シナリオⅣ 1 前章 第2話
シナリオⅣ 1.2〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/12)
この世界の、文明の中心地とされる中央大陸。
肥沃な大地と満たされた霊道による繁栄により、大小入り乱れた国家が、その覇権を競い合った世界。
だが、草創歴412年、約38年前の「英雄戦争」以来、その戦火は鎮静化していた。
それは戦争集結の礎となった六英雄の象徴的権威と、今尚勢力を拡大し続ける「教皇会」の威光によるものか…。
比して、中央大陸の覇権を制したかつての大国、「聖ラムサ王國」は名ばかりの道標でしか無く、草創歴443年に新興された「帝国(旧ソルティア公国)」の蜂起を前に、周辺諸国は震撼した。
刻を遡ること、約5年前の事である。
刻を同じくして、紅い竜人もまたジ・ハド煌王國に拾われた。
当時、煌王サハドと盟友を結んだソラト・パワー(現黒狼騎士団将)の来訪により、煌王國の錬金道兵器設備群は飛躍的進歩を遂げた。
既にそのレベルは中央大陸諸国の数歩先を行く段階にはあったが、男がもたらした「アストマイスキュロンシステム(強い息)」の恩恵により、首都ジュライは眠らない街と化した。
それもこれも内外を含め、世界情勢の変動と、また老いの迫る煌王の焦りに付け込まれたものなのかも知れない。
ふと思い返すと、唐突に背後から呼び掛けられ、感知を失念していた事実に慄いた。
とは言え、そんな表情はおくびにも出さない。
5年前と変わらず、彼を有無を言わさず煌王國に引き入れたこの男、傭兵大隊 隊長ラシャの佇まい。
常に飄々として穏やかな口調で物事を語るこの男は、だが尋常ならざる実力の持ち主である。
傭兵大隊は正規軍では無い為、5将軍に名を連らねないが、彼のみは別格だ。
自身もまた、傭兵時代は彼の配下にあった。
豪雨降りしきる甲板に並び立つ男二人。
「…煌太子率いる遠征軍が敗走したそうだ。」
「…何だと?」
予想だにしない報告を受けて、思わず口に出た言葉であった。
長年対立が続いていたソルティア公国(現帝国)との覇権に勝利するが為、病にて戦線を退いた煌王に代わり、矢面に立たされたのが「ライオネック煌太子」だ。
戦域を拡大し続ける帝国に対する戦力比は劣勢と称して、戦力増強の手段を講じる為、銀翼騎士団、青蛇騎士団、白象騎士団を投入しての「聖ラムサ王國」遠征を敢行した。
かつて中央大陸に覇を唱え、全域を統治した古き王國を支配してこそ、他の国々と同盟を結び、帝国を打ち崩す道に繋がると考えての事。
既に聖ラムサ王國の上層部(教皇会管轄聖堂議会)に秘匿承認され、手筈はついていた筈の事だ。
「…煌太子は無事なのか?何があったんだ?」
ラシャの顔も珍しく、苦々しく歪んでいる。
煌太子率いる艦隊を海路、伏兵にて襲ったのは帝国軍であったらしい。とは言え、こちらは東方辺境と称される大陸から侵入してくる蛮族を迎え撃つ為の海路にある。
相互感応通信も圏外にあり、詳細な情報は手に入る余地も無い。
引き返すにも間が悪い…。
「早めに片付けて帰るしかないって事だ…頼んだぞ?」
ラシャの目配せと共に稲光が前方を切り裂いた。
ピカッ…ゴロゴロゴロ…
黒く荒れ狂う海面が沸騰したかのような錯覚を覚えさせる。
竜眼「ヴァルヴァトスの瞳」で感知し得た、術式の構築。
距離が遠過ぎて破壊には至れない。
「…ラシャ、来るぞっ!」
と同時に激しく船体が揺れた。
海中からの衝撃を艦底が受けたようだ。
海面すれすれに巨大な触手が這ってゆく。
他方、奇声を発して鳥形状の異様な獣が数匹、直上より襲撃を開始する。
右前方には敵勢力と思しき中型級艦船3隻が微速速度で迫っていた。
対して当方戦力は超大型艦船1隻のみ。
敵方術者には、相当の高度な召喚術能力者か、集団が待機しているようだ。召喚術式成立の配置は、敵方艦船の位置と一致する。
「マルティコラス(人面獅子)」の艦底射出口から炸裂魚雷が数百発とばら撒かれ、瞬時に爆発し、迫る触手を船体から引き剥がす。
ドドドドッ…ォォォ…ン!!
触手自体にダメージを与えるに至らぬも、振りほどかれた触手は海面を打ち崩し、顔を覗かせた。
また間近に迫る有翼の獣、召喚されたと思われる「翼獣」の群れが肉迫する。
無造作に抜きはなった真紅の剛剣。
質量からして、片手で保持するは不可能な筈の大剣を、いとも軽々と頭上に掲げた紅き竜人の、その全身に漲る赤き「轟炎の気」。
魂に同化した竜精と同様、彼が故郷「鄷都山」から持ち出した「竜刀アムドゥシアス」は、その血の契約を経て、霊質と同化している。いわば彼の肉体の一部だ。
頭上に構えた竜刀は明滅を繰り返し、その手を離れる。
と刹那に分散され、竜刀は乱立した。多重世界全てに於いて存在する同一個体、竜刀を同時に存在せしめたる神業。
その全てが轟炎を帯びて、目標に高速で喰らいつく。
まるで生き物のように。
ズダダダッッッ…!!!
頭上の翼獣はズタズタに引き裂かれ、その体液を甲板に散らした。
海面の触手もまた、その全てを引き千切られて沈んだ。
恐らく、海魔のものであろうが、本体が浮上する気配は無い。
竜刀に切り裂かれた傷口は魔傷に近しく、不可視の炎に焼かれる苦しみを味わう事となる。
海面下を揺るがす咆哮が遠ざかっていく…。
今や竜刀は彼の手中に統合されるや、より一層、轟炎の輝きを増し、掌中で回転を始めた。
と、甲板を駆け始める紅き竜人。
その視線は前方敵方艦船にあった。
タタタタタッッッ…!!
距離や約500メートル。
掌中の炎の円環を投げ放つや、飛び乗り移ったまま、一気に距離を詰める。
海上を弾丸のごとく、回転する竜刀に座したまま、放たれ来る砲撃を掻い潜る。
間近で爆発する砲弾によるダメージは些細でしかない。
これは鎧によるものもあったが、生来、兼ね備える一族特有の障壁による、物理耐性に起因する。
東方辺境に於いて、旧アステリト王国と対となるアスラルト王国との中間地域、鄷都山を中心とする領域は治外法権である。
その「ペテロの遺跡」を護る管理者の一族を「シーヴァ族」と呼び、半人半竜と恐れられていた。
近接する3隻の艦隊の甲板上、既に動かぬ肢体が散逸して見て取れる。
海を越えて来た代償であろう。
船橋に立ち、待ち受けるは唯の一人…。
肉迫する異形の赤き戦士に畏怖しつつも、砲撃の手は休む事なく続く。
「古都グローリー王国」から派遣された艦隊は、多大な損害を被りながらも、定期的な敵勢力把握の目的に準じている。
今回の威力偵察も御同様。
だが今、攻め来る紅き竜人は東方大陸でも名の知れ渡った男である。
明武十将軍に数えられる「ジュダ・アルフレッド・ジョージ」にとっても、相手にとって不足なし。
「魔獣の園」と呼ばれる傭兵集団の一員であったが、これを自ら滅ぼし、魔獣の王たる牙獣の生き血を飲みほし、その精霊力を我が物とした召喚術師。
その精霊力を用いて、稀有な魔獣をも召喚する異能者だ。
魔道とは即ち、「現実世界を構成する世界の理を書き換え、己に都合の良い理屈を再構築する術」。
触媒としての術式が鍵として作用する。
全ての魔道はこの法則を基本とする。
人類が冬の時代を迎えた5千年前、冬歴と称される時代から連綿と研鑽され続け、派生していった数多の術式。
魔獣使いの家系に受け継がれる召喚魔道もまた、独自の進化の果てに一子相伝の術式を会得した。
その肉体に刻まれた刺青が術式を体現する。
腕に刻まれた輪状の刺青が、指が示す本数が、生み出すべき翼獣の数を決める。
恐るべき事に、ジュダはただ1人であれだけの翼獣と、海魔を呼び出し、使役していたのだ…。
そして今また、多数の翼獣を呼び出すべく、その術式を解放しようとした矢先であったが。
「なっ!何だとっ!?」
立ち上げる途中に於いて、ジュダの術式を打ち砕いたのは「ヴァルヴァトスの眼」…紅き竜人の眼光であった。
その勢いのまま、紅い竜人は回転する竜刀を手に取り、自身も回転よろしく刀身を上空から、ジュダへと叩きつける。
ガンッ!!!
皮一枚で見えぬ障壁に遮られ、竜刀は止まった。
瞬時に、紅き竜人は後方に引く。
「!?」
九死に一生を得たジュダもまた、間合いを取るべく後退。
間隙を突いて現れたのは、ジュダ同様に明武十将軍に数えられる、筆頭将軍「マイン・ジョセフ・ステッドホーム」。
彼が伸ばした左手より、如何なる作用による障壁であろうか?竜刀を止めた張本人の登場である。
「さすがは呪われし竜人…ステリアス・シーヴァ。噂にたぐわぬ使い手ですね?」
と同時に再度、飛来した障壁を弾く。
ガシュッ!!
マインが発した重圧な念動力を竜刀で寸断してやり過ごす。
同じ手が何度も通じると思っているのなら、三下以下だ。
「…貴様、アステリトのサイコハラジック体だな?」
マインは微笑で応えた。鼻に付く笑みだ。
この男は東方辺境特有の、特異遺伝子の系譜であろう。
2対1…だが、紅き竜人ステリアスは怯まない。怯む理由も無い。
負ける要素も無いと言わんばかりに。
「じゃあ、2対2にしてみるかい?」
そこに飄々と姿を現したのは、傭兵大隊 隊長のラシャ・コウヤショウ。
援軍としての参上であった…。