シナリオⅣ 1 前章 第5話
シナリオⅣ 1.5〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/16)
内部施設に向かい、ゲージ移送通路を駆け降りるは、赤竜騎士団将ステリアス・シーヴァ。
常人を上回る身体能力の為せる技か、鉄骨構造剥き出しの内壁を神速の如く蹴り移り、落下と見間違う剛脚を見せ付ける。
直下、距離にしておよそ200メートル。
首都ジュライ下層、「ヴォルフ」級艦船用収艦機構直結ルートからドック港に到る。
既に流入した海水が区画を半ば水没させ、整備中の各騎士団旗艦も放棄されたと見受けられたが、唯一つ、白象騎士団旗艦「エルフェンバイン(象の牙)」のみが点検作業を続行していた。
整備員、総員が不安に彩られた顔色で、装甲の接続を強行している。
何より、情報は錯綜していた。
帝国による奇襲によって指揮系統は分断され、各団将、各々の判断により対応を迫られていたからだ。
とは言え、開口部を封鎖している黒狼騎士団旗艦「ソラマス(太陽の狼)」の障害をクリア出来なければ、整備を続行する意義も無い。
そんな最中に、水没地に舞い降りる赤き竜人。
水面を蹴り上げ、水飛沫と共にドック構造物上層に着地する。
眼下には慌ただしく動き続ける整備員の姿が見受けられた。
こうしている間にも、自身が通って来たルートを辿り、件の帝国軍が迫って来ている事は想像に難くない。
やけに冷静に状況判断が出来ていた。
もはやジ・ハド煌王國、それ自体に執着が無くなったせいかも知れない。この国はもう終わりだ…。
「おーーーーいっっ!!」
と、緊張感の欠如した大声が投げつけられた。
声の方向に視線をやれば、白象騎士団旗艦甲板から満面の笑みで両手を振る、一際巨躯な男の姿があった。
問うまでもなく、白象騎士団将「ミッドガルダー・スレッド」の姿である。
かの状況であれば、下層に於ける籠城戦もあり得るとは想定していたが、となれば煌王城は既に放棄されたと見るべきか…。
ステリアスは止むなく降り立つ。
「やっぱ生きてたんだな、この野郎っ!!俺は信じてたぜっ!」
駆け寄るミッドガルダーは、相変わらずの剛毅を体現するかのような性格だ。
同僚が生還した事を心から喜んでいる事は疑いの余地も無い。
だが、馴れ合いは真っ平御免である。
「…ラシャは何処だ?」
強い憎しみの念がその言葉に籠められており、流石のミッドガルダーも違和感を感じたようだ。
剛毅とは言え、将に数えられる男である。傭兵として戦を渡り歩き存命であると言う事、それは戦局を正確に把握出来ると言う事でもある。
混乱戦で一番重要なこと、それは自分の置かれている状況を客観的に理解する事。
誰の手の上で動かされているのか。
それが自身に都合の良い状況であれば問題は無い。
だが「情報のみを頼るは盲目と同じ(黄道宮第1憲章)」。
「ラシャの野郎は重傷って事で運ばれてから、その後はどうなったか知らんが…お前の船を見ておかしいとは思ったぜっ。案の定だなぁ。」
ミッドガルダーは腕を組み、目配せをする。
隣接するドック内に格納された、大破した赤竜騎士団旗艦「マルティコラス(人面獅子)」の全容をだ。
「まるで動力機関だけを避けて、丁寧にぶっ壊してる感じだ。こりゃ、沈まないようにするには、船そのものの構造が分からにゃ出来ん芸当だぜ?」
言い得て妙であった。
「あの野郎、何が目的なんだぁ?」
あの野郎とは、無論、傭兵大隊長 隊長ラシャ・コウヤショウの事であろう。
長い年月を掛けて信頼を築き、この期に及んで何を得ようと画策するのか?
本人の口から聞いたところによれば、出身地は西方辺境であると言う。
西方辺境には、羅刹と呼ばれる戦士階級に所属する者達を統括する組織があり、その名を「羅刹機関(現守護塞杜)」と呼称される。
ラシャはかつて、この「羅刹機関」に所属していた羅刹であった。
羅刹の血統遺伝子は遺伝によって受け継がれる。
西方辺境に住まう者達の大半は、この遺伝子を有しているが、その因子の強弱は生まれながらにして決まっている。
そして、強い因子を持つ者だけが「羅刹機関」に受け入れられる資格を有した。
血統遺伝子、その霊質は剣撃反射。
極めて限定的ではあるが、刃を用いた物理攻撃のみを100%反射すると言うものだ。
これは防御のみならず、自身が刃を持った場合も反映されるルール(世界の摂理)となる。
あの海域に於いて、古都グローリー王国中型級艦船甲板上に於いて、ステリアスが背中に受けた不意打ち…あの斬撃の刃が脳裏に飛来する…。
前方に対する明武十将軍筆頭マイン・ジョセフ・ステッドホームと、出鼻を挫かれたジュダ・アルフレッド・ジョージ。
双方へと意識を集中し、如何な攻撃にも対処出来うるよう、轟炎を纏う。
可視的には炎を身に纏っているようにも見えるが、発現時には世界の摂理として、個体の生存率を引き上げる。
それが物理強化、身体能力の超常化に変換されているのだ。
明武十将軍筆頭マイン・ジョセフ・ステッドホームの魔道剣「メンシェンフレッザー(人喰い)」は、自身の能力を最大限に発揮出来るよう「ドムダニエルの家」が鋳造したサイコハラジック特異体質専用の調和金属で精製されている。
奴は東方辺境特有の特異遺伝子を持つ変異体だ。
切り結ぶこと数合。
我が竜刀「アムドゥシアス」の剣撃を受け流す事が可能であったのも、剣身に念動力を流出し続ける結果であろう。
ガキィィィ…ン!
とは言え、膨大な念動力の消費である。
一太刀ごとに削られつつも、受け流すことに特化した流派「東方虚空鋩」の成せる技か。
はたまた、他の特異体を大きく上回る念動力保有量を持つマイン故の特能か。
しかしながら、誰から見ても優勢なのはステリアスである。
この剣撃の打ち合いに於いて、手数の差は明白であるかに見えた。
キィィ…ン!!ガキィィ…ン!!
だが、罠に誘い込まれたのはステリアスの方である。
水平に竜刀を繰り出すべく、踏み込んだ右脚に違和感を覚える。
「…これはっ!?」
踏み込んだ足先で念動力の渦が炸裂し、足を引かれ、剣の動きが一瞬止まる。
勝機を見出したと見るや、マインの剣が仮面を貫くべく繰り出された。
「ちいっ!!」
動きが鈍ったと言え、轟炎の気が折衝となり、寸前に眉間を躱す。
「ホウ。よくぞ躱したな。」
余りに重いステリアスの剣を受け流しつつ、手をこまねいているだけのマインでは無かった。
不可視の念動力による地雷を四方八方へと配置していたのだ。
「もはや、この甲板上は私の領域。迂闊に動けばどうなるか、保証はしませんよ?」
見守るジュダ、ラシャ双方も静観の構え。
「…そんな物で俺を止められるとでも思っているのか?」
不敵にも言い放つステリアスは、地雷を歯牙にも掛けぬまま歩を進めた。
踏み付けた瞬間に発動する地雷。
念動力の渦が足元を攫っていく。
だが、あると認識さえ出来れば、彼にとっては泥の沼を進むだけの障害でしかない。
常人では触れただけで、両脚の骨を粉砕する程の地雷源の渦中をだ…。
「…とんだ化け物ですね。」
無造作に突き進むその姿に、呆れ顔を覗かせるマイン。
と、まさかの予期せぬ斬撃がステリアスを背後から襲った。
地雷源に足を囚われていた事も災いした。
ザシュッ!!
ステリアスの轟炎の気を切り裂き、鎧の背部を深く抉ったのは、誰であろうラシャ・コウヤショウその人であったのだ。
「反射呪言…。」
羅刹の持つ剣撃反射を刃に乗せた必殺の抜刀術である。
西方辺境特有の呪言によって、自らの斬撃を極限にまで高めるこの「一の太刀」。
言わば自己暗示による、摂理への介入を果たす。
「済まんな、ステリアス。お前さんには、ここで消えてもらう計画なのでな…。」
思わず、甲板に膝を突く。
皮肉にも、背部を破壊されたことによって鎧の機能が停止し、制御フィールドが消失。
突如に鎧は重さと言う負荷を装着者に与える。
「…何故だっ、ラシャ?」
あり得ぬ裏切りであった…。
背に受けた傷は思いの他に深い。
だが、ここで怯むは生死の境目と知れた。
時間を稼ぐべきか。
だが孤立した現状、状況を突破する手立てはそう多くない。
ましてや手の内を知るラシャが敵に回ったとすれば尚のこと。
「ステリアス。何故かと聞いたな…何故ならば、それは十剣の盟約の為だよっ。」
ラシャは「二の太刀」を繰り出しつつ、ステリアスを追い詰める。
「…くっ!?」
防ぎきれずに、竜精の仮面に亀裂が走る。
甲板際に吹き飛ばされるも、体勢を整え、マインの不意打ちの突きを竜刀で弾き返す。
「馬鹿な男だ!恨むべきは己の不運を嘆くがいいっ!」
マインの侮蔑の言葉に、ステリアスの瞳に怒りが生じた。
念動力を乗せた剣と同時に、ラシャ・コウヤショウの反射呪言が発動。
その「三の太刀」もまた、ステリアスを同時に襲った。
ガシャーーーーンッ!!!
激しい力と力の衝突。
正面から受けた竜刀「アムドゥシアス」の紅き刀身が寸断され、その斬撃がステリアスの身を切り裂いていた。
血潮に染まる鎧と視界。
「…何故だ…ラシャ…。」
甲板から海面へと落ちる。
まるでスローモーションのごとく、意識は遠退いていく。
迫る海面。
そして闇。
だが、折れた竜刀の苦悶と慟哭が魂を呼び戻す。
海面に落ちる寸前、その折れた竜刀を振るい、この世界に隣接するもう一つの次元に身を堕とした。
それは「全てを穿つ深緑宇宙の王」ヴァルヴァドスの統治する、滅亡した竜精の世界。
俺は必ず戻り、ラシャの裏切りに報復を遂げる。
時間の流れが違うこの場所で、傷を癒し生き永らえる事が出来れば…と。