シナリオⅣ 1 後章 第6話
シナリオⅣ 1.16〈すべての解決策は新たな問題を生み出すのみ〉
Every solution breeds new problems
草創歴0449年6月(6/16)
アキラ・ギディエールは自由都市カイズヒルの「同盟騎兵団」に所属する同盟騎士である。
その名が示す通り、ギディエール商会と深い繋がりを持つ。
学園都市「ウィラ」を彼が訪れたのは、仲介役としてレイアーン公王国の使者、「ユーキシエル・フリュニエール卿」と学園長との面会の手筈を整える為である。
学術都市である「ウィラ」は、唯一無二のドーリア式建築物の最高峰に値する。
特にスタイロベートの湾曲、テーパがつけられたナオス(本殿)の壁、エンタシスの円柱などが巧みな調和を醸し出している。
エンタシスとは、上に向かうにつれ大きくなる円柱のわずかな膨らみを指し、その全てが繊細な曲線を構築する規則に従っている柱だ。
神殿の正面全貌は各要素ともども黄金長方形で囲われて、内部には屋根を支える2列の柱が立てられている。
学園と言うよりも神殿と言うべき外観か。
丘の頂きを中心に、周囲に大小同様の建築様式が連なり、一体感を構成している。
そこは「自由都市連合」のほぼ中央、かつて存在していた自由都市、キドの跡地にあった。
斯く言うアキラ・ギディエール自身も、学園の出身者である。
知人友人、同僚、頭の上がらない諸先輩方も多々輩出している学園都市だ。
特に学園の教師陣は一筋縄ではいかない人物が多い。
「相変わらず若いですねぇ、リュージュ先生w」
「…あなたは相変わらず、ヘラヘラしてますね。ついてらっしゃい。」
中央大陸南東諸島群出身の独特な着物を着こなし、先導を務める女性教授。
アキラが学生時代の時分と寸分違わぬ妖艶な物腰。
しかしながらもその口調は鋭い。
苦手であった魔道薬学「グラスィディ・セラピア」の授業は=彼女の印象にも結びついていた。
自由都市ガイア出奔の後、杳として行方の知れぬ聖王女一行…。
此度の責任問題はガイラ市長スリアンヴォス・ヴァルナードに責ありと、世論は傾き始めている。
ちょっとした色気を出して拘留したはいいが、彼等が生死不明ともなれば話は別だ。
国家間のバランス崩壊になり兼ねない事案である。
非難の書状が各地から届き始め、ガイラ市長は雲隠れをした。
ユーキシエル・フリュニエールは早急に、彼等の行方を掴む必要があった。一刻の猶予も無い。
既に自由都市連合の情報網を駆使して探索は行われているが、かれこれ3日が経過している。
「聖堂の瞳」(ゼーエン)を介しての定期的な聖堂騎士の「リヒト(座標点)」も途絶えているとの事だ。
これが1番の問題点である。
万に一つの可能性に賭けて、自由都市連合の創始者でもある「ウィラ」の学園長…「アルソフェミリアン老」の力を借りようと言うのだ。
眉唾ものではあるが、この地の全てを見通す「神眼」の力を以って、彼等の行方を見定めて頂こうと。
そんな彼等は今、嶮しい道のりと言えるのかどうか?その選択を選んだ結果、予想外の苦境に立たされていた…。
サーロス・フレアーノの想定であれば、現在までの踏破距離を当てはめ、既に「フレーグ騎士団領」(フレーグ・カヴァッレリーア・テッリトリオ)の近郊に到達している予定である。その筈ではあった…。
「…目的地には確実に近付いている筈だが、な。」
当のサーロスが呟いたところで、ハルカ・ヴァル・スサリーの懐疑の眼差し。
「改めて聞きますが…その地図は本当に正しいのですか?」
「…くどいぞ。」
聖王女一行は山脈を降り、麓の森林地帯に至った筈が、現在彼等の置かれている環境はと言えば、四季に満ち溢れたガラス細工の浮遊大陸の上…。
地図が正しい、正しくない以前の問題だろう。
全てのものが水晶のごとき抽象的な造形の森の中に、忽然と彼等は取り残されていたのだ。
「私達、まるで夢の中にいるみたいっ。あっ、あっちは雪が積もってるみたいよぉ!」
「おいっ、勝手に離れるな。」
ステリアスの警告もお構いなし。
レーア・ノウスト・ラムサは意気揚々と先頭を行く。
はしゃぎ過ぎである。
とは言え、かれこれ半日が経過していた…。
実に不可解な空間である。
足元も透けている。
確かに彼等が山脈の尾根を進んでいたのは間違い無い。
それは交代にて先夜、レーア達が仮眠を取っていた時分の事だ。
食糧品諸々、馬車をガイラに放置したまま挑んだ行程である。
最低限の保存食を分配し、適当な枝に刺し、起した火で乾燥肉を炙る。
夜間の移動は危険極まりなく、野生動物以外のモノ(?)と遭遇する可能性も高い。
交代で見張りを立て、今夜はここで夜営をする事に決めたのだ。
パチ…パチパチ…パチッ。
肉が焼ける匂いが鼻を突く。
近年、特に次元間の綻びが頻繁に起きている。
これを修復する為に「教皇会」は苦心しており、故の、ほぼ国境なく行動権を認められている悪習でもあった。
レーアとハルカは先に食事を済ませ、少し離れた場所にて静かな寝息を立てている。
火を囲み、僅かに焦げた薫りを嗅ぎながら、ステリアスとサーロスは無言で向かい合っていた。
別に、特にどちらかの会話を待つと言う風でも無い。
互いにそう言う性格でもない。
だが、何か通じ合うものがあった。
サーロスとすれば、同じ六英雄の「白き剣豪」(ヴァイス・シュヴェーアトマイスター)レーズダン・スサリーと出会いはしたものの、父である「オストロ・フレアーノ」の手掛かりは得られなかった。
レーズダン卿が言うには、六英雄の中でオストロと親友関係にあったのは、かつて旧ソルティア公国(現帝国)で指南役をしていた「超越者」ガイヤ・スであると言う。
ガイヤ・スとは「聖ラムサ王國」(ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)から「巨匠」の称号を贈られた人物でもある。
これに聖ラムサ王國 (ハインリッヒ・ラムサ・ケーニクライヒ)のレーズダン・スサリー。
旧ソルティア公国の「黒曜の騎士」(ネロ=シュヴァリエ)ダーク・フォード。
消息不明の魔道士ローランド・ヴァーニ。
自由都市連合出身の傭兵王フレーグ・ミスト。
サーロスの父であり、元ヨハナ連邦出身のオストロ・フレアーノ。
この6名を以って「六英雄」と称する。
ただ一つ気になるのは、先日、聖都でステリアスが体現して見せた、あの太陽のごとき力だ。
あの光の発現により、帝国肆(四)大総統の攻守バランスが崩れ、彼等の撤退は余儀無くされたと見受けられる。
「ステリアス…お前は十種の刻印の話しを聞いた事があるか?」
「……?」
聞いたこともないか。
それは中央大陸に古くから伝わる伝承のようなものだ。
かつて、この世界を統治していた「帝」と言う帝國が存在していた。約5千年も前の旧時代である。
旧ソルティア公国は、この名に因み、帝国を名乗っているわけだ。
世界は、この超帝國「帝」によって栄華を極めた。
「帝」を中央に置き、「東のアスト」「西のガイア」「北のミロク」「南の鬼道」が四方文明圏を守護していた。
余談になるが、アヴギ(暁)平原に於ける学園都市「ウィラ」と自由都市連合の都市配置は、これを模していると伝えられる。
災厄の日、世界は「冬の時代」を迎えた。
文明は衰退し過ぎ去って行ったが、今見上げる夜空だけは変わらぬのだろう。
伝説にある「十種の刻印」とは、その時代、かの「ラーマス族」と共に、この世界にもたらされた古き精霊神、その「神王クゥインザー・ライト・ソル」から与えられし力の証とされる。
「ラーマス族」の血統を選びし英霊の力は十の欠片に分けられた。
「…俺の父、オストロ・フレアーノはその内の一つ、氷の刻印を持っていたらしい。」
幼い頃に見たのは一度きり。
しかし、その光景は鮮明に憶えている。
父の眉間に浮かび上がる紋様のそれは、あの時のステリアスのそれと非常に酷似していた。
「俺のアレが…ラーマス族の刻印だと言うのか?」
「だとすれば、俺の父親にもラーマス族の血が流れていると言う事になるがな…。」
即ちそれは、サーロス自身にもラーマス族の血が流れているとの証明でもあろう。
だが「冬の時代」を招いたラーマス族の名は今も尚、禁忌そのもの。
忌み嫌われる血統である。
自嘲気味にサーロスは言った。
とは言え、多種多様な血統は混じり合い、純粋な意味での、超帝國の末裔云々などは、もはやお伽話の世界だ。ラーマス族も然りだ。
サーロス自身、端から信じてはいなかったものの、その刻印と思しき物が実在していることも事実。
「…ともあれ、何の力であろうと、俺は使えるものは使うだけだ。」
焦げた肉を口に運びながら、ステリアスは言い捨てた。
今は感慨に耽る余裕は無い。
そうこうしている内に、時刻にして深夜3時の頃合いか、前触れも無く天が入れ替わった。
空は鏡面のごとく、鈍い銀色の反射が照り返す。
峰の中腹に夜営していた筈が、いつの間にかガラス細工の森に囲まれている。
それは6000メートル級の浮遊する大陸の上。
「…強制転移だと?」
隣接する次元に紛れ込む感覚に近しいも、どうも様子がおかしい。
「いや、そんな馬鹿なことが?」
サーロスは即座に否定する。
受動的にせよ、精霊の働きを感じられなかった事で、故意なものとは断定出来ない。
考えられるのは、元来そこに二重存在しており、隠されていたものが何かの拍子に暴かれた可能性か。
…つまりは、たまたま巻き込まれた算段が高い。
もしそうであるならば閉じ込められた可能性も高く、脱出は非常に困難であるとステリアスは推測した。
そしてこの場合、目に見える情報がその全容だと判断するのは危険だ。
ましてや、硝子で出来た浮遊する大陸などと、脳に送られた信号を受信した結果の幻やも知れない。
物理的な空間であるのか、幽体、精神的空間であるかでも対応は変わる。
その意味では肉体を伴う為、強制転移に近いと判断したのだ。
だがそうであるならば、かなりの高度な空間設定である。
この大規模な空間を次元間に定着させるとなれば、その触媒は膨大な質量が等価交換として必要不可欠だ。
「…何にせよ、この空間の中心に向かうべきだな。」
「その意見に同意する。余計な行動は極力避けるべきだろう。」
不要な空間破壊は危険を伴う。
その案にサーロスも同意した。
一方、レイアーン公王国の使者「翡翠の騎士」(ジャッド=シュヴァリエ)ユーキシエル・フリュニエール卿は驚愕する。
年齢の差は勿論あるが、学園長「アルソフェミリアン」と自身の顔が似通っていた事に…。
そんな老女「アルソフェミリアン」は予言する。
「…彼等は戻ってくるわ。あちらは時間の流れが違うから、いつとは断定出来ないの。」
「あちらとは?」
「…彼等は今、青陽の湖 (ウルティマラクス)にいるわ。」
そこは「青陽の湖」(ウルティマラクス)。
想像を絶するガラス細工の森。
そんな彼等の前に、若葉のごとき深緑の髪を持った「妖精族」の若者が立ちはだかる。
その耳と瞳の形状は一種独特でもあり、一目でそれと知れた。
しかし、そのアーモンド型の瞳には驚嘆が宿っていた。
「我らの国に侵入したのは、お前達か?一体、どうやって境界石柱を突破したのだ?」
若者は重厚な甲冑に身を包んだ戦士にも見えたが、どうも女性と見紛う容姿にも見えたのであった…。




