シナリオⅣ 1 前章 第1話
プロローグ(序の1)
草創歴0444年
長い旅路の果てに、身を焦がしながら、先の見えぬ虚ろな闇の洞窟を突き進むかのごとく。
もはや、この身を突き動かすのは、我が身に同居する死した竜精の呪いなのか?
自らの出自を呪う我が怨念なのか?
それも定かでは無い。
だが、見える景色は今や、全てが紅く彩られている。
常に全身が熱い。燃えるようである。彼の眼光は自ら取り込んだ竜精のごとく、真紅の虹彩を滲み出していた。
その憎しみの瞳が追うものはただ一つ。
全てを裏切ってでも、他を力でねじ伏せてでも、復讐と言っていいのだろうか?これを遂げたい相手がいたのだ。
故に、彼に敗北は許されない。悪逆非道と罵られようと、我が前に立ち塞がる者に容赦はしない。
故に彼はこう言われ畏怖された。
紅き竜人と…。
シナリオⅣ 1.1〈もしすべてがうまくいっているようなら、あなたは確実に何かを見落としているのだろう〉
If everything seems to be going well,you have obviously overlooked something
草創歴0449年4月(4/11)
竜精の顔を模した仮面を纏いし戦士。
暴風雨の中を高速で波を切り裂き進む船艇の上であっても尚、その存在感は怯む所を知らぬようであった。
全身を赤き鎧、と言っていいのだろうか?鎧と言うよりも、全身を覆う強化スーツと言った方が正しいか。
並外れた錬金道(科学)に特化した島国、ジ・ハド煌王國の技術の粋、魔道が世界の秩序を上書きし再構築する道理を物理的に証明し、物質に置き換えて留める錬金道。
この国が創る兵器は、中央大陸全域に於いても、50年は先を行く先進技術を保有してる。これを秘匿している事実は、ありえない事であった。
ましてや、中央大陸北東群の小規模な島国が、である。
黒き巨大艦船「マルティコラス(人面獅子)」。
紅き竜人が指揮し、煌王國から受賜わったこの船艇は、四方を海に囲まれた自国を守る為に5体建造された、守護の要とも言うべき「ヴォルフ」級艦船の1機である。
その動力機関は「アストマイスキュロン」。
一般的に中央大陸全般で言われる錬金道と、ジ・ハド煌王國で使われる錬金道とは別種と考えてもいい。
極度に発達した科学技術は霊子力学の解明にまで到達するであろう。
霊子力学の頂点「八葉」の解明に至り、またこの世界に於いて、魔道は神的エネルギーに帰順する系譜にあり、これを物理的に究明した科学は、それが次元構成の消費と分かってもなお、世界を消費する理由があった。守るべき「物」があったのだ。
この世界に於いては錬金道は等価交換では無いのだ。とは言え、設備投資には天文学的な費用が必要ではあったが。
それによって創り出された鎧もまた、術者の筋反応を感知し、動作を補佐するのみならず、不可視の制御フィールドを発生させる事で、常人の域を越えた反応速度と感能力を付加させる。これは魔道に於けるエンチャントと同義である。
何より錬金道で精製された鉱物は、その霊子配列を組み替えることにより、より希少で硬度の高い物質を生み出せた。
「紅炎鉱石」は物質世界には存在しえない、別の高次元界にあるべき鉱石である。
この赤き鉱石を使用し、彼の鎧は造られている。
それは彼と相性が良いからと言うべきか、彼の中の竜精と近しいと言うべきか…。
今や、紅き竜人はジ・ハド煌王國の5将軍が一角、赤竜騎士団将として、海を越えて攻め来る蛮族を向かい撃つべく出陣していた。
海原は黒く変色し荒れ狂い、空は暴風雨に彩られた世界にある。
文明社会の中心と謳われる中央大陸に於いて、その富を狙う辺境の蛮族と称される者達。
とは言え、その事実はどうあれ、言い換えれば彼自身も蛮族の出と言う事になる。
それ故に、傭兵として流れ着いた彼の出自を蔑む目もかつては確かにあった。
そして、このどうしようもなく呪われた海を越えてまで、海域を侵犯する理由を知りたくもなる。
だが、それこそがジ・ハド煌王國の秘匿する秘密なのであろうか?
事実、中央大陸を覆う海域は全域が変異に侵されている。
この暴風雨は次元間の歪みから産み出された半永久的に続く現象であろう。
彼の瞳は物質界と精霊界を踏破し、その構造を瞬時に理解する竜眼「ヴァルヴァトスの瞳」である。
その瞳の力を以ってしてもなお、この大規模な捻れ現象に由来する、所属不明な精霊力の暴走を見定める事は不可能であった。
この中にあっては、耐久力の低い通常の人種(魔道の加護の無い)は精神力を蝕まれ、思考を停止した廃人と化すに1時間とかからない。
これが世に伝わる、原因不明の「渡海死人病」の正体である。
無論、この「マルティコラス(人面獅子)」は全方位防御術式により遮断されてはいるが、それは紙切れのようなものだ。
煌王國民はこれを絶対と信じてはいるが、俺に言わせれば御守り程度の物でしかない。この鎧も然り…。
どのような悪意の奔流の只中にあっても、強固な個体である彼は、その存在そのものが多重世界に定着している為、その悪障を受け付けない。
それは竜精と同化したことによる「半竜半人(シーヴァ族)」の特性。
黒き巨大艦船は海面にそびえ立つ鏡面のごとく、海を引き裂き進む。
傍目からは常識の範疇を超えた巨大さであろう。ましてや、中央大陸に艦隊戦の概念は無いのだ。
豊富な資源と領土を奪い合うのに、敢えて呪われた海戦を行う理由は無い。
南東諸島群での海戦で使われる艦船とは規模も大きさも違う。
前提として、中央大陸外圏からの侵攻を想定して防衛構想を築いているのも妙である。
それでも赤竜騎士団将として、「マルティコラス(人面獅子)」の船橋に立つ姿に揺るぎ無く、その視線は前方の波間に注がれていた。
ジ・ハド煌王國の広域結界内に侵入した奸賊に如何な思惑があろうと、完膚なきまでに叩き潰す事が己が役目。
今は、ただ己の目的を叶える為の礎として、利用出来る物は利用するまでの事。
そう、この煌王國でさえもだ。
そうでなければ、この身を焼き尽くす呪いの轟炎は消えそうにも無い。全てを巻き込んででも。