シナリオⅣ 1 後章 第9話
シナリオⅣ 1.19〈すべての解決策は新たな問題を生み出すのみ〉
Every solution breeds new problems
草創歴0449年8月(8/14)
「フレーグ騎士団領」(フレーグ・カヴァッレリーア・テッリトリオ)の首都、港湾都市「ペルラチッタ」を訪れた聖王女一行の心は乱れていた。
ユーキシエル・フリュニエールは直ちに「騎士団評議会」と公式な接触を図り、騎士王「フレーグ・ミスト」との会談を取り付けるべく、「狼星の城」(ソティスカステッロ)へと赴く。
だが、当の聖王女レーア・ノウスト・ラムサ、及び聖堂騎士ハルカ・ヴァル・スサリーの両名は、仮宿とした下士官邸宅の自室に閉じ籠ったまま、顔を見せることがなかった。
どちらにせよ、その情報は遅かれ早かれ耳に入るものであろうし、むしろ包み隠さず告げたユーキシエルの判断は正しいと言える。
ならばこそ、今後の方針を決める事が最優先事項であろうが、円卓を取り囲むのはステリアス、サーロス、エメヲラの、実際には何の決定権を持たぬ三名のみであった。
こうなっては何の指針も打ち立てる事も適わない…。
エメヲラに至っては、外界に興味はあれども、見るもの触るもの全てに於いて過剰反応気味。見ている分には面白いがな。
客観的な意見を求めるには適しているが、そこは妖精族特有の価値観からか、どうも意思疎通もチグハグである。
「結論から言えば、依頼主からの変更が無い限り、彼女を無事にレイアーン公王国に贈り届ける事だけが俺の仕事であり、双方の国が存続してる可能性がある以上は、契約は生きているわけだ…。」
と、サーロス・フレアーノは不確定要素を排除しつつ、言葉を選ぶ。
全ては「聖ラムサ王國」(ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)が帝国領「壇上伽藍」の襲撃を受けたと言う事実に端を発している。
だが言葉が回りくどい。
「…親書を届ける事、現状それ自体に価値があるかどうかを判断する事は傭兵の俺の責務では無いし、聖王女がどう判断するかが目下の要注意事項だ。」
眠たげに欠伸を堪えるステリアスに、何かを言いたげなサーロス。
面倒臭いが、彼が遠回しに言いたいことは分かる。
「それは、どうにかして俺にレーアを説得しろって意味か?」
つまりは、この騎士団領さえ抜ければ、後の旅路は一直線。
レイアーン公王国へと向かう公路は安全圏に等しく、もっともリスクは少ない。
選択肢としては正解だろう。
「あのなぁ。俺は帝国に近付けるなら異論は無いが、説得出来るほど器用じゃないぞ?」
「分かってはいるが、聖王女の心は今、揺れている。意思の方向付けは必要だ。」
難しい言葉で誤魔化しているが、とどのつまりは「それが1番正しいのだ。」と、刷り込ませろと言うのだ。
あんまり褒められた作戦じゃないし、そう上手くいくもんかね。
だが、予想外に異議を唱えたのは、妖精族のエメヲラ・ヴィ・ドゥである。
「私は…リスク回避は絶対条件では無いと思う。まず第一に、彼女の意思を尊重すべきであると考えます。」
まさしく正論。理論構築を理とする妖精族にあって、これは個を尊重する原理から来る言葉であろうか?
しかし、彼等が「青陽の湖」(ウルティマラクス)を訪れていた3日の間に、外界では2ヶ月余りが経過…。
その間、ラフル島 (ラフルインゼル)の「聖ラムサ王國」(ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)は第壱帝国総軍の攻撃を受けて瓦解。
「吊橋状公路」が破壊され横断叶わず、聖都ヴァイスの損害規模、事後の報告は未だ入っては来ない。
一報より既に28日が経過していた…。
聖王女が存命となれば、選択肢は多々あるが、彼女がどの勢力に保護を求めるかで、その趨勢も著しく変化をするのだろう。
だが、彼等の机上の計算は、あくまで「聖ラムサ王國」(ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)の再興…即ち陥落を前提にしたものであった。
無論、帝国領「壇上伽藍」が相手であれば、頼るべくは「レイアーン公王国」か「教皇会」かの、二者択一であろうと。
もしくは「自由都市連合」に保護を求めるか、あるいは…とサーロスは言う。
「…あるいは、あえて帝国の虜囚となり、条件として聖ラムサ王國 (ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)を解放するかだ。この場合、帝国の属国となるのはやむ終えまい。」
「そいつはまた、随分と逆手にとった手段だな?」
しかし、アリといえばアリな選択肢だが、國家としての面子が問題だろう?
「俺に出来るのは…以上の選択肢を聖王女に提示するぐらいだ。」
選択肢を提示した上で、リスク回避を第一条件と考えるのがサーロスの意見である。
だがこの時には既に、その予想を大きく上回る結論をレーアは導き出していた。
中央大陸「南部内陸」方面でも情勢に変化が起き、「フィデース・レグヌム(教皇國)・キア」と教皇会の対立が著しく、第二王太子が出奔したとの情報も少なからず影響しているのだろう。
唐突に姿を現したレーアは、有無を言わせぬ剣幕で断言した。
「悪いけれど、私は今からラフル島 (ラフルインゼル)に戻るわ。みんな、まだきっと戦っている筈だからっ!」
そうきたかと、俺は素直に笑った。
転じて絶句するのはサーロスだ。
「…聖王女、それは…。」
そんなサーロスを尻目に、レーアは腕組みをしたまま仁王立ち。
言いたい事は言ったって顔だ。スッキリしている。
こいつの性格を考慮すれば、その解答もあり得なくもなかったわけだが、問題はそこまで俺達が縦の繋がりが強い訳でも無いってことだな。
その選択肢を選んだことで道が分かれるって事を、当然分かって言っている…わけもないか。
「まあ、いいさ。それがお前の選んだ答えなら、それでな?」
「そ、それじゃ行ってもいいのっ!?」
目を輝かせるレーア。
おっと、早合点はするなよ?
「あくまで、それはお前個人の見解だ、俺は止めんがな?で…ハルカ、お前はどうする気だ?」
ステリアスは傍らに立つ「聖堂騎士」ハルカ・ヴァル・スサリーに問い掛ける。
レーアの決意に聴き耳を立てて、ようやく籠城を断念せざるをえなかったようだ。
彼もまた、その胸中に秘めた物があるらしく、深刻な面持ちだった。
だが、喉につかえて言葉が出ないようにも見える。
「おいっ!何か言いたい事があるんだろうが?」
「わ、私はっ…聖堂騎士としての義務を全うし…聖王家を守護するが我がスサリー家の大義…なれど父からは何があろうと、姫を公王国へとお連れするよう申しつかっています!!」
何があろうともだ。それを聖王「メルフィオール・ノウスト・ラムサ」との謁見で誓わされたのだ。命にも代え難い誓いだ。
ギロリとレーアがハルカを睨む。
今まで肯定しかしてこなかったハルカの、予想外の叛意だった。
互いに無言であるが、修羅場と言えなくもない空気が漂う。
だが始終、ハルカも眼を逸らすことが無かった。
こうなっては、どこまで行っても平行線だと言わざるを得ない。
なので、ステリアスもまた当然のごとく告げることにする。それは当然の権利なのだから。
「…こっちも悪いが、来た道を戻ることになるのなら、俺もここからは自由行動にさせてもらうぞ。」
元より、目的地が同じだけの寄り合い所帯である。俺には俺の目的がある以上、遠回りは御免だ。
もっとも、それがステリアスなりの説得の言葉とは露知らず…。
「っ…!!」
レーアはそれ以上、何も言わずに自室へと引き戻った。
だが、その決意は変わらぬと見ていい。全く強情なお姫様である。
その夜は、各々がこれから先をどうするか、何を選び、何と決別するかを選択する為の長い時間となった…。
翌朝、北部の真珠ペルラチッタは変わらぬ熱風に包まれていた。
その最中「狼星の城」(ソティスカステッロ)、玉座に座す騎士王の胸中を深々と貫くのは封剣「カルシスト」。
玉座の背後が血飛沫で染まり、騎士王はこうべを力無く項垂れた。
これを目の当たりにし、驚愕に打ち震えるのは「騎士団評議会」議長にて騎士王の養子でもある、「ハルト・ロマーノ・ミスト」である。
「へ、陛下…そんな…。」
対して、封剣「カルシスト」を抜き放ち、遺体を残して玉座を静々(しずしず)と降るのは帝位初代王直属、第壱帝国総軍麾下近衛肆(四)権士が1人、レイズナー・ファルコン、その人であった。
真血に染まる封剣を突きつける。
「…聖刻の指環を持つのは貴様か?」
同刻、ペルラチッタを混乱が襲う。
各所で火柱が立ち昇っていた。
主要施設群、評議会ガッレア、ルペルカリア宮館、騎士団ドゥオーモ等だ。
ところが、「騎士団ドゥオーモ前広場」を雪が覆った…。
舞い散る「氷結の輪舞」。
「アレイオス・パゴス(魔道)回路」最大臨界が気象にまで影響を及ぼしていたのだ。
幾筋もの氷陣が「氷結の檻」(フリーギドゥム・クルヴィ)を産み出し、近衛肆(四)権士ゲンプファー・メイルを蒼穹に封印した。
「無駄だ…俺の絶対零度の封印は、あらゆる魔道属性の加速運動を止める。そこから逃れる術は無い。」
だが、サーロスは細剣「アスタンフェウス(水星の王)」に氷結放射を留めたまま、剣先にて術式を構築する。
些細な油断は敗北を生むのだ。
ピシッ…。
「!?…まさか?」
ビシッ…ビシッビシッ…バキンッ!!
サーロスの「氷結の檻」(フリーギドゥム・クルヴィ)を撃ち破ったのは、連結高振動破砕兵装である、背面制御翼放熱器だ。
細部は凍結しているものの、ゲンプファー・メイルはぎこちなく稼働を開始。
関節が異音を上げつつ、機械的な放熱と共に氷を振り払う。
バキンッ…バシッ…バシュツ!!
内部凍結箇所は自動人工輸液投入により、細胞強制活性化。
機械仕掛けの鎧が多様に変形し、枷を破壊しつつ、全身に配された連結兵装が展開された。
…砲塔数計5。
だが、間隙の猶予はそれで充分である。
既に術式は構築済みであった。
燦めく、サーロス・フレアーノ最大の奥義「ダイヤモンドダスト(細氷の蓮華)」が発動。
ドドドド…ドドドォォォ…ォォォオオオ!!!
分子活動を破壊する絶対零度の「積層型極大波動」が放たれていた。
「…!!??」
微動さえも出来ず、「積層型極大波動」に呑み込まれるゲンプファー・メイル。
白き奔流が怒涛の如く世界を押し流す。
だが…サーロスは我が目を疑った。
原子が砕かれ、剥がれ落ちた甲冑から覗く顔。
その面影は…。
「…父さんっ!?」
その声は白き虚空に掻き消されていった…。




