シナリオⅣ 1 前章 第6話
シナリオⅣ 1.6〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/16)
通路を駆け抜ける二つの影。
「煌王城」へと通ずる直結ルートは幾重にも封鎖され、その先とて既に崩壊している。
現状では「ジュライ」下層、軍部専用移送昇降ゲートのみが居住施設へと通じる唯一のものと思われた。
各部の動力源は落ち、稼動しているルートは限られている。
だが、遠回りをしている猶予も無い。
ステリアスは最短距離を目測し、閉ざされた扉をこじ開け、下層部区画の中心部を目指していた。
彼に続くは白象騎士団将ミッドガルダー・スレッドである。
ついて来るなとは言ったものの、頑として言うことを聞かなかったのだ。
普通では登る事も困難な昇降構造を自力で抜け出し、軍部貨物搬入倉庫区画に到達した。
だが、そこで状況は一変した。
凄まじい瘴気が辺りに漂っている…。
この瘴気の濃度は危険極まりない範疇だ。
「おいおい。こりゃ、えらい事になってるじゃねえかっ?」
ミッドガルダーが血相を変えて慌てふためいた。
見覚えのある瘴気。
とは言え、進行方向に立ち塞がる新たな障害。
「…進むしかあるまい。」
轟炎の気を纏い、瘴気の渦中を突き進む。
これに追随するミッドガルダー。
彼を瘴気より護るは「獣気」。
獣気を練るべく「千輻輪」を覚醒、経絡を通じて生命力の奔流を自在に操る。
生命力を増幅するとは即ち、細胞を活性化させ、一時的に肉体の免疫力を向上させること。
物理的な身体能力強化がもたらす恩恵、それは人が持つ第七感をも飛躍的に向上させる。
故に獣気とは、生命力(三次元体)と魂魄(エーテリック体)とが高度に融合した特異状態を言う。
それこそが「賢者の称号」(ハイ・ダァト)を持つ者のみに許された究極の奥義である。
しかし、確かに搬入倉庫の区画中央は惨憺たる状況であった…。
作業員と思しき人塊がそこかしこで蠢いている。
だが、もはや人の形状を成してはいない。
それは、この瘴気による影響であった。
「瘴気」とは、物が腐敗する際に発生する廃棄物に等しい。
これは人から生じる負の感情からも発生する老廃物でもある。
物理的にも精神的にも影響を与えるこの物質は、四次元に派生し、特記として魂を腐敗させる。
ただ、瘴気とは通常、自然発生するべきものでは無く、存在する為の幾つかの条件がある。
また、瘴気に耐性を持つ種は「魔界族」に出自を有する希少種程度である。
尚、人と言う種は、これに対しての耐性は皆無に等しいのだ。
あまりに強い瘴気に当てられるや、肉体は変容し溶け始め、魂が崩れ落ちる。
それは腐食鬼や腐敗人とも別種の「形容し難き肉塊」(アナテマ)=見放されたもの。
瘴気を発生させる感染源(病巣)として、単純生命に成り下がる。
そして、彼等をそうさせた大元が、中空にて悶えていた。
苦悶の表情は原型を留めていない。
『グガガァァァ……ァァァガアァァァ…!!』
阿鼻叫喚。
そう表現するのがもっとも相応しいか?
青蛇騎士団将「カーズ・サイレント」である。
元来は容姿端麗。
そもそも、ジ・ハド煌王家に連なる貴族の名門「音無しの塔院」(カルシスト)に出自を持ち、メーカー家とは対となる家系である。
更にはライオネック煌太子の義理の兄にあたる。
だが今や、それは幽鬼の姿に立ち戻り、悍ましくも瘴気を撒き散らす存在と成り果てていた…。
これは四年前のあの時と同じ光景である。
結婚式前日、完成した煌王城を視察した折り、煌王の病態が悪化したとの報が入り、カーズ・サイレント等、騎士団将総員は「空座」に緊急召集された。
結論から言えば、煌王サハドは黒狼騎士団将ソラト・パワーの手術により一命を取り留めた。
だが、そこに立て続けに入った悲報が、あろうことか煌太子の妹、カーズの婚約者であった煌女アスラシアの事故死である。
視察に同行していたライオネック煌太子もまた、そこで不運にも命を落とした…。
精神に変調をきたしたカーズは、以後自室に閉じ籠り出ることを拒み、食事の摂取も疎かになっていった…。
三ヶ月の果てに餓死。
だが、稀に起こる、不遇な魂が抱く絶望の重さが、世界の摂理を食い破る「堕落」と言う現象。
生前、魔道の知識と潜在能力が高ければ高いほど、魂の資質は高度に洗練され、結晶化されていく。
そういった高位進化した魂が堕落した際、幽鬼の中でも最上級の、呪いの権化が生まれる可能性が少なからず存在する。
それが「怨形鬼」である。
狂乱を意味する「怨形鬼」として暴走し始めたカーズは、首都「ジュライ」を恐怖に貶めた。
その行動原理は、この世界そのものに対する憎しみ。生者に対する憎しみだ。
当時500人以上、人口の20分の1の住人が被害に会い、蠢く肉塊と化した…。
まだ記憶に新しい惨劇である。
「あの鎧で幽鬼の力をコントロール出来る筈じゃなかったのかよ!?」
ミッドガルダーが指摘したように、ソラト・パワーが製造した幽体を制御し、実体として投影する機能を備えた鎧「生体維持変換装甲」。
だが、幽鬼と化した今も、その鎧は健在である。
第二の生を得た筈のカーズ・サイレントが、標的を発見し排除に動く。
これはまるで、あの時の再現であった。
その時分に対処したのもまた、ステリアスとミッドガルダーの両名である。
「…だが、こうなった以上は仕方あるまい。やるぞ、ミッドガルダー。」
猪突猛進する幽鬼を回避しつつ、ステリアスは鍵爪と化した右手で攻撃を加えていた。
轟炎によって切り裂かれる幽体。
『グギャァァァ…ァァァアアア。』
かに見えたが、生体維持変換装甲の発動により、幽体は三次元物質化し、そのダメージを無効化する。
「何だ、この野郎はっ!?」
すかさず、ミッドガルダーは壁面より三角蹴りを繰り出す。
右脚に「獣気」を込めた打突。
物理破壊に特化した「賢者」の一撃は、過剰放出される生命力の塊り。生命力の過剰摂取は毒と同義。暴走する奔流が細胞組織を破壊する。
「ありゃっ!?」
だが、その必殺の一撃はすり抜け、不発に終わった。
またしても、カーズの身は幽体へと変換され、物理破壊の効能を無効化する。
その鎧、生体維持変換装甲それ自体が幽体と結びつき、適合の結果、カーズの魂に複合情報として取り込まれ、同質と化していた。
「こりゃ、厄介だぞっ、ステリアス!」
言わずもがな。
あの鎧をどうにかせねば勝機は無い。
ソラト・パワーが製造したあの鎧…ふと自らの鎧を顧みる。
ラシャの「一の太刀」を背部に受けて機能を停止したままの赤き甲冑…。
同時に、まさか?との疑念も生じる。
「ミッドガルダー…鎧の背部を狙え。コンマ1だっ!」
それは、ほぼ同時攻撃を示唆する言葉。
その意図を汲み取り、即座に反応するミッドガルダー。
ステリアスの右腕が、並行世界に留めておいた竜刀を、まるで泉の底より引き抜くかのごとく掴み出す。
ラシャによって断ち折られた竜刀「アムドゥシアス」は、未だ自己再生に至っていない。
万全の力とは言い難いが、今はそれに頼るしかない。
「いくぞっ!!」
八相の構えにて竜刀を保持。
刹那に分散され、竜刀はステリアスの周囲に十重二十重に配され、脈動を開始する。
周囲の瘴気が一気に燃え上がった。
転じて、全ての竜刀がステリアスの掌中に集約され、鳴動の雄叫びと共に唸り飛ぶ。
刹那、幽鬼となったカーズの頭部に吸い込まれた竜刀が火花を散らした。
『ガァァァァァァアアアアア!?』
一方、「千輻輪」を最大限に回転させ、経絡頸の命脈を細胞遺伝子の隅々にまで浸透させる事で、ミッドガルダーは「獣気」の真髄「獣相」に到達した。
獣気の由来、先祖帰りによる猛々しいまでの生命力の向上。
そしてその特性は個々で異なる。
それは脈々と受け継がれてきた、スレッド家特有の遺伝子から導き出された先祖の血「千蛇紋」。
ミッドガルダーの「蛇面化」。
蛇面と化した巨躯は凄まじき神速を以って、竜刀により頭部を貫かれた寸後、0,1秒の差を以って幽鬼の背部胸体を粉砕した。
『グギャャャャャ………ァァァアアア!?』
最大の霊的剣撃と、最大の物理破壊の同時攻撃。
カーズの身を包む生体維持変換装甲、背部の縮小型動力機関「アストマイスキュロン」が致命的な物理的ダメージを受け、もはやその機能を維持出来ずに崩壊する。
と同時に、突き刺さったままの竜刀が別たれ、四方八方へと解き放たれた。
内から竜刀に引き裂かれ、幽体を消耗するカーズ。
悍ましい悲鳴がこだまする…。
幾数百本の竜刀は瘴気のみならず、幽鬼の幽体をも喰らい尽くすばかりに舞い踊る。
それは欠けた自らを保完するかの如き、飢えに満ちた行動にも見えた。
『…わ…私は…一体…どうして…?』
カーズ・サイレントの失われていた自我が目覚めたようだ…。
だが刻既に遅し。
竜刀の刃の群れがカーズの全身を縦横無尽に貫きて、壁面に縫い付けて止まる。
ガガガ…ガガガガ…ガシャ…ン…。
静寂が訪れた。
しかし突如に、この静寂を打ち破る嘲笑が響き渡る。
『クックックッ…フハハハハッッッ!』
不快極まる機械染みた声質。
壁に縫い付けられたカーズを見下ろすかのように、そこに投影された黒狼騎士団将ソラト・パワーの全身映像が現れ出でる。
傍目からは、壁から這い出たかのような違和感を与えた。
『…侵入者排除用に暴走させたカーズ殿を、あなた達が再起不能にするとは、全く想定外デシタ…。』
ミッドガルダーの蛇面が激しく歪む。
『そう怒らないで頂きタイ。そもそも、煌太子等を事故死させたのも我であり、おかげで死を超えた力を得られたのだから、彼には感謝して頂きたいものデスネ…。』
ギシッッッ…。
壁面に亀裂が走った。
ミッドガルダーの右拳が、轟音と共に壁面を貫いている。
同時に千々に霧消するソラト・パワーの姿。
「野郎ぉ…ふざけやがってぇ。」
当事者を置き去りに、言いようのない静寂が辺りを包み込んでいくのだった…。