シナリオⅣ 1 前章 第3話
シナリオⅣ 1.3〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/13)
険しい断崖に四方を囲まれた自然の要塞。
中央大陸に於いて東北に位置し、東方辺境へと続く航路を確保する海路の要。
ジ・ハド煌王國が支配する領域である。
灰色に彩られた岩ばかりの、石灰岩により蓄積されて出来た島国であった。
ここに首都「ジュライ」はある。
国内と外洋を繋ぐ通路は、海中に建造された「ヴォルフ」級艦船用収艦機構のみである。
平常時は海底に沈んでいるが、入港時には起動し海面に姿を晒す。
「ヴォルフ」級艦船を接続固定するゲージもまた巨大であり、ブロック構造のまま、ジュライ地下区画へと直結輸送される。
ゲージはドッグを兼用しており、格納と同時に装甲をパージ分解され、補修データの統合、強化プランを検討、点検作業へと移行する。
ゲージは順次降下通路を運ばれ、ドック位置に接続される。
現在、稼働するゲージは3機構。
銀翼騎士団旗艦「アルカノスト(死を与える鷹)」。
青蛇騎士団旗艦「メーティス(智の蛇)」。
白象騎士団旗艦「エルフェンバイン(象の牙)」。
順次格納されてゆく。
各「ヴォルフ」級艦船には些細ではあるが損傷が見受けられた。
軽破と言う程のものでは無く、駆動面での問題は確認されていない。
傷病者の運搬がまず第一に行われ、甲板通路接舷と同時に開始された。
艦橋通路を接舷するルートは、煌王城内に直結する通路である。
首都「ジュライ」の地下は階層構造となっており、シェルター居住区の様相をもつ。
表層部に人が営む居住環境は無く、地表透過ドーム内の施設は全て工業生産関係の建物に統一されている。
円環状一体構造にて、放射線状に伸びた通路の途中途中には重厚な内壁が設けられている。
無論、全ての内壁は高度なセキュリティが設置されており、中央区画に近付く程に警備は厳重となってゆく。
地表、中央区画「煌王城」の異様なまでの、天を貫く異貌。
この世界にあっては、超科学的な摩天楼に等しい。
地下施設から直結された軍部専用移送昇降ゲートは、この中央区画へと通じている。
別ルートで煌王城内に立ち入る事が許されるのは、ほんの限られた者だけであった。
例えば各騎士団将のみならず、煌王家に連なる血筋を有する者だ。
即ち、見目麗しき女性と見間違うばかりの君子。無骨な鎧を纏いながらも、その栄華に飾られた気品は一切損なわれない。
草創歴042年に建国されしジ・ハド煌王國の血統。ジ・ハド煌王國王位継承権第一位、煌太子たる「ライオネック・ジ・ハドXⅣ世」である。
一歩さがり、その背後に従い進むは銀翼騎士団将「ミリオン・メーカー」。
並びに青蛇騎士団将「カーズ・サイレント」白象騎士団将「ミッドガルダー・スレッド」と言う面々であった。
一行は既に「煌王城」の王家議堂通路を通過し、広辺無大な下位軍部謁見廻廊に至っていた。
足を踏み入れるや、待ち構えていたとばかりに、あの男の姿がそこにはあった。
黒狼騎士団将たる「ソラト・パワー」である。
常の半透明なバイザーに素顔は隠され、表情を読み取る事は難しい。
と言うより、言葉の質からして機械じみた印象を与え、言いようのない不安感を聞く者に与えた。
頭部を覆うアーマーから下方、布状の全身を覆う液体金属「崇高なる銀」(クイックシルバー)に護られ、その中身に実体があるかも甚だ疑わしい。
『煌太子…遠征は…失敗となりましたな…。』
聞く者にとっては、全く無礼な物言いではあった。
とは言え、今や煌王サハドの懐刀とも言うべき男である。
「貴様っ、太子に向かって無礼であろう!」
声を荒立てたのは銀翼騎士団将ミリオン・メーカーであった。
元来、銀色の鷹騎士団こそは建國より続く伝統ある血族の末裔にて、煌王家を補佐するメーカー家。
メーカー家は初代煌王の甥筋から派生した誇りある立場にある。
メーカー家の現当主であるミリオンの尊大無比とも言える言動は、だが全てを平等に見定める立場にあり、「鷹の剣」(ダン)は裁きを下す司法とも言うべき「銀の天秤」を管理する一族でもある。
眩いばかりの銀色の髪を背に束ね、冷淡な表情を崩さぬミリオンを、他の将達は融通のきかぬ頑固な質だと半ば諦めている。
と言うよりも、真面目過ぎる優等生と言った方が的を射るか?
だが一瞬の対立が、広く無人の謁見廻廊に永遠とも思える緊張感を張り詰める。
「…貴公等、今は我が父に謁見報告するが先。その前の私的言動は関知せぬ。よいな?」
事なきを得たのは、煌太子自らの沙汰によってであった。
さすがのソラト・パワーも無礼を詫びて引き退る。
『はっ…。煌王が「空座」でお待ちであります。』
言うやソラト・パワーは恭しく翻り、煌太子の軌道廻廊への道を譲った。
謁見廻廊の中央部、円錐形状の白柱が束ねられて成した巨大な円柱。内部の巨大な空間、それ自体が軌道廻廊として、上下位軍部謁見廻廊と摩天楼上空に位置する「空座」を繋ぐ移動通路となっている。
ソラト・パワーもまた、煌太子ライオネックに従い、一同は共に軌道廻廊の機械的なまでに洗練された空間に足を留めた。
動力機関「アストマイスキュロン」により、重力力場が精製され、構築システムに補充されていく。
微細な光彩を散らしながら、軌道廻廊は上昇を開始した…。
徐々に速度を増してゆく軌道廻廊。
上位軍部謁見廻廊12層を越えると、そこから上はもはや、鏡面摩天楼と言い、太陽光を集積する為の透過ドームと同様のものでしか無い。
地表から上空200メートル。
まだ速度は止まらない。
ここからならば、内部からも首都「ジュライ」の全景が見て取れる。
資源も何も無い荒れ果てた島であったろう407年前、如何な理由で初代煌王はこの國を建國したものか?
この北東の島が野晒しのまま放置され、人も近付かぬ孤島として忘却の淵にあったであろう事実。
歴史上、この島が登場するのは冬歴と呼ばれる時代の、もはやお伽話にも近い年代の記載であった。
詳しい時代背景も、何年と言う詳細も明記出来ない。
しいて言えば、約500年前に「聖刻戦争」と呼ばれる大戦が起こったとされる。
大戦の名の由来となった「聖刻石」なるものを巡り、中央大陸は壊滅的な打撃を被ったとされた…。
事実の真偽はさて置き、かの大戦にて世界を敵に廻し、東方辺境の国々を束ねた凶悪なる「魔人」ギャリガ。
対して、これを討ち取ったとされるレルアス。
闘いの叙事詩。
吟遊詩人も民草も、皆が好んで謳われ題材とされる夢物語だ。
その一遍。
中央大陸の東の上。
険しき孤島の高台に築かれる。
魔人の住まう牙城の壁。
人ならざる異形の配下が集う場所。
中でも五つの頭目あり。
かつて、この地にまことにギャリガなる者の居城があったのか?それは今となっては云わんともがな。
だが、煌太子ライオネックは想う。
自らの祖、初代煌王の出自は定かでは無いとされる。
口伝で伝わる王家伝承によれば、辺境とされる東方大陸からの血統である事は事実であろう。
もっとも、秘匿される事実はそれだけではなかったが…。
軌道廻廊は摩天楼を抜け、廻廊通路のみを残して上昇を続ける。
上空250メートル。
廻廊が停止した。
そこは上空に出現した、浮遊庭園とも呼ぶべき様相を態する。
文字通り、緑溢れる庭園が設えられ、全天位を見えざる障壁が覆っている。
これこそ、煌王が住まう「空座」の全貌であった。
当の煌王サハド・ジ・ハドXⅢ世は病んではいたが、今だ健在である。
煌太子を迎え入れた執務殿に於いても、その眼光鋭く血走った面差しには別種の病みが潜んでいるようにも見て取れる。
だが、その身は病床から出ること能わず、医療設備が組み込まれた移動型生命維持椅子の血管チューブ、機器に組み込まれ、別種の異形を目の当たりにしたかのようであった。
「我が子よ…ライオネックよ…此度の遠征の失策、そちはどのように理解…している?」
シワがれた声ではあったが、そこに煌王の意思は強靭なまでに籠められている。
「我が父、煌王よ…帝国の伏兵により損害は軽微なれど航路を塞がれ、止む無く撤退を強いられた事、まことに遺憾であります…。」
煌太子はこうべを垂れる。
…無言の静寂。
「…お前には苦労を掛けているとは思う…本来であれば、お前の兄が継ぐべき太子を…娘のお前に…。」
煌太子の肩が震えた。
配下に控える一同も静寂を貫く。
それは将の間では既に周知の事実であった。
不慮の死を遂げた本物のライオネック煌太子に代わり、内密にて入れ替わった市井の落胤の禁忌。
だが、煌王サハドの瞳に父としての一抹の情が湧いたのは一瞬の事であった。
「…だがっ!帝国がなぜ我が國を執拗に狙うか、そなたも忘れたわけではあるまいな?」
「心得ております、父よ。」
「…ならばっ、何故に撤退した?また次があると思うてか?損害を気にして後退とは、やはり所詮は女の限界よなっ!!」
ライオネックの心に突き刺さる煌王の讒言。
今にも崩れ落ちんがばかりに、彼女の心は大きく揺れた。
撤退を指示したのは紛れもなく自身であった。
伏兵が居るともなれば、情報漏洩し、その進行方向に陣を張る帝国の障害は進む程に厚くなる。
また、陸路を選ぶとなれば、戦力の甚だしい半減ともなる。
帝国との全面衝突を前提とした遠征では無かったという、自分自身に対する言い訳もあった。
「ちょっと待ってくれやっ!煌王様よ、それは言い過ぎじゃねえか?」
我慢出来ぬとばかりに口を出したのは、白象騎士団将ミッドガルダー・スレッド、その人であった。
筋骨粒々、一際異彩を放つ大男である。
身に付けるは儀式的な道着一枚。
関節部を保護する装甲の他、鎧らしきものは何も無い。自らの肉体を強靭なまでに鍛え上げ、独自の系譜により会得した奥義を以って魔性を祓う。
精神が肉体を凌駕した刹那の純血が、遺伝子に眠る「獣気」の覚醒を促す。
それが中央大陸でも高名なる「賢者の山」に出自を持つ、「賢者の称号」(ハイ・ダァト)を持ち得た者の神技である。
もっとも、ミッドガルダーは称号を剥奪され、追放された破壊僧として諸国を流れ、4年前にジ・ハド煌王國に傭兵として雇われた経緯を持つ。
かつては「黄道宮」管轄の傭兵ギルドに於いても高格十八位に属し、名の知れた存在であった。
「俺から言わしてもらえればなぁ、太子はそれなりに頑張ってる筈だぜっ!」
ミッドガルダーの左手の機械義手が、その心を代弁するように軋みをあげた。
「愚か者めがっ。伏兵が配されているなら尚の事。後手に回ったが最期…追撃されぬなら尚更であろうが?」
剛毅に言い放つも、だがそれも一喝で伏されてしまった。
「いや、しかしだなあ。」
「今、この瞬間を狙われて出せる船が待機中の黒狼騎士団だけでは対処出来まいっ!補佐すべきそなたらが、何故にそう進言しなかったのだ?」
ミッドガルダーにはグウの音も出ない。責任問題に発展しそうな雲行きである。
「…ライオネックよ、分かっていような?我らは、至光なる貴王たるギャリガ様の血を受け継ぎし末裔。その血を汚す事だけは許さぬっ!」
それは狂気にも近い感情を孕んだ、怨念に等しい物言いであった。
煌王家に宿る怨念であろうか?
ライオネックの蒼白な顔は張り付いた仮面のようで、その感情は心の奥底に沈んでいった…。
渦巻く思惑が、外に於いても内に於いても目まぐるしく浸透し、その重圧感に折れそうになる。
「…心得ております。」
五年前、まるで人が変わったかのように豹変した父と、その背後に控えるソラト・パワーの不気味な影。
言い知れぬ不安を憶えた。
と、今まで微動たりしなかったソラト・パワーが動いた。
煌王と煌太子一行を挟む中空に映像を投写する。
リアルタイム映像と思しきスクリーンに映し出されるのは、外海より収艦され、直結輸送される「ヴォルフ」級艦船の一機、赤竜騎士団旗艦「マルティコラス(人面獅子)」の姿であった。
『…赤竜騎士団に同行されていた傭兵大隊 隊長ラシャ・コウヤショウからの報告であります。』
ソラト・パワーの淡々とした言葉は続く。
『…マルティコラス(人面獅子)大破。搭乗員のほぼ総数が渡海死人病と確認。赤竜騎士団構成員及び傭兵第三中隊、敵勢力と遭遇交戦の結果、全滅…。』
全滅?一同から動揺の声が漏れた。
『敵勢力は旧アステリト王国、現古都グローリー王国と確定。中型級艦船3隻の侵入を確認との事。』
黒き巨大艦船「マルティコラス(人面獅子)」の装甲は半壊していた。
動力機関に障害を受け、全方位防御術式も消失したと思われる。
とは言え、これ程の損傷を受けつつも帰還出来た事は僥倖であろう。
『…報告者ラシャ・コウヤショウは重傷搬送中…及び、赤竜騎士団将ステリアス・シーヴァは敵幹部2名と交戦の結果、敗れ死亡されたとの事…。』
想定外の事態に一同は震撼とした。
その渦中、ミッドガルダーの憤りは尋常では無かった。
「あいつが死んだだとっ!?あいつが死ぬようなタマかよっ!?」
怒りが言葉になって吹き出した。
だが、その言葉を受け止める者も無く、疑惑は虚空へと消え去るのみであった…。