翼騎士団将ミリオン・メーカーの、悪鬼羅刹かのような戦いぶりであった。
首都ジュライ表層、内壁に陣を張り、移動砲台の攻撃に晒されながらも、最後の砦となり得たのは、全身朱に染まりながらも戦い続けるミリオンの存在ゆえだ。
「…て、敵は…敵はドコダ…?」
だがそれは、もはや自らの意思の産物では無く、「外骨格装甲」に操られるがまま。
内装されていた「狂気回路」が脳幹に浸透し、潜在能力以上の力を引き出し、強制的な殺意を増幅する。
キキキィィィーーーーーィィィン!!
白銀剣ルミナスの波動「鷹」が移動砲台をまた一つ、両断する。
ミリオンとしての身体疲労は限界をとうに越え、全身が悲鳴を上げていた。
朱に染めるは、自らの血潮でもあった。
だが「外骨格装甲」は背部縮小型動力機関「アストマイスキュロン」によってエネルギーが供給され続ける限り、半永久的に稼働する。
ミリオンの顔は狂気と絶望に彩られていた。
とは言え、帝国の進軍は止まらない。物量の差は圧倒的であった。
このまま帝国の総統、闇将軍と闘い敗れるのも一興か。
ミッドガルダーが駆け付けたところで、状況に大差は無い。
それどころか、ミッドガルダーの左上肢機械義手も同様、「狂気回路」を備えている。
鎧タイプ程の効能は無いが、戦う為だけの手駒とはなろう。
…戦況は次の段階へと移っていた。
想定外があるとすれば、ソラト・パワーは傍らのラシャに問いただす。
『…ラシャよ、なぜステリアスの外骨格装甲のアストマイスキュロンを破壊したのデスカ?』
死んだ筈の赤竜騎士団将。
だが突如の帰還。
…疑念。
「いや、すまないなぁ。まさか、あの傷で生きていたとは思わなかったのでな…。」
ラシャは飄々(ひょうひょう)として応えた。
海面開口部よりの進軍に対し、カーズ・サイレントを配置したが、それも無意味に終わった。
よもや、あの「怨形鬼」を討ち倒す者がいようとは、全くの想定外である。
下層ドック港を映し出す映像には、第壱帝国総軍麾下近衛肆(四)権士、レイズナー・ファルコンに率いられた潜入部隊の現況が映る。
対して、白象騎士団旗艦「エルフェンバイン(象の牙)」に立て篭もる残存兵の抵抗。
歯牙にも掛けずレイズナー・ファルコン、ゲイル・トライデントの両名は下層中枢部を目指す。
図らずも、先行するステリアスと同一ルートを辿っている。
ここ「制御宮」が標的であろう。
『時間の猶予は無イ…現状でも、あなたのソレを使用すれば、十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)を解放する事は可能でショウ…?』
それとは、ラシャ・コウヤショウが携える長大な槍を指す。
ラシャが煌王國に持ち込んだ、この禍々しいまでの異質な槍。
「十剣の盟約」により、幻の大国、「霊聖トリスティシア帝國」から借り受けた「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)である。
用意周到に進められてきた計画、その全ては草創歴四十二年、この地に封印された「十三星座の結晶」(ゾア・クリスタル)の解放にあった。
伝説に謳われる「魔人」ギャリガに起因するもの…それはここ制御宮、中枢最深部に格納されている。
「ああ、その通りだな…。」
無造作に、唖然とする程に簡単に、ラシャは「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)でソラト・パワーを貫いていた。
『!?…貴様っ、何のつもりダ…?』
槍に貫かれたまま、ソレは微動たりしない。
「残念だが、俺の目的はお前達とは違うのさ。十三星座の結晶 (ゾア・クリスタル)は我々が戴く。」
『愚かな…たかだが小国の愛群封土国ごときが…十剣の盟約に反旗を翻すナドト…。』
…ここに至りての謀叛か。
だが、「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)に手応えは無い。
ソラト・パワーの全身を覆う布状液体金属「崇高なる銀」(クイックシルバー)の内部は、まるで空洞であるかのようだった。
『私に実体は無イ…私を構成するクイックシルバー、それ自体が記憶媒体でアリ、私は人格を複写された人工知能デシカ無イノダヨ…。』
「……。」
『そして、貴様のこの行動は逐一、我が本体二ヨリ共有サレルノダ…。』
ナノレベルで構築された金属、その構成原子一つ一つが機械化されている。
設計図さえあれば分子を自在に組み替え、あらゆる有機物を産み出す万能の液体金属。
三次元科学に特化した「機界」による至宝「崇高なる銀」(クイックシルバー)。
それは生命でさえも産み出し、故に機界の住人は「水銀生命体」とも称された。
「…代用のきく身体は羨ましいが…俺がお前をコレで殺すのは、今回で五回目だよ。」
『なん…ダ…ト?』
動揺の言葉の端々が不明瞭となっている。
「お前が煌太子を殺したあの日、俺はお前を殺した。」
液体金属の表面が澱む。
「どういう訳か記憶を失っちまうようだが…前からお前さん達、機械人形のやり方は気に入らなかったんだよ。」
躊躇う事なく、ラシャの反射呪言の「一の太刀」が、縮小型動力機関「アストマイスキュロン」を内蔵した頭部甲冑を破壊し、粉々に吹き飛ばす。
ガシャ…ャャャン
露わになったソラト・パワーの素顔は液体金属そのものだ。
だが、どうした事か槍に貫かれたまま、表面が激しく泡立っている。
曰くつきの「神殺しの槍」(トリスカイデカトン)の効能か。
「真王殺し」と同質、「光の蛇」(オピオモルプス)の顕現を宿した槍である。
この次元界では役目を失効してはいたが、残された残滓は絶大な歪み(呪い)を今も宿していた。
この槍を用いる事で、何が起こるかは予期出来ない。
『ガガガッ…バカなッ…。』
だが、黒く変色した水銀生命体はヘドロ状のようで、形を保てずに崩れ落ちる。
ドシャ…ッ。
エネルギー供給源である「アストマイスキュロン」を失った今、ソラト・パワーであった存在は朽ち果てるのみであった。
「さあ、間も無く閉幕だ…早く来い、ステリアス。お前にも真実を見せてやろう…。」
まるで自嘲するかのごとく、ラシャ・コウヤショウは笑った。